6杯目【前編】
数の力を信じていた。
努力して数字を出せたなら、きっと理想の自分に
なれると彼女はずっと信じ行動してきた
彼女は営業職。
本来なら、本業で結果を出すのが筋だろう。
事実、彼女は社内でも一、二の成績を常に納めている。
でも彼女が勤める会社は、はっきり言えば
旧時代的で、がんばった分が報われるとは
とても言えない体質だ。
女性が低く見られ、年功序列時代の慣習が
無言のままに残り続ける社風。
安定を求めて、新しいものを拒む組織は硬直して後がない。
家族のしがらみがなければ、とうに
彼女は会社を見限って転職したはずだ。
もっと自由に、のびのびと新しいことに挑戦していきたい。
そう願い続けて、彼女はやがて会社では
一切理解されないSNSに生きる場を求めるようになった。
特にTwitterにははまった。
いわゆる「有益ツイート」をつぶやく「意識高い系」のインフルエンサー達。
彼らの視界を見てみたいと思った。
その裏の闇を一切知ることなく試行錯誤を繰り返し
いつしか彼女は万単位のフォロワーを集める
インフルエンサーのひとりになった。
インフルエンサー達が集うグループの主催のひとりになり
いいねやリプは山のよう。
時にバズることもあるし、周りからはうらやましがられる。
(でも、インフルエンサーなんて言っても
現実の私は何一つ変わっていないんだけどね…)
仕事の合間、会社で携帯を見てため息をつく。
憧れの場所に彼女は立ていた。
そこで手に入れたのは、意味のない数字ばかりだ。
Twitterがもし潰れたら、何一つ残らないガラクタたち。
例えば、あの有名なインフルエンサーと友達ですと
つぶやいたとして、その言葉に大した重みはもうない。
実際に会ったこともない関係に、信頼も何もないし
利害だけでつながっているような「友達もどき」ばかり。
数の力を手に入れた。仲間を手に入れた。
全部錯覚だと彼女は自覚していた。
自分のやりたいことはもうTwitterには
ないのかもしれない。
とうに疲れているインフルエンサーは
積み上げてきたガラクタをそれでも手放せない。
「お疲れ様です!」
通る声がオフィスに響く。
営業トップを争うライバルの同期が帰社したらしい。
彼を見ると、無性に憎らしくなる。
実は、インフルエンサーはTwitterで彼らしき存在が
活動していることを知っていた。
おそらく、彼はTwitterで最近認知を上げてきた
動画クリエイターだ。
Twitterがつぶれても、彼には作品が残る。
スキルが残る。
だから、インフルエンサーはライバルという以上に
同期のことが嫌いだ。
彼はあまりに青く輝く隣の芝だった。
昼休憩はあと10分。
Twitterに届いたアンチDMに対処して
企画の打ち合わせをして、リプを返す。
(こんな空しい思いをするために、Twitter
がんばってきたわけじゃないんだけどな…)
それでもしがみつく自分はバカみたいだと
ため息をつきながら、タイムラインを眺める。
少しぼんやりしていたのかもしれない。
おそらくは広告をクリックしてしまったのだろう。
携帯の画面に表示されていたのは
見たこともないサイトだった。
『は、何これ?…魔界への招待状?成功を導く…?』
やたら怪しい文面で書かれているが
よく読むと、期間限定オープンの喫茶店が告知ページを
出していたらしい。
所在地は会社から徒歩圏内。
特に指定された日時にいくと「イイコト」があるらしい。
(成功を導く店って、どこかで噂を見たような…まさかね)
普段なら歯牙にもかけず、切り捨てる広告だろう。
それでも、なぜかその文面は彼女の心に引っかかった。
喫茶店ならぼったくりとしてもたかが知れているはずだし
せいぜい無駄になるとしても時間だけ。
最近マンネリのTwitterのネタにもなるかもしれない。
どうせなら指定日時に行ってやろう。
インフルエンサーはそう決めた。
指定日は明日。
残業さえしなければ時間も問題ない。
そうして、翌日の指定時間10分前に
彼女はある喫茶店の扉の前に立った。
ちょっとレトロだが上品な外観からは
味に期待をもてる店構えだと感じる。
深呼吸をひとつしてインフルエンサーは
扉をゆっくり押し開いた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。
この店であなたの成功が見出されますよう私も尽力させていただきます」
扉の向こうで白い燕尾服の男が、にっこりと彼女を出迎えた。




