プロローグ② 懐かしき故郷
お待たせしました。
今章、恋たちの故郷が初めの舞台になります!
八月二日、九時〇〇分。
降り注ぐ陽光に翳り無く。朝から蒼穹が絶えることなく顔を覗かせている。
サブテラーという遠き異星で濃密な時間を過ごしたのも今や昨日の話。蝉時雨が響く中、恋たちは学生らしく夏休みを満喫していた。
『今日の星宮市の天気です。午前、午後共に晴れ。予想最高気温は三三度、真夏日となる可能性があります。こまめな水分補給を行い、熱中症に気を付けましょう』
ピッ、という電子音と共に、ニュース画面が切り替わる。
『今、話題の新人歌手である神楽アリアさんのセカンドシングル「明星」が発表されました。それに伴ってミュージックビデオも公開、その反響も大きいようです』
『――いやぁ、自分は今まで海外のロックやクラシックしか聴いていなかったのですが、彼女の歌はいいですね。こう、魂に響くといいますか。月並みな表現になってしまいますが、音楽の神様が本当にいるのなら、放っておかないでしょうね』
ピッ、という電子音と共に、スーツを着た一般男性のインタビュー画面が切り替わる。
『昨日、太平洋深海層を調査していたアメリカの無人潜水艦が謎の音を観測したとの発表がありました。その発生原因は不明となっていますが……難波博士、これはどういうことなのでしょうか?』
『そうですね。実は過去にも一度、チリの沖合でこのような発生原因不明の低周波音波が観測されたという記録があります。この音のことを「ブループ」と呼ぶんですが、これは人工物や自然現象、はたまた現状確認されているどの生物もこのような音を発しないことから――』
ピッ、という電子音と共にバラエティ番組画面が切り替わった。
「ちょっ、なんでチャンネル変えたのお姉ちゃん! 今のとこ面白そうだったのに!」
「えー、私は面白くないからやだー」
「なんて自分勝手な……!」
紗百合の文句を受けながらも連続でチャンネルを変えていく桐花。新しい人工衛星が打ち上げられたというニュースや子供向け番組などを経て、最終的に辿り着いたのはコンサートホールで演奏するオーケストラを中継している番組だった。
「いやー、やっぱり楽器だけの音楽はいいね。心が安らぐ……」
「そんなこと言っていつも途中で寝るくせに。それだったら私にチャンネル選ばせてよ」
「私は一年以上寝たきりだったので自分のこと考えてもいいと思いまーす。どうせ紗百合は好き放題してたんでしょ?」
「むぅ……だったら勝負しようよ! 勝った方がチャンネル権を得るの!」
「えー……紗百合、そう言っていつも負けるじゃん。正直もう格付けは済んだかなって」
「は? 勝負はやってみないと分からないけど??」
「いや昔からずっとじゃん。負けが込んで泣いたことあるのも知ってるし」
「な、ななな泣いてないけど!?」
場所は恋の家。リビングで繰り広げられるのは姉妹による言葉の応酬。
険悪さは無い。『喧嘩するほど仲がいい』ということわざを体現しているようだった。
その時、恋が扉を開いてリビングに入ってくる。背負う大きめのバックパックには着替えや夏休みの課題が詰め込まれていた。
「大きい方が一〇の位で小さい方が一の位、両方の目がゼロだった場合は一〇〇扱い。目が小さい方が勝ちの一発勝負ね」
「おっけい。先手は譲ってあげるよ」
「その余裕面も今の内だから! ……お、おおお! 五だよ五! これは流石にお姉ちゃんでも!」
「よいしょっと。……よっしゃ〇一! 私の勝ちぃ!」
「う、うそーん……」
頭を垂れる紗百合。対して桐花は勝ち誇った笑みを浮かべ、片手で二個の一〇面ダイスをお手玉していた。
「紗百合、桐花相手に運が絡む勝負は分が悪いだろ」
「分かってないねお兄ちゃん! お姉ちゃんの得意分野で下してこそ、真の勝利と言えるんだよ!」
胸を張って答える紗百合。やる気に満ち満ちた表情は、先程までの落ち込みが嘘のようだった。
「遊ぶのもいいけど、二人とも荷物は纏めたのか?」
「私は終わってるよ。お姉ちゃんは?」
「ちゃんと終わってるー」
「了解。一時間後くらいに出るからな」
「はーい!」
それから家事などを終わらせて一〇時ちょうど。最後に戸締りを確認すると恋、紗百合、桐花の三人は家を出発。星宮駅から新幹線に乗り込んだ。
向かうは柊家――恋が半年前まで住んでいた場所。
「にしても、やっぱり残念だなぁ。葵ちゃんと育くんも来れたら良かったのに」
「しょうがないでしょ。二人とも用事があったんだから」
「そうなんだけどさー……」
肩を落とした桐花は売店で買ったお菓子を摘まむ。
そんな彼女を尻目に、恋は昨日を思い出す。
元々夏休みの間に一度は帰ってくるように忍から言われていた。そこでなるべく早いほうがいいだろうと思い立ち、夏休みの第一週で帰省することに。紗百合と桐花に相談するといとも軽く賛成してくれた。
その際、桐花は折角ならということで葵と育も実家に招こうと誘ったらしい。だが葵は部活の大会が近いこと、育は家の事情で厳しいという理由でそれぞれ断っていた。
実はベネトも地球にいるのだが、裏で活動する魔法組織や昔馴染みに顔を見せに行くという事で忙しいらしい。サブテラーから帰ってからは連絡こそ取り合うものの直接顔を合わせて話すことは無かった。
そんなこんなで、恋たちは三人で新幹線に揺られていた。
「あ、ねぇねぇ恋。ちょっと勝負しようよ」
「勝負? もしかして紗百合とやってたやつか?」
「うん! 暇だしいいでしょ?」
「そうだな。じゃあ、桐花から振ってくれ」
「うん! それじゃあ、てぃっ!」
座席ボードの上を二つのサイコロが転がる。大きい方は真っ先に止まり、少し時間を置いて小さい方も止まった。
二つのサイコロの目は両方とも〇。それが示すのはこのルールにおいて最も大きい数字である一〇〇だった。
「ファッ!?」
「珍しいな。じゃ、俺の番」
結果に目を剥いた桐花を尻目に、恋はサイコロを手に取ると徐に振る。止まった目は大きい方が二、小さい方が五。数字にして二五、当然桐花の目より小さい。
「うし、今回は俺の勝ちだな」
「うーん、やっぱり恋とやると運の冴えがイマイチだなぁ」
「え、運の冴えとか初耳なんだけど」
「そう? 紗百合もあるでしょ。『あ、今の自分運が良い!』って感じる瞬間」
「いやいや無いから」
談話を交わしながら、他にも持ってきたトランプで遊んだりで時間を使うこと約一時間半。目的の駅で降りれば、そこからローカル線に乗り換える。
車窓から見えるのは山間を利用した棚田にぽつぽつと集まる家屋。半年とはいえ都会に住んでいた恋としても、緑豊かな景色は心落ち着くものがあった。
都会はコンビニが近いなど何かと便利なことも多いが、その分開けた土地が少なく肩身が狭く感じてしまう。人が多いというのも最近でこそ慣れはしたものの、やはり気疲れしてしまうというのが正直な感想だった。
電車がトンネルを抜ける。車窓からは山に囲まれながらもスーパーなどの建築物が広がっているのが見えた。
車両の減速に伴って荷物を背負い、ボタンを押して扉を開けると電車から降りる。階段を上って自動改札に切符を通し駅外に出れば、視界にロータリーが飛び込んで来た。
都会に比べれば十分田舎だが、これでも発展している方だ。寧ろ自然と共にあるこの街並みに安心感を抱いていた。
――九曜市、出雲区。それがこの土地の名前であり、自分が育ってきた場所だった。
「あ、お母さん!」
物思いに耽っていたところに聞こえる桐花の声。彼女と同じ方向に視線を飛ばせば、軽自動車の傍に柊忍の姿があった。
駆け寄り勢いよく跳び付く桐花。荷物の重量も加わってそれなりの威力であろう抱擁は、笑顔のまま抱き留められた。
「おかえり桐花。でも駄目でしょう? いきなり飛びついてきたら危ないわ」
「えへへー、久しぶりで嬉しくなっちゃって。でも、お母さんなら受け止めてくれるでしょ?」
「ふふっ。それくらい親として当然よ」
「ヒューッ! お母さんカッコいい!」
頭を優しく撫でられ気持ち良さそうに目を細める桐花。以前では見慣れていた光景も、一年ぶりに目にすれば自然と感慨深さが生まれた。
忍の視線が恋と紗百合に移る。
「二人もお疲れ様。さっ、乗っちゃって。誠也さんはお仕事だけれど、お爺ちゃんは待ってるわ」
「分かった! 行こ、お兄ちゃん!」
「ああ、そうだな」
「ほら、桐花も。今日はご馳走だから楽しみにしてて」
「ホント!? やったー!」
車に乗り込む四人。シートベルトの装着を確認するとエンジンが駆動し、前進を始める。
少し変わったところはあるが、殆どは半年前と何も変わらない。進む道すがら眺める景色には思い出が沢山溢れていた。
そうして車に乗ってから三〇分ほど。屋敷というには小さいが、それでも十分に立派な一軒家が視界に飛び込んでくる。
それこそが柊家。恋が幼少期から世話になり、実家となった場所だった。
ここから暫くは学生らしく夏休みパートとなります。
恋の故郷が舞台となる今回の章、果たしてどうなるのか。
先の展開をお楽しみに!




