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メモリーズ・マギア  作者: 雨乃白鷺
鳴海の章 深き底より少女は来たる
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第1話 柊家


 車が停まったのに合わせて降車。玄関の扉を横にスライドさせれば木組みの内層が目に入る。『玄関は家の顔』と言われるが、隅々まで掃除の行き届いている様子は旅館を思わせるような徹底ぶりだった。


「一年半ぶりの我が家だー! ……あれ、なんか前よりピカピカしてる?」

「分かっちゃう? 桐花が帰ってくるものだから、いつもより掃除に気合が入っちゃって」

「そうなんだ。なんか嬉しくなっちゃうねっ」

「ふふ、そう言ってくれると私も嬉しいわ。ほら、移動で疲れたでしょう。荷物置いてきちゃいなさい」

「はーい!」


 恋たちは二階への階段を上ると各々のネームプレートが吊り下げられた部屋の扉の前へ。

 このネームプレートは中学一年生の時、技術科目の課題で作ったもの。使えそうな廃材探しから始まり、型紙を用意して名前をカラースプレーで書くなど本気で取り組んだ。表面を撫でれば当時の感触が思い起こされる。

 部屋に入るとライトを付けてカーテンを閉める。そうして六畳半の自室を改めて見渡した。


「……ほんと、そのままだな」


 ジャンルとしては民謡や神話、童話が中心だ。これら所狭しと並んでいる本は全てが紗百合のものであり、自室の本棚に入りきらなくなった分を此処に置いている。何もやることが無い時は暇つぶしとして読ませて貰うこともあった。

 壁には中学時代の制服である学ランが掛けられている。今となってはブレザーを着ているが、やはり自分にとっては学ランの方が馴染み深い。その違いに最初は戸惑ったものだ。

 他にも勉強机やベッド、部屋に存在する家具を眺めても半年前と何も変わらない自室の様相。自分が居ない間も掃除も行き届いていることに胸が暖かくなるような気がした。

 カーペットが敷かれた床に荷物を置き、勉強机の前に立った恋はふと気づく。勉強机の上に倒されたままの写真立てがあった。


「……そうか。もう、いいのか」


 写真立てに手を掛け、優しく起こす。そこには恋、桐花、紗百合の三人で遊んでいる写真が納まっていた。

 写真の中の桐花が浮かべる満面の笑み。それが戻ってきたと改めて実感すると同時に、どこか胸のつっかえが流されるような感覚がした。


「お兄ちゃん、下降りよ!」

「ん、そうだな」


 扉越しの呼びかけに写真立てを机に上に戻す。

 部屋から出て階段を下り、居間に入る。そこには奥の席に鎮座する(よわい)六六の男性の姿があった。

 ――柊龍玄(りゅうげん)。この家の主であり、恋たち三人にとって武術を教わった師匠でもあり、幾度となく世話になった人物だった。

 紗百合と桐花の隣に座ると、龍玄は徐に口を開く。


「恋、紗百合、そして……桐花よ。よく帰ってきた」

「うんっ! ただいま、お爺ちゃん!」

「――――あぁ、おかえりなさい」


 ハツラツとした桐花からの返事。それを聞いた龍玄は瞼を閉じ噛み締めるように時を置くと、次に浮かべた表情は何時になく暖かな笑みだった。

 万感の想いを込めた言葉、というのはこのことを言うのだろう。ただ日常で交わされる挨拶だが、やけに胸の奥に重く響いた。


(れん)、向こうでも息災だったか?」

「病気とかは特に何も。ちゃんと勉強も欠かさず、赤点も取らなかったよ」

「そうか、ならば良い。これからも励めよ」


 満足そうに頷く龍玄。その様子に恋は安堵から胸を撫で下ろす。

 桐花の見舞いとして都会の学校に進学する。その話を持ち掛けた時は流石に家族会議が開かれた。

 必死の説得により学生としての本分である勉強を疎かにしないこと、健康に気を使う事、一週間に一度は必ず電話で連絡することなど様々な条件によって進学を許された。色々と過保護かとも思うが、それだけ心配してくれている証拠だと考えれば贅沢な悩みとも言える。


 ただ、結果的に許されたとはいっても受験期直前で突然言い出したこと。引っ越して以来、電話越しですら一度も龍玄と会話していない恋にとって、家族会議での張り詰めた空気が強く印象に残っていた。

 だからこそ多少の説教は覚悟していたが、返ってきたのは激励の言葉だった。


「ふふ、怒られると思ってた?」


 その時、内心を見透かすような言葉が恋の耳を打つ。

 跳ねるように振り向けば、お盆を手にした忍がいた。お茶が入った人数分の湯飲みを置いた後、彼女は恋と視線を合わせる。


「何も言わず独断で決められたら確かに遺恨も残ったでしょうけど、ちゃんと話し合って決めたことだもの。私も誠也(せいや)さんも、お父さんだって納得しているわ」

「……ありがとう、ございます」

「もう、そんな畏まらなくていいのに」


 頬に手を当て困ったように笑う忍。だが、そうなってしまうのも仕方の無いことだった。

 ――家族を亡くした恋を、柊家は暖かく迎えてくれたのだから。


 過去の感傷に浸っていると、隣に座る桐花が何かと匂いを嗅いでいた。それに合わせて嗅覚に神経を集中させると、何やら香ばしい香りが台所から漂ってきていた。


「……あ! これってもしかして!」

「気付いちゃった? そう、今日の晩ご飯は桐花の大好物、ウナギです」

「マジで!? やったーっ! お母さん大好き!」

「全くもう、調子いいんだから」


 飛びついた桐花を抱き留める忍。龍玄の方を見れば、その光景を見て僅かに口元が緩んでいた。

 老人とは思えない壮健な肉体と、まるで修羅場を潜り抜けたような厳つい顔で勘違いされがちの龍玄。しかし、恋が知る中で龍玄ほど人情に厚い人間もそう見たことが無かった。

 怒ることもあるが、それは偏に相手の為を思ってのこと。撒き散らすものでは無く、愛ゆえのものなのだ。


 忍が台所に戻って料理を作る間、テレビを眺めること数分後。玄関の扉が開かれる音が聞こえてきた。

 そうして暫くすると居間の扉が開かれ、スーツを着た誠也が姿を現した。


「ただいまー。おっ、もう帰ってきてたか」

「わ、おかえりなさい! お父さん、いつもより早いね」

「今日に合わせて、数日前から仕事を多めに終わらせてたからな。……ん? にしても、随分と良い匂いがするな?」

「ふっふっふ、なんて言ったって晩ご飯はウナギだからね!」

「なるほど、だからか。今日はいっぱい飲めそうだ」


 荷物を片付けに自室に向かう誠也。その後ろ姿は何時にも増して機嫌が良いと思えた。

 ……龍玄もそうだが、大人というのはどうして酒を好むのだろうか。そんなことを考えたが、つい最近に蜂蜜酒をこよなく愛する少女がいたことを思い出した。


 人類と酒の関係は遥か太古から続いていることは恋も知っている。

 アルコールによる依存性か、飲んだ際に得られる酩酊感か。とにかく、酒には引き込まれる魅力があるのだろう。

 大人になれば理解できるようになるのか。そんなことを思いながら未来の自分を夢想してみるが、どうにも酒を飲む姿は想像出来なかった。

 そんな風に考えていた時、紗百合が傍に寄ってきた。


「お兄ちゃん、なに唸ってるの?」

「え? あー、酒の何が良いのかなって」

「ああ、なるほど。まぁ、飲む機会があれば分かるようになるでしょ。私としては中々良かった、って言っとく」

「そうか、中々良かった……うん?」


 小さな声で交わされた会話に頷いていた恋。しかし、紗百合の言葉に何か引っかかりを覚えた。

 『なかなか良かった』という言葉。それは、実際に体験したからこそ言えるのではないのだろうか。


「えっと、紗百合? まさかとは思うが……」

「うん。サブテラー(向こう)で一杯だけ飲んだ。苦みも含めて思ってたよりも美味しかったし、あの高揚感は癖になるね」


 満面の笑みで告げられた真実に恋は頭を抱える。

 好奇心の強い紗百合のことだ。酒の味を確かめられる千載一遇の機会、欲求の赴くまま行動を起こしたことは容易に想像がつく。

 常識的に褒められたことではないのは分かっているが、異世界での出来事であるため強く言うのも違う気がした。


「頼むから、こっちでは飲むなよ?」

「分かってるって。郷に入っては郷に従え。自分が居る場所のルールは守るよ」


 返ってきたのは綺麗なウインク。傍から見れば軽い返答に不安を感じさせるのだろうが、紗百合は決まり事やルールはしっかりと守る性分だ。故に、最低限の注意喚起だけで十分だった。

 そうしているとリビングの扉が開く音が二回。普段着に着替えた誠也と、料理を運ぶ忍によるものだった。


「あ、お母さん。私も手伝うよ!」

「あらそう? それなら紗百合はみんなのご飯をよそってくれるかしら」

「りょーかい!」


 立ち上がり台所に消えていく紗百合。それを見て、自分も何かしなければという気持ちが掻き立てられる。


「忍さん、俺にも出来ることあります?」

「そうねぇ……あ、みんなの分の箸と取り皿をお願いできる?」

「了解です」


 扉を開け台所に入ると真っ先に感じたのはタレの香り。空腹を感じながらも箸入れからそれぞれの箸を抜き出し、その流れで棚を空ければ小皿を人数分取り出した。

 いつの間にか台所にやってき手料理運びを手伝う桐花の後を追い、居間の机の上に皿と箸を並べれば準備は完了した。


「桐花、音頭お願いね」

「うん! それじゃあ……いただきます!」

『いただきます』


 大皿に盛り付けられたウナギの蒲焼きを取り、大口で頬張る。甘みのあるタレとふわふわとした身が箸を進ませる。山椒のピリッとした刺激も合わさり、無限に食べれるのではと思ってしまうほどだった。

 桐花と紗百合が来る前は一人暮らしで、食費もそれなりに抑えていた恋。しかし、育ち盛りの男子高校生には物足りなく感じることも少なくなかった。

 まるで枷が外れたように食べ進め、結果的に二杯分の白米を食べ終えたところで打ち止め。恋たちはテレビを眺めながら緑茶を啜っている中、龍玄と誠也は酒を嗜んでいた。


「そういえば。恋、向こうで友達はできたかい?」

「え? まぁ、うん。いつも話す同級生は三人と、あと後輩に一人」

「そうか……クラスではどう? あぶれたりしてないか?」

「ちゃんとやってるよ。だからそんなに心配しないで」


 安心させるように告げる恋。

 しかし、それは酔った誠也にはあまり効果的に働かなかったようだ。


「そうは言ってもね、やっぱり息子が都会に一人っていうのは心配するものだよ。仲間外れにされていないかとか、何か危ないことに首を突っ込んでいないかとか」

「誠也、お主は(いささ)か手を掛け過ぎる。確かに恋は他人の機敏に疎いところはあるが、もう一端の男よ。粗方の事は自分で解決するわ」

「そうなんですかね……」

「お主の優しさは美点ではあるが、行き過ぎたソレは毒へと変じよう。親ならば、そして忍の夫ならば胸を張って子供を信じているがいい」

「うぅ、やっぱりお義父さんには敵いませんね……」

「戯け。何を当たり前のことを言っておるか。ほれ、もっと飲め」

「ありがとうございますっ!」


 お猪口に注がれた日本酒をぐいっと(あお)る誠也。その顔はすっかり上気していた。

 居間にやってきた忍はそんな光景を見て溜息を零す。


「もう、お父さんったら。……あ、お風呂湧いたから、恋たちは入っちゃって」

「了解です。順番どうする?」

「んー、私は後でいいかな。紗百合は?」

「それじゃ私は二番目で!」

「分かった。じゃあ先に頂きます」

「はーい。ゆっくり浸かっていいからね」


 自室の箪笥に仕舞ってある着替えを取り出し脱衣所に。脱いだ服を洗濯機に突っ込み風呂場に入れば、身体の隅々を丁寧に洗う。最後に髪を洗い泡を流し落とせば、湯船の中にゆっくりと身体を沈めた。

 

「はふぅ……」


 染み渡る温かさに情けない声が漏れる。慣れない電車での移動は想像よりも疲労を蓄積していたようだ。

 半年ぶりに帰ってきた。その安堵感が、普段見せることのない無防備さとして如実に表れていた。

 湯船に浸かりながら想起するのは中学校時代の思い出。たった半年前とはいえ、クラス替えというものが存在しなかったからか同級生との思い出は色濃く残っている。

 都会の学校に進学することを告げれば送別会を開いてくれたりもした。自分にとっては勿体ないくらいに良いクラスメイトだった。


「……そうだ。明日、久しぶりに歩き回って見るか」


 幸い、特に急ぎの用事も無い。九曜市がどれだけ変わったのか、思い出巡りも悪くないだろう。

 そうして翌日の予定を決めながらも、身体が十分温まった恋は風呂から上がる。紗百合の部屋にノックして風呂が空いたことを告げれば、自室に入る。

 電気を付けようとしたところで、それを止める。窓に近付きカーテンを開ければ満天の星空が広がっていた。

 こうして見ると分かるが、星宮市と九曜市では星の見え方がかなり違う。都会と田舎の違いと言ってしまえばそれまでなのだが、やはりこちらの星空の方が綺麗に映っていた。


「そういえば、昔はみんなで見てたっけ」


 忍の趣味である天体観測。それに強く興味を持った紗百合の提案で、晴れた日はよく望遠鏡を覗き込んでいたものだ。

 水星などの惑星を始めプレアデス星団など、様々な星を観察した。流星群を見た時には、星にあまり興味が無かった自分でも思わず感動してしまうほどの輝きがあった。

 また、かつてのように天体観測をするのもいいかもしれない。そんなことを思いながらカーテンを閉め、ベッドに寝転ぶ。

 そうして恋はやってきた睡魔に意識を手放し、一日目が終わった。


読んでいただきありがとうございました!

また次話をお楽しみに!


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