プロローグ① 深き者たちの輪舞
新章、開幕です。
それは昏く静寂に満ちた群青の世界。そこには小魚はおろか回遊魚一匹たりとも存在しない空白地帯と化していた。
直後、その静寂はいとも容易く破られる。
海中を魚雷の如く突き進む六つの影。先陣を切るあどけなさが残る少女、そして追い立てる集団には共通点があった。
それは下半身。魚の尾部がそのまま脚に取って代わったように存在しており、敷き詰められた鱗が僅かに差し込む光を反射し宝石の如く輝いていてる。
――人魚、もしくは半魚人。そう呼称される存在たちが、大海原にて逃走劇を繰り広げていた。
「ホント、しつこい奴らね……!」
『キシュルルルルッッ!』
少女は背後を一瞥、軋むような唸り声を上げながら迫る五つの魚人に悪態をつく。
平たい顔から浮き出る目玉に、鱗で覆われる全身。魚としての面が強く出ている印象こそ抱くものの、他には少女との目立った差異は見当たらない。
それも当然で、姿こそ違えど両存在は親を同じとする。言ってしまえば家族という間柄であり、それこそ少女が追われる理由だった。
複雑な障害物も無い場所で数的不利、余計な蛇行は囲まれる可能性が生まれる。速度差があれば強引に引き離すことも出来るが、追手たちも一向に速度が落ちる気配が無い。
少女が身を翻した直後、高水圧レーザーが駆け抜ける。その威力は岩を容易く切り裂くものであり、対象を捕らえるには過剰過ぎる攻撃だった。
目的地もあと僅か、追手を引き離す以外に先は無い。
少女は突如停止。手元に現れた三叉槍を握り締めると、一思いに振り抜いた。
「――喰らえッ!」
発動されるのは水の魔法。
生じた大いなる海流は渦となり、追手を取り巻く檻と化す。これで暫くは追撃を食い止められる。
何とか脱出しようと藻掻く追手たちを尻目に逃走を再開する少女。魔力の欠乏を感じながらも水泳速度を高める魔法を解くことは無い。
このような逃走劇は今に始まったことではない。今回で三度目であり、その苛烈さは数を重ねるごとに増している。
仮眠はおろか僅かな休息すら臨めない環境が疲労が肉体と精神を攻めたてる。海の力を操る魔法も先ほどの行使で魔力がほぼ打ち切りの状態だ。
だが、そんな現状もあと少しで一刻は落ち着く。それだけを支えに朦朧とする意識を保ち、ただ目的地に向かって泳ぎ続ける。
そうして辿り着いたのは一つの亀裂。追跡者が居ないことを確認すると、躊躇いなく飛び込んだ。
数メートルも進めば広がっているのは光無き領域。その暗さは深海域に匹敵するほど。
前に進んでいるのか、それとも沈んでいるのか。平衡感覚すら曖昧になりかけていた。
それでも尚、少女は自らを信じて愚直に進み続ける。必ず生きて、引き離された姉妹と再会するために。
永劫とも感じ取れる時を経て、その視界に眩い光点が映り込んだ。
「…………ッ!」
それは正しく光明。冷たさに支配されかけていた身体は熱を取り戻し、瞳に活力が宿った。
歯を食い縛り、最後の力を振り絞る。
藻掻くようにして尾びれを動かし、必死に前へ前へと突き進む。
そして、全身が光に包まれた時、少女の意識は途絶えた。
次回はプロローグ②となります。
視点は変わり、サブテラーから帰ってきた恋たちの日常をお送りします。
お楽しみに!




