5杯目【前編】
コンテンツ制作は夢を売る仕事だ
でも実際、多くの関係者が絡み、利害がある
ぶっちゃけ、裏方はいつだって泥臭い
新人営業はそれを実感して、ため息をついた
元々、クリエイティブの仕事をしてみたかった
イラストでも文章でも動画でも、何でもいい
自分で「何か」を生み出せる人間たちに憧れた
でも、クリエイターの卵と話していて気づく
自分には、人生を賭けて描きたい世界はない
正直、センスもない
諦めてしまえる程度の熱しかないことが
すでに自分の限界だと分かってしまった
就職活動では、散々迷った
やっぱり待遇のよい安定した会社で
働きたいとも思っていた
ベンチャーを経営する彼に出会わなければ
無難に就職を決めていただろう
彼は、本気で夢を描く経営者だった
クリエイター達の厳しい現状を憂い、
作品作りを通じて本気で業界を変えたいと動いていた
クリエイターになれない自分だからこそ彼の夢が響いた
全く別の方向から、クリエイターに関わり助けていく
そんなことが自分にできたなら
かつて諦めた自分の夢ごと、報われるような気がした
だから、経営者にアプローチし続けた
経営者の夢を助けることが、彼女自身の夢になった
大手で安定した企業にも内定をもらったものの
結局、不安定なベンチャーに飛び込んだ
大手に行って安心できる相手と結婚してほしいと願う親と
真っ向から喧嘩したが自分の意志は曲げなかった
就職後に実家から飛び出して以来
親からの連絡はほとんど見ていない
親不孝な娘だ
自覚はしている
そうして、彼女は新人営業として今日も働く
毎日のようにテレアポや商談を繰り返す
クリエイターたちと、お客様双方が喜ぶような案件を発掘し
提案し、獲得して売上を上げていくのが彼女の仕事
でも、思うようにはいかない
営業もこなす先輩ディレクターに
指導を受けているものの望む成果とは程遠い
せっかく案件をとってこれても
会社として利が薄かったり
クリエイターさん方に無理を強いてしまう
内容だったりと反省ばかりだ
ディレクターの先輩にはよく無理をしすぎるなと言われる
「がんばっているのを知っているからこそ結果を焦るな」
これは先輩だけではなく会社のトップである
経営者も同意見なのだと教えてもらった
残業を切り上げて早めに帰路につく
でもなんだか、家に帰る前にやるべきことがある気がして
結局ファミレスで新人営業はパソコンを広げていた
(みんなの役に立ちたいそれだけなんだけどな…)
色んなことが空回りしてしまっている
自覚はあったでも立ち止まるわけにもいかない
彼女にはどうすることもできなかった
深夜料金になる前に、店を出た
ファミレスでは軽い夕食をとったものの
なんとなく口さみしい
帰りに甘いものでも買って帰ろうか
家で食べながら、作業をしたって構わない
どこかコンビニに寄って帰ろう
そうして、新人営業はいつもの道を少し変えてふらりと歩き出した
方角は合っているはずなのに
普段通らない道だと迷ってしまうものだ
目当てのコンビニに辿り着けない
諦めて、もう家にそのまま帰ろうか
そう思った矢先、小さな店の扉が新人営業の目に止まった
どうやら喫茶店らしい
少しレトロな店構えだがなんとなく心惹かれるものがあった
喫茶店なら、何か甘いものだってあるだろう
開店中の看板がかかっているから時間も大丈夫そうだ
新人営業はそうっと扉を開けてみた
小さく木のきしんだ音がする
「おや、いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、黒ずくめの男
明らかに上質な黒のスーツで、全身をコーディネートしており
どこか夜の雰囲気をただよわせている
(ホストクラブとかじゃないよな、ここ…)
店構えは明らかに喫茶店なのだが、男の雰囲気がどうにもちぐはぐだ
カウンターに座っていた客の男が笑う
「ああー。大丈夫ですよ。
ここ変な店じゃないんで常連の僕が保証します」
すでに十分変な店な気がする
そう思った新人営業だったが突っ込むのはやめた
黒ずくめの男は新人営業を少し観察してから口を開いた
「本日、店主が不在でして私が代理をしております。
もちろん店主の普段のおもてなしは私も提供できますのでご安心を。
お客様のお望みと見合わなければ料金は結構です」
優雅に一礼する店主代理
やっぱり変な店だ
間違いない
一瞬立ち止まってから
新人営業はカウンター席につくことにした
なにせ考えることに疲れていた
そして何より彼女は甘いものに飢えていた




