第44話 星読みの巫女
「と、トウカが攻撃を喰らった!?」
ベネトは思わず声を上げる。戦場を見る赤い目はあらんばかりに見開かれていた。
そしてそれは他の観客たちも同様。程度の差こそあれ、誰もがその光景を見て驚きの反応を見せている。
というのも、桐花は決闘祭においてまともに攻撃を喰らったことが無い。唯一、二回戦で戦ったエレガトロによる重力魔法を受けたが、それも同様に重力魔法で相殺していた。
だからこそ、桐花がこうして攻撃を喰らったという事実は感情を動かせるには充分。桐花の直感を知っているベネトたちはその衝撃もひとしおだった。
「……なるほど、そういうことか」
そんな光景を見て静かに嗤うナムコット。その胸中にあるのは歓喜だった。
――まさか『大いなる種族』の関係者とは、とんだダークホースが紛れ込んでいたものだ。既に達成されかけていた目的も、彼女という“敵”の登場によって更なる意義を持つというものだ。
「博士、今なんか言いました?」
「いいや何でもない。気にしないでくれ」
「……? ならイイですけど」
リーズネットは興味を決闘に移す。それを見ていた温度の無い瞳は桐花を中心に据える。
「さてトウカ君。キミは、彼女相手にどれだけ闘えるかな?」
それは奮闘する我が子にかける親のようでありながら、実験動物を観察する研究者のようでもある。
どちらにしても、ナムコットにとって良い結果が得られることに変わりは無かった。
「いった……きっついの貰っちゃったなー」
転がる勢いを利用して立ち直す桐花。拳が当たった頬を優しく撫でる。
語調こそ緩いが身体の状態は酷い。顔に感じる針で刺すような痛み、もしかしたら骨にヒビでも入っているかもしれない。
たった一撃、されど一撃。それだけナコの拳は重く、凄まじい破壊力だった。
「シィッ!!」
見合う二人。ナコは身を屈めると跳び出し、一気に刀のレンジの内側へ侵入する。
鋭く吐き出された息と共にナコから放たれた拳。この一撃で仕留めるという意志が伝わってくるような勢いを持っている。
桐花は直感が従うままに一歩引くことで攻撃を回避しようとする――が、ナコの拳は回避を裂き読んでいたかのように軌道を変える。
咄嗟に首を動かす桐花。直後顔の真横を拳が通過し、風が頬を撫でる。機械刀を握り直し、攻撃後の硬直を狙った水平斬りを放った。
しかしナコは視覚外からの攻撃にも拘らず、見えているかのように正確に防御した。
返す刀で振るわれる機械刀。それをナコは軽く身を捻ることで回避、その流れを利用して回し蹴りを放つ。攻撃線上に挟み込まれた機械刀とブーツが金属音を打ち鳴らした。
「……ッ!」
ナコは目を見開くと魔力放出によって一瞬で離脱。直後その場が円形状に陥没した。
桐花の魔法の一つ、グラビティ。引力と斥力を操作する魔法である。
天から地へ向けた重力場の檻。一度嵌ってしまえば脱出は困難を極めるであろう攻撃は不発に終わった。
「今の……そうか、そういうこと!」
明らかになった異常。桐花は遂に答えに辿り着く。
「ふー……ま、バレるわよね」
ナコは静かに息を吐き、間合いを図る。群青の瞳が見つめる先にいるのは桐花だが、それは“今”の桐花ではない。
――万象星盤。天体を利用する魔法であり、星を繋いで形作られる幾何学模様を扱う星占術の一種。司るものは“時間の支配”である。
人間の目には見えないだけで、星は常に天上にある。陽があるか、無いかは些事なのだ。
回避に合わせて攻撃を変更していたのも、見えない場所からの攻撃を防ぐことが出来るのも。魔法で未来を視ていたからこそ可能だったのだ。
「いや、ヤバいでしょ……!」
今までの事象から未来視という答えに行きついた桐花が浮かべたのは笑顔。しかし、それとは反して刀を握る手が小刻みに震えている。
それは武者震いか、はたまた恐怖から来るものか。はたまた両方か。
ただ、少なくとも戦意が衰えるようなことはない。立ち塞がる壁を超える、それは桐花にとっては得難い経験であり喜びだ。
故に、退くことなどあり得ない。
「……よし!」
桐花はメモリアを入れ替えディバイドを発動、再び二刀流へと移行する。一撃の威力よりも、手数を重視する構えらしい。
それを見ていたナコは納得する。幾ら未来を視ることができるとはいえ人間、決して全能などではない。当然として処理限界が存在し、複雑な状況になるほど先読みが困難になる。
周囲の状況から未来を察知する超直感か、星見の魔法によって導かれる未来視か。
同じような結果を得られる二人でありながら、その手法は互いに違う。一長一短あり、どちらが優れているのかは分からない。
この決闘で決まるのは勝者と敗者、ただそれだけ。
――膠着が今、破られる。
踏み出した一歩。ナコの健脚は地を蹴り、魔力放出の推進力も合わさって瞬く間に拳のレンジに潜り込む。
「――らぁッ!!」
震脚によって生み出された力を乗せた正拳突きはまさしく一つの砲弾。クロスされた刀の上から渾身の一撃を叩き込んだ。
桐花が衝撃を流す最中。ピシッ、という音が耳を打った。
「あ、っぶな……!」
桐花の目に映ったのは欠けた刃と機械刀を横断するように刻まれた割れ目。少しでもまともに受けていれば真っ二つに折られていたのは想像に難くない。
それこそがディバイドの弱点。一本の刀を分割しているため、耐久性能は元の状態よりどうしても低下してしまう。
だが、それは全力を込められた一撃だからこそ。ならば答えは簡単、その状況を作らせないように動けばいい。
「私の全部を、ぶつける!」
駆ける桐花。繰り出す連撃はそのことごとくが躱され、弾かれ、いなされる。
その光景は様子見をしていた頃と似ていながら、比べ物にならないほど激しい。攻撃の応酬は目まぐるしく、空気を取り込む瞬間以外は常に剣戟音を鳴らしていた。
「はぁっ、はぁっ、ロード!」
【Loading, DIVIDE】
呼吸と同時に発動された魔法によって機械刀の数は四本、更にもう一度の行使で八本へと増える。その見た目は刀というよりも刺突剣が近い。
無論そのままでは使えない。そこで――
「ロード!」
【Loading, GRAVITY】
桐花の周囲に浮きだした六本の武器。それぞれが不可視の力によってボウガンの如く射出される。
猛然と迫る凶器を打ち払うナコ。反撃しようとする次の瞬間瞳に映ったのは、正面から斬りかかってくる桐花と六方向から射出される銀の刺突剣。
ナコは未来視で得た情報から動作を中断。跳び退いた直後一斉にその場へと剣たちが突き刺さった。
「ちっ、面倒な!」
拳と脚で四本、対して桐花は八本の刺突剣に体術。対応するにはどうしても引き気味に回らなければならない。
それと合わせて、武器の形状も問題だ。点の攻撃は真正面から見ると距離感を掴みにくい。視覚外から襲ってくる剣を含めると、どうしても未来視に頼らざるを得ないのだ。
――勝利への布石は既に打ってある。あとは、それを活かすためにどう動くか。
「絶対、勝つッ」
ガキンッ!! と鳴り響く甲高い音。それはナコが自らの拳同士を打ち付けたことによるもの。
鋭さを増した群青のソラを宿した瞳が見据えるのは敵である桐花の姿。
――目指すのは勝利のみ。引き分けは敗北だと思え。
「ぜぇああああッ!!!」
「はぁぁぁああああッ!!」
少女たちは吠える。あらん限りの力を振り絞り、一瞬一瞬が重なっていく。
剣戟で散る火花は戦場を彩り、咆哮は熱狂を伝搬させる。全身全霊、己を賭した闘いと言うに相応しい光景が広がっていた。
空間を踊る刺突剣。その動きに一寸の停止も無く、絶えず標的を追い立てていく。
未来が視られているのならば、視えていても避けられないよう攻撃すればいい。考え方はまさしく狩りそのものだが、互いにそれを理解しているため一向に戦局が傾かない。
そうなってしまえば、あとは気力と体力の勝負。どちらの動きが乱れるか、どれだけ基礎を積み重ねていたかが問われる。
「喰らえッ!」
号令と同時、刺突剣がリボルバーのように連続で射出される。ナコは次々と叩き落とすが、回転エネルギーが加えられた攻撃は一発一発が鋭く、重い。
弾き方を間違えれば滑って我が身に突き刺さることもありうる。途轍もない速さで神経が擦り減っていくのをナコは実感していた。
未来の情報を視るナコが負担となっているのは情報量。観測している未来は一つでは無く、分岐によって生まれた、ありとあらゆる状況がその瞳には映し出されている。
桐花の自由な戦闘スタイルからはどんな状況からでも攻撃が繰り出される。それによって数多の可能性が生まれ、その分だけ未来が増加していく。
その中から一つを選び取り、身を託す。一瞬の間にそれを行わなければならない。少しでも思考がブレれば、待っているのは敗北だろう。
対して、桐花の方もかなり限界が近い。
普段は直感のままに動いていたが、それが通用しないのならば考えて動かなければならない。無意識下での行動を有意識下にもってくるのは、相当の修練を積まなければ難しい。
思考しながらの戦闘に慣れていない彼女にとって、いつ終わるかも分からないそれは大きな負担だった。
加えて、ナコの行動が非常に厄介だ。未来視による行動潰しが的確で、一向に理想とする動きをさせてもらえない。
やられたくないこと、やって欲しくないことを執拗に実行する。相手の心理すら読み解き繰り出される攻撃は効果的に精神を揺さぶってくる。
いくら攻撃しても一切崩れる様子を見せないのも拍車をかける。淡々と攻撃が処理される様は難攻不落の要塞を思わせた。
魔法による未来視か、天性の直感か。
積み上げたものか、創り出すものか。
先に崩れたのは――果たして桐花の方だった。
「くッ……!?」
桐花の身体から突如として力が抜ける。その原因は地面にあった。攻撃を仕掛けようと踏み込む直前、戦闘によって陥没していた地面に脚がとられたのだ。
普段の桐花なら絶対にしないようなミス。集中力が欠けていた弊害が遂に露わになった。
「――今ッ!」
ナコは突撃と共に魔導書に手を翳す。淡く輝く頁は捲れ、魔法の発動を予兆させた。
――負けたくない、勝ちたい。渇望が桐花の胸に渦巻く。最後の力を振り絞り、呆けかけていた意識を鮮明なものへと変えた。
「ロード!」
【Loading, GRAVITY】
桐花を中心として戦場全体を襲う重力場。
それを受けてもナコは決して膝を付かない。ゆっくりと拳を握り締め、輝く拳を引き絞る。
「――ぶっ飛べぇぇぇぇッ!!!」
震脚、魔力放出。持てる技術を全て用いて放たれたナコの一撃は、降り注ぐ重圧に真っ向から立ち向かう。
悲鳴を上げる空間。次第にヒビが入り始め――果てには重力の檻を打ち破った。
撃ち出される刺突剣。しかし、それでは最早ナコを止めるには力不足だった。最後の六本目を弾き飛ばし、半身で構える桐花の目前で勢いよく地を踏み込む。
あとはこの拳を放つだけ――そう思っていたナコを襲ったのは鋭い痛み。体勢を崩しながら見たものは、太腿に突き刺さる剣だった。
(くそ、読み逃したッ……!)
桐花が使用した重力魔法。その本当の目的は、刺突剣の一本を地面に埋め込むためだったのだ。
隠し玉は無いと思わせるために、今まで通り六本を射出する必要がある。
そこで桐花は一計を投じた。半身になっているのは片手を隠すことで、当たり前のように剣がそこにあると思わせたのだ。
そして何より、このタイミングで未来視の情報処理を超えられた。それが最も大きな要因だった。
桐花の手に握られた剣が迫る。脚が地面に縫い付けられているため回避は不可能だ。
――――負け
「――お、おおおおおおおッ!!!」
「な……!?」
ナコが取った行動。それは桐花をして驚愕するものだった。
無理やり身を捩じると左腕を差し出す。剣の刺突は腕の中を突き進むが、肘の骨に達するとピタリと止まった。
そして剣の身を何の躊躇も無く握り込むナコ。思い切り引けば桐花の身体が前につんのめった。
ドスドスッ! と、肉を突き刺す音が連続で鳴る。
ナコの身体には内側から生えたかのように突き刺さる剣。胸部を重点的に穿たれ、口からは大量の血液が吐き出される。
「ぐッ――おおおおおおおおッ!!!」
だが、ナコが止まることは無かった。
桐花からの攻撃。ナコは未来視で最初から認識していた。
なぜ避けなかったのか。それは――自身の全力の一撃を、確実に当てるため。
その為ならば、多少の損失ぐらい受け入れる。最低限度、心臓部だけは避けるように調整して全ての攻撃をその身で受け止める。
それがナコの、勝利を得るための覚悟だった。
岩のように握り込まれた拳が振り被られ――桐花の顔面を捉える。
強烈な打撃音。その一撃は骨を砕き、歯を弾け飛ばし、そのまま地面へと思いきり叩きつけた。
衝撃を逃がすことも出来ず、その身に攻撃が浸透する。余りの威力に脳が掻き混ぜられたように揺らぎ、瞳に映る世界は混沌としていた。
ただ、まだ意識は残っていた。腕を地面に突き立て、その身を起こし立ち上がる。
直前に繰り出した背面からの攻撃によって、ナコの体勢が僅かながら崩れた。それにより全ての力が伝わり切らなかったのだ。
「が、ァァ……ッ!」
「はぁ、はぁ……ごほッ!」
顔面を大きく歪ませ、酩酊する意識を精神力だけで繋ぎ止めている桐花。
左腕はズタズタで一ミリも動かず、肺などの器官をやられて咳き込むナコ。
零されるのは獣のような呻き声。どちらも満身創痍で一歩も動けないが、勝利を得るために立ち続ける。
だが――既に勝敗は決していた。
「……アタシの、魔法は……時間を支配、する魔法。おぇッ…………それは、未来だけじゃない。過去への干渉も、できるッ……!」
ナコが血を吐きながら手にした魔導書。開かれた頁が大きく輝き、記された文字と図形が脈動する。
桐花の目の前の空間が呼応するように揺らぐ。一秒毎に形作られていくのは、赤いローブを身に纏った一人の少女の姿。
「過去のアタシの召喚……時間軸をずらすだけだから、座標までは弄れない。だから……誘導、してやったのよ……!」
桐花が現在立つ位置。それはナコが二本の機械刀にヒビを入れた一撃を放った場所。
決闘の中で、最も威力が高い拳を放った瞬間。初めから桐花は、ナコの未来視と戦闘技術によって誘導されていたのだ。
意識を保つだけで精一杯の桐花。脳がほぼ機能せず麻痺してしまっている今、目前に迫る脅威に気付けない。
「――さぁ、終幕よ!」
過去のナコによる最大の一撃。それを無防備で受けた桐花は闘技場の壁に激突する。
轟音、次いで振動。蜘蛛の巣状に割れた中心には桐花の姿。
ぱたり、と。音を立ててその身体は地面に倒れ伏す。時間が経っても、終ぞ起き上がることは無かった。
「決まったーッ! 決勝戦第二戦、勝ったのはグリモワール! ナコ選手が最後まで立ち続けたー!」
司会者から発せられる勝利宣言。それを聞いてナコの全身から力が抜け落ちていく。
意識を失う彼女。燃え尽きた灰のようでありながら、その表情は穏やかな暖かさを持っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
まさかの桐花が負けるという展開。みなさん驚かれたのではないでしょうか。
それでも尚、一対一という状況で未来視に追いつけるのは流石と言うべきか……。
そしてその上をいくナコの強さ。派手さこそありませんが、鍛え上げられた体術と時間干渉魔法が組み合わさってトンデモな実力でした。
これは裏話になるのですが、ナコの魔法『万象星盤』の時間干渉は自身に関することのみ有効です。
他人の過去を召喚したりなど、そういったことには使用できません。あくまでナコを中心、基軸とした魔法ってことを覚えていただければオーケーです。
まぁ、それでも破格すぎですけどね!
さて、そろそろ後書きも終わりになります。
闘いは折り返しの第三戦。育vsセラとなります!
次回をお楽しみに!