最終話
真波が死んだ。
あの後、これから用事があるのだという真波と別れ、近場にあった彼女の部屋を借りて一泊し、そのままバイトに向かった。
あの時の俺が死んでしまう、という訴えに対して、彼女はただ笑みを浮かべ大丈夫とだけ告げた。
彼女が大丈夫と言うのならば、何も問題は無いのだろうと。あれは何かタチの悪い夢だったのだと、俺はすっかりと納得し安心していた。
その次の日のバイト中に、真波の友人から連絡があった。
その日は雨が降っていた。真波が雨でスリップした車に轢かれて、頭を打って、まもなく死んでしまったと。
意味が、分からなかった。
いつの間にか、俺は俺と真波の部屋の前に居た。
今までの記憶がおぼろげで、道中で容赦なく降りかかった雨で重く冷え切ってしまったのか、体の感覚が希薄だった。
ただここに来る中、何度も真波の後を追う事が頭をよぎり、その度に真波の言葉が繰り返される様に響いたのを思い出した。
圭くんは、大丈夫。
その言葉を、俺に言い放つ事になった原因も。
慌てて部屋の中に入る。昨日のままなら、まだテレビの前でじっと座っている筈だ。
「死神っ」
テレビの前には居なかった。
昨日までは確かにそこに居て、重くそこから動く事は無いのではないかとも感じた黒の塊は、元から何も無かったかの様に、ただいつも通りの風景に戻っていた。
「お前が、お前が真波を殺したんだろっ」
どこにも居ない。風呂にもトイレにも、押し入れの中にも居なかった。
荒れてしまった部屋の真ん中で、力が抜けてしまったかの様に倒れ込む。
居なくなったのは死神だけではない。
もう二度と、この部屋に真波は現れない。
棚から落ちてしまったのか、床に落ちていた写真立てが目に入り、縋るように手を伸ばす。
そこには俺が一番好きな表情で笑う真波が居て、今すぐにでも、ここから消えてしまいたいと思った。
大丈夫、だから。
真波の声が頭に響く。
真波が何を思っていたのか、何を考えてああ言ったのか、なぜ俺ではなく、死んだのが真波だったのか、分かってしまった様な気がした。
真波の微笑みが繰り返される。
床に広がっていく水滴を見て、ぼんやりと思う。
大丈夫だと言ってくれた彼女はもう居なくて、それでも俺は、生きていかなければならないのだと。
了