第52話 決勝最終戦 恋vsイヴ・クラールハイト・フリードリヒ
お待たせしました。
最後の決闘、いよいよ始まります。
決闘が始まると同時、脚に装着されたケースから三枚のメモリアを取り出し、内二枚を装填する。
恋は決勝に至るまでに使用できる全ての魔法を晒してしまっている。攻撃手段、奇策、追加武装。何から何まで全てを、だ。
対して、イヴの手の内は未だそこを知らない。決闘の度、一つの決闘の中ですら使う魔法を変えているにも関わらず。
手札をほぼ全て開けてしまった恋と未知数のイヴ。どちらが有利なのは明白だ。
小細工は通用しない。恋にとっては正真正銘、真っ向からの全力勝負だ。
「ロード!」
【Loading, REALISE】
虚空より現れた黄金の両手剣。陽光に照らされた刃は夜明け色に煌めいている。
恋はスロットに残り一枚であるスラッシュを装填し、その柄を握り込む。
同じように短い詠唱を紡ぐと同時に足裏から衝撃が発生。反発力によって恋の身体が一気に跳び出した。
「――炎よ、噴き上がれ」
静かでいながら澄み渡る詠唱。魔導書の文字が波打ち、その在り様が移り変わる。
直後、現れたのは陽光を塗り潰さんばかりの輝きを放つ炎の柱。地面を溶かしながら。
「ロードッ!」
【Loading, SLASH】
普通なら一度裂けてもいい場面。しかし恋は一瞬の逡巡すら無く迎撃に移行する。
何故なら――恋にとって、ノエルが使用していた炎の魔法の方が圧倒的に脅威だった。
力いっぱいに振るわれる剣。魔法によって強化された斬撃は、渦を巻いて迫る炎柱を両断した。
「さっすが! じゃあこれはどうかなっ」
追撃に向かおうとする恋だったが、寸でのところで地面が赤熱していることに気付き地面を転がりながら回避した。
そこを空かさず追撃する五本の炎柱。恋は身を捻った勢いを利用して眼前の一本を切断。『インパクト』を発動し回転することで四方を一振りで斬り伏せた。
どれだけの種類の魔法を使えるのか。威力の上限はあるのか。どれだけ耐えれば魔力切れを起こすのか。それら一切が不明。
だが、少なくとも反応は出来る。
「闘える……!」
手も足も出ないなんてことは無い。ならば、あとは意志のままに動くだけ。
剣を正眼に構え、イヴを視界の中心に据える。
相手取るのは自身よりも小さな白き少女。しかし、そこに油断は微塵も無い。寧ろ格上の存在として捉えていた。
「強いな……いや、分かってはいたけど。想定の上を行かれている」
そして、それはイヴも同じ。決して油断ならない相手として恋を定めている。
決定的だったのは準決勝。迷いの一切が消え去った剣戟は、決闘祭でも随一と言っても過言ではない。動きの鋭さも段違いだ。
先程から試している精神干渉魔法も効果が無い。精神防壁が異常なまでに硬いせいか、それとも本人の精神力によるものか、はたまたその両方か。
そこまで隠されると暴き立てたくもあるが、時間と魔力をどれほど消耗するかも分からない。戦闘と同時並行で行使するにも集中力を削るだけだろう。
それよりも、イヴが気にかけているのは別の事柄。
「――黄金に、薔薇のような赤。なんともまぁ、因果を感じずにはいられないな」
その姿がかつての思い出と重なる。自然な笑みが浮かび、胸内を暖かな想いが満たしていく。
しかし今は勝負の直中。イヴは直ぐに気を引き締め直す。
彼の剣は黄金律の現身にして開闢の象徴。内包された概念は健在であり、明確な脅威として立ち塞がる。
彼女がちらりと覗き見るのは手元に浮かぶ魔法具。『無銘法典』――六六六頁から成る魔導書。
その名前はあくまでも便宜上で付けられたもの。実際には呼ぶべき名称など無く、不定形で、記された魔法にも決まったものは一つとして存在しない。
だからこそ『無銘法典』。行使される魔法は世界に刻み付ける徴など無く、信仰者は宇宙全てを見渡そうとも書を手に取った一人だけ。
その性質があるからこそ、イヴは多種多様な魔法を行使できる。より具体的に言えば、魔導書に記される文字や図形――即ち魔法を構成する全てを組み替えることで意味を変えているのだ。
一つ、例を出そう。
『雷のように猛々しい炎』という一文があったとする。この文中にある“雷”と“炎”という部分を入れ替えると『炎のように猛々しい雷』という一文が出来上がる。
前者は炎を表している文だが、後者は雷を表す文に変化していることが分かるだろう。
言ってしまえば、イヴはこれと同じことを一冊の本全体で行っているのだ。
とはいえ単語の入れ替え程度では矛盾が生じるし、種類にも限界がある。
そこで他にも言語変換、文字置換、果てには図形分解――様々な手法、数多の解釈によって一冊の魔導書を書き上げ、魔法を行使する。
それがイヴ・クラールハイト・フリードリヒという魔法使い。混沌の魔導書を綴り、千差万別の魔法を使い熟す魔女。
そんな彼女ですら、目の前に立ちはだかる魔法使いにはどうしたものかと悩んでいる。
どれだけの魔法を行使できるのか。どれだけの出力をもってすれば倒せるのか。
――分からない。だが、それでこそ楽しみがいがあるというもの。
イヴが浮かべた笑みは凄絶で、勇猛で、歓喜に満ち満ちていた。
「いいね、それでこそ決闘だ! 特別だ今代の担い手。『原初』の魔女としてのチカラを見せてあげよう!」
魔導書を閉ざし、右手を天へと掲げる。
己と競い合える相手が目の前にいる。それがイヴにとって、何よりも歓喜に打ち震える出来事。
そんな素晴らしい決闘を、長引かせて尻窄みになる戦いなど論外だと、イヴは結論付けた。
故にこそ、最大最高の一撃を以て眼前の赤き魔法使いを撃滅する。
「――限り無き光を此処にッ!」
たった一言。その詠唱を皮切りに、少女の内から神秘の奔流が流れ出す。
それは、温かくて硬く。
それは、冷たくて柔らかい。
淡雪のような魔力が集い、少女の背に織り成されたそれは――白光の翼。
その正体は魔力という粒子の集合体。敢えて形を持たせないことで半暴走状態とし、互いに干渉させることでエネルギーを増幅させている。
飛行能力など無い。ただ圧倒的な暴力を振るう装置として、その翼は存在している。
白光の翼は徐々にその体積を増やして巨大となっていく。謳い上げた詠唱を体現せんと、際限など感じられないほどに大きく膨らんでいく。
そんなイヴを祝福するかのように、その頭上には光の円環が讃えられていた。
「こ、この魔力……まさかイヴ選手、もう決めに行くつもりなのか!?」
「長期戦を不利と見たのかね。規模を見るに回避は出来なさそうだ」
恋は目を細めながらも、目の前で巻き起こる白き光の嵐から目を逸らすことはしない。
天使の如き姿となったイヴから投げかけられる視線。それはこれから放たれる一撃の意味を理解するのに充分だった。
「応えない訳には、いかないな……!」
こちらこそ望むところ。小競り合いは無意味。ただ一撃でもって雌雄を決する。
ケースに伸ばした手が取り出したのは――ブラストのメモリア。
一つ、恋には賭けにも近い攻撃手段があった。
それはブラストのメモリアブレイク『メテオライト・ブラスター』。自身の魔力全てを吐き出すことを代償として、強力な魔力砲撃を可能とする必殺技だ。
だが、それだけではイヴに届かない。今も膨張を続ける白光の片翼に対して、その程度の攻撃では打ち破ることは出来ない。
――ならば、更なる攻撃を繰り出すしかない。それこそ自分の限界を超えた一撃を。
恋は一つの確信があった。黄金の両手剣には、更なる可能性が秘められていると。
まるで吸い寄せられるようにブラストのメモリアを剣に装填する。既に装填されていたスラッシュは弾き出されることなかった。
「――――、」
思わず頬が吊り上がったのを感じる。
これならば――この一撃ならば、白光の片翼に対抗できる。
イヴが最大最高の一撃を放つならば、此方が放つのは限界突破の一撃。
鼓動が高鳴る。身体が熱い。
心が――魂が震えていた。
「セットォッ!!」
【MEMORIA BREAK】
黄金の剣を上段に掲げ、高らかに宣言する。
装填された二枚のメモリアが励起。刃には魔力が満たされていき、まるで赤熱するかのように仄かに赤く染まっていく。
「ヒュゥ! いいね、そう来なくっちゃ!」
「れ、レン選手も必殺の構え! どうやら両者、この一撃で決着をつけるつもりのようです!」
次の瞬間、爆発的な風圧が辺りを襲った。
白光の翼は遂に天辺をも捉え、黄金剣から溢れ出した魔力が星を衝く。互いの力の干渉によって空間そのものが引っかかれたように軋みを上げ、地面は隆起する。
「喰らええええええええッッッ!!!」
「おおおおおおおおッッッ!!!」
【VERTICAL ECLIPSE】
極限まで高められた互いの武器が激突する。
時間の感覚は消し飛び、まるで浮遊するかのような感覚に全身が包まれていく。
それでも尚、両者は最後まで攻撃を緩めることは無かった。
――目の前の相手に勝ちたい。その想いだけが魔法を、身体を突き動かす。
やがて、闘技場全体が光によって呑み込まれた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
気になる勝敗の行方は次回で!
そしていよいよ、長きに渡るサブテラー編も終了です。
それでは、次回をお楽しみに!