第50話 突き進む極光
遂に50話の大台。思えば長く書いてきましたね……。
葵vsアル。果たして勝利を得るのはどちらなのか。
それではどうぞ!
「ッ、何で……」
葵は脚から発せられる痛みを無視して最大限の警戒を敷く。
不意に地面から出現した黒の刃。それは間違いなくアルの魔法による攻撃だった。
だが、それではおかしい。アルの魔法はドレスの形状を変化させるというもののはずだ。それにもかかわらず、葵が攻撃を喰らったときドレスは形を保ったままだった。
(――地面?)
カチリ、と。何かが嵌ったような感覚を葵は感じた。
不意打ちの喰らったのは丁度空が雲によって覆われた時。そしてその攻撃は、まるで地面の中から飛び出してきたようだった。
――否、こう表現するべきだろう。地面を覆っていた影、その中から刃が出現していたと。
「ふぅ……。少しだけど、力が出せるだけいいか」
薄氷を踏み割るような音と共に戦場を覆う雲影がドレスの裾を伝って吸い上げられていく。十秒と経たないうちに体積は膨れ上がり、ソレは天に向けて積み上げられる塔か山のような様相へと変化を遂げる。
影が吸収されたことで暗がりは無くなり、まるでスポットライトで照らされたような明るさが辺りを包んでいた。
しかしそれは虚ろな光。光源など無く、ただ光が空間に満ちている様は不気味さを醸し出している。
(――まさか)
そう、葵は知っていた。
エノ・ケーラッドが造り出した魔獣の討伐。それは『シャドウ・ワールド』――魔法によって影の中に作られた世界で行われていたものだったことを。
加えて、ベネトが使っていた魔法にも『影界潜行』というものがあった。
つまりそれは、魔法という技術が影という平面に干渉することが出来る代物だという証明に他ならない。
「影……いや、違う。黒色を操ってるのか……!」
ドレスと影。一切関わりの無いように思える二つに共通しているのは黒色であること。
つまり、前提から間違えていたのだ。
ドレスの変形はあくまで応用の一つ。本質は『黒』という色そのものを支配下に置き、自らの力とする魔法だということ。
(もし、この仮説が本当だとしたら――!)
駆け出す葵。激痛が走ると共に傷口から血が流れ出るが、そんなのは知ったことではない。
今のアルは戦場に覆っていた影を吸収し、ドレスの体積を大幅に増加させている。
つまりは攻撃の威力、範囲も吸収量に合わせて増加していることになる。葵たちが立つのは直径で二〇〇メートル強の円形フィールド。そこから吸収された影の面積は、ドレスの布面積と比べて何十倍も多いのは自明。
「……まずは、一撃」
直後、戦場中央に位置する黒の塚から伸びた触腕が全域を真一文字に薙いだ。
たった一振り。されどアルの繰り出した攻撃は余波で闘技場全体を大きく震わせる。
葵は直前で防御壁を展開していたため難を逃れるが、防げたと言ってもそれは一時的なもの。仕留められなかったことから空かさず第二の攻撃――全長五〇メートルはある漆黒の剣が空から振り下ろされた。
「ッ、セット!」
【MEMORIA BREAK】
引き絞られた弦から矢が射出される。空に目掛けて放たれた『グローリア・シューティング』は漆黒の大剣に喰らい付き、根元から破壊した。
轟音と砂を巻き上げて地面に突き刺さる刃。溶けるように形を無くしドレスに吸収されていくのを尻目にアルは口を開いた。
「道理でおかしいと思った。さっきから使うその光の矢、概念系の魔法だったんだね。だとしたら『深淵踏破』が破られるのも理解できる」
「……概念、系?」
「……知らないで使ってるんだ。まぁ、私には関係無いからいいけど」
ゴキリ、と。アルは首を傾け骨を鳴らす。
「もう分かってるよね。私の魔法は黒い色――言わゆる『闇』って呼ばれているモノを吸収して自在に操るチカラ」
『深淵踏破』。そう名付けられた魔導書は二つの部によって構成されている。
第一部。アル自身を原点として接触した闇を吸収し支配下に置く魔法『星彩を翔ける虚光なる生命』。
続く第二部。手中に収めた闇を使役する自動迎撃機能を備えた魔法『深淵に堕ちる絡繰り人形』。
アルが身に纏っていたドレスも実のところ布では無い。閉じられた魔導書一枚一枚の隙間に生み出される闇を折り重ねることで形作られているものだ。
「だからこそ。貴女の光と私の闇……どっちが上なのか興味が湧いた」
そこには既に少女然とした様子は皆無。発する威風はまさに闇を統べるに相応しい。
静かに瞳を閉じた葵。一つ大きな深呼吸をしながら思考するのはこれからの行動。
『グローリア・シューティング』が一番の決め手になるのは間違いない。問題は、今のアルを相手取って放てるだけの隙を生み出せるか。
(いや、隙は作れる。崩す手段もある。問題は……私が耐えられるかどうか)
視界を無くしているが故に脚に走るジクジクとした痛みが嫌というほど鮮明に伝わる。この先はこれよりも更に酷い痛みが待ち受けているだろう。もしかしたら攻撃を受けた拍子に意識を失うかもしれない。
そこで想起されたのは、『闇の中を歩く覚悟はあるのか』というアルからの問いかけだった。
「……答えるまでも無い。私は、私の闘いを貫き通すだけ」
最短最速。それこそ放たれた矢のように、一心不乱に勝利を目指す。
ゆっくりと瞼を開けた葵は、そのまま遥か上方に位置する格上の相手を標的として定めた。
それは魔法使いとしての道を歩み出した新参者が送る、暗黒を貯蔵する神殿の首領に対する挑戦。
「――いくよ」
「――来い」
二人の間に、もう言葉は必要なかった。
ぶつかり合う紫光の矢と漆黒の触腕。撃ち落とし、叩き落とす。互いの攻撃は一ミリも譲ることなく拮抗する。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
四度目になる大技の行使。手元に現れた矢を徐に弓に番え、照準器越しにアルの姿を収めた。
「誓いを此処に――内なる宇宙が星を呑む!」
詠唱の後天上から地面に脚を降ろしたアル。その左腕に計三層に渡る龍の顎が造り出される。使用者の瞳と同じ黒曜の牙は万物を断ち切る剣であり、発せられる咆哮は星と大気が擦れ合う音にも似ていた。
「「はぁぁぁああああッ!!」」
両者の一撃が、今放たれた。
鏃と鋭牙が激突。込められた魔力の反発は莫大な衝撃波を発生させた。
拮抗するかに見えた両者の攻撃だったが次の瞬間氷を割るような音と共に槍が破損。極光の矢がそのまま標的であるアルの元に猛然と迫り、その左腕を撃ち抜いた。
「――ここしか、ないッ!」
葵の視界にはよろめくアルの姿が映る。
残存魔力はメモリアブレイクを二回放てるかどうか。このタイミングを逃せば次の機会を作るまでに押し負ける可能性が極めて高い。
訪れた千載一遇の機会。ならば、実行に移すことに一抹の疑念も無い。
脚に力を込めた葵は、全力でアルに向けて駆け出した。
その行動には決闘を見守る誰もが湧き上がる。
葵は使う武器は弓。どれだけ攻撃的な面を見せようと、ある程度距離をとって戦闘を行う武器であるはず。自ら接近するなど普通であれば到底考えられない。
そんな常識を嘲笑うが如く、葵は健脚で地面を蹴り上げ距離を縮めていく。
「まさか、メモリアブレイクを至近距離で使うつもりなのか!?」
考え抜いた先に辿り着いた答えに観客席で見ていたベネトは愕然とする。
『グローリア・シューティング』が決め手にならないのは、アルの防御によって軌道を逸らされてしまっているからだ。
そこで葵は考えた。逸らすことすら許されないほどの距離で放てばいいと。
だが、それは明らかな悪手。アルに近付くということは自動迎撃の範囲内に侵入することを意味する。普通ならば浮かぶことも無い、自殺願望とも捉えられる行動だった。
「願いを此処に――昏き星夜が大地を濡らす!」
砕かれた龍の顎は泡沫の如く溶けて消え、地面に触れたドレスを中心に漆黒に塗り潰される。取り込んだ影を元に戻すなどアルにとっては造作も無く、別の形で利用することも可能。
――半径五メートル。それが『深淵踏破』に備わる自動迎撃機能の最大対応距離であり、地面に広がる深淵もそれと同じ範囲に巣食っている。
踏み込む直前、自動迎撃機能に葵の存在が認識される。怒り狂ったように一斉に沸き立つ影は今にも侵入者を撃滅せんとしている。
このままでは闇が形作る武器に貫かれるのは必至。しかし、当の葵は避けることなど微塵も考えていないと言わんばかりに邁進する。
葵にとって立ち塞がる壁、苦難は打ち破るモノ。全て真正面からぶつかり、それを打破して尚も突き進む。まさに風を切って進む矢のように。
「ロード!」
【Loading, PROTECTION】
起動された防御の魔法。そのチカラによって葵とアルを繋ぐ漆黒に塗り潰された地面を覆うほどの防御壁が展開される。
それは辛酸を舐めた地面からの攻撃を防ぐための手段であると同時に、必殺の攻撃を放つまでの道でもあった。
メモリーズ・マギアが持つ防御壁は結界としての側面を持つ。即ち小さな世界を内包していると同義であり、突破するには相応の破壊力か特殊な工程を踏まなくてはいけない。
この時点でアルは地面からの攻撃を封じられるどころか、防御壁に覆われている場所からの迎撃が不可能となった。
その時、アルは確かに見た。見てしまった。
自身に迫る葵が持つ、鋭い煌めきに満ちた紫水晶のような瞳を。
「――ッ。勝つのは、私ッ!」
地面に展開されていた影が漆黒のドレスに集約。そこから造り出された数多の触腕が葵に向けて殺到する。
だが、葵は次の手を整えていた。アルの左右背後からのみ繰り出される触腕、気圧された一瞬によって時間は十分に稼ぐことが出来たのだ。
「セット!」の掛け声と共に現れたのは巨大な矢。それは連鎖魔力爆撃を行う『アサルト・ストライク』に他ならない。
葵は素早く矢に番え弦を一杯に引き絞り――天に弓を向けた。
「ま、まさかッ――!?」
息を呑むアル。慌てて触腕を仕向けるが時既に遅い。
放たれた矢は突き進みながら分裂を繰り返し、ある高度に達した時一斉に起爆。発生した爆風によって空を覆っていた厚い雲が掻き消され、陽光が差し込んでくる。
変化は劇的だった。地面を覆っていた漆黒は嘘のように消え、アルが身に纏うドレスもその面積を縮め、すっかりと決闘開始時のものまで戻ってしまった。
これこそが葵の狙い。アルが吸収していた影、その元である雲の排除することによる強化状態の解除、それを悟られないための接近だった。
遠距離を専門にしていた人間が急に接近してくる。一見すれば無謀にしか思えない行動だが、逆に相手側からの視点でこの状況を目にした際はどうだろうか・
――間違いなく警戒するだろう。何かしらの手があるのではと考えてしまうはずだ。
アルはグリモワールの中でも戦闘の経験が少ない。実際には葵にそのような手札が無いが、鬼気迫る眼光がアルに錯覚させてしまった。『もしかしたら、近距離でもこのヒトは闘えるのでは』と。
事前に近距離での戦闘を行っていたのも大きいだろう。弓使いである葵が、あれほど華麗な身のこなしをして見せたのだ。勘違いを起こしても不思議ではない。
ただ、そのような手段があるのならとっくに実行している。そのことに思い至れなかったのがアルにとっての最大の失敗だった。
生まれた最大の空白。葵は素早くメモリアを入れ替え必殺の一撃を準備する。
これから手にするのは無論全てを穿つ極光の矢。虚空に手を広げる姿を見るだけでそれが分かる。
「――嫌、だ」
目の前に迫る敗北が、アルの身体を突き動かす。
「――負けるのは、嫌ッッ!!!」
瞬きすら許さない光の速度で空間を走る漆黒の斬撃。
本人を以てしても限界を超えた一撃は弓を握る葵の腕を肩口から切断、その後全身に裂傷を刻み込む。血を噴き出しながら大きく崩れる身体は、そのまま地面に倒れると思わせるに十分だった。
そんな光景をぼんやりと視界に収めるアル。胸中に浮かんだのは“仲間に迷惑をかけなくて済む”という安堵だった。
「ああ、良かっ――」
ダンッ!! という音がアルの聴覚を震わせる。
それが力強く地面を踏んだ音だと気付いた瞬間、世界が凍り付いた。
――私は、確かに勝ったはず。
――いいや。まだ決闘は終わっていない。その証拠に宣言はまだ無い。
――腕を削いだ。全身を斬り付けた。あのヒトはもう闘えない。
――それを決めるのは彼女であって、お前じゃない。
――あのヒトは立てない!
――いい加減闇に籠るのは止めろ。その眼で見るモノこそ光だ。
二律背反。まるでもう一人の自分と語るような錯覚にアルは襲われる。
だが、悲しいかな。“怖いもの見たさ”という言葉があるように、知性ある生命である以上興味関心からは逃れられない。誕生の際に植え付けられた罪の如く、どれだけ逃げようとも付いて回る人間の習性がそこにはあった。
異常にゆっくりとした時間が流れる世界の中、アルはその瞳を動かす。
そして遂に捉える――碧色の眼光をアルに向け、二本の脚でもって大地に立つ葵の姿を。
「な、なんでッ……!?」
狼狽えるアルに向け、葵は口を開く。
「負けたくない、ね。それは私も同じ。負けるのって死ぬほど嫌だよね。……でも――」
葵の瞳が、アルを射抜く。
「アナタの言う“負けたくない”って言葉は、先に待つ結果に恐怖してるから出てきたもの。――そんなヤツに、私は負けないッ!!」
それは、葵が見せた本気の怒りだった。
彼女にとっての“負けたくない”という言葉は“敗北という結果”が許せないから。過去をやり直せないからこそ葵は勝利を目指し、努力に心血を注ぐ。
その上で得た結果が“敗北”なら、それはもうしょうがない。苦渋を舐める思いを抱きながらも受け止め、次に生かす努力を怠らない。
そんな彼女にとって、歩む先に待つモノに恐怖するアルという少女は絶対に負けられない相手。燃え滾る感情は痛みなど超越した。
「セット!!!」
【MEMORIA BREAK】
咆哮とも取れる詠唱によって出現する穿ちの矢。本来なら弓で撃ち出されるそれを、葵は残された右腕で掴み取る。
その先端は直線軌道を描き、ドレスの守りを貫通して胸部に深々と突き刺さった。
「――ぁ」
零れ落ちる鈴の音のような声。淡い光と共に崩れ落ちたアルの姿はドレスからローブに変わっていた。
葵は誰からでも分かるように、握り締めた拳を高らかに掲げる。それと同時に声援が巻き起こった。
「けッ、決着ー! 第四戦、勝ったのはメモリーズ・マギアだーッ! まさかの二対二、真の決着は最終戦に預けられましたッ!!」
「いやぁ大荒れだねこりゃ。弓使いの彼女、頭のネジ何本かぶっ飛んでんじゃない?」
司会者の宣言、解説役の評価、沸き立つ観客の声援。そのどれにも気を取られる事なく、葵はしゃがみ込むと足元に転がっていた物を右手で掴み取った。
それはアルの魔導書。茶色の装丁をしており、雁字搦めの鎖とそれを固定する錠前が目を引いた。扱いはまさに禁書――開けてはならない匣ような印象を受ける。
葵は片足を引きずりながらもアルの元に歩み寄る。その傍に魔導書を優しく置いて数歩離れたところで、遂に限界を迎え地面へと倒れ伏した。
それも当然だろう。全身に刻まれた傷からは絶えず血が流れ出している。脚先から全身が凍えるような感覚が葵を襲った。
(……レンちゃん、頑張って)
内心で呟いた後、葵は意識を手放した。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
投稿遅れて申し訳ないです! 結構スランプ気味なんですが、頑張って書いていきたいと思います!
それでは、これからの話をば。
残る最終戦。恋とイヴに勝敗が委ねられることになりました。
その胸中は? 使用する魔法は? 果たしてどのような闘いになるのか。
次回、最終戦開幕。お楽しみに!




