第47話 赤片の女王
大変お待たせしました!
それでは47話、どうぞ!
また、今回の後書きには設定話が含まれます。もしよかったらご覧ください。
恐る恐ると言った様子で動かされる糸。すると育の想像に沿って巨人騎士が連動して動く。その姿は正しく一心同体と言えた。
「え、えっと……なんで?」
初めは驚愕、次に湧いたのは疑問だった。
セラの魔法であるはずの騎士が自身の意のままに動くようになっている。そんな現象に育の首は自然と傾けられた。
思考を巡らせる中、育の意識が向いたのは銀の腕甲。そこに装填されている魔法だった。
前々から疑問に思っていた。コネクト――“繋ぐ”という意味を持つ魔法は、なぜ接続した相手と魔力のやり取りが出来るのだろうと。
物理的な接続だけならこうはならないはず。そうなると未だ知らないの魔法の分野、そちらへの接続を通してセラの魔法を奪ったという仮説だ。
意識を戦闘に戻す。降って湧いたとはいえ好機は好機、利用しない手立てはない。
相手の手札を一つ奪う。それがどれだけのアドバンテージを齎すかなど火を見るより明らかだ。
「ふぅ……よし、やるぞっ!」
合計六本の糸を手繰る育。鎧の騎士はおもむろに攻撃の構えを取り、バスターソードを水平に薙ぐ。
セラが大きく跳び退き攻撃を回避したのも束の間、視界に影が覆う。天を仰げば視線の先には空中で剣を振り被る鎧の騎士が居た。
そこには本来の使い手であるセラに対して躊躇など微塵も存在しない。ただ与えられた命令のまま標的を撃滅するモノとして、その役割を十全に果たしていた。
「ちょ、それはマズい!」
魔導書に手を翳すいたセラ。瞬間その場から忽然と姿を消す。
次に現れたのは振り下ろされたバスターソードの横。もっと遠くに転移したいのはやまやまだが、魔法の制限によってそれは叶わない。
迫り来る騎士と育による二重の攻撃を捌いていくセラの思考は高速で回っていく。
開かれた頁には描かれた魔法陣が駆動している。しかしそれらは育によって動かされている影響で動いているに過ぎない。
だが、藍鎧の騎士の全てが奪われているというわけでもない。瞬間移動の機能は変わらずセラの手元に残っている。
例えるなら、一つのモノを二人で分け合って使うようなもの。分割共有と言い換えてもいいかもしれない。
藍鎧の騎士という魔法の内、育が使用できるのは運動を司る制御中枢。セラが使用できるのは象徴を司る特殊能力中枢。今回の場合、予定されていない二人目の使用者が現れたことで、魔法を構成するプログラムに誤作動が発生した形になる。
そもそも『魔法を奪う』など精神系魔法でも最高峰、神域とすら表されるもの。もしそんなことがホイホイと出来るならばソレは最早――神と呼称されるべき存在だろう。
「ていうかやばい、全然制御権奪い返せないや! イクの魔法どうなってるのー!?」
戦場を跳び回るセラは困惑の声を漏らす。何度も制御権の奪還を試みているものの事態が好転することは一向になかった。
ただ、何もセラにとって悪いことばかり起きているという訳でもない。試行の結果、魔法の切り替え自体は可能なことが分かった。
魔法の切り替えすら出来ない状態というのはセラにとって死活問題であるため、なんとか助かった形ではある。騎士は変わらず操られたままとなっている点に目を瞑れば、となるが。
本来なら魔法を切り替えれば使用していた魔法の効果は全て消え去るはず。だが実際はそうなっていない以上、魔法が誤作動したことによる影響だと考えるのが妥当か。
ならば、藍鎧の騎士に接続されている糸を断つ。育の魔法は糸を媒介として発動していることは明らか。繋がりさえ切れてしまえばその効力が失われるのは道理だ。
「紫殻の戦車っ!」
バスターソードによる振り下ろしに対し蹴りを叩き込むセラ。小さな身体から生み出される破壊力は拮抗の後、鎧の騎士の攻撃を真っ向から弾き返す。
放たれる爆速の手刀は狙い違わず育と騎士を繋ぐ糸に命中。そのまま力任せに叩き切ろうとしたところで、セラは己の失策を悟った。
育はセラの思惑を見抜くとその上で攻撃が炸裂する寸前に糸を生成。攻撃の威力を逃すだけの余裕を生み出したのだ。
拳を逃れるようにふわりと舞う糸を掻い潜った育が肉迫する。
「せりゃぁぁぁッ!!」
鋭い踏み込みと共に繰り出された掌底は的確にセラの胴体を打ち据える。発せられたのは爆発かと聞き間違うほどの殴打音。靴跡を引いて後退した彼女の顔には苦悶の表情と共にじっとりと玉汗が浮かんでいた。
「な、なんで、紫殻の戦車使ってるのにっ……!?」
体内を掻きまわすような痛みに困惑するセラ。紫殻の戦車が誇る防御能力は重量戦車の砲撃を受け止めるほどであり、生半な攻撃では掠り傷一つすら与えられない。
では、何故育の攻撃が通ったのか。その答えは観客席で決闘を見守る一人が知っていた。
「『鎧通し』……それがさっきの攻撃なの?」
「ええ。といっても、アタシが勝手にそう呼んでるだけなんだけど」
その人物とはエドワード・ジャック。準決勝にて育と鎬を削った魔法使いである。
隣で首を傾げるノエルに向け、エドワードはおもむろに語り始めた。
「浸透攻撃、って言った方がイメージしやすいかしら。攻撃による振動を相手の体内に送り込むことで効率的に損傷を与える技術よ。見た感じだけど、セラちゃんの魔法は身体を硬質化させてるってワケじゃくて装甲を生成して身に纏う系統ね。だから攻撃が通ったのよん」
「はえ~……エドの攻撃ってそういうものだったんだ。やっぱりすごい!」
「アラ、ありがと」
極めれば百層にも重ねられた結界の先にある蝋燭の火を消すことすら可能とされる技術。その前では表面上の装甲など有って無いに等しい。たとえ未熟者であったとしても、全身を甲冑で包んだ騎士を拳撃だけで昏倒させるほどの効果を見込めるほどだ。
「でも、なんで分かったの? 遠目だと普通の攻撃にしか見えないけどなぁ」
「勿論アタシが使い手っていうのもあるけど、他にも理由はあるわ。だってイクちゃんの攻撃って、言ってしまえばアタシの真似だもの」
「えっ」と目を見開くノエル。そんな驚く様を見てエドワードは快活に笑った。
「ちゃんと自分の身体に合わせてるから厳密には違うけど、それでも見れば分かるわ。きっとアタシとの決闘で受けた攻撃の感覚から学んだのね」
「でも、そんな簡単に真似出来るようなものなの? 聞いてると結構難しそうなんだけど」
「コツさえ掴んでしまえば案外簡単よ? まぁ普通なら一日二日で習得とはいかないわね。でも……ふふっ。そこは良い仲間に巡り合えたからこそね」
エドワードが見つめる先には育の姿。奪い取った騎士と共に怒涛の攻勢を仕掛けセラを追いつめていく。
「改めて視ると良く分かる。イクちゃんの動き、面白いくらいレンと似通っているわ。きっと彼がイクちゃんにとっての師匠なのね」
「……あっ、なんか引っかかると思ったらそういうことか! 言われてみれば確かに似てる!」
重心移動や拳撃に踏み込みの反動を乗せる攻撃方法、育の一挙手一投足からは恋の面影が感じ取ることができる。
魔獣との闘いが終わってからも恋、葵、育の三人で行っていた模擬戦。育は対人戦という体験を通して基礎の重要性を理解し、恋に体術の師事を仰ぐこととなった。
そこから徐々に確立されていく糸を用いた戦闘法。地盤が固まっておらず完成とは言えないが、魔力吸収など強力な技に加えて近接格闘術の習得は戦闘能力の向上に大いに貢献していた。
紫殻の戦車によって強化された拳が騎士に叩き込まれ両者の距離を大きく開かせる。
堅牢な防御を抜かれようとも攻撃力が衰えるわけでも無し。一撃でも生身で受ければ昏倒は必死。故に育も最大限の警戒を見せる。
そんな中でセラの脳裏にあったのはこれから闘いをどう進めるか。奪われた藍鎧の騎士を取り戻そうにも糸を攻撃しても意味が無い。すっかり行き詰まりとなっていた。
「うーん、こういう難しい考え事はナコとかイヴの担当なんだけどなー……」
セラは自身の頭が良いとは微塵も思っていない。自負できるのは生まれ持った魔法の才能だけで技術面は基本からっきしの特化型。虹霊盤戯という魔法も創る際には様々なヒトの助けを得て完成したものだ。
それこそがヒトの本質だと、セラは考えていた。
確かに努力は大切だ。自分の望みを叶えるためには必要不可欠、それにはセラも異論は無い。
だが、自分に無いモノを無理に手に入れようとする必要なんてない。そもそも、一個体の生命に許される能力には必ず限界があるのだから。
だからこそ、足りないモノがあるのなら他から補えばいい。それがたとえ――神様のチカラだったとしても。
それがセラ・ミスカ・シュリューズベリィという少女の根源。自分だけでは足りない箇所を他の存在で埋めるという性質だった。
「あー、面倒だからやーめよ! やっぱり愉しく闘うのが一番だよねっ!」
本能による自己防衛か、はたまた欲望を優先した結果か。
しかしそれは間違いなく、考えるだけで停止していたセラを突き動かしたのだ。
苦手な分野に割かれていた集中力が一気に決闘に向けられる。精神的苦痛から解放されたことによって爆発的に高まる戦闘意欲。脳細胞が一気にトップギアまで加速する。
目下の問題は自身の魔法である藍鎧の騎士が利用されていること。これに関してセラは奪還の放棄を一瞬の内に決定する。
一応は解決方法も存在するのだが条件が厳しく、育と騎士の二対一という状況では実行に移せるだけの余裕は無い。
ならばどうするか――答えは簡単だ。更なる強大な力でもって、利用されている騎士ごと撃滅する。
複雑な思考など必要ない。単純こそ真理、真正面から打ち砕く。
「それじゃ……そろそろ私の本気、見せてあげる!」
振り切るように勢いよく捲られた魔導書。その動きが止まった時、記された魔法が起動する。
開かれた頁から飛び出てきたのは小さな長方形の金属片。カッターの欠片を思わせるそれは、魔導書の装丁と同じ赤色で染まっている。
そんな金属片が一つ、また一つと現れる。気付けば夥しい量の金属片が金切り音を発しながら集い、一つの武器を形作っていく。
それは全長で三メートルにもなる大鎌。人体を容易に真っ二つに出来ると思わせる刃は血を吸ったように赤い。
変化はそれだけに止まらず、セラ自身にも及んだ。身に着ける衣服から髪や瞳に至るまでが深い紅色によって染め上げられる様は暴力的で、氾濫する大海を彷彿とさせた。
「……ッ」
戦場の空気が一変する。
セラから発せられる魔力によって軋みを上げる大気。息が詰まるような感覚に育は自然と唾を飲む。
ここからが正念場――そう察するまでに時間は要らなかった。
「さぁいくよ――赤片の女王!」
『王』と『妖精』は大会規定に抵触し、『僧侶』は夜でなければ使用できない。残された札はただ一つ。
その魔法こそ七つの魔法で構成される虹霊盤戯が一つ、赤片の女王。赤色を司る魅惑と破壊の女王であり、セラの切り札である。
爆発的な魔力の高まりと同時、駆け出したセラは一呼吸の内に接近。振るわれた大鎌とバスターソードが激突する。
打ち勝ったのは大鎌による一閃。エンハンスで膂力を強化されていた鎧の騎士でさえも、拮抗の末にその身を大きく仰け反らせた。
瞬間入れ替わるように前へと躍り出る育。騎士に与えていた強化を自身に移すとセラに向けて跳び蹴りを繰り出した。
だが、返ってきたのは硬質な手応え。その脚はセラの胴体に届く寸前、大鎌の柄尻の部分で攻撃を受け止められていた。
探りの視線を向けた育の背筋に凍るような感覚が走り抜けた。琥珀の瞳に映ったセラは裂けるような笑みを湛えていた。
「あはっ! 凄い、凄いよイク! こんなに近付いてるのになんで何ともないの!? ……ああ、そっかそっかそういうことか! イクってばナコと同じなんだね! きひっ、こういうのを運命って言ったりするのかな!!」
「は、はッ? なんのこと!?」
突拍子も無い言葉に困惑する育。一人で満足気に笑うセラの様子も戸惑いを加速させる要因だった。
『ナコ』が誰を指すのかは分かる。グリモワール所属の魔法使い、桐花と闘った少女だ。一体彼女と何が同じだというのだろうか。
自然と育の口から零れた問い。だが、返答は大鎌による攻撃だった。
「気にしないでいいよ! こっちの話だから、さっ!」
「ッ、ロード!」
【Loading, ENHANCE】
突如として背筋に走る悪寒。それは本能が鳴らした警鐘だった。
前に踏み込んだ育を大鎌の柄が真っ向から迎え撃つ。
「ごッ――」
肉体が弾け飛ぶような錯覚と共に、“く”の字に折れ曲がった身体は闘技場の中央から地面に一度も触れることなく壁に叩き付けられる。崩れるように地面に膝を付いた育は詰まった空気と共に血を吐き出し、響いて止まない鈍痛に顔を歪ませた。
紫殻の戦車も強力だったが、今のセラはその比にならない。限り無く持ち手に近い部分で受けたため威力を軽減したが、もし成功していなければ一撃で戦闘不能となっていただろう。
五体満足で居られたことが唯一の救いか――育は自嘲するように笑いながら面を上げる。琥珀色の瞳が捉えたのは絶えず溢れ出す魔力によって不気味に揺らめく真紅の長髪と、白魚のような手が握る緋色の大鎌。
ふと育が想起したのは絢爛の城で顔を合わせた王女様。荘厳に満ちた姿は彼女と一部重なって幻視されたが、抱いた印象は似て非なる物だった。
「…………はは、女王様っていうよりは、死神みたい……ッ」
抜け落ちるように零れた言葉は小さくか細い。震える足に拳で喝を入れ、育は立ち上がる。
その姿は傍から見ても満身創痍。その意識は明滅を繰り返し、視界は陽炎のように揺らいでいる。限界は直ぐ目の前に迫っていた。
「でも……ッ、ここで諦めるっていうのは、違うよね……!」
だが、育の闘志が萎えることは無かった。寧ろ加速的にその熱量は増していき、瞳に輝きが灯る。
勝てない勝負に挑む。それは無謀と罵られるかもしれないし、馬鹿者と揶揄されるかもしれない。
それでも育は目の前の闘いから逃げ出すことだけはしたくなかった。今こうして格上の相手と闘えているのも周りの人たちが居たからこそであり、手を尽くしてくれた人たちに申し訳ない。
そして何より――育が憧れた赤い背中は、どのような艱難辛苦が立ち塞がろうとも、決して諦めず勇猛と立ち向かうものなのだから。
意識はあるし、身体も動く。それなら、まだ闘える。
泣いても笑ってもこの闘いで最後。持てる力の全てを出し切って、果たしてセラに対してどれだけ通用するのか。そう考えると自然と余分な力が抜けていく。
指の一本一本を噛み締めるように握り込まれた拳。育はゆっくりと息を吸い、吐く。
「――――行くぞ」
それはセラに向けた宣戦布告であり、自らに対しての鼓舞でもある。
両者を繋ぐ距離は約七十メートル。育は呼吸を整え、鎧の騎士と共に駆け出した。
「きひっ、イイね! まだ勝ちを諦めてないその眼! それでこそ倒しがいがあるよっ!」
大鎌を構えるセラ。迎撃するかと思われた瞬間、大きく一歩を踏み出して一気に跳び出した。
その場でじっくりと腰を据えて待ち構えることも出来たが、セラは正面からの衝突を選択をした。それは何故か。
簡単な話、セラはまどろっこしいことが大の苦手なのだ。敵の全力を真っ向から踏破することこそが勝利。彼女は決闘において少なくともそう思っている。
――砂詰めの地面を蹴る両者。その距離、直線にして約十メートル。
突如として発せられる金属同士の擦過音。緋色の大鎌を構成する金属片群がセラの意志に従い瞬く間にその形を組み変えていく。振り抜かれる頃には元と比べ三倍もの全長となっていた。
もう一撃たりとも攻撃を貰うわけにはいかない。極限状態であるためか育が感じ取る世界は妙にゆったりとして見えていた。
一瞬のうちに鎧の騎士に出された号令。共に跳び上がることで真一文字の斬撃をやり過ごす。
そこに空かさず襲い掛かる下段からの逆袈裟斬り。その速度は育が今まで体験した攻撃における最速、葵のメモリアブレイク『グローリアシューティング』に次ぐほど。攻撃の前兆を捉えた時、育は既に騎士を足場代わりにして形振り構わず跳んでいた。
直後空間を走る延長斬撃。間隙の後、伽藍洞の鎧に紙一枚ほどの線が入るとそこから上体が音を立ててズレ落ちた。
地面を転がった育は素早く体勢を立て直すと一瞥すらせず糸の接続を解除。脚力を魔法で強化するとセラの正面に躍り出る。
「セット!!」
【MEMORIA BREAK】
装填されたエンハンスのメモリアが撃鉄を上げる。爆発的に増幅された魔力によって極限まで高められた蹴打が炸裂した。
だが、それは些か直線的に過ぎる攻撃だった。育が誇る必殺技でさえも、いとも容易く大鎌の柄によって弾き返されてしまう。
「さぁ、血の花咲かせろっ!!」
ジャギギギギギギギィッ! と鋭い音を立て大鎌の刃が増えること七つ。右半身を引き絞る構えから放たれんとするのは必殺の斬撃。
その瞬間こそ育が狙っていたモノだった。
「セ、ットォッ!!」
【MEMORIA BREAK】
セラの体勢が不自然に大きく傾く。
その原因は右腕を雁字搦めに包み地面に縫い付ける育の糸。武装から射出された糸は地中を通してセラを拘束していた。
コネクトによる魔力吸収は確実に戦闘不能にすることが可能な反面、失神に追い込むまで多少なりとも時間を要する。それはセラに対しては明確な隙、反撃を喰らうのであれば元も子もない。
だからこそ、必要なのはただ一発でセラを戦闘不能に陥らせる攻撃。
「お、おおおおおおおおッ!!!」
メモリアブレイクの連続発動に軋む身体。魔力や身体の状態諸々を鑑みるとこれが最後の一撃となる。
反復鍛錬の末にようやく身に着けた格闘術。如何に疲れ果てようとも身体は自然と最適なフォームに移行する。
そして今、硬く握り込んだ左の拳がセラの顔へと放たれ――
「終わりだよ、イク」
――育の脇腹が、ごっそりと削ぎ取られた。
噴き出す鮮血。地面に倒れた育が意識が閉ざされる中で捉えたのは、じんわりと広がる自身の血と陽光に照らされた歪んだ刃だった。
「……あっぶな。流石に今のは肝冷えたー」
溶けるようにして消えた糸。拘束が解かれると何の問題も無く立ち上がると声を漏らす。
赤片の女王――その役割は全距離戦闘。状況に応じて金属片を組み替えることで近・中・遠と一人でおよそ全ての距離における戦闘を行える魔法である。
大鎌である理由は単純にその形態が最も安定するから。その為、なるべく大鎌という武器の形状から離れない範囲で組み替えを行っていた。
ただ、最後の攻撃に関しては完全に意表を突かれた。糸という武器の使い手との経験値の薄さもそうだが、なによりセラとしては準決勝で使っていた銀の車輪を使うとばかり思っていたのだ。
結局は最後まで使わず仕舞い。といっても手を抜いていたわけでも無さそうだったのが余計に疑念を生む。
「うーん、使用するのに条件があるとか? 私の時はぴかーってなってなかったし。……ま、いいか! また今度闘う時にでも見せてもらおっと」
決勝戦第三戦、その勝者はセラ・ミスカ・シュリューズベリィ。
グリモワールが優勝に王手をかけた瞬間だった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
まずは謝罪を。本小説の更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした!
ほぼ書き終わっている状態で文章を丸ごと消してしまうという特大ミスをやらかし、ガチ凹みでモチベーションが死んでおりました。
『メモリーズ・マギア』を楽しみにしてくださっている読者の皆様、いつもありがとうございます。
これからも執筆活動は続けていく所存ですので、どうかよろしくお願いいたします。
さて、それでは本編の話をば。
健闘でしたが、残念ながら育君は敗北。これで二敗となってしまいました。
後が無くなった第四戦、果たして葵は勝利することが出来るのか。ぜひお楽しみに!
いつもはここで終わるのですが、今回は最後にちょっとした裏話……という体の設定話でも。
結構長くなるので、面倒な方は読まなくても大丈夫です。本編に影響はないので。
ただ、読んでいただけると本作の世界観をより深く知れると思います。なので読んでいただければありがたいです。
それでは、あとがきはここまで!
ぜひブックマーク、レビュー、感想をお願いします!
また誤字脱字を見つけ場合、遠慮なく報告をお願いします!
それでは、また次話でお会いしましょう!
さて、ここから設定話に移ります。
セラ・ミスカ・シュリューズベリィ。七つの魔法を一つに束ねた『虹霊戯盤』の使い手でした。
その魔法は育が考察した通り、チェスの駒をモチーフとしています。魔法の名前に駒の名前が入っていることからも分かると思います。魔法の名前に『盤』という文字が入っているのもチェス盤から取っています。
その中でも本編でちょろっとだけ言及された『王』『妖精』『僧侶』について、今回はお話したいと思います。
まず『僧侶』ですが、こちらに関しては夜にしか発動できないものとなっています。虹霊盤戯を構成する魔法の中で、具体的な条件が必要なものはこの魔法だけ。かなり特殊な扱いとなっています。
杖を召喚し、それを武器として戦闘する感じですね。魔法のイメージは精神と吸血でしょうか。
次は『妖精』。
発動すると背中から翼が生み出され空中浮遊を可能とします。ただ、これは本人の意志に関係なくずっと空中に浮き続けることとなります。決闘祭のルール的には違反となってしまうわけですね。
ただ、本来ならこの魔法に翼は必要ありません。寧ろ翼が無い方が自然な形だったりします。浮遊方法が周囲の大気を操作するといったものなので。
魔法のイメージは浮遊と透過といった感じになります。もし属性に分類するなら風属性になるでしょうね。
そして最後、セラにとって最も重要な魔法である『王』。
こちらに関しては単純明快。強過ぎる、ただそれだけが理由です。決闘というか、戦闘そのものが成立しません。
下手をすればナコが本編で言及した通り、星一つがマジで更地になります。闘技場の破壊なんて指を動かす必要すらなく、恐らくは呼吸一つで消し飛ぶことでしょう。
魔法のイメージは災害、あるいは神威。セラ自身でも発動後は制御出来ないため、よっぽどのことが無い限り使う機会は無いでしょう。
とまぁ、こんな感じの魔法をセラは使うことが出来るんですね。
気まぐれになりますが、時々こういった裏の設定などもかいていこうと思います。ぜひ知りたいという方は、またその時に読んでいただければ幸いです。
これからもメモリーズ・マギアをよろしくお願いします!




