第40話 虚空の閃光、大いなる腕
紗百合vsルル、その2となります!
それではどうぞ!
そんな二人の闘いを見守るセラ。前のめっている体勢からも相当入れ込んでいることが伺える。
一秒の瞬間すら見逃すまいと視線を忙しなく動かす。瞳を輝かせる様子は、さながらヒーローショーを見ている子供のようだ。
「なはー! ねぇねぇナコ、ルルがちゃんと闘えてるよー!」
「はいはいちゃんと見てるわよ。……それにしても、だいぶハジケてるわねあの子」
数えるのも馬鹿らしくなるほどの闘技場に刻まれた戦闘の傷。その上を駆け魔法を使うルルは口端を吊り上げセラと同じような瞳をしていた。
「ここまでの闘い全部一発で終わってたからねー。ルルってば接近戦の方が好きだからストレス溜まってたんでしょ」
「ああ、それで少しピリピリしてたのね」
「そそ。で、そっちの方は大丈夫なの? ナコが闘うのってあのヤバいヒトでしょ」
「少なくとも負けることはないわよ。あの超反応のカラクリも何となく予想ついたし、私の魔法なら封殺できる」
「それで負けたら死ぬほどダサいけどねー」
「うっさいわよ。というか、そんな心配する前にいい加減寝転んで端末弄るの止めなさい」
「えーいいじゃんお母さー――いだっ!?」
「ほら言わんこっちゃない……」
顔面を手で覆うイヴ、痛みに悶えながらも端末だけは床に落ちる前に拾い上げている。なんとも言えぬ強かさにナコは嘆息した。
ようやく痛みが引いた頃、モニターに映る激戦を見てイヴが再び口を開く。
「で、実際のトコだけどさ。ルルって勝てそう?」
「そうね……こればかりは分からないわ。幾らあの子が本調子じゃないとはいえ、相手が奥の手を隠している可能性も否定できない。……それ以上に心配なのは、あの子の悪癖が出ないかよ」
「あー……まぁ、それはもう祈るしかないでしょ」
零れる苦笑い。なんとも言えない空気が控室に流れ出す。
それと時を同じくして。リーズネット、ナムコット、ベネトの三人も観客席から闘いを見物していた。
「うっはー、もうぐちゃぐちゃで訳分かんないことになってる……」
「それだけ互いの実力が拮抗しているのだろう。準決勝と動きがまるで違う」
「僕は詳しいこと知らないけど、そこまで違うのかい?」
「ああ。サユリ君は魔法使いとなって日が浅いからな、一・二回戦で勝利を収めたことで気が緩んでいた。それは本人すら認識できないほど些細なものだったが、準決勝ではそこを挫かれた形となった。しかし今日は傍から見ても違うと分かる、まさしく心機一転したのだろう」
ナムコットの無機質な瞳に映るのは触手の中を果敢に突き進む紗百合。そこには油断や迷いなど微塵も見られない、ひたむきに勝利を追い求めている姿があった。
「何事にも余裕は必要だが、必要以上の余裕などただの無駄でしかない。彼女はようやく魔法使いとしての戦い方を身に着けつつある」
「それでも決定打には至らないのが現状です。それにこのまま長引けば、魔力切れの可能性も……」
魔力限界――魔法の行使に必要不可欠なエネルギーの枯渇、それは戦闘不能を意味する。戦闘時間が長引くほどその影響はより顕著に表れるだろう。
そして、二人とも自身で動きながら絶え間なく魔法を行使している。いつ集中力が切れてしまってもおかしくはない。
故に――
「――どちらが先に仕掛けるか。それがこの闘いの命運を分けることになる」
「ベネトもそう思うか」
「ああ。致命の隙を晒すか、それとも必殺の一撃となるのか。それはもう本人の戦闘勘次第だ」
互いの力量が釣り合う闘いというのは見ごたえこそあるものの、均衡が失われるのは一瞬だ。
何よりも重要なのは自らのペースを崩さない精神性。もし予想外の出来事が起きたとしても、冷静に対処する能力が求められる。
願わくば勝利を――ベネトは静かに闘いを見届ける。
「ロード!」
【Loading, PROTECTION】
魔法の発動。現れた結晶の盾が六つの欠片に分裂する。
次いで広範囲に撃ち出される魔弾。触手に掻き消されるも残った一部が向かう先に盾の欠片が滑り込むが、刹那のうちに出現した触手がそれを叩き落とした。
「全く、どんな認識能力してんの……!」
笑みを零す紗百合。頬に一筋垂れた汗を拭うと杖を構え直す。
転移門と反射板を利用した三次元戦闘、それは確実にルルを追いつめている。だが未だに勝負を決めきれない。
おどろおどろしい見た目をした触手。先端に備わった鉤爪は当たってしまえば標的を容易く切断するだろうし、触手から生み出される膂力は地面を軽く抉り取るほどのもの。
加えて、どれだけ離れようとも安全圏が無い転移による攻撃。それは空間に記した点が突如として別の位置に現れるようなもの。
座標握撃――まさにその名に恥じない魔法。一瞬でも気を抜いたが最後、深々と傷を刻まれるか、絡み付かれて締め落とされるだろう。
だが、紗百合に焦りはない。背後に迫る触手も再結合した盾で難なく防ぐ。
尚も高揚していく戦意、しかし認識が狭まることはない。却って人生で最も冷静に物事を考えられている気さえした。
交錯の後、紗百合とルルは互いに見合う。先程まで響いていた戦闘音は鳴りを潜め、静かな時間が流れ始めた。
(さてと……どうするかな)
紗百合は呼吸を整えながら次の策を練る。
触手攻撃は調節次第で相殺することもできるが、それも魔力ありきの話。張り合おうとすればそれだけ消費する魔力も増えていく。あまり良い手とは思えない。
かといって、このままジリジリと消耗戦を続けて勝てる可能性も薄い。相手がどれほど魔力を保持しているのか、魔法行使にあたっての消費魔力はどのくらいなのか、具体的なことが何も分からないからだ。下手に持久力勝負をしかけても先に限界を迎えては意味が無い。
であるならば。やはり隙を生むこと承知で攻め入るしかないだろう。
紗百合としてもこのまま神経をすり減らす一方なのは好ましくない。一気に勝負をかけ、息つく間も無い間隙の読み合いに自身の全てを籠める方が勝率は高い。
そんな時、想い起こされるのは準決勝での闘い。
そのとき出来ることをやりきって――そして負けた。全力を尽くしての敗北という経験が、紗百合を躊躇わせる。
「――バッカじゃないの」
ミシリ、と。握り締める杖から軋む音が発せられる。
負けることへの恐怖が無いとはいえない。だが、それが果たして何か良い影響を与えるか――いいや何もない。失敗を恐れていては、何時まで経っても何も始まらない。
だが、恐怖を決して否定してはいけない。
大きく息を吸って、吐く。緊張気味だった身体の力が程よく抜けていくのを実感する。
そもそも恐怖とは動物に備わっている危険察知能力だ。それを完全に無くすということは自らの命の危険を知らせる機能を喪失するのと同義。
故に。恐怖とは排他すべきものではなく、飼い慣らすべきものなのだ。
鋭い眼光がルルを射抜く。
「……ここが正念場、って感じですかね」
紗百合から向けられる戦意の質が一段と洗練されたような感覚に、ルルは静かに笑う。それは正しく歓喜の表情。
しかし、決闘祭を勝ち抜いてきた彼女が胸に秘めていたのは歯がゆい思いだった。
全てが魔法一発で勝てる、本来の力を出そうとしても触手を見せればたちまちに相手は正気を失ってしまう。そんな闘いは勝利による充足よりも虚しさを感じさせるばかりだった。
だけど、今回の闘いは違う。
本来の力を出すことはあれど、こうして正面切って闘えたヒトは両手で数えるほどしかいない。
こんな不気味で醜い私の本性を前にして、口では言いつつも正面を切って闘ってくれる。それがたまらなく嬉しくて――だからこそ、そんなサユリに応えたい。
警戒は怠らず、いつでも動き出せるようリズムを整えながら次の手を考える。
魔弾、レーザー、砲撃を主体とする典型的な射撃系魔法使いである紗百合。しかしその実態は普通のソレには当てはまらない。
一つは近接戦。近距離の相手を杖で迎撃するというのは射撃系魔法使いとしては珍しくないが、紗百合の技量は前線で闘う戦士に比肩する。杖の振るい方も槍使いとして見た方がしっくりくる。
もう一つの要因は使用する魔法。魔力攻撃を反射する盾に始まり、空間を繋げる門を利用した攻防は厄介という他ない。
そして何よりも脅威なのは、それら多彩な手札を十全に使いこなすだけの頭脳。
観察すれば分かることだが、魔弾一つひとつを自らの意志で操作している。さらに反射水晶の操作、門を創造する位置とタイミング。その他様々な要素を一瞬の内に判断しているのだ、その並列思考能力には末恐ろしさを覚える。
(まあ、だからこそ門の創造を使えるんでしょうけど)
逸れてしまった思考を修正する。
どうやって紗百合に勝利するか――正直に言ってしまえば、その具体的な方法は思いつかない。強いて言うなら、あまり時間をかけた勝負はしたくないというところか。
これだけ激しく闘っているにも関わらず、紗百合の動きは衰えを一切見せない。集中力切れを狙うという方法もあるが、そもそも持久戦の経験がルルにはあまり無い。先にボロを出してしまう可能性の方が高いため、あまり良い手とはいえないだろう。
それらを踏まえた上で、現在ルルは攻守のバランスを重視した立ち回りを維持している。八本ある触手の内四本を攻撃に、残りを防御に回すといった戦い方だ。
何故そんなことをしなければならないのか。それは自身の触手攻撃が門を介して自身に返ってくるからである。
座標握撃という魔法は、基本的に防ぐことが出来ない魔法だ。
時空間上に存在する二軸を指定し交差する地点を攻撃する能力、これはあくまで応用に過ぎない。万全に発動したならば、対象を周囲の空間ごと掴んで拘束し瞬く間に力を奪うという魔法なのだ。
ただその制御は至難を極め、専門としているルルですら一定時間の儀式を経てからでないと完全な状態で使用することは出来ない。保険として触手という形式に落とし込むことで、不完全ながらもその力を振るうことを可能としている。
そして、不完全のために制限もある。
例えば、生命体が存在する座標上に触手を出現させることは不可能だ。もしそれが出来るなら、紗百合の身体を世界の裏側から食い破っていただろう。
(攻撃は触手による物理攻撃のみ。正直こっちの方が好みだからいいけど、どうしましょうかね)
攻撃に回す本数を増やせば少なくとも今よりは攻勢に出ることができるだろう。しかしそれでは咄嗟の防御が間に合わない危険性も増す。座標握撃の強さは使い手であるルルが最も自覚していた。
あちらを立てればこちらが立たず。分かってはいることだが、板挟みの苦痛を感じずにはいられない。
そうして考えたのは一秒か、十秒か、はたまたそれよりも長くか。
ゆっくりと息を吐いたルルは遂に結論を出す。
「よし、諦めましょうか」
聞けば勝負を投げ出したようにも捉えられかねない言葉。
当然ではあるが、その真意は言葉通りのものではない。ルルの瞳は今も戦意に満ちている。
諦めるとは即ち、どっちつかずである現状を捨てること。
しかしそれは、攻撃か防御どちらかに注力し傾倒するということでもない。
(どっちかだけ、なんて考えがそもそも間違い。やるのなら総取り、全部完璧にやり通してみせる!)
それは強欲に過ぎる決意。下手を打てばどちらも取り逃しかねない、無謀といえる危険な戦法。
だが、それがルル・ミスカ・シュリューズベリィという少女なのだ。
無謀上等、望むのは高みだけ。
この身は魔法使い、理想を追い求めて何が悪いというのか。
「それに、私もようやく本調子です……!」
ずぶり、と。肉を潰すような音と共に現れたのは二本の新たな触手。
その数は計十本。ルルは確かめるように指を一本ずつ鳴らし、それに合わせて蠢動する触手が唸り声にも似た低音を発している。
それはまさしく巨大生命体の手。ルルは今、不完全ながらも現状出せる全力を発揮できる状態に至った。
最強のチームを決める闘い、先駆けである二人の魔法使いが辿り着いた答えは奇しくも同じ――次の交錯による決着だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
紗百合とルル、二人の決闘を次話でもお楽しみに!




