5杯目【中編】
新人営業は店に入って数分で、実感していた
(この店、どう考えてもおかしい…)
個性的といえば聞こえはいいが
やばい店だ
彼女は確信していた
なにせ常連らしき客はカウンター向こうの男を
「魔王様」だなんて呼んでいる
どうやら店での通り名らしい
ちなみに、本日不在の店主は執事なのだとか
この時点で、新人営業は困惑していた
まるで扱っているコンテンツの世界に
入り込んでしまったかのようだ
立地が不思議だが
もしかしたら
そういう狙いで展開している店なのかもしれない
しかも店主のおすすめしか
提供しないというこだわりまであるらしい
色々あやしいのだが、店を出る選択はなかった
商談でのいいネタになりそうだ
そして何より
店内に漂う甘い香りに、新人営業はもう我慢の限界だった
『おすすめで構わないんですが、
できれば甘いやつお願いしますよ。魔王様』
そこだけは譲りたくなかったので
「魔王様」に注文をつけることにした
疲れが一回りして、自分のテンションが
変な上がり方になっているのを新人営業は感じていた
いいじゃないか
郷に入れば郷に従え
この店の世界観で楽しませてもらおう
にっこり笑った魔王様が
用意してくれるメニューを待ちながら
何気なく隣で繰り広げられる会話に耳を澄ます
どうやら魔王様と客の男は
チームで仕事をしていた経験があるらしい
客の男のほうがおそらく部下だろう
気安い会話だが、力関係が透けて見える
話の流れから察するに店主の執事とやらも
かつての仕事の縁で繋がっているようだ
よくわからない面子のよくわからない仕事
それだけでも彼女としては興味津々だ
しかも、聞き逃せない単語が出てくる
魔王と執事が売上を競った?
月に何千万単位の新規契約成立?
コンペ勝率8割?
ありえない、桁がおかしい
ネットで見かける夢物語を
彼らは過去の思い出として懐かしそうに語っている
『あの、その数字実績マジですか?もしそうなら、
どうか秘訣を教えてもらえませんか!!』
思わず彼女は素で割って入ってしまった
普段の彼女ならありえない行動だった
思うように結果が出せないなら
その道の経験者に聞くべき
でも社内では聞きにくいことだってある
彼らの話はおそらくリアルだと
新人営業は感じていた
だから
わらにすがるような思いで振り切れたのだ
大声を出してしまったことに気づいて
恥ずかしさで悶えている彼女を見ながら二人は笑った
「懐かしいですねえ。まるで新人の頃のあなたのようです」
「思い返すのも恥ずかしいんですけど
でも魔王様、僕もそう思います。彼女、きっと化けますよ」
二人の会話にきょとんとしていると
カウンターの向こうから
大きめのティーカップが差し出される
「大丈夫、きちんとお話しますから先にこちらをどうぞ。
メープルミルクティのクッキー添えです。ち甘めにしております」
カップの中で乳白色の液体が揺れて
メープルの甘い香りがふんわりと漂っている
しかも添えられたクッキーがやたら可愛い
アイシングでトランプ模様のクッキーなんて
初めて見た
食べるのがもったいないほどだ
(でも食べちゃうけどさて、お味はどうかな?)
ミルクティを口に含むと思ったよりもガツンと
甘い香りが鼻に広がった
フレーバーティなのかもしれない
甘さが染みる
糖分は素晴らしい
クッキーもさくさくでバターがきいている
アイシングがくどくないバランスだから
いくらでも食べられそうだ
ごくごく、さくさく
無我夢中で食べ終える
『ふぅ…どうしよう、おいしいです』
思わずこぼした言葉に、店主代理の魔王様が
うれしそうにほほ笑んだ
「下手なものをお出ししたら執事にも叱られますからね。
楽しんでいただけたようで何よりです。
ところで、お客様は営業のことでお悩みなのですか?」
魔王様に尋ねられて
新人営業は現実に引き戻される
そう、このチャンスを逃してはいけない
『はい。私は―――』
彼女は自分の営業での悩みを
ここぞとばかりに話すことにした
もちろん社外秘は一切話に出さない
信頼は営業の基本だし
先輩や会社のトップにも迷惑だ
新人だろうと会社の顔だという自覚はあった
「そうですねえ…」
魔王様は少し頭をひねってから
彼女にこう切り出した
「ギャンブル、されたことあります?
賭けポーカーとか麻雀とか、まあ何でもいいんですが」
いきなりの話題に新人営業は戸惑ったが
素直に首を振った
軽くゲームアプリで楽しんだことはあるが
生まれてこのかた賭けをしたことはない
大学時代に誘ってくれる知り合いはいたがすべて断っていた
「ふむ…なるほど
ほぼすべてのギャンブルにはちゃんと勝ち方があるんですよ。
賭けにどう勝つのか?その考え方は実は営業にも通じるんです」
魔王様はいたずらっぽく目を細める
思いがけない切り口に
新人営業は目を見開いた




