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メモリーズ・マギア  作者: 雨乃白鷺
混沌の章 魔法少女決闘祭
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第36話 黄金の再誕

お待たせしました、36話です!

それではどうぞ!


「……だいぶ見た目が変わったな。それも魔法か?」

「そうだよ。最悪なことにね」


 ノエルは自嘲(じちょう)気味に笑う。黄水晶の虹彩を持つハヤブサの如き瞳が、その瞬間だけは揺らいでいた。

 だが、彼女がそう言うのも無理はない。

 既に身体の半分以上を占拠しているグロテスクな刻印。温度を感じさせない色に、まるで生きているように独りでに蠢く様。視界に収めておくだけで正気が削れてしまう不気味さだった。


 そして三段階目の開放の影響によるものか。戦斧を握る手が震えており、若干ではあるが顔色も悪く見える。なんとか(こら)えているのが伝わってきた。


 ――事実、ノエルの身は刻印の侵食と共に軋みを上げていた。

 燃え盛る痛み、それはありとあらゆる体内の管組織を這いずり回る蛇のよう。


 封印の開放にどれほどの代償があるか、恋は知り得ない。

 だが、戦う者であるノエルが思わず顔を(しか)めてしまうほどだ。想像を絶する苦痛が伴っていると想像できる。

 だからこそ恋には分からない。ノエルがなぜ笑っていられるのか。


「本当はこんな醜い姿見せたくないけど、勝とうと思ったら使わなきゃね」

「俺はそこまで強いとは限らないぞ?」

「あはは、面白いこと言うね。――馬鹿言わないでよ。レンが強いのは身に染みて知ってる」

「……俺は、ノエルのことを知らない」

「うん、それも知ってる。でもそんなの今はどうでもいいよ。大事なのは――」


 ノエルは戦斧を両手で握り締める。

 浮かべる笑みは深く裂けていた。


「私たちが、全力で殺し合えることなんだから!!」


 堰を切ったように跳び出すノエル。一瞬にして恋の背後に回ると戦斧を一閃、クロスされた腕の上からそのまま振り切る。打ち出された身体がボールのように地面を跳ねた。


 メモリアブレイクと相殺するだけの強さは伊達ではない。攻撃を受けた箇所の装甲は剥げ、大きく歪んでいた。瞬時に直されるとはいえ、その攻撃力の高さは途轍もない。


 恋は空中で転身、そのまま地面に着地する――瞬間視界に黄色の光が流れる。

 逡巡は無い、判断は一瞬だった。


「はぁぁぁっ!」

「ロード!」

Loading(取得), SWITCH(転換)


 ガンッ! と、戦斧が大きく地面に突き刺さる。


 ノエルは目を見開く。確かに捉えたと思った攻撃が、対象が目の前から消え去ったことにより不発に終わったのだ。

 そして次の瞬間、ノエルの背後から「セット」という詠唱が耳を打つ。それはもはや聞き慣れた少年のもの。


 ――回避、された……? いや、違う! 


【MEMORIA BREAK】

「うおぉぉぉッ!」


 (ほとばし)る赤き魔力。更に恋は身を捻り回転のエネルギーを乗せる。

 無防備なノエルの背に突き刺さるキック。その破壊力はノエルを地面に叩きつけた。


【CRIMSON IMPACT】


 爆発物の破裂を連想させる衝撃が辺りを突き抜ける。

 普通ならば決定打にもなりうる攻撃。しかし跳び退(すさ)った恋が浮かべる表情は(かんば)しくなかった。

 その答えは直ぐに示された。


「いったた……いいの貰っちゃった」

「やっぱり落としきれなかったか……!」


 間違いなく背骨を捉えた一撃だった。にもかかわらず本人はどこ吹く風で立ち上がる、本当に攻撃が当たったとは思えない。


 その原因について恋は身に覚えがあった。蹴りが当たった腹部は、人間とは思えないほど硬かったのだ。

 それこそ魔獣を殴ったと錯覚してしまうほど。身体の構造がそもそも違うような印象を受けた。

 だが恋にとっての一番の問題は、今の一撃でノエルを倒せなかったことだった。


「そのメモリーズ・マギアって魔法具(デバイス)、色んな魔法が使えるんだね。まさか転移系の魔法なんて希少なものを(おが)めるとは思わなかったけど」

「……ッ」


 ノエルに対してなぜ恋が背後を取れたのか。タネは単純なものだ。


 スイッチ――恋と、恋の視界内にいる人物との位置を入れ()える魔法。これによって恋は攻撃を喰らう前に互いの位置を交換、空振りさせていたのだ。


 だが、それは恋にとって諸刃の剣でもあった。

 相手の攻撃を問答無用で失敗させ、その隙を攻撃できる状況を強制的に作り出せる。確かになんと強力な戦法だろうか。


 しかし『互いの位置を入れ換える』という効果はとにかく派手なのだ。受けた側からしてみれば、自分が視界に収めていた景色と全くと違うものに変わるということ。鋭い人物なら直ぐに位置を入れ換えられたことに気が付く。


 一回目でバレなかったのは偶然が重なった結果の奇跡に近い。

 恋とノエルの位置が闘技場のほぼ中心だったこと、闘技場そのものが円形であることが災いした。位置を入れ換えても周りがそれほど変化しない条件が整っていたのだ。

 多少の違和感こそあれ、それは戦闘の激しさによってすぐに誤魔化された。


 だが、今回は露骨だった。

 なにせノエルは恋より高い位置から攻撃しようとしていた。恋は二人の位置――高低を入れ換えたのだ。これでバレないはずがない。


 ――そしてなにより。

 この戦法を一度使ってしまえば、観戦している全ての人物に知れ渡ってしまう。決闘祭という形式そのものが、この戦法の使用が限られる最大の原因だった。


 奇策とは、相手に知られていないからこそ最大限の効果を発揮する。


 故に、この戦法を使うのなら決勝戦――恋はそう決めていた。

 その決まりを破ったということは、そうしなければノエルに勝てないと思ったから。


 されども決着には至らなかった。ノエルの防御力と忍耐力は、恋の想像を遥かに超えていた。

 一発逆転ができる可能性を秘めた札を、使ってしまったのだ。


「ほらほら、どんどん行くよ!」

「くっ!」


 何をすればノエルに届く。恋は攻撃を対処しながら必死に手の内を考える。

 『ブラスト』はまだ使っていないが、今の状態の彼女に効果があるとはとても思えない。ならばやはり物理攻撃になるが、これだけでは頼りない。決定打に繋がる物が必要だ。


 やはりアレを――そこまで思考して、はたと気づく。嵐のように激しい攻撃がぱたりと止んでいたのだ。

 何事かと意識を戻せば、ノエルはこちらをじっと見ていた。


「――ねぇレン、なんか加減してない?」

「……は?」


 突然の質問に呆けてしまう恋。

 これからどう戦うかを考えていた矢先に投げかけられた言葉。その意味を咀嚼し、ようやく思考に反映される。

 意外にも、答えは瞬時に出た。


「そんなことできるわけないだろ。ノエル相手にそんな余裕は――」

「でもさ、攻撃を受ける度になんか感じるんだよね。“傷付けたくない”って想いがさ」

「―――――、」

「あは、もしかして図星だった? ――ふざけないでよ」


 ノエルの声色が青白く染まる。


「ねぇ、私って弱いかな? レンが本気を出してくれるために頑張ってるんだよ?」

「そんなことない! ノエルは強――」

「――じゃあ、なんで殺す気でこないのッ!!」


 二人だけの世界に叫びが木霊する。

 先ほどまでの喜悦は消えた。今ノエルにあるのは、純然たる怒り。


「これは闘いなんだよ! お互いの命を張った、意地のぶつかり合い! なのにレンの魔法から伝わるのは生っちょろい中途半端な意志! 馬鹿にしてるの!?」

「お、俺は……」

「最初は違和感だった。数回打ち合って疑念になった。そしてさっきの攻撃で確信した。レンは私を倒しにはきてる、でも殺しにはきてない」

「当たり前だろ! そんな簡単に他人を殺せるわけが――」

「それだよ。それがおかしいんだ」

「……は?」

「なんでそんなつまらない限界を自分で決めてるの? レンが殺す気だったら、さっきの攻撃で私は倒れてたかもしれないのに」


 「でも」とノエルは続ける。


「無意識なのかな。でもこれだけは言える。レンの攻撃さっきからぜんっぜん重くないよ。気持ちが籠ってないって言えばわかる?」

「……それは」


 ――恋は気付いていた。そのうえで、気付かないフリをしていた。


『いいか恋。力とは道具だ。繋ぎ止める糸にも、斬り離す刃にも転じる。使い手次第で如何様(いかよう)な形を見せるものだ。救済にも、破滅にもな』

『……?』

『分からぬか。要するに、使い方でその()り方が変わるということよ』

『……包丁と一緒?』

『―――ほう、良い例えだな。料理で腹と心を満たす、突き刺すことで死を与える。まさしくその通りよ』

『……でも、駄目。それじゃあ変わらない』

『ほう? なぜだ』

『……お魚さん、死んじゃう』

『……ククク、はははっ! (しか)り! 人から見れば癒しであろうとも、捌かれる側からすればまさしく絶望よ。視点の違いによって、振るわれた力の善悪とは幾らでも見え方が変わるものだ』

『……難しい』

(おう)とも。だからこそ人間は学ぶ必要があるのだ。いざという時、力という道具の使い方を間違えない為にな』


 それは小さき頃、武術の修行にあたって一番最初に交わした会話。

 恋の拳は、武術は、戦う力は――大切なものを守るためにあるのであって、いたずらに他者を害するためのものではない。それが武術を習う上で師匠――柊龍玄から学んだことだった。


「ねぇ、教えてよ。レンにとって私は……その程度なの?」


 ノエルは痛みに慣れていた。

 それは感覚が鈍くなっている、という意味では決してない。

 戦闘による経験など、理由を上げれば数多くある。中でも一番の大きな要因は魔法の使用に伴う反動だろう。


 大半の魔法使いであれば意識を刈り取っていた攻撃。耐えたとしても、相当なダメージを負っていつも通りの調子で戦うことはできないはずだ。

 二回戦で戦ったセリカが自分の攻撃に何度も耐えられたのは吸血鬼という強靭な種族の混血、戦闘狂である本人の気質が大きく関係していたから。


 対してノエル種族は純人間。特別な種族の血が混ざっているということも無い。

 にもかかわらず、ノエルは平然と立ち上がった。たとえ何度攻撃を受けようとも、痛みが身体を侵そうとも。


 常軌を逸した忍耐力、精神性。

 それはまさに、彼女が培ってきた人生そのものだった。


 ――でも、だからこそ。

 少女は少年に、全力をぶつけて欲しかった。


「お、れは……」


 言い返さなければいけない。そう思っているのに、一向に言葉が出て来ない。

 まるで声を出すという機能を忘れたように、恋は固まっていた。


「――分かった、もういいよ。終わらせよう。こんな戦い」


 吐き捨てるように言葉が落ちる。

 ノエルは屈み、一息に跳び出す。

 僅かに遅れて恋は腕を交差し防御、直後振るわれた戦斧が真正面から激突する。


 その一撃は今まで受けてきたどの攻撃よりも速く、重く、強かった。

 戦斧は易々と守りを貫通。胸部を真正面から撃ち抜かれた恋の身体はボールのように跳ね、闘技場の壁に叩きつけられた。


 力無く頭を垂れる恋。

 その姿を、ノエルは静かに見つめていた。





 霞みゆく恋の視界は閉じ始め、暗闇が端から侵食する。

 僅かに残された意識で恋は考える。


 ――俺は無意識に、ノエルと戦うことを(こば)んでいた。


 櫻木恋は救うために()る。それを定めたのは自分自身。

 そう決めた筈なのに、半吸血鬼の少女との戦いでそれが揺らいでしまった。


『ねぇレン。アナタ、――――――でしょ』


 戦闘中、血を吸われてからセリカに囁かれた言葉。

 それを脳が理解した瞬間、あらゆる感情や思考が吹き飛んだ。

 唯一残ったのは殺意。目の前の少女をなんとしてでも殺すという思考だけがあった。

 戦いが終わっても熱は一向に退かなかった。なんとか平常心を装っていたものの、元々何かを誤魔化すのは苦手な性分だ。

 そして今回。ノエルとの戦いを経て、灼け付くような想いが再燃した。

 それを抑えようとして必死になり、醜態を晒した。言葉にしてしまえば、ただの自業自得だった。


『ねぇ、教えてよ。レンにとって私は……その程度なの?』


 あれは静かな慟哭だった。

 今にも零れ落ちんばかりに潤んだ異彩の瞳。(すが)るようなその眼差しが鮮明に刻まれている。


 ――そうか。俺は、間違えたんだ。


 ドクン! と、胸の内側が大きく揺れた。

 無意識か有意識は関係ない。

 ノエルは、全力の櫻木恋と闘いたかった。

 そしてその期待を裏切り、力の使い方を誤った。それが結果だ。


 思えばノエルがやたらと焚きつけてきたのも、本気で闘ってほしいというサインだったのかもしれない。

 こうなってから気付くなんて遅すぎる。これでよく他人を助けるなんて言えたものだ。

 沈みかけていた意識が止まる。


 ――まだ、間に合う。


 自らを鼓舞するように言い聞かせる。

 失敗したのならまた挑戦すればいい。諦めない限り、その機会はある。

 地面を掻き毟り、立ち上がる。


 確かに強烈な一撃だった。今も気を抜けば意識が吹き飛びそうだ。

 だが、それだけだ。

 まだ俺は――櫻木恋は、戦える。

 誰よりも救いを求めていた少女が、目の前に居たのだから。


 よろめきながらも確かに歩を進める中で、しっかりとした足取りに変わっていく。

 そうしてノエルの眼前に立ち、真っ向から見据える。


「無様だね」

「……ああ、本当にな」

「そのまま立たなければよかったのに。そうすれば楽になれたよ」

「……ああ、そうだな」


 突き放すようなノエルの言葉に、恋は自嘲気味に笑って返す。

 そうだとも、諦めれば楽になれる。

 だが、恋にとって、それだけは許容できない。


「ごめんな。ノエルが知ってる過去の俺を裏切った。本当に――馬鹿野郎だよ、俺は」

「……、」

「だけど――俺が一番キレてるのは! 自分で願ったはずのことを忘れちまってたことだッ!!」


 恋は握り締めた拳を振り抜く。

 対象はノエルではない。向かう先――恋自身の太腿に、籠手の装甲が突き刺さった。


 観客が上げた驚愕の声など、恋の耳には届いていない。

 溢れ出した血液が脚を伝う。損傷部は熱を持ち、鋭く神経を灼いている。それがたまらなく心地よかった。 


「――目、()めたぞ」


 覚悟は決まった。

 (おもて)を上げる恋。

 ノエルを見据える瞳は、内側に炎を宿したかの如く明るかった。


 そして、恋に呼応するようにケースが輝き始める。

 飛び出してきた無彩色のメモリア二枚――手に取れば光は止み、瞬く間に色付いた。

 すかさず恋は片方の一枚を籠手に装填、起動する。


Loading(取得), REALISE(召喚)


 虚空より現れるのは、かつて幻想を司る大樹を斬り捨てた黄金剣。

 残る一枚のメモリアを剣に装填。柄をしっかりと握り込み、下段で構える。


「……ロード」

Loading(取得), IMPACT(衝撃)


 地面が爆ぜると同時に繰り出される攻撃。

 それは正しく、目にも留まらぬ刹那の斬撃だった。


「――な」


 唖然とするノエル。

 その身体には、浅いながらも真一文字の傷が刻まれていた。


「……やっぱり、相当硬いな。これだけじゃ通らないか」


 剣から伝わってきた手応えは小さい。

 恐らくメモリーズ・マギアの装甲と同様、ノエルを覆う刻印に装甲のような役割があるのだろう。拳による攻撃の手応えが悪かったのも納得だ。これでは攻撃の威力がかなり減衰されていただろう。

 ――ならば、それを把握したうえで全てを斬り捨てるまで。


「許して欲しいとは言わない。謝罪もこれっきりだ。あとは全部、行動で示す」


 思い出したのだ。

 守りたいものを守れる自分になりたい。その願いの根底にあるのは、涙を流して欲しくないという想いだったことを。

 ――迷いはもう振り切った。


「俺が培ってきた全てを使って……ノエル、お前を殺しにいく!」

「――あはっ! いいね、今のレンならぶっ殺しがいがある!」


 活気に溢れつつも剣呑な返事が空気を揺らす。

 少女の笑顔は、太陽のように明るかった。


ここまで読んでいただきありがとうございました!


次回、恋vsノエル、遂に決着。

お楽しみに!

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