八幕 畠の村の昼下がり
「おい、あんた、正気か」
やっぱりこの乱暴者は強い。刀を使っていないのに、もう誰も向かってこない。
ーー刀を使うなだと、村を襲うのに刀なしでどうするつもりなのだ。
ーー襲うではないよ、さっきから何度も言っているでしょう、村を奪うんだ、あいつから村を奪う。
ーー襲うと奪うは同じであろう。
ーー違うよ、襲っても村のすべては手に入らない、人が死んで家がなくなる、そうなった村はいらない。
ーー村を襲うやつらはそうしてきたのであろう、村にあるものを自分のものにするために襲う、まあ、狩りみたいなものだな、人は獣ほど速く動かんし、畠のやつらは勘も悪かろうよ、とにかく襲うと奪うは同じではないか。
ーー蛮族みたいに村を襲って手に入るのは、そのとき村にあったものだけだよ、これから村が手に入れるものは手に入らない。
ーーおまえの言うことはわからん、わかりやすく教えろ。
ーー酒がほしいんでしょう、村を襲って手に入るのは村にある酒だけ、これから村で作られる酒は手に入らない、まだ村にないからね、人が死ぬと酒も作れない。
ーーそれでよいではないか、わしらが飲むくらいは手に入る。
ーーずっとは飲めないよ、たくさんあって飲み切れないくらいあっても足りなくなる、たくさんあるからたくさん飲む、村に入ったときに何度も何度も飲んだんでしょう、どうせすぐになくなるよ、酒を作るやり方を知らないのだから、もう飲めなくなる。
ーーふむ、それは困るな、それで奪うだったらどうなる、そもそも村を奪うとはどういうことだ。
ーー村の偉い人になればいいんだよ、そうすれば村で作られた酒はいつでも好きなだけ飲める。
ーーわしは偉いやつは好かん。
ーーじゃあ、村の首領でもいいよ、同じことだし、呼び方はなんでもいい、とにかく村で作られたものが僕らのものになり続ければいいんだよ。
ーーどうすればよいのだ。
ーーあいつの嘘をばらす、そうすれば村はあいつのものではなくなる、僕が生きていることがみんなに知れ渡ったら嘘がばれるでしょう。
ーーそれがなぜ村を奪うことになるのだ。
ーー村の人たちはずっと騙されていたんだ、あの嘘つきのせいで苦しんだ人もいるし、死んだ人もいる、村の人たちにほんとうのことを、騙され続けてきたということを教えるのが僕ら、あいつが嘘つきだという証拠が僕、村の人たちは僕らの言うことを信じるでしょう。
ーーそれがなぜ奪うことになる。
ーー僕らのことを信じるからだよ。
ーーそうなのか、よくわからんが、まあ、おまえの言うとおりにならなくともよい、いざとなれば刀を使い、酒を手に入れる。
ーー何度も言うけど、ここで大事なのは村の人たちが僕らのことを信じること、そのためには村の人たちを殺してはいけない、僕らは村の人たちのためのことをする、こう信じてもらわないといけない、殺すのはあいつだけ、あいつに近い人も殺していい、村の人たちを騙していたやつらは殺しても構わない、でも、畠で仕事をする人たちを殺してはいけない。
ここまでは考えていたとおり。刀を使わなくても、ただ殴って蹴るだけでも乱暴者が大きな騒ぎを起こす。なるべくたくさんの人が僕らに注目してくれればいい。
川の守りが出てきたら、さすがにこの乱暴者も刀を使わないといけない。でも、僕が刀を使わなくてもいいようにする。この臭い羊の皮を捨てて僕の顔を見せてやる。
僕が生きていることは、川の守りから刀を奪う。
そのとき、あの嘘つきはどんな顔を見せるのだろうか。
……来た。地面にしっかりと足をつける歩き方。川の守りと一緒か、ちょうどいい。
「囲みなさい」
慣れた動き。迷いがない。刀が届かないところから少しずつ近づいて、六人が一気に仕掛けるつもりか。
そろそろだ。僕の顔を見ろ。
「お、おまえは……」
あ……こいつ、こいつのせいで、こいつの言葉のせいで、僕は殺されるところだったんだ。どんな気分だ。自分のせいで殺されたはずの僕を見て、なにを思う。
「神様に食べられたはずだろ、なんでここにいるんだ」
「ああ、あれは嘘だ、こいつはずっと生きていた、殺されそうなところをわしが助けたのだ」
「あんた、そんなこと言ってなかったじゃあないか、ずっと一緒にいたのに」
「言うわけなかろう、少しは考えてものを言え」
「狩人は嘘をつかないって言ってただろ」
「嘘を言うと自分から明かす人はいない」
焦っているな。こんな顔をするこいつを見るのは初めて。あちこちを見て、視線が定まっていない。まもなく自分の嘘が、それもこれまで続けてきた大きな嘘がばれるとわかっている。そのうち、地面から足を離して逃げ出すのだろう。
でも、逃がさない。僕は逃がさない。おまえのすべてを奪ってやる。
「そうだろう、神の子と嘘を言い続けてきたおまえならわかるはずだ、こいつが生きているのに、なぜ多くの麦がとれたのだ」
「殺しなさい、この蛮族は似た者を連れてきただけである、村に来たときに思いついたのであろう、このような小さき者が刀を持っているのは蛮族の子だからである、このような者どもになにも言わせてはいけない、今すぐこの場で殺しなさい」
違う、僕は似た人ではない。くそっ、言葉が出ない。なんでだ。
「急ぎなさい、早くしないと神様がお怒りになる、少しずつ近づくのではなく、一斉にかかりなさい、早く、今すぐに、まずは小さき蛮族を殺しなさい」
「待ってくれ、おれがやる、元はと言えば、おれが神様を怒らせたからだ」
そうだ、おまえのせいでこうなったんだ。なのに、おまえが僕を殺すと言うのか。
「あんた、手を出さないでくれ、こっちもおれ一人でいく、そいつも刀を持っているんだから戦えるんだろ、いい刀だ、見せてもらうぜ」
「……刀か、よいぞ、こいつの刀はよいものだ、おまえの目で見てみろ」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
今度こそ殺される。とびきり体が強くて、畠で産まれたのに川の守りにまでなった首領のお気に入り。蛮族が来たときにも鍬で戦って、それが折れても戦って生きのびた。僕は狩りが上手くなったけど、正面から戦うやり方を知らない。
くそっ、こうなれば先に仕掛けるしかない。
……震える足で、跳ねることはできるのか。
「おい、右手を上げろ、そうではない、刀のこれをあいつに見せろ」
傷……いや、文字だ。こんな形の傷は石につかない。石に文字を刻んでいるんだ。
「足の震えを止めろ、落ち着かん、場を見ろと言っただろう、忘れたのか、あいつはわかっている、あいつが近くに来たらその刀を渡せ、決して襲いかかるな」
……どういうこと。
刀を渡したらどうしようもないじゃないか。
なにか考えがあるの。僕を助けてくれるの。
あんたのおかげで死なずに済んだけど、今度もそうなるの。
わからないよ。ここまできたら信じるしかない……。
「おまえ、生きていたんだな、よかった」
よかった……僕が生きていてよかったということ。僕が死ぬことを望んでいない人が村にいたということ。
「みんな、聞いてくれ、こいつはおれのせいで神様に食べられるはずだったやつだ、こんなに近くで見てるんだ、間違いない、見た目が少し変わってるからわかんないか、みんなも近くで見たらわかるんだけどな、じゃあ、この刀も見てくれ、こいつを殺すはずだったやつの刀だ、ここに文字がある、おれは文字が読めないけど、この刀はあいつが見せびらかしていたし、覚えてるやつもいるだろ」
鼻から一気に息を吸い込んでいる。まだなにかを言おうとしている。
「おれも文字が刻まれた刀を持ってる、村のために人を殺す仕事をした褒美なんだ、川の守りはみんな持ってる、こいつがこれを持ってるってことはどういうことか、まずこいつは蛮族じゃないってことだ、蛮族なら自分の刀を持ってるはずだ、村を襲うなら慣れた自分の刀を持って来るだろ、次にこの刀の持ち主は狼じゃなくてこの狩人に殺されたってことだ」
……蛮族ではなく狩人。乱暴者を敵だと思っていない。乱暴者が村の人を殺したとわかっているのに。
「狼に襲われて死んだなら刀はどうなる、この刀は野っ原に放り出されたままだろ、この狩人が拾って自分のものにしたんだったら、村に来てたときにもこの刀を持ってたはずだ、だけど、自分の刀しか持ってなかった、さっきこの狩人が言ってたとおり、殺されそうなこいつを助けて、この刀をこいつに預けたんだ」
「なんのためにだ」
……川の守りの首領。いつの間に来たんだ。
「おまえの言うとおりであってとしても、村の人間を殺したということ、畠に出ないおれたちが食っていけるのは畠で働く人間を守るからだ、村の人間を殺したならばおれたちは戦うべきだ」
「そうですけど、こいつを神様に食べてもらわなくても麦がたくさん食べれたんです、この狩人は殺されなくてもよかった村の人を助けたわけです」
「だから、なんのためにこの人間を助けたのかを聞かねばならん、村の人間を助けるために村の人間を殺した、戦うにせよ戦わないにせよ、おれたちには理由が必要だ、村を襲うためにこの小さい人間を助けたのなら川の守りとして戦う、利用されたのであればこの小さい人間も殺す、おれたちが食っているのはそのためだ」
「なにを言っている、早く殺せ、理由はいらん、神様がお怒りになっておる、神様のお考えを知るわたしが殺せと言っているのだ、それ以上の理由はない」
まっすぐな右腕の先にある刀が、握り近くまで嘘つきの左胸に入った。
「ああ、なんてことだ」
「首領が偉い人を殺した」
「うああ、血が、血が出てる、誰か止めろ」
……こんなにあっさりと死ぬんだ。
「どうする、神様がお怒りになる」
「せっかく麦がとれたのに」
「どうなるの、あたしはどうなるの」
「黙れ、騒ぐな、こいつは必要もないのに村の人間を殺そうとした、それに神様の子ではない、この小さい人間を神様に食ってもらって麦をとれるように頼んだ、これが嘘であったことが明らかになった、神様になにも頼んでいないのだ、麦がとれたのは村の人間が畠で懸命に働いたからだ」
僕を睨むこの目は、決して僕を助けるための目ではない。
「おまえ、この人間がなぜおまえを助けたのか、聞いているか」
……乱暴者が僕を助けたのは、羊がほしかったから。羊を奪うためにあいつらを襲って、そのついでに僕を助けた。
だから、首領は乱暴者を殺す。それから僕を殺す。
「うるさくて話ができん、おまえら、よく聞け、おれは川の守りの首領として他の村へ行くことがある、山の近くの村では人間が増え、川の水を大量に使うようになってきた、川の水が減ったのはそのためだ、それを知ったおれは強者二人を連れ、畠に水をひけないようにした、その結果、この村では川の水が増え、多くの麦がとれた、このことはおれたちしか知らない」
……そうだったのか。これまで麦がとれなくてたくさんの人が死んだのも、僕が神様に食べられていないのに麦がとれたのも。
でも、こんなことを急に言われてもみんな信じないだろう。あいつの嘘を信じていたんだ。まだ信じている人のほうが多いだろう。でも、誰もなにも言わない。なにも考えられないんだ。
下手なことを言うと、首領を怒らせる。あの嘘つきの命が奪われるところをみんなが見た。あいつでさえ、あっさりと殺された。畠の人の命は、もっと簡単に奪われる。
首領に逆らえる人はいない。そんなつもりがなくても、どんなことを、どう言えばいいのか、誰にもわからない。なにも考えないことが自分を守る一番のやり方だとわかっているんだ。神様のことも考えてはいけない。
「首領、山の村のやつらが攻めてくるんじゃないですか」
……山の村。そのせいで麦がとれなくなった。神様が怒ったからではない。なんて酷いことをするんだ。さらに村にも攻めてくるのか。どれだけ奪えば気が済むんだ。なんにも悪いことをしていないのに。
「そうだ、だから、おれたち川の守りはこの人間を見極める必要がある」
「この狩人が山の村のやつってことですか」
「そうかもしれん、そうでないなら共に戦ってもらう、だから、この人間がなぜここにいるのかを聞かねばならん」
乱暴者は強い。川の守りも強い。一緒になって山の村のやつらと戦う。負けることなんてない。川の守り三人で水を取り返したんだ。さすが首領だ。あいつの嘘を見抜いただけのことはある。一番いいやり方を選んでくれる。
「あんた、なんでこいつを助けたんだ、あんたは狩人だ、山の村のやつじゃあない、そのことをあんたの口から聞きたいだけなんだ」
……なんで、なにも言わないの。