五話
真波が借りている部屋は近場の駅から二駅程先にあった。
電車に揺られながら思い出す。
真波の部屋に初めて行ったのは、まだ付き合って間もない頃の事だった。
当時の俺は、それまで恋愛沙汰とは無関係だった事もあり、真波と付き合い始めた事に関してまだ飲み込みきれておらず、どこか現実感を感じていなかった。
どこか真波らしい、近代的で小綺麗なアパートの一室で、俺たちは色々と、話し込んだ。
その中で、真波も今までの人生で恋愛とは無縁だったと、俺と同じ様な事を明かした。
驚いた俺は、耐え切れず聞いた。
「なんで俺と、付き合いたいなんて思ったの?」
その時はまだ、真波も曖昧な笑みと答えを返すだけだった。
真波のアパートに着いた頃には、一時を回っていた。
真波はそこまで寝起きが悪い訳ではない。むしろ良い方だ。
こんな時間まで寝ているとすれば、それは相当珍しい事だった。
「真波?」
ドアのチャイムを鳴らすも、返事がない。そこで、もう一度電話をかけた。
ドアの向こうから、微かに着信音がする。真波が好きなアーティストの歌だ。
ここで聞こえるという事は、真波が寝入っているとすれば相当大きな音量で聞こえているはず。
嫌な予感がして、慌てて合鍵を使い、ドアを開ける。
久しぶりに入った真波の部屋は、どこか懐かしさすら覚える様で、しかしあの頃の匂いや生活感は薄れているなと、慌てた頭でそんな事を思った。
ベッドを見ても、そこには俺の想像していた真波が寝入った姿はどこにもなく、枕元に置かれた携帯がいやに目立っていた。