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桜子さんのそんなに怖くないお話

たらららーん てててててーん、鼻歌をうたう男。

作者: 秋の桜子

挿絵(By みてみん) 


砂礫零様から頂きました。





 雨が降っている夜、娘が独りで逝った夜、ベランダで私も独り濡れるに任せて眼下に流れる、ヘッドライトの灯りを眺めていた。


 チャ!た………ぷん!何かが水音を立てて私の背後に落ちてきた。振り返る、しゃがみ込む。未確認生物がそこにいた。


 なんだと見ているうちに外側の硬めのゼリー状の物質が、ペちゃんとしてある。中にはチカチカと蛍のように光るビー玉。


 そろりとそれを触るとぶるぶると震えていた。私は、なんとも憐れになり、そろりとそれを手の上に乗せると、室内に落とさぬようにゆっくりと入る。


「さて、どうするか………ゼリー状の外皮か、とりあえず水中に入れとこう」


 実験に使う蒸留水をとりあえず、ボウルに注ぎ入れると、その玉をゆっくりと優しく沈めた。チカチカと嬉しそうに光っていた。


 濡れそぼっていた私はシャワーを浴びる。温かいそれは神に背く行為を父子でするなと言っている様だった。それから眠りについた。ビー玉の事は翌日にしようと思いながら。


 翌朝、ビー玉の事を覗く。ボウルのそれは何とも哀れな感情を呼び出してきた。なので慌てて水槽を用意し、それを静かに沈める。フヨフヨと嬉しそうなビー玉。


「ん、何だ?感情があるのか?」


 興味が出る。個体数が一つなので観察することしか出来ないが、仕事を辞めていた事もあり時間があったので、それの生態を調べることで気を紛らわしていた。


「え!増えた………」


 翌日、水槽の中にはビー玉が2つになっていた。フヨフヨとそっくり同じ様なものが存在している。さらに興味が増し、私はそれにのめり込んだ。



 ●●●●●●



 クスクスクスクス、今度はウマクいくよ。ナタデココは不向き、衝撃に弱いからね。ヤッパリ、ゴックンと飲み込んで貰わないとね。優しく飲みものと一緒に、ゴックン。


「イヤぁ、このウェブサイトナイスだねぇ…………クスクス。さっそくアイデアを拝借、くく、ク、タピオカちゃんの加工方法をね、片栗粉と黒糖で代用で作れるのか、クスクス………」


 小さめのつぶつぶにしよう、かわいくかわいく♡の形も試そうか。その方がいい、素適な女のコ達が、がかわいいと、ハマればインスタで流れる、多くの人に飲んでもらいたいからね。良いものミツケタよ、タピオカ!


 都会のワンルームマンション、その一室でエプロンを着た人物が、鼻歌をうたいつつキッチンスペースで何やら作っている。


 たらららーん、ててててーん、たらららん、てててて、るるるるぅ


 きっちりと計量している。片栗粉、黒糖、乳鉢で丁重にすり潰した数種類の何か…………、それをボウルに入れ、サラとかき混ぜると、蒸留水をてぽてぽと注ぎ入れる。途中で止め混ぜると、ペタペタとした塊になる様に水を調節して入れる。大まかな塊が出来上がる。


 次にその人物は、ラップを大きく広げてある、食卓の上にボウルの中身を、丁重にゴムベラでこそげとって移し替えた、手に片栗粉をはたいてから、丁重にそれを捏ねあげていく。


 たらららん、てててて、るるるる、たらららーん、たらららーん、たらら、じゃんじゃんジヤァーン。


 鍋にたっぷりとお湯を沸かす、それに小さく揃えて丸めたそれを、ポトポト落としていく、ふと思いついたハートの形も加える。菜箸でクルクルと回して丁寧に茹であげる。


 ランランランラン、るるるるる、てててて るーるる。


「美味しくなあれ、タピオカ、タピオカ、タピオカモードキ」


 氷水が入ったボウルに、それを網杓子でそろりと引き上げると、静かに水に離す。するるると沈んで溜まる黒くて丸いタピオカモドキ。


 ランランランラン ルールルルル てーてててて ルルル。


 出来上がると、冷蔵庫から店で提供している、レモネードのボトルを出す、食器棚からは同じく店で使用しているピカピカに磨いたグラスのひとつを選ぶ。トトトト、と先ずはレモネードを入れた。


 そして出来上がったタピオカモドキを、水気を切りそろりとひとすくい、グラスとのバランスを考え、それまで研究で飲んできた他店の商品の量を思い出し、計算して少し足す。


 ゆるりと淡いレモン色の中でそれは沈む。ブロックよりクラッシュか、と最後に氷を選ぶとゆっくりそろりと、その中に入れた。飾りをと、スライスレモンをひと切れ、育てているミントをプチンと千切って飾り付ける。


 らららら ルルルル てててて らーらら、るるる てーてて ららら るーるる てててらんらんらんらん ジャーン!


「く、くく!でーきた!タピオカモドキレモネード、タピオカ表示すると役場から怒られるから、黒糖つぶつぶレモネードにしようかな、カワイイ、ハートがカワイイ、チコちゃんできたよー、パパ頑張った」


 水滴のついたグラスを、笑顔のフォト、側にはピンクの布で包まれた四角い箱、共に置かれている白い花の側に、コトリと供える。


「お料理教室でお願いします、って言われたらいいなぁ、料理は科学、クスクスクス、パパも今では立派なコックさん、日本に帰ってきて………みんな同じ、チコちゃん、違うって言われたね、日本ゴ話すの苦手だったし、持ってるものは最初は全てアメリカの物、おかしいって何、パパ今でもわからない、同じが大切なら、そう。子供はみんな同じになればいいんだ」 


 結果が出るまでは………まだまだ先だけど、若いほうが良い、その方が定着率が高い、マウスでは成功した。男はエプロンを外すと一つきりの椅子の背にかける。代わりに白衣を取り出すと、きっちりとボタンをはめて着る。


 科学者の顔に変わる。メガネを外しコンタクトに変える。壁際のラックの上の小さな飼育ケースに近づく。AからZ迄のマーキングされた物、床には大きな水槽が一つ。水の中にはビー玉の様な核を中心にした、大人の拳位の半透明なモノが、フヨフヨと幾つも底に沈んでいる。


 タブレットを手にする。開く画面、集めたデータをさらう。そこには知り合いに頼み込借りた、実験室でのあれこれがぎっしりと詰め込まれている。


「さて、Aの雌のマウスの子供に、Fの固体の骨粉、それとビー玉の核が作り出すゼリー状のものを乾燥させたのを、餌に混ぜて食べさせた。成長し、Fと関係のない個体と交尾させる。すると産まれた個体は、Aの遺伝子ではなくFそのものが産まれた、Aの子供はFとの血のつながりはない、ふふふは、はは、楽しいよ。うん、長生きしたいね、とりあえず毒性は無いから、試してみよう、何、材料はある。ほんの少しの骨粉、ビー玉は無限だから」


 ピンクの布に包まれたそれに、目を向ける科学者がいた。



 ●●●●●● 



「ママ!このジュースおいしい!タピオカなの?なんかちがうのが、つるんってはいって、すっごくおいしい」


 ゆるりとしたテンポのクラッシックが流れるカフェ、母子連れがランチを楽しんでいた。


「サンドイッチプレートです。お嬢さん美味しいですか?」


「うん!おじさん、このジュースとってもおいしいの、中のつぶつぶがおいしい、これなあに?」


「おじさんが作った、タピオカみたいなお菓子だよ、プニっとしてて美味しいでしょう」


「うん、ママ!おいしー」


 サンドイッチを頬張りなから、母親の顔を見る幼い少女。その子の顔には見覚えがあると思いつつ、まだ若い母親の顔を接客モードの笑顔で見る。


「そう、良かったわね………まあ、ほんとに美味しい、これなんですの?」


 子供に返した事と同じ事を話しながら思い出す。ああ、そうか、過去のデータが浮かび上がる。


『側に来ないで、ちゃんと日本語話して、変なのうつる!逃げろぉぉ。きやぁぁ、アハハハ、バカ、バカがうつるう!』


 娘に酷い事を言っていた、ひとりか、大きくなったな、子供がいるのか、そういえばこの店良く同級生とやらが来るが、私の事は知らないんだろうな。知ってたら来ないだろ。と何処か愉快になった彼。もう一人が囁く。


 ………定着率は子供であればあるほどいい。そして個体は妊娠できる雌が良い。次世代はチカの個体が産まれる確率が高い。もし受胎出来る年齢ならば、確率は低いが、まれに産まれる事もある。ゼリー状の物質が、遺伝子レベルで、何らかの影響を与えるのかもしれない。人ではどうなるのか、楽しみだ。


「じゃごゆっくり」


 男は厨房へと戻る。小さい店、儲けを気にしていないので従業員は居ない、彼一人が全てをこなしている。ランチタイムは、サンドイッチプレート1種のみにしている。飲み物の種類は多い。


 安く、子供連れでも気兼ねしないアットホームな雰囲気は、若いママの中では隠れた名店になっている。名物のバターたっぷりのオムレツを焼き、それを野菜と共にマヨネーズを薄く塗ったパンに挟んでいく。


『パパのオムレツのサンドが、イチバーン好き』


 死んだ娘の声が聞こえる。そして鼻歌をうたう。



 たらららーん、ててててーん、たらららん、てててて、るるるるぅ、たらら、らん、らん、らぁん!くくくく。



 運命の扉が開いた。そんな気がした男がいた。


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[良い点] 面白いけど、フツーに怖かったです (;'∀') 怖くないって騙されたww [一言] 歌が好きです~♪ 途中までは、もっとご飯ぽいお話を想像してました。 〇ューピー3分クッキングみたいな…
[良い点] パパほどの執着に囚われてみたいと、ちょっとズレたことを感じました。 そして閉鎖的で「同じ」を求める哀しさ。 タピオカの同質性が見事に反映されていると思いました。
[良い点] 鼻歌混じりの復讐。愉しそうな狂気。 美味しそうなのに、なんだか怖ーいタピオカドリンクが、この後を想像させますね。 [気になる点] レモネードドリンク、と書いたところ、ひらがな入れてください…
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