第45話 決勝第三戦 育vsセラ・ミスカ・シュリューズベリィ
お待たせしました!
育vsセラ、いよいよスタートです!
「うそ……桐花さんが、負けた……?」
到底負けることがないと思われていた人物の敗北。それは動揺を与えるには充分すぎる衝撃だった。
決闘祭前に実施された模擬戦での勝利数トップは恋だったが、次いで多かったのが桐花だった。その実力を肌で感じていたが故に、普段表情を変化させることが無い葵ですら驚きを声を上げるほど。
そんな時、控室の扉が開く。恋たちが視線を向けた先には紗百合の姿があった。
「さ、紗百合ちゃん。もう大丈夫なの?」
「うん。流石に激しい動きは無理だけどね」
笑い返した紗百合は興味をモニターに移す。そこにはリプレイとして桐花が倒された瞬間が移されていた。
控室に蔓延する気まずい空気。しかし紗百合は特に目立った反応も見せなかった。強いて言うなら、興味深そうに先の光景を見つめるだけ。
「えっと……紗百合ちゃんは、桐花さんが負けても何も思わないの?」
「ん~……まぁ特には? 寧ろ安心したかな。お姉ちゃんも人間なんだなぁって」
育は想像の斜め上を行く言葉にたじろぐ。だが、思考ではどこか納得していた。
何をするにしても直感に従っている桐花。しかも、それが間違えていたことはほぼない。その光景は傍から見れば奇妙に尽きた。
例えるならそれは、数学の問題から途中計算も無しに答えだけ見せられたような感覚。
結果に付属しているはずの経過が存在しない。そんな彼女に底冷えするような印象を持っていたことを、育は否定できない。
だが、そんな桐花も恋が関わっているときは鳴りを潜めている。それに加えて、悩みを察して話しかけてくれたりと暖かな一面があるのも確か。
天才、超人。柊桐花という少女を表す言葉として様々なものがあるが、それでも人間だということには同意だった。
「ほら、育君! そろそろ行かないと!」
「――あ! ご、ごめん! それじゃあ行ってきますッ!」
思考の海から意識を引き上げた育は急かされる形で控室から飛び出していく。それを見送った紗百合は溜め息を一つ吐き出したかと思えば、よろよろとベンチに腰を下ろした。
「紗百合ちゃん、大丈夫……?」
「あはは……流石に、ちょっとキツかったみたいです」
にへら、と力なく笑った紗百合。先ほどまでは取り繕っていたのか、その表情には疲れの色がはっきりと見て取れる。
紗百合の戦闘スタイルは単純に身体を動かすのとは訳が違う。幾らサブテラーが誇る治療があらゆる傷を治せるとしても、疲労や消費した魔力まで直ぐには戻らないのだ。
そんな紗百合を心配してか、葵が声をかける。
「休んでてもいいんだよ?」
「いえ、それよりも……みんなの闘いを見届けたいんです」
そう言い切った紗百合の瞳は力強く、確固たる意志が宿っていた。葵はそれに気付くと逡巡した後、小さく頷いた。
「……わかった。でも、無理しないでね」
「はいっ。心配してくれてありがとうございます、立花さん」
「ん、どういたしまして」
気付けば張り詰めていた空気はどこへやら。肩にかかる重圧が解けたことに恋は安堵の表情を浮かべ、その意識を次の決闘へと移る。
育が次に戦うのは、圧倒的な暴力で悉くを捻じ伏せて来たセラ。ナコが技量に長けているとすれば、セラが武器とするのは純粋な破壊力。そういう面で見れば、姉妹で似通った性質を持っていると言えるだろう。
初めこそ躊躇いも見せていた育だったが、決闘祭を通してヒト型相手の闘い方が定まってきた。特に準決勝で見せた進歩は妙妙たるものだろう。
それでも――セラに勝てるかと問われれば断言は難しい。つい先ほど桐花が負けたように、戦闘というものは何が起こってもおかしく無い。
「頑張れよ……育」
静かに歩んでいた育は足を止める。
大きな入場門は固く閉ざされ、周囲には忙しなく動く大会委員。決勝ということもあってか、建物越しに聞こえる歓声は以前までとは比較にならない。
「すぅー……はぁー……」
大きく息を吸い込み、吐き出す。
数度繰り返せば身体から余計な力が抜け、程よい緊張感に調整される。今すぐ闘えと言われても瞬時に動き出せるだけの余裕が、育にはあった。
待機形態のメモリーズ・マギアを開く。その中には見慣れた五枚のカードと、新たに造り出された無色透明のクリアカードが二枚。
「やっぱり使えない、か」
確認を終えると、ケースを仕舞う。
準決勝が終わってからも確かめたが、結果はやはり同じ。新たな魔法は影も無く、ただ何も映されていないカードが加わっただけ。
ただ、恋の方は違った。
気になった育は恋に相談。ホテルでメモリアを見せて貰うと――今までは色付いてなかった二枚のカードには、しっかりと絵が描かれていたのだ。
切っ掛けはノエルとの一戦だろう。しかし、詳しいことは何も分からなかった。
強いて言うとするなら、恋が黄金の剣を手にするのは二回目だということ。ただ、本人に聞いても他には思い当たる節は無いようだった。
――自分たちが魔法使いになるために必要な道具メモリーズ・マギア。もしかしたら、これには大いなる秘密が隠されているのではないか。
「っと、集中しないと!」
育は首を横に振り、頬を軽く叩く。
今必要なのは目の前の決闘に意識を向けること。それ以外は後回しで良い。
『――さぁ、両チーム選手の入場です!』
壁越しに聞こえた司会者の声。ギギギ、と重厚な音を立てながら門が開く。
育は意を決し、大きく一歩を踏み出した。
三六〇度全てから発せられるのは熱の籠った声。まだ決闘も始まっていないのに、既にエンジン全開と言わんばかりに盛り上がる観客たちがいた。
そして、育の視線の先から歩んでくる少女――その名はセラ・ミスカ・シュリューズベリィ。グリモワールの中堅を担う魔法使いだ。
「よろしく! 全力で楽しもうな!」
「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
向かい合った二人は固く握手を交わし、背を向ける。向かうのは決闘開始の位置だ。
(セラさん、すごいな……)
歩みを進める中、育が抱いていたのは尊敬の念だった。
サブテラーでもかなりの注目度を誇る祭典。自分にとっては異邦の地での出来事だから実感はあまり無いが、現地に住むヒトにとってはかなりのプレッシャーになるのではないだろうか。
そんな場でセラは堂々と『楽しもう』と口にした。少しの緊張も見せず、ごく自然な様子で。その発言は実力から来る自信か、はたまた単純に闘いが好きなのか。
そんな思考も、今の育はすんなりと受け止めることができていた。
浮泡育はかつて、結果だけを思い求める人間だった。
ああしなくては、こうならなくては。強迫衝動に駆られるように、物事の結果に対して異常な執着を見せる。そういった生き方をしていた――否、そういった生き方しかできなかった。
そんな自分を変えてくれた少女が居た。しかし、それでも全てが改善したわけではなく、根本的なところでは変化することは無かった。
そんな時――浮泡育は魔法に出会った。
実は今まで生きていた世界は閉ざされていて、邪魔をしていた壁が取り払われたような感覚。気付けば、呼吸はいつもより数段増しに澄み渡っていた。
闘いを楽しむ――勝利という結果に向けた経過を楽しむ。確かにその通りだと、育は思う。
何事も楽しくなくては上達も遅い。五人の中でも戦闘技術の上達が劣っていたのは、そういった面もあるのだろう。嫌いだった争い事にそれを学ぶというのは、なんとも皮肉な話ではあるのだが。
「――よし、行くぞ」
苦い笑みは不敵な笑みへ。決意を胸に、育はメモリアを抜き放つと銀腕にセットする。
これは決勝戦、何があっても最後の闘い。そして立ち塞がるのは未だ全容が知れない強敵。
準決勝でほぼ全ての手札を出し切った自分たちとは違い、実力を抑えた状態でも勝ち進めているグリモワールの少女たち。
力の差は歴然。遥か高き壁として聳え立っている。
だからこそ、育は考えずにはいられない。
彼女達の本気、全力は――果たしてどれほど強大なものなのだろうかと。それをどうしても引き出させてみたかった。
「メモリアライズ!」
【Yes Sir. Magic Gear, Set up】
魔法少女へと姿を変えた育。琥珀の瞳に戦意を籠め、挑む強敵を見据える。
「きひっ! イイね、楽しくなりそう……!」
それに感化されたのか、セラは浮かべていた笑みを一層深める。手にする色無き装丁の魔導書が開かれれば、ふわりと宙に浮いた。
「両者戦闘準備が完了しました! それでは、決闘祭決勝第三戦――開始ッ!」
「先手、必勝!」
開戦の号砲が鳴らされた瞬間、育はエンハンスとコネクトを装填すると糸を射出する。繰り返し修練した動作に狂いは無い。一直線に標的へと向かい、手前で一斉に拡散する。
それと同時に、セラも魔法を発動した。
「さぁ、全力で遊ぼう! 緑眼の兵士!」
魔導書の頁に魔力が通う。次の瞬間には、セラの瞳はエメラルドの如き虹彩を放つモノへと変貌を遂げていた。
セラは糸を一瞥。鳥籠のように多方向から包み込む斬撃は、閉じ切られる前に隙間から身を投げ出すことで回避する。
だが、育にとってはそれも作戦内。わざと糸の動きを一本だけ遅らせ、包囲網の隙間を作ることでその場所に誘導したのだ。
突くべきは回避後の隙。育はすぐさま糸を手繰り宙に跳んだセラに仕向ける。
狙うべきは十八番。糸が接着すればコネクトによって忽ちに魔力を搾り取り、枯らせることで戦闘不能にさせる戦法だ。
ただ条件として、衣服ではなく肉体そのものに触れないと効果が無い。魔力を宿しているのはあくまで人体であるが故の制約だった。
そういった視線でみれば、グリモワールの少女には育の十八番が通用しにくい。肌こそ見えているが、身に着けているローブによって身体が隠されているからだ。
もしかすれば、自分たちのように身に着けることで効果が発揮する魔法があるのかもしれない。グリモワールの四番手のアルなどまさにその典型例だろう。
となれば、最初はオーソドックスな攻撃で様子を見るのがベストだろう。
狙いを付けるのは四肢。一本でも潰すことが出来れば、これからの戦闘を有利に進められる。
最短最速。余計な動作は入れず、一直線にセラを目指す――筈だった。
先程までその身を投げ出していたセラ。その身体が、視界から消え去っていた。
育の視線は、上方から水平方向へ。
戦闘において相手を見失うことは絶対に避けなければならない。当然として、育は一瞬たりとも視線は切っていなかった。
にもかかわらず――セラは移動を終えていた。それも一切の予兆を見せずに。
発起と結果が全く結びつかない。それは一本の映像から中間だけを切り抜いて、前半と後半を接合したような感覚に似ていた。
ただ、そのような不測の事態でも動揺は無かった。
それは闘いに対する心構えの変化が齎したもの。余計な力が抜けたことで身体は動かしやすくなり、その分だけ精神的な余裕が生まれた。
「紫殻の戦車!」
「ロードッ!」
【Loading, ENHANCE】
セラが紫のオーラを纏うと同時、育は魔法を発動し脚力を全力で強化。唸りを上げて繰り出された拳を間一髪のところで回避する。
体勢を立て直したところで注目したのは魔導書。先程は緑色だったものが、今は紫色に染まっていた。
「おお、やるねー! 結構ガチで殴ったのに!」
「そんな簡単には喰らうわけないですよ! やるならもっと本気で来てください!」
「――あはっ! 言ったね? 吐いた言葉は飲み込めないぞ!」
花が咲いたような笑みを浮かべたセラ。その笑みは獰猛な肉食獣を思わせるものに移り変わる。
魔導書に手を翳せば独りでに踊り出す頁。通う魔力によって薄っすらと紫の光を発する。
「それならお望み通り。私の魔法――『虹霊盤戯』のチカラ、見せてあげる!」
セラの周囲に漂う魔力が吹き荒れる。
ゆっくりと息を吐き出した育。その瞳は更なる警戒を以て、自身の敵を見据えていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回、セラの魔法の本領発揮です!




