第46話 それは繋ぐ魔法
お待たせしました!
育vsセラ、ここから更に混沌としてきます!
「よぉし、いくぞー!」
威勢よく踏み出された一歩。たったそれだけで拳の射程内へと育を収める。
振り上げられた拳が放たれる瞬間、まるで氷の上を滑ったように身体が投げ出された。
ぱちくりと瞬くセラの瞳が捉えたのは脚に絡まる糸。攻撃の為の踏み込みが払われたことを認識する。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
育はエンハンスを併用して膂力を強化。腕を振り回した勢いのままセラを地面に叩きつけ、間を置かず一気に引き寄せる。無防備で向かって来るセラの腹部に必殺技であるサマーソルトキックが突き刺さった。
瞬間、育が感じたのは硬質な感触。まるで鋼鉄の塊だ。
顔を歪ませながらも振り抜かれた脚。セラの身体は地面を二回ほど跳ね、滑った後に停止した。
しかし、その結果は芳しくない。育の蹴りは身体の芯を捉えたが、攻撃を喰らったセラは土に汚れている見た目とは反対に対したダメージは負っていなかった。
「これじゃ駄目か……!」
歯噛みする育。立ち上がるセラを見据え、更なる作戦を練る。その前段階としてセラが使う魔法に焦点を当てた。
セラが使用する魔法には複数の効果があることは既に判明している。そして、実際に相対してもその分析は違いなかった。魔法を発動する際、彼女が侍らせている魔導書の装丁の色が変化するのも依然として変わりない。
当然、相対して分かったこともある。
遠目では気付かなかったが、セラの魔導書の装丁。その表面には透き通った水晶板のようなモノが張り付けられていること。そして、魔導書の色に合わせてセラに現れる変化だ。
緑の時には瞳がエメラルド色の輝きを放つようになる。加えて、異常なまでに向上する洞察力や観察力。一度見つめられるだけで、自身の奥底まで透かされたような感覚がした。
紫の時には瘴気のような悍ましい魔力が漏れ出す。身体能力が極限まで高められ、災害の如き暴力装置と化す。一撃でも喰らえば昏倒必至だろう。
観察していた育が気になったのは、色で魔法が分けられていること。加えて、魔法を発動する際に告げられている詠唱。
色に関しては単純に区分的にそうしているのか、はたまたそうする必要があってのことか。魔法について大して学んだことの無い育にとっては知るところではない。
しかし、詠唱に関しては話が別だった。緑眼の兵士と紫殻の戦車。その二つの名は、チェスの駒になぞられて付けられたものだろうと推察できたからだ。
異星の地にチェスがあるのか、そういった疑問はひとまず置いておく。もしチェスと関連付けているとすれば、それは一体どのようなものだろうか。
「駒の種類を、そのまま魔法として利用してる……?」
より正確にいえば駒が持つ意味。ルークでいうなら戦車を表しているように、チェスの駒にはそれぞれ象徴とするものがある。
紫殻の戦車の発動時、セラの膂力は極大まで増幅されている。その他にも、身体全体があり得ないほどに硬質化していた。
その破壊力、防御性能はまさに戦車を表すに足るものではないか。
セラの魔法、その付け入る隙を模索する。
紫殻の戦車は高い膂力と硬い身体が脅威。だが、強大な力ゆえにどうやら小回りは効かないらしい。
直線運動で迫ってくることは明らか。攻撃は避けやすく、通じるかは別として防御も抜きやすい。事前に心構えさえ出来ていれば、育としては戦いやすい部類と言えた。
問題は――
「ふーん、なるほど。結構やるね!」
「……ッ」
セラによる緑の視線に晒され、思わず息を呑んだ育。身体を強張らせる様子はまるで蛇に睨まれた蛙のよう。
緑眼の兵士。チェスに当て嵌めるなら兵士、兵隊を司る駒。だが、その役割がイマイチ漠然としない。
手の内を見透かされたような回避運動、加えて謎の瞬間移動。最低限度の戦闘能力はあるが、それ以外で目立ったものは何も無い。
もっとも脅威度が低くありながら、もっとも不気味な魔法。それが兵士であり緑を司る魔法に抱いた感想だった。
そして、もう一つ。
チェスの駒が魔法の基盤になっているとして――セラにはまだ、あと四種の魔法が残っていることになる。
「いいねいいね、楽しませてくれるじゃん! これは負けてられないな!」
輝き出す魔導書の頁、装丁が染まるは藍色。セラの隣に展開された魔法陣の中からナニカが這い上がってくる。
ギャシャリ、と金属が鳴らす音と共に現れる人間と思わしき右腕。左腕、上半身と徐々にその全容が露わになる。
巌のような体躯を持つ巨人。二本の脚で立ち上がった姿は少なくとも五メートルはくだらない。
その姿は頭頂から爪先までを甲冑で包む。深海で染め上がったような藍色をしている鋼で鋳造された全身鎧は重厚感を覚えずにはいられない。巨体と合わさり、離れていても空気を震わせるほどの威圧感が嫌でも伝わってくるようだ。
そして、その手に握られるのは身体に負けず劣らずの巨大なバスターソード。先端に行く途中で折れたような外形をしており、鎧と同じく藍色の鋼から造り出された一振りだった。
「さぁ、もっとエンジンかけていくよ! ぶっ潰せ、藍鋼の騎士!」
号令と同時、藍色を纏う騎士の剣が唸りを上げる。
育は瞬時にエンハンスで脚力を強化、一気にその場から離脱する。直後、巨体から繰り出された剛剣が闘技場を揺らした。
対象を失った攻撃の矛先が向かう先は地面。ひび割れ陥没した様からは“斬る”というよりも“叩き潰す”という印象が真っ先に飛び込んでくる。
「そ、そんなのアリ!?」
闘技場を跳び回る育。突然の乱入には流石に動揺を隠せない。
迫る巨人の攻撃は狂飆の如く、明確な破壊を以てその威力を見せつける。その時、巨人騎士がその身体を跳び上がった。
それを見た育はコネクトを発動。真横に向けて射出された糸は壁に接触すれば一瞬で接着する。次いで発動したエンハンスによって腕力を強化すると、右腕を力の限り引っ張った。
反作用で攻撃を回避した育は壁に脚を向けるとそのまま着地。攻撃に転じようとした瞬間、その聴覚が風の大きな流れを捉える。
育は即座に糸の接着を解除。セラに向けて射出した糸は回避されるが想定通り。壁面に辿り着いた糸を接着すると再び糸を引っ張り、反作用で飛び出す。
「――――ッ」
藍色の巨人騎士が繰り出す渾身の一振りが育の眼前に迫る。
もしこの一撃を喰らったら――そんな想像が育の脳裏に過ぎる。たったそれだけで喉が干上がるような感覚が襲ってくる。
育は撓んだ糸を手で握り、ぴんと張らせると一気に引く。小さな身体はバスターソードを掠めるように突き進む。
時間が引き延ばされるような間隔。呼吸が止まるような瞬間の末、育は巨人騎士を置き去りにした。
視線の先に立つセラの姿を認めると跳び上がり急降下。エンハンスによる強化も乗せた蹴りを放つ。
――その時、光が瞬いた。
攻撃は激しくぶつかり、鐘を叩いたような音が響き渡る。ブーツの底が接するのはセラの肉体ではなかった。
育の蹴りを阻んでいたのは藍色の鉄鋼。先程振り切った筈の巨人騎士、その腕だった。
「きひっ! 残念でしたっ!」
魔導書を操作するセラ。鎧を軋ませながら剣を振り被る巨人騎士の姿が琥珀の瞳に映る。
育は地面に向けて糸を射出、接着させると全力で引き攻撃を回避する。勢いよく転がるも立ち上がり、直ぐに顔を上げた。
「はぁ、はぁ……ふぅっ」
荒ぶる心臓と呼吸を同時に整えながら正面を見据える育。巨人騎士の腕甲は僅かに陥没しているが、特段堪えた様子は見られない。
そして先ほどの瞬間移動を見た育は納得する。
実際チェスにおいてもナイトは跳び上がるような動きを見せるが、恐らくそれが魔法として適応されているのだろう。
そして、もう一つ。
「もしかして……鎧だけ?」
育がその違和感を覚えたのは攻撃が当たった瞬間。発した音は中身に物体が詰まっているなら到底発せられることが無い音だった。
そこから導き出される答え。それは君臨する騎士の中身には何も無く、ただ鎧だけが駆動しているということ。
その推察は、正確に的を射ていた。
「おー、そんな動きも出来るんだ! あはは、なんか蜘蛛みたい!」
魔導書を操作するセラ。開かれた頁には奇怪な魔法陣が多層構造で敷き詰められ、一つ一つが騎士の動きと連動して回転している。その周囲には所々に呪文と思わしき文が散見された。
藍鋼の騎士。伽藍洞であるが故に自意識などは存在せず、その動作の全てはセラによって行われている。操り人形と人形師の関係が表現として適しているだろう。
――ただ、本質はそこに無い。虹霊盤戯という魔法は召喚や降霊といった分野に分類されるもの。使役は二の次だ。
そして藍鋼の騎士が持つ能力。それは先程にも見せた瞬間移動。
その効果は騎士だけでなく、使用者あるセラにも適用される。育の攻撃を空振らせた瞬間移動のカラクリはこの魔法にあった。
ただし、藍鋼の騎士の瞬間移動には制限がある。
セラ自身が瞬間移動する場合、一度に転移する距離が著しく減衰してしまう。せいぜいがセラの大股三歩程度の距離だ。
そして、転移出来るのはどちらか片方のみ。同時に両方が瞬間移動することは出来ない。
それらに関して、育は何となくではあるものの目星がついていた。巨人騎士――今や鎧の騎士と呼称する方が正しい――から逃げ回る中、その挙動を観察して瞬間移動に制限があることを見抜いていた。
ただ、それでも攻撃を通すのは至難の業。セラ自身の瞬間移動は距離が小さいため対応できるが、騎士の方はそうもいかない。
そして、実質二対一という状況そのものが苦しい。セラ自身もある程度近接戦の心得があるようで、積極的に肉弾戦を仕掛けてくる。隙こそあるものの、決まって騎士を操作し差し込んでくるコンビネーションは厄介という他なかった。
「鎧の方をなんとかしないと……!」
セラを倒すには騎士が大きな関門。しかし、鎧に対して糸の切断攻撃はまともに通用しない。近接格闘による殴打もダメージこそ与えられるが、破壊まで至るには相当の数を打ち込む必要がある。魔力が尽きる方が先なのは自明だった。
じわじわと募っていく焦り。自身より遥かに巨大な存在に攻めたてられることが更に焦りを助長する。
「逃げてばっかじゃ勝てないぞーっと!」
セラによる号令と共に、騎士は剣を大きく振り被る。天から襲い掛かる破壊の一撃を育は跳ぶことで回避する。
次に育が顔を上げた時、視界に映ったのは瞬間移動で現れた騎士が剣を振り被る姿だった。
「――ロード!」
【Loading, CONNECT】
それは、殆ど反射による行動だった。騎士の胴体に糸を接着させ、引っ張った際の反作用で接近したのだ。
一見自殺行為にも見えるその行動。しかし、その瞬間においてはこれ以上にない対処だった。
運動には、その効果が最大限発揮される瞬間や場所が存在する。それは逆を言えば、十全に発揮されない瞬間や場所もあるということ。
育が狙ったのはそれだ。剣の攻撃は先端にかけて威力が増す。それを避け、敢えて接近することで喰らう攻撃の威力を減衰させようとしたのだ。
体勢が崩れていたこともあり、再び跳ぼうとしても間に合わない。故に、腕力のみで実行可能な回避運動を選んだ。
ただ、騎士の方も相当な巨体。何も詰まっていないとはいえ、重量もそれなりにある。流石に無傷とはいかないだろう。
来たる攻撃に備え身体を強張らせる育。願わくば、攻撃などしないでほしいと想った。
――その時、電流が走るような感覚が走る。
腕を交差していた育。しかし、待っていた衝撃は襲って来なかった。
「いッたぁ~……!?」
つんのめる身体。育は顔面から騎士に思いきり突っ込む。一斉に励起した痛覚がその威力を余すことなく脳に伝達した。
顔を抑え痛みを堪えていて――そこではたと気付く。騎士が剣を振る寸前の状態で停止していたのだ。
「――――うっそ。いや、マジで? イクの魔法ってそんなことも出来るの? いや……もしかしてだけど、そっちの方が本来の使い方?」
定まらない口調。それでいながらセラは言葉を紡ぐ。あらん限りに開かれた瞳から動揺していることが一目瞭然だった。
セラだけではない。闘いを見守る誰もがその現象に目を奪われていた。
騎士が鎧を軋ませ、ゆっくりと動き出す。
だが、それはセラの意志によるものでは無い。その動作は全て育の糸に合わせて行われているもの。それこそ、操られた人形のように。
「………………ふぇ? は、はいッ!?」
戸惑いを隠せない育。それも当然だろう。
セラの魔法によって戦場に現れた藍色の鎧で身を包む巨人騎士。その制御権を奪い取っていたのだから。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
育の魔法のヒミツについてはまた次回で!
そして、セラは遂に切り札を使う!
果たしてどちらが勝つのか。繰り広げられる激闘をお楽しみください!




