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観光推進事業

作者: 春名功武

 そのお城は、岩山に建ってあった。円錐屋根の塔がそびえ立ち、美しく壮大なお城であった。もとは軍事目的で築かれた砦であり、高い城壁に囲まれていた。お城の周りは緑豊かで、コビトや妖精がいそうな幻想的な雰囲気だった。首都から日帰りで行けるという事もあり、人気の観光名所であった。


 城内に入った観光客は「玉座の間」「時計の間」といった豪華な部屋や、牢獄跡などの見学が出来る。壁や天井に施された繊細で色鮮やかなステンドグラスは息をのむほどの美しさで、当時の繁栄ぶりが分かる。


 しかし観光客の一番の目当ては、そのお城の1番高い場所にある王妃部屋であった。王女の部屋ではなく母親の方だ。母親といっても継母である。王女の実母は王女を生んですぐに息を引き取り、王の後妻としてやってきたのが、王妃であった。


 この王妃、美しいことを鼻にかけ、高慢で、わがままで、負けず嫌いだった。自分の思い通りにする為には、手段を選ばない極悪非道な女性であった。魔女だという噂もあった。


 お城が開園すると、王妃の部屋の前にはズラッと観光客が長い列を作った。60分くらい待って、やっと部屋の中に入れてもまだ列は続いていた。行列の先には、王妃の私物である、ひときわ目を引く大きな鏡があった。


 観光客は長い列を並びやっとの思いで鏡の前にたどり着くと、自分自身を映し出して、鏡にこう問いかけるのだ。

「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのは誰?」

「それは白雪姫です」

 鏡は、はっきりとした口調で答える。


 わー、言った、言った、と観光客は大喜びする。感極まって涙ぐむ者までいる。鏡にこのセリフを言ってもらう為に、行列に並んでいるのだ。この鏡は、あの世界を震撼させた『白雪姫毒殺未遂事件』の魔法の鏡であった。人工知能が搭載された最新の鏡というわけではない。魔法の鏡、張本人である。


 数年前、国は観光産業を発展させる為、白雪姫毒殺未遂事件に目を付けた。そして事件の首謀者である王妃が住んでいたお城を観光名所として開放すると、客寄せパンダとして本物の魔法の鏡をおいた。その采配は見事に的中した。世界中から多くの観光客が押し寄せる事となった。


 この日も多くの観光客が鏡の前に並んでいた。観光客は鏡を前にして問いかける。

「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのは誰?」

「それは白雪姫です」

 鏡の答えはいつも同じ。観光客が望んでいるのは、王妃を事件に駆り立てたセリフ。だから望み通り、ひたすら白雪姫の名を言う。鏡は相手の望みに応える大切さを、あの事件から学んでいた。あの時、嘘でも王妃が望んでいる事を言うべきだった。そうすればあんな事件は起きなかっただろう。


 事件当初、鏡が王妃を裏で操っている黒幕ではないかという噂が囁かれた。しかしそんな大それたことが出来るたまではなかった。生真面目な性格で、聞かれた事に素直に答えただけだった。王妃がまさかあんな事件を起こすとは思いもしなかった。鏡は後先を考えずに言ってしまった事を深く後悔していた。あの一言がなければ事件は起きなかった。もっと王妃の気持ちを忖度すべきだったと反省している。贖罪の気持ちから、自分にしか出来ないこの大役を引き受けたのであった。


 しかし皮肉なものだ。言うべきではなかった名前を、今は何度も何度も言い続けているのだから。


 鏡は1日に千人以上の観光客に「それは白雪姫です」と言わなくちゃならない。休みの日にもなると、5千回は言っているのではないか。声がガラガラになるし、ほとほとうんざりしてくる。それでも生真面目な性格が故、白雪姫の名を言い続ける。たまには別人の名前を言えれば、気がまぎれる事もあるかもしれない。だけど、そんな事を言うものなら、苦情が殺到するだろう。鏡を粉々に叩き割ろうとする者まで現れるかもしれない。


 あくまでも観光客が望んでいるのは、あのセリフ。だから毎日毎日繰り返し言い続ける。それこそが、せめてもの罪滅ぼしになるのだ。自分の代わりはなく、自分にしか出来ないと信じて疑わなかった。観光客が来る限り、言っても、言っても、また言わなければならない。何度も何度も言い続けても、また言わなければならない。そして鏡は、ついにプツンと糸が切れてしまった。


 ひとりの観光客がやっと自分の番が来て、鏡に問いかける。

「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのは誰?」

「…」

 鏡は黙ったまま何も言わなかった。こんな事は初めてだった。観光客は首を傾げると、はっきりとした口調で再度問いかけてみる。

「鏡よ、鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのは誰?」

 すると今度は、鏡はせきを切ったかのように喋り始めた。

「世界で一番美しいのは誰か?だよね。それは白雪姫です。と言いたいところなんだけど…う~ん、一番となると難しいよね。そうだな。確かに白雪姫は美しいけど、顔だけならクリスティーナも負けてないと思うんだよね。それを言うなら、マリリンだって外せないか。あ、あとミサも可愛いよね。性格も良いし。だったら、メイドのメアリーもちゃんとおめかしさえしたら、良い線いくんじゃないかな。ジェニファーだって、セクシーで大人の色気があって、良い女だよ。アマンダなんかも個性的な顔はしているけど、美人だと思うな。キャサリンだって良いんじゃない。彼女は顔が美しいのはもちろんのこと、肝が据わっているというか、男前って感じだよね。ナーシ―なんかもさ、個人的には好きな顔だけど。ああ~、どうしよう。誰だろう。一番となるとなぁ。ごめん。一旦持ち帰らせて」


 観光客は何が起こったのか理解が出来ず、ポカ~ンと口を開けている。慌てたのは、その場にいたお城の従業員たち。すぐさま鏡に近づいていき、「おい、何を言っている。ちゃんとしろ」「白雪姫って言えばいいんだよ」と叱責するが、鏡はさらにハチャメチャな事を言い続ける。

「ね、ね、逆に質問していい。世界で一番美しいのは誰?ほらね、急にそんな事言われても困るでしょう。もうさ、誰が一番美しいとか、どうでもいいじゃん。そんな事より、白雪姫にキスした王子様って、現代だったら強制わいせつ罪じゃない。眠っている女性にキスしたんだもん。相当悪質だよね。あ、そうそう、眠っている女性で思い出したけど、彼女の寝顔が可愛いって言う彼氏いるじゃん。あれ、どうかと思うな。だって、寝顔が可愛くたって意味ないじゃん。大事なのは、起きている時の顔でしょう。女性ってさ、綺麗に見られるために、朝早く起きて化粧しているわけじゃない。お金と時間と手間をかけてやっているわけなのよ。それなのに、寝ている時の顔を褒められてもね…。そういう所、人間の男って分かってないよね。そのくせ、さも彼女を褒めてやったと思い込んでいるんだよ。鏡と人間の違いはあれど、同じ男として情けないね。あとさ、今ふと思ったんだけど、世界で一番美しいのは誰かって、何で鏡の俺に聞くんだろう。だいたい鏡がそんな事を知るわけがないじゃん。あ、そうか、確かにね。鏡って色んな人の顔を映してきているもんね。なるほどね。だから、鏡に聞くんだ。そういう事なら、鏡の俺が、決めたっていいんだ。それなら誰にしようかな。どうしようかな。よし、決めた。では、発表します。世界で一番美しいのは、ドゥルルル…ジャーン!それは、白雪乃助姫太郎しらゆきのすけひめたろうです。誰だよそれ、だよね。太郎だから男だし…」

 従業員たちは、これはどうにもならないと判断した。4人がかりで鏡を担ぎ上げ、その場を後にする。それでも鏡はいつまでも喋り続けていた。


 魔法の鏡はしばらくの間、休養を取ることとなった。それに伴い、観光客が激減してしまったのは言うまでもない。


 仕事や人間関係で上手く立ち回ろうとしすぎると、本当の自分を見失ってしまう。鏡は完全に見失ってしまったようだ。鏡が復帰するには、自分を取り戻すしかない。本当の自分を取り戻す為には、自分自身を見つめ直す必要がある。だけど鏡に自分自身を見つめ直す事が出来るだろうか。期待は出来ないだろう。なんせ鏡というものは、物理的にどうやっても自分自身を見つめることが出来ないのだから。魔法の鏡が復帰するのは、当分先の事だろう。



《おまけ》


 お城の従業員のひとりが、鏡を元気付けようと旅行を計画した。旅行先は鏡が以前から行ってみたいと言っていたフランスのヴェルサイユ宮殿に決まった。


 ヴェルサイユ宮殿は2つの翼棟を持つ左右対称のバロック様式。宮殿内に入ると、王や王妃の豪華な居室などが見学出来る。壁や天井や床に装飾された絢爛豪華な大理石と金銀は目も眩むばかりの美しさで、当時の繁栄ぶりが分かる。


 しかし鏡の一番の目当ては、王の大広間の先にある鏡の間であった。長さ約75m、幅10m、高さが12mの規模を持つという長い回廊が広がる鏡の間は、578枚の鏡が埋め込まれてあった。


 従業員と共にやってきた鏡は、思わず感嘆の声をあげる。

「わー、なんて美しいんだ。17カ所の大きな窓から外の明かりを取り入れることで、鏡がこんなにも崇高できらびやかに輝くなんて」

「天井から吊り下げたクリスタルのシャンデリアも、この美しい空間に一役買っているよね」

「凄いや。彼らを見ていると、自分がちっぽけで惨めに思えてくるよ」

「そんなに落ち込むなよ。君だって凄いと思うよ。なんてたって喋れるんだから」

「その喋りだって、まともな事が言えないんじゃ意味ないよ。それに比べて彼らは、ただ立っているだけで、こんなにも絵になる。俺なんかには到底かなわないよ」

「じゃあさ、うちもこんな風に演出を加えてみたらどうだろう。例えば、ここを参考にさせてもらうなら、君の部屋にもクリスタルのシャンデリアを吊り下げるんだ」

 鏡はシャンデリアが吊り下がる部屋で「それは白雪姫です」と言っている自分を想像した。

「…余計虚しくなるよ」


 鏡を元気付けようと思い連れて来たのに、逆効果だったようだ。やはり魔法の鏡が復帰するのは、当分先になるだろう。


おまけ・終

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