第2話 街巡り
お待たせしました!
それでは、第2話です!
夜が明け、実家生活二日目を迎える朝。
カーテン越しでも感じた陽光で自然と目を覚まし、軽く身体を伸ばす。洗面台で顔を洗えば眠気はすっかり吹き飛んだ。
全員が揃って始まる朝食。しっかり腹を満たした後は食器を片付け、再び自室へ。
箪笥から取り出した普段着に袖を通す。ショルダーバッグに財布、スマートフォンを入れれば準備は完了した。
「れーん! 早く行こー!」
「はいはい、今行くよ」
扉越しでも通りの良い桐花の声に返事をする。
初めは一人で周囲を散歩しようと考えていたが、それを皆に伝えると真っ先に桐花が反応。「私も一緒に行く!」と言い出し、それに紗百合も乗じる。最終的には三人で九曜市を巡りながら遊ぼう、ということに帰着した。
時刻は九時。玄関から躍り出れば太陽は青空に昇り、大地をジリジリと照らしている。暑いと感じるが、都会に比べて風の通りが良いことによる爽快感もあった。
桐花と紗百合も準備を終え出発しようと思ったその時、背後から呼び声が掛かる。振り向けば龍玄の姿が。
「どうしたの、お爺ちゃん?」
「伝え忘れていたことがあってな。今日の夕方、道場に顔を出せ。久々に揉んでやろう。鈍ってないことを期待しておるぞ」
「りょ、了解です……。それじゃあ行ってきます!」
「うむ。車には気を付けろ」
景気の良い紗百合の返事の後、見送られながら歩き出す。建物に囲まれた場所で住んでいたこと、最後に見たのが雪に覆われた光景ということも合わさって新鮮味を感じた。
小川沿いに歩くこと三〇分。家屋が集合した場所から少し外れた場所にある長い石造りの階段を上り切ると、そこには時代の経過と共に風化した社が建っていた。
「うわー、此処もそのまんまだ!」
「そりゃ一、二年じゃ変わらないよ。神社の人が管理してるし」
元々は京都に存在する神社の分社。ある時を境に関係者が途絶えてしまい、時代の流れと共に風化してしまった。昔の資料を紗百合と見たことがあるが、白黒の写真であるにも関わらず迫力が伝わってきた。
今では八雲神社で最低限の整備をしており、一応の体裁は整っている。住宅街から少し外れているのと雑木林に囲まれていることが相まって、小さな頃の自分たちにとっては秘密基地のような場所だった。
「ねぇ見て見て、アリジゴクいる! 可愛いなぁ」
砂地となっている社の影に疎らな間隔で存在する円錐の穴。それこそアリジゴクの巣であり、獲物を捕らえるための工夫だった。
アリを食べる様子を興味津々に見つめる桐花。その姿は高校生と言うには純朴に過ぎた。
「こうやって改めて見ると、お姉ちゃんって小学生がそのまま大きくなった感じするよね」
「そうだな。でも、それも桐花いいところじゃないか?」
「それもそっか。お姉ちゃん、そろそろ次行くよー!」
「えぇー! もっと見たーい」
「そんなんじゃ日が暮れちゃうから! ほらさっさと動く!」
「はーい……」
渋々ながらも了承する桐花。合流して出発しようとしたところで脚を止め、何かを探すように周囲を見渡し始めた。
「桐花、どうした?」
「しっ、静かにして」
あまり見ない真剣な表情に、無言の頷きをもって返答する。桐花が指で示した先を見れば、石造りの台座の上に座っていたのは一匹の狐が此方を見ていた。刺し込む木漏れ日によって金色に輝く体毛は神々しさすらあり、尻尾は陽炎の如く揺らめき二本存在するように幻視させる。
目を奪われること数秒。狐は台座から軽やかに跳び下りると、体に葉を擦らせながら雑木林に消えて行った。
「今のは……」
「すっごい綺麗だったね。ここら辺に住み着いてるのかな?」
「かもね。……あ、帰る前にお参りしなきゃ!」
「うお、そうだ忘れてた」
三人は社に歩み寄る。鳴らす鈴は無いため、各々の財布から五円玉を取り出すと社の中に設置された賽銭箱に入れる。そして続けて二回のお辞儀、二回の拍手、そして一回のお辞儀をした。
小学校時代でも、遊んだ後はこうしてお参りを欠かさなかった。幾ら寂れているとはいえ、神様が本当に居ると信じていた。
流石に高校生になった今では信じていない――という訳でもない。
それは偏に、魔法という神秘との関わりの影響が大きい。自分たちに魂というモノが見えないように、神様も本当に存在するのかもしれない。改めて考えた恋はそう思うようになっていた。
お参りを終えた三人は来た道を辿って歩くこと一時間強。湧き水を飲んだり過去に遊んだ場所に寄りながらも、街中に辿り着いた。
街中とは言ってもその中心は駅だ。周囲にはデパートやホームセンターなどの店舗が展開されており、遊ぶ時は大体ここになる。
都会の人が見れば「え、これで発展してるの?」と思ってしまうだろうが、実際田舎の中でかなり発展している方だ。二つ隣の駅で降りれば、その地域にはスーパーはおろかコンビニも無い。そう考えれば自ずと理解も出来るだろう。
ランドマークである複合商業施設『レゾナンス』に入る三人。エスカレーターで二階に上り目と鼻の先にあるゲームセンターに歩を進めた。
数あるゲームの中、太鼓をモチーフとしたリズムゲーム筐体の前に立つ。二人分の料金を入れれば、桐花と紗百合がバチを軽く握った。
曲選択を終え、難易度選択は一番高い『修羅』を選べばゲームが始める。流れてくる音符に合わせて面とフチを叩くこと数分、多少のズレはあれどミスも無くクリアを果たした。
続けて二曲目の選択に画面が移った時、桐花と紗百合の空気が変わる。
「調整できた?」
「バッチリ! 曲はどうする?」
「んー、じゃあ私が選ぶよ。残り二曲でスコア高かった方の勝ちね」
「おっけーい」
再び曲選択を終えた紗百合は難易度を『修羅』に合わせフチを連続で叩くと、畳返しのように演出と共に色が変色する。
その難易度は通称『裏修羅』と呼ばれる、通常の難易度では物足りないプレイヤーの為に用意された特別な難易度だった。
ゲーム開始と共に高速で流れてくる単音符。それをごく当たり前のように処理した後、怒涛の勢いで音符が流れ始める。
休むタイミングなど一切無く、一つでもミスすれば芋づる式にミスが重なるような息が詰まる演奏。それを二人は涼しい顔で乗り越えていくと、最後に流れるのは連打を示す音符だった。
この時点で二人は同点。連打音符は叩く数が多いほど得点が高くなるため、ここでの連打数で全てが決まる。今まで温存していた力を消費して瞬く間に連打数を重ねていった。
そうして音符が終わると同時に演奏が終了。画面に表示されていた連打数は紗百合の方が一つだけ多かった。
「くっそ負けたー! 次は勝つ!」
「ふふん、次も私が勝つよ!」
交わる視線は火花を散らす。三曲目のプレイが繰り広げられる中、恋はその光景をぼうっと眺めていた。
そして数分後、曲の終了と共に演奏結果が表示される。得点欄を見れば、紗百合の方が一打分の精度で上回っていた。
「うー、あそこミスっちゃったのがなぁ……」
「はー楽しかった! お兄ちゃんもやる?」
「いや、俺はいいよ。時間もいい感じだしな」
そう言ってスマートフォンを取り出せば時刻は一一時三〇分。昼ご飯を食べるには少し早いかもしれないが、ゆっくり食べる分には丁度いいだろう。
同じ階にあるファミリーレストランに入れば、ボックス席に座る。メニュー表を見て注文を決めると、店員を呼ぶスイッチを押し注文を終えた。
ドリンクバーを楽しみながら談笑していたその時、新しく店内に入ってきた少女たちの一人が歩み寄ってくる。
「やっほー紗百合、終業式ぶり!」
通りの良い声に三人が振り向けば、そこに居たのは夏仕様のセーラー服を身に着けた少女。透き通った黄色の瞳と短髪が特徴で、明るい表情も相まって活発な印象を受ける。
薬師院結衣。紗百合にとっては同級生であり、恋と桐花にとっては中学校での後輩に当たる少女だ。
「あ、結衣! もしかして部活終わり?」
「そそ、麗華たちと一緒にね。そっちは誰と……って、恋先輩に桐花先輩!?」
「おっす久しぶりー! 結衣ちゃん身長伸びたね!」
軽く手を上げて挨拶する桐花。その表情は柔らかく、久しぶりに見た後輩の成長に感慨深いものを感じているようだった。
予想外だったのか戸惑いを見せる千花。瞳を右往左往させたり、髪の先を弄る仕草にもそれは見て取れた。
「えっと、桐花先輩のことは聞いてんですけど……恋先輩って、確か都会の学校に行ったんじゃ?」
「おう。折角の夏休みだからこっちに帰ってきたんだ。バドミントンは上手くいってるか?」
「は、はいっ! 実は今度の全国大会、麗華とペアで出るんです」
それを聞いた恋は目を見張った。
結衣が言う“麗華”とは、彼女の同級生である弥勒麗華のこと。容姿端麗、文武両道、威風堂々たる姿はまさしく麗しく咲く花の如し。紗百合とは学年主席を争う仲の少女だ。
一年の頃からダブルスを組んで大会に出ていたことは知っていたが、まさか全国の舞台に立つことになるとは思ってもみなかった。
「それホントか! 優勝できるように頑張ってな」
「あ、ありがとうございますっ! 頑張ります!」
そう言って同じ部活の友達の元に戻っていく結衣。その後ろ姿を見送れば、丁度注文した料理がテーブルの上に並んだ。
「それにしても、結衣たちが全国大会か……なんか感慨深いな」
「なにそれ。お兄ちゃんってば結衣ちゃんのお父さんか何か?」
「違うよ。ただ、後輩が頑張ってるところ見ると、こう、来るものがあるだろ?」
「まぁそれは分かる。同級生としては誇りだよ」
結衣は明るい性格故に友達が多いが、その中でも紗百合とは深い友好を育んでいた。テスト前の勉強会やお泊り会など家に訪れることもままあり、話す機会もあった。
クラスの様子だけでなく、バドミントンの話もしてくれた。県大会で負けた時に酷く落ち込んでいたのが鮮明に思い出せる。
そんな彼女が県大会を勝ち進み、遂に全国大会に出場するのだ。恋ですら感慨深く感じるのだから、その努力を垣間見る機会も多いであろう紗百合にとっては相応に大きいだろう。
それを証明するように、同級生のことを語る紗百合の表情はとても得意げだ。
「いやほんと、改めて寝てた時間がもったいないなぁって感じちゃうや」
「その分もこれからを楽しめばいいだろ」
「そうそう! 過去はたまに振り返るくらいでちょうどいいよ。今と未来を見ていこ」
「……ん、そうだね! それで、次はどこ行く?」
愁いの帯びた瞳で窓の外を眺めていた桐花だったが、直ぐにいつのも元気な様子に戻ると話題が次の行き先を決めることに。
どうしようか考えていた時、いの一番に紗百合が声を上げた。
「あ、私行きたいところある! デパートの中なんだけどね」
「それだったら近いな。桐花は行きたい場所あるか?」
「んー、何か思いついたら言うー。恋は?」
「俺は星宮の方で買えるからいいよ。それじゃ、食べ終わったら紗百合の用事を済ませようか」
ハンバーグとライスをしっかり味わい食べ終われば、一息ついて会計を済ませる。紗百合に案内されるまま歩いてみれば、ものの二分ほどで到着した。
それは水着ショップ。規模としてはかなり大きく、夏らしい青を中心とした彩りの店内は様々な種類の水着が売られていた。
「折角お姉ちゃんが帰ってきたでしょ? それで海に行くのも悪くないかなって!」
「おお、いいね! でも、お金大丈夫?」
「心配ご無用です! お母さんから三人分貰って来てるよ。あ、でもあんま高いのは無理だからね?」
「はーい!」
「……え、俺もか?」
「当たり前じゃん。明日、三人で海に行くんです!」
「お、おぉう」
どうやら、紗百合の中では明日の予定が既に決まっているらしい。せめて少しくらい相談して欲しかったのは否めないが、昔から振り回される事は多々あったからか慣れの領域に突入してしまっていた。
それに、恋としてもその提案は吝かではない。思えば海で遊ぶのも小学校以来と久しく、夏休みを満喫するという意味では魅力的だ。
「んじゃ、水着選んでくる! 楽しみにしててね!」
「はいはい。会計は一緒にするのか?」
「あ、折角だから別々にしよっか。明日のお楽しみってことで」
「了解」
紗百合から手渡された紙幣を財布に仕舞い、それぞれが自分の水着を選ぶために散開する。
「とはいっても……水着って何がいいんだ?」
ずらりと並ぶラインナップを見て恋は独り言つ。普段着においても着やすさを重視しているため、当然ブランドなど気にしたことは無い。お洒落とはほぼ無縁の生活を送っていた。
「……変に考えず無難なのにしよう。うん、それがいい」
吟味すること約一〇分、手にした膝下丈まである赤色のサーフパンツを無人レジに通し会計を済ませる。それからおよそ一五分後、桐花と紗百合も会計を終わらせて合流した。
「二人とも、お目当ての水着買えたか?」
「ばっちり! お姉ちゃんは?」
「私もだよ。いいデザインのがあったからよかった」
「そうか。他にはどこかで買い物するか?」
「あっ、それだったら服見たい。今年あんまり見てないんだよね」
「いいねそれ。私も私も!」
紗百合の提案に賛同する桐花。恋としても街巡りの用事はほぼ終わっているため、断る理由も無い。二人の希望通りファッション系のテナントを巡ることに決まった。
デザイン、値段を真剣な眼で吟味していく集中力は圧巻の一言だ。それでいて息抜きで恋の為にメンズの服を選ぶエネルギーすら持ち合わせていた。流石は年頃の女子、ファッション関連になると気合が違う。
時間をかけること約二時間。結果としてプリントシャツを五着、他にもキャップなど様々なファッション関連商品を購入して買い物は終わった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回は二日目後半になります。お楽しみに!




