第43話 決勝第二戦 桐花vsナコ・ウルタ・ロマール
大変お待たせしました!
桐花vsナコ、いよいよ開幕です!
「さぁ、ご覧の皆様お待たせしました! 二戦目の選手の入場です!」
闘技場の修復も終わり、司会者の一声で入場した桐花とナコはお互いに向き合う。
「よろしくね、ナコちゃん!」
「ええ。本気で獲りにいくから、そのつもりで」
「勿論! こっちも負けるつもりはないよ!」
桐花は魔法少女へと変身、ナコは魔導書を開き籠手を装備すると数秒の静寂。瞬間「決闘開始!」という宣言が闘技場に響き渡った。
「さあ、いくわよっ!」
大きく踏み出したナコの足元が爆ぜる。魔力放出を利用した突撃は一瞬で最高速に達し、目標へとその身を運ぶ。
これに対して桐花は受けの体勢。機械刀を正眼に構え、迫る相手に神経を全集中させる。
「ふんッ!!」
「せいや!!」
敵を仕留めんと放たれた攻撃が衝突する。発生した衝撃波は大気を伝い二人の肌を焦がし、武器を通して身体の芯まで届かせた。
跳び退く桐花とナコ。桐花はすかさず機械刀から二枚のメモリアを取り出し装填。その内の一つであるディバイドを発動することで二刀流へと移行する。
「ふぅー……シッ!」
ナコは再び拳を構え突撃。踏み込みから拳が繰り出されるまでの動作は流麗であり、一切の無駄を感じさせない。
恐ろしいまでに積み重ねられた反復によって習得した技術。齢十五の少女が身に着けるには些か不釣り合いにも思えた。
だが、桐花はそれに対応する。激しく、そして的確に攻撃を捌き、積極的に反撃を仕掛けていく。
躱し、蹴る。
受け流し、斬り払う。
二人の少女によって繰り広げられる輪舞。リズミカルに打ち鳴らされる剣戟音は余裕を感じさせる。
それもそのはず。桐花とナコは互いに様子見の段階。未だその実力を隠しながら闘っていた。
だが、それも長くは続かない。拮抗を崩さんと桐花が動き出す。
「ロードっ!」
【Loading, ENCHANT】
白銀の刃に光が灯る。振り下ろせばたちまちに充填された魔力が放出、金属音の後に斬撃として空間を走った。
「……ふぅん。見てはいたけど、結構威力あるのね。それでもってリーチも伸びる、と」
ナコは地面に刻まれた斬撃痕を一瞥、冷静に状況を分析する。しかし事はそんな簡単には収まらない。
延長斬撃が放たれる直前、彼女は振り下ろされた機械刀を――横から殴って軌道を変えたのだ。
そしてそれを受けた側の桐花に動揺は一切見られない。両者共に、先ほどの絶技をさも当たり前のように認識している。
だが、今の一撃によって明らかに空気が変わった。
「……」
「……」
静かに構え直される得物。瞬間ナコは魔力放出によって得た推進力を利用し瞬く間に肉薄する。
「はぁッ!」
覇気一声、ナコは大きく踏み込む。健脚は振り子ように揺れ、勢いのままに標的に炸裂する。
されど鋼板を仕込んだブーツから返ってきたのは、金属音と硬い感触だった。
ナコは即座に魔力を放出し行く末を阻んだ機械刀を蹴り払う。繰り出した掌底は跳び退かれたことで空を穿つ。
「今度は、こっちの番!」
桐花は機械刀を元の一本に戻し、新たにメモリアを一枚装填。魔力を込めた刀身が振るわれ、その軌跡を形どった斬撃が射出されると同時に走り出す。
迎撃せず回避したナコに向けて繰り出されるのは二刀流による連撃。袈裟、水平、時として蹴りなどの体術まで織り交ぜて執拗に追い立てていく。
ギャリィッ! と擦れ合う音。交差した二人は振り返り、渾身の一撃を振り被る。
その瞬間、桐花が魔法を発動する。
「ロード!」
【Loading, PHANTASM】
発せられた機械音声と同時にナコの身体が脱力。それを見た桐花は機械刀を振り被った。
桐花が使用した魔法、ファンタズム。それは生きとし生けるものを惑わす幻術。対象が理想とする光景を見せ、現実を覆ってしまう魔法である。
ただし、それはあくまで仮初め。醒めない夢は無いように、桐花のファンタズムは長くても十秒ほどで解けてしまう。
だが――戦闘において、十秒という時間はあまりにも大き過ぎる。それだけ無防備になれば桐花の実力をもってすれば勝負を決するには容易い。
振り下ろされる機械刀。最短距離で標的であるナコへと向かい――瞬間、桐花の身体が止まる。
それは外部からの影響ではない。桐花が、自らの意志で攻撃を止めたのだ。
翡翠の瞳が見つめる先。前方へ倒れ行くナコは、その瞳でもって確かに桐花を捉えていた。
「く――――ッ!」
軋みを上げる桐花の身体。それでも直感に従うままに無理やり背を逸らす。
大きく身を屈めたナコから放たれるのはアッパー。全身の力を集約した剛の一撃は、紙一重のところで回避に成功した。
「ふー、あっぶな……!」
そのままバック転で地面を跳ねると大きく距離を取った桐花。リズムと同時に呼吸を整えながら、視線の先にいるナコという少女について考える。
戦況は五分と五分。押しつ押されつ、揺れ動く天秤のような釣り合いを繰り返している。
技量に関していえばナコの方が一枚上手だ。無手でありながら刀を得物とする桐花に対して互角以上の闘いが出来ている時点で明らかだろう。
対して、反応速度は桐花に軍配が上がる。自身の感性を信じている桐花の動きには一切の迷いが無い。迷いが無い行動には淀みが生まれない。その積み重ねの結果、桐花の動きは常人のそれとは隔絶したキレを見せる。
ただ――
(やっぱり、いつもと違う……)
それは海の中を漂う粒子の中、一粒だけ違う物質が混ざっているような違和感。常人なら感知することもままならない領域での不具合だった。
彼女という『ニンゲン』に在るのは、備え付けられた感覚器官によって周囲をミクロで観測するチカラ。そして得られた測定結果を基に、無意識上で行われる演算によって事象計測を行う。
簡単に言ってしまえば、“恐ろしいまでに精度良く働くカン”ということである。人智を超えたチカラではあるが、決して人間が辿り着けない領域ではない。
それ故に、いつでも直感で得られたモノが正しいということもない。限り無く低い可能性ではあるが、すり抜ける可能性が残されている。
それが表れたのが決闘祭の訓練時。桐花の直感は、育の攻撃を読み違えてしまうという致命的な失敗を起こしてしまった。
周囲の状況が流れとして読める桐花。しかし恋に対してだけは、そのチカラが十全に働くことは無かった。
瞳が雲ったような感覚が一番近いだろうか。いつもなら見える光景、その先が視られなくなる。
桐花はいつも本気でこそあれど、全力を出すことは基本的に無い。決闘祭でもそれは変わらず、例外は恋と勝負事をするときだけ。
何が起こるか分からない。だからこそヒトは心血を注ぐことが出来る。
そして――桐花の中にある“例外”という枠組みに、二人目が加わった。
桐花はファンタズムを使い、そして攻撃しようとした。それは彼女自身の直感が導き出した最適解の筈だった。
だが実際には魔法が通用していなかった。それどころか、不用意に突っ込んだ結果だけが残り、カウンターの隙を与えてしまった。
その事実は、桐花にとって充分に例外足り得るものだった。
「――あは、すごいすごい!」
寸でのところで気付けたからいいものを、一つ間違えれば渾身の一撃を貰っていた。普通ならば委縮してしまっていてもおかしくない。
だが、桐花は不敵に笑う。まるで自身に迫った危機を歓迎するように。
それこそ桐花という少女の性質。周囲の事象を既知としている彼女は、未知こそを至高として生きていた。
境界が無いモノ、不明瞭なモノが煌びやかに映る瞳。故に桐花にとっての“例外”とは、幾千の金銀財宝よりも価値があるものだった。
視て、聴いて、嗅いで、感じて、味わう。人体の触覚によって得た情報からも、ナコが普通の人間とはどこか違うのは分かっている。
だからこそ桐花は考える。自身の敵として立ち塞がる少女は、一体どれだけのチカラを見せてくれるのだろうか、と。
今までの決闘が楽しくなかったかと問われれば、桐花は否と答える。魔法という未知の道具は、その心を存分に躍動させた。
ただ、それ以上に楽しめる機会が目の前にある。それだけのことだった。
桐花はグラビティのメモリアを取り出し、ファンタズムの代わりとして装填する。
加減はしない。ここからは、全ての力を用いて闘う。
翡翠色の瞳は改めて、ナコを倒すべき相手として捉える。
それに対してナコの方も、桐花を最大限警戒すべき対象として睨みつけていた。
(目の前で確かめたけど……コイツの反応、やっぱり速過ぎる)
競り合ったのは僅か一分弱。ナコは桐花という少女が孕む異常性を看破する。
攻撃を見てから、などという次元ではない。攻撃する直前――事象が始まる前、意志による行動決定がされたとほぼ同時に、それに対してカウンターをかけるようなアクションが始まる時がある。
まるで心を読んでいるような所業。もしそれが可能ならば途轍もない精神強度だ。他者の心を覗き見るなど、“そうあれかし”と定められた存在以外には毒でしかないというのに。
そしてナコは、独自の解釈によって桐花の能力を推測していた。
精神干渉系の魔法を行使するということは、使用者と対象の心の隔たりを無くすようなもの。魔法という広大な括りの中でもひと際繊細な系統であり、強固な自我と圧倒的なまでの才能が求められる。おいそれと手を出して良い分野ではない。
無論、目の前の少女がそうだという可能性は否定できない。だがナコは、精神干渉系の魔法を対象問わず弾く特異な体質を備えている。
故に、自身に通用している時点で読心系の魔法は使用されていないと導かれる。
ならば次に考えられるのは、周囲の状況から次に起こりうる事象を確率的に弾き出している可能性。ナコの経験則からも、桐花の異常性はこちらの方に当てはまると感じた。
これに関して言えば、最初から目星を付けていたこともあった。明らかに魔法を使っていないタイミングで起こっていたことだったからだ。
ただ、どちらでも経過が違うだけで得られる結果はさほど変わらない。これから起こそうとする行動は先読みされ、最適な対応によって叩き潰される。
まさに理不尽の権化。魔王と表現しても違和感は無い。
このままでは今まで桐花と闘ってきた相手のように、劣勢の一途を辿り、抵抗の果てにそれすらも踏み越えられて敗北するのだろう。――対抗策が無ければの話だが。
「全く。どうしてこう、緑の眼をしたヤツってのは厄介なんだか」
ナコは溜め息を一つ。それも束の間迫り来る機械刀を弾くと大きく後退、明確に距離を取る。
魔導書へと手を翳した次の瞬間、幾重にも連なる文字は淡い輝きを帯び、頁が勢いよく流れ始める。
「――極みにて座す星よ。その輝きを以て、全ての探求者の導べとならん」
紡がれる詠唱。自らの内側に潜り込むように、ナコは瞼を閉じた。
そして次に開かれた時、その奥にあったのは蒼穹の空を写し取ったかのような色だった。
寸前に迫る桐花の機械刀。ナコは見ることもなく半身をずらすことで回避する。
「……え?」
発せられた声は果たして誰のものか。
瞬間桐花が派手に吹っ飛び、勢いのまま地面を転がった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
波乱の二回戦、今まで快勝を上げていた桐花に立ち塞がるナコ。
ベールに包まれていた彼女の魔法が剥ぎ取られ、その姿を見せる!
次回、ぜひお楽しみに!




