第??話 舞台裏にて
初めに生じたのは鈍く重々しい打撃音。
発生源は硬く握り締められた拳。余程激しく打ち付けたのか皮膚が捲れ上がっていたが、それも瞬く間に傷一つない綺麗な肌へと戻っていた。
「やれやれ、ここは私の城なのだが。頑丈に造ってあるといえ乱暴は止してくれよ」
嘆息するように呟いた白衣を纏う緑髪灰眼の男――ナムコット・キット・クロックワーク。
研究室の内デスクチェアに腰掛け、脚を組む様は見る者に尊大なイメージを抱かせる。
そんな彼と向かう合うのは、椅子に座る男とは対照的に黒衣を纏う銀髪紅眼の男――ベネト・エレプリーズ。
「ハッ。お前の研究室なんて何個もあるんだ。いっそのこと一個くらい壊れてしまえばいい。こんな気色悪い空間が消えるとなれば僕も清々する」
嘲笑うように言い放つベネト。しかし言葉通りであることは否めなかった。
天井、壁、床、置物。その空間を埋め尽くすのは数えるのも馬鹿らしくなるほどの時計たち。
指し示す時間に同じものは一つとしてない。デザインもアンティーク調のものから最新のデジタル式や、どうやって時間を読み取るんだと言わんばかりの奇々怪々な銀細工といったものまで様々だ。
すわ時計の絵柄をした壁紙かと錯覚してしまいそうになるが、それら全ては真に駆動し変化を続けている。
二人が存在する世界を表すのはただ一つ。窓から差し込む夕焼けの光によって生み出される影だけ。
「時計とは私の原点であり、趣味でもある。付き合いの長いキミなら知っているだろう。それにこの部屋は何かと内緒話をするのに便利なんだ。修復が面倒だから止めたまえ」
「冗談だから安心しなよ。物理的に隔離した一つの空間に時間計測装置を多重に配置することで“別々の世界の時間が流れている”と定義し、そこから生じた歪みを利用して独立した一つの世界を創る。流石は『時計仕掛け』の名を背負うだけはある。ああ、全くイイ趣味だと思うよ」
「皮肉で言っているのが丸わかりだが……まぁいい、話を戻すぞ」
二人の視線が交差する。
「今回地球で巻き起こったエノ・ケーラッドによる一連の事件。襲い来る数々の苦難を、私が発明した魔法具を使用する魔法使いの少年少女が見事解決した。
――素晴らしいじゃないか。少年少女は無事に地球の、ひいては宇宙の未来を護り抜いた。めでたしめでたしで済む話だろう?」
「そうだね。あの状況では、あの結果は最善だった。それは僕も認めるけどさ、最善の結果が最良の未来を創るとは限らないんだよ」
その言葉は自戒するようであり、不思議な重みがあった。まるで実際に体験した基での発言とも思える。
「本当ならエノ・ケーラッドは確実に殺しておくべきだった。その為の魔法も組んであったんだ」
「ふむ。キミが書いた報告書では『首謀者であるエノ・ケーラッドは異法則空間の崩壊に巻き込まれ死亡したと思われる』とあるが?」
「そうとしか書けなかったんだよ。僕がこの手で殺したわけでも、この眼で死体を視たわけでもない。分かってて聞いてるだろこの性悪」
「分かった分かった。謝るからさっさと話を続けろ」
「そんな態度の時点で謝ろうとする気なんて微塵も無いだろ」
軽口を叩き合う二人。それは旧来からの友であるが故か、同類であるが故か。
「アルカエスによる夢幻化現象は防いだ。だけど、地球の核近くまで根の侵食を許したのは事実だ」
「……つまりこう言いたいのか? エノ・ケーラッドはアルカエスの根を通して地球の何処かに逃げた、あるいは何らかの手段を講じて生き延びていると」
「可能性としてはありえるだろ」
「……駄目だ、情報が足りなさすぎる。そもそもアルカエス自体に謎が多い。死して化石となったヤツを解析しても一般生物となんら変わりないデータが得られるだけ。ただそれが植物だったり動物だったりと同じ存在であるにも関わらず違ったデータなのは興味深いが……やはり生きていなければ“夢幻花”としての機能を発揮するに至らないらしい。生体サンプルがあれば解析も容易なのだがな」
「ヤツみたいな存在がポンポンと出てきてたまるか。……それと、今の地球は色々と危なすぎる」
ベネトは重い溜息と共に零す。
「夢幻化現象こそ防ぐことが出来たけど、アルカエスが地球に与えた影響は計り知れない。今までは大人しかった異形の存在がこぞって裏で動き出したのがその証拠さ。あらゆる神秘関連組織が睨みを利かせてるし、実害が出る前に『獣狩り』も対処している。だけど魔の気配に唆される者たちが増えてきたのも確かだ。表面化するのは時間の問題だと思う」
「……なるほど、そっちが本題か。不測の事態が起こる前に彼らを強くする必要がある、と」
「ああ。どうにか頼めないかな?」
ナムコットは数秒考える素振りを見せると、口端を吊り上げた。
「イイね、面白そうだ。よし、その件は任せてくれたまえ。少々性急ではあるが、一気に計画を進めるのも悪くない」
「自分で言うのもなんだけど、本当に大丈夫なのかい? 特に、彼女のこととかさ」
「問題は無いとも。以前から大枠は完成していた。あとは稼働データを集めるだけだったが、幸い利用できる機会にも恵まれている」
「……! なるほど決闘祭か。それなら確かに丁度いい。招くのは?」
「出場させるなら均等に機会がある団体戦だろう。だとしたら使用者である三人と彼女は確定。残りはリズ君で埋めて――いや待てよ。丁度いいのが一人いたな」
ナムコットが愉しそうに笑う。まるで期待で胸を膨らませる子供のように。
「まさか――彼女の妹を巻き込む気か?」
「ああ、そのまさかだ。調査データをこちらで更に精査したが面白いことが分かってね。どうも血縁ぐるみでこちら側に関わりが深いらしい。知的好奇心が異常なまでに大きいのは利点であり欠点でもあるが、誘うのにこれ以上ない存在だろう」
「それだったら偶然か事故を装って出会えばいいか。そういう手合いは大抵それで食いつくだろうしね」
ベネトは淡々と告げる。まるで歯牙にもかけない事だと言わんばかりに。
「よし、詳しい内容は後で詰めよう。地球での対応はいつも通り任せるよ」
「勿論だよ。手伝って貰う立場だからね。それくらいの負担ならお安い御用さ」
「そうか。……それにしても、キミも随分と大変だな」
「例え万の嘘を重ねようとも、目的を達成する為ならどんな苦しいことでも我慢できるさ。そう――」
紅色の双眸が意志によって輝く。
ベネトの決意に呼応しているのか、それはさながら燃えるような輝きだった。
「――レンを救う。その為だけに、僕は動いているんだからさ」
「クッ、ハハハハハ!! やはり何度聞いても理解できんッ。エレプリーズ――いや、『エレプレスの魔神』と恐れられた存在がそこまで固執するとはな!」
「でも、だからこそお前は僕を手伝ってくれるんだろう?」
ひとしきり笑ったナムコットは何とか笑い声を抑える。
それでも未だ感情の流出を堪えることが出来ない様で、三日月のように歪んだ口がなんとも意地悪い笑みに見える。
「ああ、その通りだとも。おかげさまで貴重な実験体を手に入れることが出来た。しかしそれ以上に――キミ側に付いた方が愉しいだろうしな?」
「……本当、相変わらずのクソ野郎で安心したよ。だからこそ信用できるんだけどね」
「そうだろうとも。私たちは結局のところ、生きがいの通りに生きることしか出来ない悲しい生命なのさ」
「ハッ。お前が言うととんだお笑い種だな」
ベネトの皮肉に、ナムコットは肩を竦めるだけだった。
そこで会話は一区切り。話題は別のものへと移っていく。
「疑問なんだが、地球の時間で一日足らずとはいえ彼らが居なくなるわけだろう。そこのところは大丈夫なのか?」
「そっちもちゃんと考えてあるよ。臨時派遣申請も通過して、先日無事に許可も降りた。レンたちが居ない間は他の魔法使いが代わりに監視してくれる」
「ふむ、そうか。それならいい」
ベネトが踵を返す。
向かう先は研究室の出入り口だ。
「それじゃ、次会うのはみんなを連れてきた時だね」
「ああ。息災でな、我が共犯者よ」
「業腹だけどね。まぁ、ちっぽけな一つの生命としてそれなりに足掻いて見せるさ」
性格も趣味嗜好も違う二人。しかし夕日によって間延びした影の形は奇しくも同じ。
一人きりになったナムコット。デスクの引き出しから写真立てを取り出すと表面を向ける。
切り取られた過去に居るのは一人の老人と七人の学生。老人は研究室の長たるエノ・ケーラッドであり、研究室の生徒は在りし日のナムコットたち。
「……やはり、過去というものは輝いて見えるようだ。劣化しないのだから当然と言えば当然なのだがね」
軽く指で撫でた後、写真立てを丁寧にデスクの引き出しに仕舞い込む。
確かに、過去は現在と切っても切り離せないものだろう。
だが、過去はあくまで過去。既に起こった結果としてそこにあるだけのものだ。
だけれども――だからこそ、時として何物よりも美しく映る。
「さて、と。そろそろ研究に移るか。形だけでも完成させておかなくてはな」
後を追うように扉を開け出て行くナムコット。
そうして時計仕掛けの空間には、誰も居なくなった。
決闘祭が終わった二日後のこと。
新たな客人が招かれる。
「さ、入ってくれたまえ」
「失礼しまーっす。……って何この部屋めっちゃ時計ある!」
きょろきょろと室内を見渡す桐花。そんな彼女だったが、ナムコットがあるものを取り出せば興味がそちらに移る。
それは銀色をしたカードケースのような箱。見れば見るほどメモリーズ・マギアの待機形態にそっくりだ。
小さな擦過音と共に開けられる銀の箱。中から取り出されたのは一枚のカードは桐花にとって見覚えがあるものだった。
「博士、なんでメモリア持ってるの?」
「有り体に言ってしまえば私が造ったものだからさ。トウカ君、これをキミに託す」
風を切って飛ばされるメモリアを掴み取る。まじまじと見れば『EMERGE』という単語が刻まれており、描かれているのは複数の棘が飛び出す球体。
「えっと、なんで私だけ? みんなの分は?」
「造ったのはそれ一枚だけであり、理由も単純。キミが使うメモリーズ・マギアだけは、他の四人とは仕様が違うからだよ」
ナムコットは淡々と言葉を並べていく。
「メモリーズ・マギアは使用者の“拡張”を目的としているが、キミの場合は“拘束具”として利用しているからね。窮屈な思いをさせるかもしれないが、そこは我慢してくれ」
「ちゃんと馴染むし、これくらいなら全然大丈夫だよ! それにこれが無かったら、恋と一緒に居られないんでしょ?」
瞬間、ナムコットの無機質な瞳が揺れた。
「――全く、とんでもないな。誰から聞いた……いや、そんなことは関係無いか。キミは自らの意志に関係なく、手段も経過も飛び越して真実に辿り着いてしまう存在だからね」
「こればっかりは体質だからねー。……あ! でもでも、決闘したナコちゃんは凄かったよ! 一秒前に捉えてた未来と全く違う今になるんだもん。恋とおんなじ感じがしたし、あの二人って同類なのかな?」
「こう言っては何だが、同じトレードカラーをしているからね。そういうこともあるのだろう」
「言われてみれば確かに! 戦闘スタイルといい、なんか根本から結構似てるんだよねー」
笑顔で過去を語る桐花。それは眩しくも確かに今を生きる人間の姿だった。
そんな彼女はナムコットに近付くと、自身よりも上方にある頭の上に手を乗せた。
「だけど心配は無用! これでも一番年上だからね! みんなの面倒を見るのは当然なのです!」
「――――、」
桐花は得意げに胸を張る。
見開かれたナムコットの無機質な瞳が初めて熱を持った。
それは枯れた大人が童子に花を手向けられた時のように、内側が不思議と何か得体の知れないモノで満ちていく。
浮かべられた微笑みは慈愛に満ちているように柔らかいものだった。
「どちらかと言えば、キミは面倒を見られる側だろうに」
「あ、言ったな! 私だってちゃんとしようと思えばできるもん! ……多分」
「ああ、そうだな。……彼らのこと、任せたぞ。使い方は普通のメモリアと同じだが、連続使用は危険を伴う。ここぞという場面以外では絶対に使うな」
「分かった。覚えとく!」
手を振って研究室から出て行く桐花。
見送ったナムコットはデスクチェアに深く座り込むと深く息をついた。
「後は実験体次第……なんともまぁ、我ながら胸が躍るな」
どのような経過を経て、どのような結果が生まれるのか。
希望か、絶望か。
救済か、破滅か。
情が生まれようとも変わらない在り方。
――人間が持つ意志の力、その輝きが見たい。
机上にあるモニターに表示された情報を眺めるナムコットは、未来に向けて思いを馳せた。
――認証キー、照合完了。
――閲覧権限の取得を確認。
――当該情報、開示します。
………………
◇プロジェクト名:メモリーズ・マギア
◇検体情報(簡易)
◇No.1:櫻木恋(Sakuragi Ren)
◇実験進行レベル:□□□■■■■
◇経過:順調
◇備考:異形を引き付ける性質有。出生の影響が大きいと考えられる。
数多の神秘を内包しているため危険性高。
◇No.2:柊桐花(Hiiragi Touka)
◇実験進行レベル:当該データは存在しません
◇経過:要観察
◇備考:拘束解除用メモリアを譲渡。緊急時は機能を強制停止。
◇No.3:立花葵(Tachibana Aoi)
◇実験進行レベル:□■■■■■■
◇経過:停滞
◇備考:初使用時に他神秘の混入を確認。魔法が変質している原因と考えられる。
◇No.4:浮泡育(Ukiawa Iku)
◇実験進行レベル:□□■■■■■
◇経過:要観察
◇備考:特異体としての反応を確認。また、魔法『コネクト』には細心の警戒。
◇No.5:柊紗百合(Hiiragi Sayuri)
◇実験進行レベル:□□■■■■■
◇経過:順調
◇備考:基本サンプルとして用いる。知的欲求による突然変異に注意。
…………
――更なる情報開示には上位の閲覧権限が必要となります。
――終了命令を確認。
――情報閲覧を終了します。




