第42話 一戦目を終えて
今回は一戦目が終わってからになります。なので文字数は少なめです。
恋たち、そしてベネトたちの心境をお楽しみください。
司会者による勝利宣言と同時に盛り上がったのは観客だけではない。その雄姿を見守っていた恋たちも同様、いやそれ以上に歓喜が広がっていた。
「やった! 紗百合が勝ったー! 恋もちゃんと見てたよね!」
「ああ。紗百合らしい意表を突いた闘いだったな」
「だよねだよね! くぅーっ、カッコよかったなぁ! よし、私も頑張るぞ!」
拳をぐっと握りしめる桐花。気合十分というのが傍目から見ても伝わってくるほど活気に満ち溢れていた。
控室の扉を開け放ち意気揚々と飛び出していく桐花。テンションが何やらおかしいことになっているが、締めるべきところは締めることを恋は知っている。変に緊張しているよりもよっぽど良い状態だと思えた。
「桐花さんが闘う相手は……あ、あの恋先輩に戦闘スタイルが似てる子です!」
「ああ、ナコか」
恋はいち早く反応する。一瞬間前に図書館で会った時、メンバーのまとめ役をしていた彼女は何かと記憶に残りやすかった。
「そういえば恋先輩は前に会ってるんでしたよね。率直にどんな感じですか?」
「そうだな……」
恋は決闘祭期間の記憶を掘り起こす。ナコが闘っている姿はしっかりと焼き付いて残っていた。
「まず、徒手格闘のレベルが滅茶苦茶高い。特に相手との間合いの測り方が絶妙で、準決勝の時も仕込み杖使いの対応が柔軟だった。常に戦闘を掌握している……いや、流れに乗っているっていうのが正しいかな。……育はどう思ったんだ?」
「ぼ、ボクですか?」
問い返された育はなにやら戸惑いを見せた。
「? どうした?」
「えっと、これ言っていいのか分からないんですけど……あの子の闘い方って凄く地味じゃないですか?」
それは恋にとって思いもしない言葉だった。
同じように徒手格闘を主とする者の戦闘からは勉強になるような動きが多々見つかることがある。そういった観察の仕方をしている恋にとって『戦い方が地味』という感覚は新鮮なものだった。
「育、地味っていうのはどういうことだ?」
「え? そうですね……グリモワールの子たちって結構魔法が派手じゃないですか。ルルちゃんは相手が当然倒れて奇妙だし、セラちゃんは破壊力凄いし。アルちゃんは影そのものを操ってるみたいでカッコいいし、イヴちゃんは色んな魔法を使いこなす。
さっきの四人は闘いを見て分かりやすく“あ、魔法だなぁ”って思うんですよ。でも、ナコちゃんの闘いってこう……イマイチ記憶に残りづらいというか。如何にもな魔法って感じがしないんですよねぇ」
「うーん……俺にはちょっと良く分からないな。葵はどうだ?」
「……育の言いたいことは分かる。でも、私は特に何も思わなかった。戦闘スタイルはレンちゃんと一緒だし」
「そうですか……やっぱり思い違いですかね」
「いやいや、違う視点の考えっていうのは貴重なものだよ。ありがとな」
そう言って恋は備え付けのモニターに視線を移す。そこには次の対戦カードである桐花とナコの姿が映し出されていた。
決闘が終わった後も観客たちの熱は収まらない。戦場が修復されている間、次の決闘に向けて各々が言葉を交わす。それはベネトたちも変わらなかった。
「よっし、まずは先制したね!」
「ああ、本当に素晴らしい! よくやったぞサユリ君!」
「いやぁ、あそこから捲れるんですね。鷲掴みを貰ったときはもう無理かと……」
三者三葉の反応を見せるベネトたち。その中でもリーズネットは驚愕の表情を浮かべていた。
それもその筈、紗百合の動きは戦い慣れた魔法使いのソレだ。とても魔法を使い始めて一週間と数日とは思えない。
それと同時に納得もする。リーズネットが休憩も兼ねて覗いた訓練はとても慣れた様子で行われていた。
普通、初めて戦闘を経験する人間は怖がったりするものだ。顕著として現れる現象としては極端に逃げ腰になる、目を瞑ってしまうなどだ。
だが、紗百合たちにはそれが無かった。しっかりと相手の攻撃を見て、その上で自分の動きを合わせるだけの心得があったのだ。
魔法に関しては最初こそ荒が目立っていたが、一週間の訓練を経てしっかりと自分の物に出来ていた。そういったところから真面目に取り組む姿勢やセンスが伺えた。
「格上相手にもぎ取った一勝だ。ここは勢いに乗っておきたいね」
「そうだな。だが、次は……」
「? どうしたんですか博士。そんな複雑な貌して」
リーズネットが首を傾げ問いかける。長く見知った彼女からしても、ナムコットは怪訝な表情をしていた。
「リズ君、キミはグリモワールの二戦目を見ていたか?」
「勿論ですよ。ナコちゃんめっちゃレベル高いですよね。年齢や種族を加味しても、格闘系の魔法使いとしては相当上位の実力があると思います。それが何か?」
「そうだな……端的に言えば、彼女は不気味だということに収束するかな」
ナムコットは言葉を紡ぐ。
「精神防壁、身体強化、魔力放出。これらは魔法使いにとって三大基礎ともされる。精神防壁は自己の魂魄領域を守る技術、身体強化は魔力を内側で循環消費させる技術、魔力放出は内から外へ向けて開放する技術だ。それはリズ君も知っているところだろう。
そして、魔法使いとして強いほどこれら三つの要素が総じて高水準だ。その点で評価するならば、ナコという少女は間違いなく優秀なのだが――」
「――彼女は、それ以外の部分を一切見せていない。より具体的に言うならば『魔法』という、使用者本人の性質を表すものを未だに使っていないんだ。決勝に至るまで、たったの一度もな」
そういえば、と。リーズネットは自身の記憶に思いを馳せる。
ナコの闘いは同じ魔法使いとしても見ごたえのあるものだった。常に余裕を持ち、堅実な立ち回りを主とする。かと思えば、荒れ狂う魔法の中も勇敢に突撃し、華麗な身のこなしで一撃を入れる柔軟さも併せ持っていた。
だが、どのシーンを思い出してもナコが魔法を使っていたことはない。身体強化、魔力放出、あとは持ち前の体術だけで闘っていたのだ。
「でも、それならなんで魔法を使ってないんですか? そんなの自分が不利になるだけなのに」
「予測なら幾つか立てられる。一つ、魔法を発動するまでに極端な制限がある場合。これは儀式系の魔法形式に見られるものだ。あとはそうだな……もっと単純に、闘い方を縛っているなんて可能性もあるな」
「え、それって敢えて使ってないってことですか? なんでまたそんな……」
「別に難しいことでもあるまい。この催しほど魔法使い同士の真剣な闘いはない。実力試しにはうってつけだろう。
だからこそ彼らを決闘祭に出場させたのだ。より良質なデータを採るためにね」
「それでも事前に説明しないのは可哀想ですけどね」
「ハッ、なんで私が彼らの都合を気にしなければならないんだ?」
「そういうトコですよ、全く……」
溜め息交じりに告げるリーズネット。呆れて物も言えないが、これがナムコットという一人の研究者だ。リーズネット自身、彼の行動に巻き込まれることが多いため注意することすら面倒になるレベルだ。
「話を戻すぞ。とにかくナコ・ウルタ・ロマールという少女は未知数だ。……だが、その魔法に関してはある程度推測は出来る」
「……え、どうやってですか?」
リーズネットが疑問を浮かべるのも当然だろう。
ナコはそもそも魔法を使っていない。推測するにも判断材料が無い状態なのだ。それでどうやって考察を導こうというのか。
ただ、ナムコットは得意そうに語り始める。
「以前、彼女の魔法論文を見たことがある。その殆どが星に関係するものだったんだ」
「なるほど! つまり星の光を利用した魔法である可能性が高いということですか」
「ああ。もしそうなら彼女の行動にもある程度説明がつく。陽の光で星の輝きが塗り潰されている今、そういった魔法は効力を発揮しない」
「それ、こっちにとってはかなり追い風ってことじゃないですか! これは二勝先取も狙えますよ!」
ご機嫌に笑顔を浮かべるリーズネット。対してナムコットの表情は少々固い。
(確かに説明は出来る。……だが、果たして本当にそうか?)
ナコが魔法使いとして優秀なのは誰もが事実として認識しているところだ。洗練された基礎技術はそれだけで強力な武器となっている。
だからこそナムコットは解せない。もし仮に、ナコが星の光に関係する魔法を使えるとして、日中という弱点をそのままにしておくだろうか。
――必ず何かがある。
長年魔法に関して研究しているナムコット。次の決闘に怪しい雲行きを感じずにはいられなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回、桐花対ナコの闘いが始まります!
衝撃の展開、どうぞお楽しみに。