第6話 会いたくなかったヒト
第6話です。
「どういうことなんですか、先生!」
ベネトの大きな声が影の世界に響く。その雰囲気から察するに、どうやらベネトにとって目の前の老人は既知の存在らしい。
突如現れた老人に目を向けると、ゆったりと瞬きを一度すればベネトにその視線を向けた。
「久しいな、ベネトよ」
「答えてください! なぜあなたがこんなことを!」
まるで噛みつくように問いかけるその様子は、いつもとは打って変わって焦燥に満ちたもの。それに比べ老人は、落ち着いた様子で長い髭を弄り何かを考えているようだった。
時間を使うこと数秒。老人は口を開く。
「なぜ、か。為さねばならぬことがある。理由はそれだけだ」
「……ッ」
歯噛みするベネトと全く動じない老人。恋は二人だけで進む会話についていけずに混乱するばかり。
状況を脱するべく、恋は口を開く。
「なあ、あんた!」
老人の目がギョロリと動き恋を見つめる。その視線に少しばかり恐怖を感じつつも、それを抑え込んで視線を合わせた。
「何だ、少年よ」
「魔獣に人を襲わせたり、桐花……俺の幼馴染の魂を抜きとったのはあんたか?」
「……それを聞いて何になる?」
「俺には、あんたがそういうことをする人には見えない」
「……、」
老人は瞼を閉じ押し黙ってしまった。
気味の悪い静寂が辺りを包む中、ゆっくりと瞼を開くと深紅の瞳が再び恋に向けられた。
「ならば答えよう。全ては儂がやったことだ」
返された短い言葉。沸々と熱い何かが内から込み上げてくるのが分かる。
頭に浮かんだのは襲われる一般人と、魂を抜かれ未だ病室で眠る幼馴染の姿。自然と拳に力が籠められる。
「今すぐにでも止めて欲しい」
「出来ぬ。言ったであろう? 為さねばならぬことがある、と」
「……桐花の魂を奪ったのも、その目的の為だってのか」
「そうとも。あの少女の魂が必要なのだ」
「……そうか」
老人の言葉には確固たる意志が込められているのがわかると同時に、説得が全く通用しないことも察することが出来た。
「それで、どうする?」
「……決まってるだろ」
大きく息を吐き出すと片足を下げ腰を落とす。前傾姿勢になり地面を思いきり蹴り上げれば一気に老人の目の前へと躍り出た。
「あんたを倒して、全部終わらせる!」
空中で拳を引き絞り一気に射出する。
しかし老人は全く動じず、ただ恋を見据えていた。
「根よ、巡れ」
鈍い打撃音が影の世界に鳴り響く。自身の拳からは確かに当たった感触を感じた。
しかしこの攻撃が失敗したことは直ぐに察することができた。何故なら拳から伝わる感触がヒト――生き物を殴ったものとは程遠いものだったからだ。
拳の先にある物は色合い、模様を見る限りではまさしく樹木のようなもの。それが変形した様子もなく、ただ悠然と渾身の拳を受け止めている。
樹木の尖端が揺れる――
「ッ、ロード!」
【Loading, IMPACT】
すぐさま魔法を発動させた。樹はビクともしなかったが、拳から発生した衝撃の反動で恋の身体が宙に舞う。
「……ほう」
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
空中で体勢を整え、視界の中央に敵を据える。
「レン、駄目だ!」
叫ぶベネト。だが、その声は届かない。
「おォォォォォッ!!」
【CRIMSON IMPACT】
魔法による加速と落下の勢いを乗せキックを放つ。その瞬間相手と視線が交錯する。
その目は、どこまで真っすぐに冷たいものだった。
「根よ、絡め」
老人の眼前に集った複数の樹木が、絡み合って一本の大樹になる。その中心部へ攻撃が直撃し、刺すような衝撃を与える。
――だが、それもまた受け止められた。
恋の攻撃は目の前の樹に完全に受け止められていた。攻撃が炸裂した箇所は削られたように変形しているが自分の渾身の一撃が防がれたことに違いはない。
「な……!?」
「ふむ、なかなか強い。……だが、成りたての若い魔法使い一人に負けるほど老いてはおらん」
老人は手を横に大きく振る。それと連動して樹がしなり、恋の腹部を薙いだ。
身体は弾丸の如く射出され、アスファルトの地面に叩き付けられた。
「ご、は……ァ!?」
高所からの落下衝撃に肺から空気が搾り上げられる。視界はチカチカと明滅した。
追撃とばかりに解かれた根が一斉に襲い掛かってくるが、目の前に現れたバリアがその攻撃を逸らす。
「レン、大丈夫!?」
「こほっ。なんッ、とか……!」
荒くなった呼吸を戻すと起き上がり、樹木の根に目を向ける。
老人が持つ深紅の瞳と視線が重なったその時――まるで自分の中に何かが浸透していくような、異様な感覚に襲われた。
「……なるほど。なかなかどうして面白い道を歩んで来たの、少年」
「――――――――ッ!?」
その言葉を理解するのに数秒かかった。
心臓が自分でもわかるくらいに強く鼓動する。
今見られたのは、俺の――
恋の手は、メモリアを収納するケースへ手が伸びる。
安定、などという考えは一瞬で吹き飛んでいた。
“流れ星の絵”と共に『BLAST』と刻印されているカードを取り出す。それを取り出したのは、もはや無意識の領域だった。
手にしたメモリアを籠手に装填しようとして――ガラスが割れるような音が鳴り始めた。
見上げれば空がひび割れており、崩れた箇所からは漆黒の闇が覗いている。シャドウ・ワールドが崩壊する合図だ。
「……時間切れか」
空を仰ぎ身を翻す老人。どうやら立ち去るつもりらしい。
「待て! あんたはここでッ!」
「ダメだよレン! このままじゃ僕たちも崩壊に巻き込まれる!」
『インパクト』を発動して跳び出そうとしたところで、ベネトから力強く引っ張られた。
確かにこのままではシャドウ・ワールドの崩壊に巻き込まれてしまう。そうなれば命の保証はない。
――今は、ここから去るしかなかった。
「レン、キミを失うわけにはいかないんだ!」
「……ッ、クッソ!」
自身の無力さに歯噛みしながらも、ベネトが魔法陣を展開すれば直ぐに浮遊感に襲われる。
恋が転移する直前に見たのは、燃える瞳を此方に向けながら空間を歪ませ姿を消す老人の姿だった。
「……なあベネト、そろそろ聞いてもいいか?」
戦いが終わってから約三〇分後。直ぐに家に帰ると必要最低限の家事を済ませた恋は、ベネトと向き合って座っている。
ベネトはあの敵――老人のことを『先生』と言っていたことから、少なくとも旧知の仲であったことは理解できた。だからこそ、老人のことを聞きたいのだが、口を閉ざしたまま時間が暫く経つ。
ただ、無理やり問い詰めるようなことはしない。ベネトの様子から、あの老人が今回の事件を起こしたことが相当に堪えているのだろう。だからこそ、話してくれるまで待つつもりだった。
部屋に置かれた時計が時間を刻む音だけが響く中、ベネトが大きく息を吐いた。未だ落ち込んだ様子ではあるものの、おもむろに口を開いた。
「あの人の名前はエノ・ケーラッド。僕の……魔法の先生だった人だ」
それを切っ掛けに、老人のことがベネトから語られ出す。
話を聞けばあの老人――エノ・ケーラッドはベネトがいた世界、サブテラーでは考古学者だったそうだ。古い歴史書、魔導書の解読を始めとして遺跡から掘り出された物の解析、その他に古代生物の研究をしていた。過去に打ち立てた功績は、国から複数の勲章を授与されるほどだったという。
そんなエノ・ケーラッドは考古学者兼研究者として活動する傍ら、ベネトが当時通っていた魔法学校で教授として勤めていたとのこと。
「少しマイペースな人ではあったけど教え方がとても上手くて、学んだことは数多くあった。先生のことは尊敬してたよ。……ほんと、あの頃は楽しかったな」
懐かしむように語るベネト。その様子から、当時の思い出がとても大切なモノだと感じさせるには充分だった。
そして、その思い出があるからこそこうして戸惑っているのだと思う。そんなベネトを放っておけるわけがなかった。
「……大丈夫か?」
「え?」
「辛くないのか、あの人……エノさんのこと捕まえるの」
恋の問いかけにベネトは目を閉じ、一呼吸置くと再びその瞳が開かれた。
「辛くないって言ったら嘘になるけど……それでも、捕まえるよ。自分の恩師だからって温情はかけない。しっかり捕まえて罪を償わせることが、僕がするべきことだから」
「……そうか」
ベネトは自身の役目と想いに悩まされながらも、任務を遂行しようとしている。
それがどうしようも無く、輝いて見えた。
「心配してくれてありがとう」
「いやいや、相棒を心配するのは当然だって。ほら、明日に備えて今日はもう寝るぞ」
「そうだね……よし、明日からも頑張ろう!」
すっかり張りが戻った声。いつもの調子を取り戻したようで、自然と笑みが浮かぶのを自覚する。
部屋の電気を消し、お互い寝床に着く。「おやすみ」と挨拶を交わし目を閉じると、数分も立たずに寝息が聞こえてきた。
やはりというべきか、今日の出来事は堪えたらしい。眠る速度からも疲れがありありと感じられる。
月明かりがカーテン越しにうっすらと部屋を照らす中、恋は瞼を開け天井を見上げる。
今まで影すら掴めなかった、桐花が目を覚まさなくなってしまった原因と向かい合った。しかし顔を合わせて話した老人の眼は芯が通っていた。怒りを抑えられないせいで突っ込んでしまったが、ふとあの時の言葉を思い出す。
『為さねばならぬことがある』
多くの人の犠牲の上で何を為そうとしているのか、そこまでしなければ成し遂げられないものなのか。自分の目的の為に他人を犠牲にするなんて、許される事ではない。
老人の計画を止めるためには戦闘は免れないだろう。しかし、今日の戦いではただの一撃ですら当てることは出来なかった。
ベネトはサポートに特化しているため、正面切って戦えるのは自分だけ。
(……やらなきゃいけないんだ)
掌を見つめ、握りしめる。一人で何かに立ち向かうのは慣れている。
そうして明日に向けて身体を休めるため、ゆっくりと瞼を閉じた。
休日の朝、時刻は六時。カーテン越しながらも部屋を照らす陽光で、恋はいつも通りに目が覚める。
上体を起こし、ベッドから立ち上がる。軽く身を捻ったりして調子を確かめれば、身体の疲れはすっかり取れていた。
洗面所で顔を洗い眠気を吹き飛ばす。直ぐ横に設置されているドラム型洗濯機に洗濯物と洗剤を投入し、そのままスイッチを押すと稼働し始めた。
キッチンに入り、炊飯器のスイッチを入れる。米が炊き上がるまでの時間が勿体ないので、その間におかずを作る。
ウインナーをフライパンで炒め、溶いた卵で閉じる。カット済み野菜と一緒に盛り付けケチャップを添えれば、それなりに見栄えのいいプレートになった。
同じ手順で二枚目のプレートを作り上げる。トースターで食パンを一枚焼き皿に乗せれば、丁度炊飯器から音楽が鳴り出した。
炊飯器の蓋を開け、しゃもじで中身を軽くかき混ぜる。少し水が少なかったからか、今日は硬めに炊き上がったようだ。
再び炊飯器の蓋を閉じると、向かう先は寝室。机の上にあるミニチュアのような布団は、規則正しく上下していた。
「ベネト、朝だぞ」
「ん、んー……おはようレン……」
「おはよう。朝ご飯できてるからな」
恋は一足先に部屋から出て、再びキッチンにやってくる。茶碗にご飯を盛り付け、箸とフォークを準備した。
そうしているとベネトがリビングにやって来る。ふわふわと飛んでいる姿から、どうやら未だ眠気は払えていないらしい。
恋は一枚目に作ったプレートとご飯を自分側に、二枚目に作ったプレートとトーストをベネト側に置く。牛乳を注いだコップを最後に置けば、全ての準備が整った。
「「いただきます」」
音頭と共に、朝食が始まった。
恋は卵とじを箸で小さく割り、ケチャップを付けると口に運ぶ。ウインナーと卵、ケチャップの組み合わせが何とも美味だ。
向かい側を見れば、ベネトはブルーベリージャムで染められたトーストを頬張る。咀嚼し呑み込むと、翼を器用に使ってフォークを持ると卵とじを口にする。
「ん、美味しい……レン、やっぱり料理上手だね」
「卵使う料理は十八番だからな。逆に言えば、それしか得意じゃないけど」
「充分だと思うよ。それに、温かいご飯が食べれるってだけで僕は大満足さ」
思い起こされるのは、ベネトと出会って二日目の朝。
スライムの魔獣と戦いを終えたその日は情報交換で終わったため、空腹で仕方なかった。少し多めに朝食を作っていたのだが、いつの間にか近くにいたベネトが穴が開かんばかりに調理の様子を見つめていた。
念のためベネトの分も作れば、作り立ての料理が瞬く間に胃の中へと消えて行った。
どうやら今までは支給品である携帯保存食料で何とかしていたらしく、こういったまともな食事は久しぶりのこと。
熱さは大丈夫なのか心配になったが、その辺は問題無いらしい。寧ろ、ベネト的には熱い食事の方が好みなのだとか。
それが分かって以来、ベネトの食事はなるべく温かい物にしている。
「ん、ご馳走様」
食べ終わった食器を水に浸け、洗面所に移動する。洗濯機は仕事を終えており、蓋を開けて中から濡れた衣服を籠に取り出す。
その籠を持ってリビングの窓を開けて小庭に出れば、洗濯物をハンガーに掛けていく。晴天の元、小鳥の鳴き声が時折聞こえて来た。
下着類だけを掛けたハンガーを手にリビングに戻ってくると、ベネトは食事を終えてテレビを見ていた。画面はニュースのもので、キャスターが淡々と情報を述べている。
ハンガーをいつもの場所に掛けると、キッチンにて作業を始める。
炊飯器に残ったご飯を底が深い器に移し、窯を空にする。続いて戸棚からラップを取り出した。
程よい長さに切られたラップの上にご飯を乗せ、更に上からふりかけをかける。そのまま丸めれば、即席のおにぎりが完成した。
それをあと三個作り、残ったご飯もラップで包むと冷凍室に入れる。
洗い物を終えれば、時刻は九時過ぎ。太陽もすっかり昇って、世界を明るく照らしている。
恋は用意したおにぎりとタオル、常温の水を籠めた水筒をバッグに詰め込んだ。
「準備完了っと。それじゃあ頼む」
「了解。それじゃいくよ、転移!」
ベネトが足元に自身のデバイスを置くと、光と浮遊感に包まれる。
次の瞬間、恋の目に映ったのは緑に囲まれる場所。砕けた石が転がる広い空間だった。
この場所は昔は採石場だったが今では使われておらず、誰にも見つからないように特訓するにはもってこいの場所としてベネトが見つけてくれた。『転移』という瞬間移動の魔法を利用することで、学校終わりでも魔法少女としてのトレーニングをすることが出来る。
魔獣の出現時間にバラつきがあるため毎日出来るというわけではないのだが、それでも練習できる場があるのは本当にありがたい。
「結界展開……よし。もう変身しても大丈夫だよー!」
「わかった!」
少し離れた場所で地面に降り立っていたベネトを中心に採石場跡地が結界に包まれる。
バレにくいとはいえ、全くバレないという訳ではない。破砕音を響かせては見つかってしまう可能性も高くなるし、何より周辺の自然を破壊するようなことがあってはならない。
だからこそ、結界で隔離することで安全に戦闘訓練を行うことができる。
恋はバッグを邪魔にならないよう結界の端に置く。ケースから『TRANCE』のカードを取り出し、左腕に現れた機械に装填する。
「メモリアライズ」
【Magic Gear, Set up】
起動コードを唱え、機械音声が発せられる。
魔法少女になった恋は、手の握り開きを数回繰り返し調子を確かめる。
「……よし」
「ふー、お待たせ。準備は万端みたいだね」
「おう、いつでもやれるぞ」
傍に帰ってきたベネトを見やると、機械の球体を操作する。直後結界内部に複数の円形オブジェクトが設置された。
「今回の訓練は結界内にランダムに出現するサークルを目標の数だけ壊すとクリア。ただし、結界内に設置された銃から魔力弾が発射されるからそれに対処しながら。魔力弾は当たると結構痛いから気を付けてね」
「了解。とりあえず何個壊せばいいんだ?」
「そうだなぁ……初めてだし、とりあえず三個でやってみようか」
そう言ってベネトはデバイスを操作する。設定が終わればこちらに向き直り透明なパネルを取り出した。
そこにはデジタル数字でゼロが並んでいる。どうやらストップウォッチのようなモノらしい。
「じゃあ三カウントで始めるよー」
「……ふう。よし来い!」
小さく深呼吸をすると腰を低く構える。
「さーん……にー……いーち……ゼロ!」
ピッ、という電子音。周囲をぐるりと見渡せば、自身の反対側に透き通った赤い円の板が出現していた。
突っ込もうと足を踏み出す――しかし、結界の壁に設置された銃が一斉にこちらに首を向けた。
「ッ!」
踏み出していた足に力を込め咄嗟に後方に飛び退くと、先ほど居た場所に魔力の砲弾が着弾する。巻き上がった砂埃に腕で顔を覆いながらも薄目を開けると、そこには小さなクレーターが出来上がっていた。
「……マジか」
「ほら止まらない! どんどん来るよ!」
「そ、そうだったッ!」
ベネトからの叱責に慌てて移動すれば、その軌跡をなぞるように魔力弾が着弾していく。
そこから魔力弾の速度と精度を身体にインプットしていく。
「これならッ!」
身を低く屈ませると、その体勢のまま的に向かって駆け出す。真正面から襲いかかる弾と弾の間を縫うように進めば、すぐに目標へと辿り着いた。
「まず一つ!」
サークルに向かって拳を振り抜けば、ガラスが割れるような音と共に消失する。次の目標を見つけようとしたところに、後ろから何かが迫る音に気付いた。
「よい、しょお!?」
反射的に繰り出した裏拳は魔弾を打ち据えるが、発生した爆発により吹き飛ばされる。慌てて態勢を整え結界の壁に着地すれば、大量の魔力弾が迫るのが視界に映った。
すぐさま跳躍し地面に着地。大きく動いて魔力弾を躱しながら、結界中央部に出現したサークルに近付こうとする。
しかし、丁度よく魔力弾による弾幕が迫った。それを避けるため横に跳んで躱したその時、ある疑問が浮かぶ。
――もしかして、パターンがあるのか?
一つ目のサークルの時は明らかに自分を狙って魔力弾が撃たれていたのに対して、今回は的に近付かせないよう牽制射撃が如く広い弾幕としてが魔力弾が撃たれている。
――訓練だし、失敗しても良いの精神で行くか。
ケースから“盾を構えた人影の絵”が描かれているカードを取り出すと籠手に装填、サークルに向かって一直線に駆け出す。魔力弾は広い弾幕として撃ち出されたのが視界に映った。
「ロード!」
【Loading, PROTECTION】
コードを叫べば、恋の左腕に魔力で編まれた花弁の盾が現れる。
勢いのまま突撃。魔力弾が盾にぶつかる衝撃こそ伝わるものの、ダメージは無いに等しい。
「いける!」
笑みを浮かべ突撃の速度を上げる。魔力弾の雨に晒されながらも盾にはヒビ一つつ入らず、気付けばサークルへと辿り着いていた。
「ふたーつ!」
ターゲットを右手で殴り壊す。直ぐに周りを確認すれば、結界上部の角に最後のサークルを見つけた。
自身に迫る魔力弾に思考を切り替え盾で受け止めると、何やら魔力弾のパターンが変わっている。具体的には、今までよりも魔力弾が射出されるまでの時間が短くなっていた。
盾の角度を変えることで至近の魔力弾を逸らし、バックステップでその場を離脱。連射速度の上昇により直ぐに迫る弾を動き回ることで、なんとか躱しながら策を練る。
――どうする? 弾速と威力は変わってないみたいだけどこの連射速度だと狙う寸前に被弾する。……というかサークルの位置が意地悪過ぎるだろ!
すっかり遠ざかってしまった結界上部隅にあるサークルを忌々しく睨むが、そんなことをしても現状は変わらない。思考を直ぐに切り替える。
いくら動き回っても状況は変わらず、むしろいつの間にか恋は壁際へと追い込まれていた。
すぐ後ろから機械音が聞こえたその瞬間、背筋に寒気が走る。
全力で地面へと伏せた直後射出音が聞こえ、向かい側の壁で爆発が起こる。今までの魔力弾よりも明らかに高い威力に文句を言いたくなったが、そこである考えが浮かぶ。
「……使えるか?」
成功するか分からないが、もし上手くいったならサークルまで一直線に進むことが出来る。そして何よりも、何もしないよりはマシだ。
作戦をまとめると自身の描く理想の動きをシミュレーションする。弾幕を避ける中で『IMPACT』のメモリアを装填し、サークルと対角線を結ぶ位置に辿り着いた瞬間、壁に背を当て立ち止まれば背後で機械音が聞こえた。
「行くぞ!」
盾をしっかりと握り――そのまま背後に構える。
瞬間、爆発の勢いに乗った恋の身体が盾と共にサークルに向かって高速で射出される。魔力弾が撃ち出されるが、爆風の勢いを利用した速度には敵わず後方を通過するだけだった。
「ラストおおおお!!」
目の前に右腕で思いきり振り抜くと、サークル壊れた瞬間に電子音が鳴り響く。どうやらクリアはできたらしい。
だが今、恋の頭の中は他のことで埋め尽くされていた。
確かに少し無茶だったとはいえ作戦は上手くいって、その結果サークルも破壊できた。しかしその中でも誤算があったとするならば。
自身の想像していたより実際の魔力弾の爆発力が大きかったことと、サークルの位置が結界の隅であったことだろう。
――とどのつまり、そういうことだ。
次の瞬間、鈍い衝突音が結界内に響いた。
「さて、結果発表をしたいと思います」
「……はい」
地面に座りベネトの話に耳を傾ける。心の準備はとっくに出来ていた。
「まず総評だけど……ギリギリの及第点、ってところかな」
「……デスヨネー」
告げられた結果に情けない声で納得してしまう。いま自分はどんな表情を晒しているのだろうか。
「サークルを目標数ちゃんと壊せたのは良かったけど、最後のアレはねえ……。戦闘訓練としてやっているわけだし、敵を倒した後も隙を晒さないようにしないと」
「仰る通りです……」
実戦のための訓練だ。そこだけは妥協してはいけない。
頭を垂れて落ち込んでしまうが、頭の上に柔らかい感触を覚える。ゆっくりと顔を上げればベネトの翼が頭の上に乗せられていた。
「でも魔力弾の対応は良かったよ。限りある手札で突破口を見つけ出すその力は実戦で間違いなくキミの役に立つ。まあ安定しているのが勿論一番だけどね」
そう言うと笑いながら頭を撫でられた。そのことで気分が幾らか持ち直される。
しかしそれでも気まずくなる。なぜなら俺は、この訓練で全ての力を出せていたわけではなかったからだ。
「だけど、レンも気づいてるよね? 僕が言いたいこと」
「……ブラストを使わなかったこと、だろ」
ホルダーからカードを一枚引き抜く。
それは、昨日も使おうとした魔法だった。
「本来なら、今回みたいな訓練では遠距離攻撃の手段が使えれば圧倒的に楽なんだ。それは分かってくれるよね?」
「でもなあ……魔力を射撃に使うのってこう、全然想像できないんだよ」
手に包まれた流れ星の絵が描かれたカードを見つめる。
恋が使える魔法の中で、『ブラスト』だけがまともに使うことのできない魔法だった。
「メモリーズ・マギアは使用者の記憶領域を読み取ってそれを最適な魔法として形にする。だから上手く使えないなんて無いはずなんだけど……」
立ち上がり、考え込んだ様子のベネトから少し離れるとブラストのメモリアを装填する。
「ロード」
【Loading, BLAST】
恋が起動コードを唱えると、魔法陣が展開され魔力弾が一つ現れる。射出された魔力弾は狙った的から外れ後方に着弾した。
「……駄目だ、どうすればいいのか全然わからん」
意識はしっかりと集中させているし、狙い定めた場所から視線を逸らしてもいない。それでも当たらないのだ。自分にはこの魔法は合っていないように思えてしまう。
ナーバスな思考に嵌っていると、ペシペシと頭を優しく叩かれる。
「こら、落ち込んじゃだめだよ。まだこの魔法の上手い使い方が見つけられてないだけさ。それを一緒に探そう?」
「……いいのか? 自分で言うのもあれだが、これに関しては全く進展する見込みがないぞ」
「勿論さ。僕はキミの相棒だからね!」
その言葉を受けて、胸が暖かくなるような気がした。
これだけ支えてくれているのだ。結果が伴わない程度で努力を諦めるわけにはいかない。
「……よし、やるか!」
「お、元気戻ったね! その意気だよ!」
恋は自分の顔を掌で軽く叩く。
そうだ、落ち込んでる時間なんてない。出来ることはなんでも実行しなくては。
「それじゃあまず、僕が考えた方法なんだけど――」
「……それ、大丈夫なのか?」
「まあまあ、実験も兼ねてやってみないと!」
でも、魔法のことを考える時間は不思議と楽しく感じた。
『うーん……あれだけやっても駄目だったかあ……』
『ほんとにごめんな……』
場所は変わって星宮市の街中。
あれから何度も試行錯誤を重ねるも結果はことごとく失敗。トレーニングに使える時間に限界がきたため帰ってきたのだった。
暗くなり始めた街をいつも通り散策しながら、魔法で透明になったベネトと念話を行っている。
『他の魔法はちゃんと使えるのに、なんで「ブラスト」だけ使えないんだろう……』
『なんて言えばいいんだろうな……、弾を飛ばすっていうイメージが全くと言っていいほど出来てないってのは自分でも感じるんだ』
『……駄目だ、全くアドバイスができない。ごめんよ……』
はあ、と脳内で二つの溜め息が零れる。
その時、ポケットに入れてあるメモリーズ・マギアが振動する。魔獣襲来の合図だ。
『話は終わりだね……ここから近い。レン、そこの路地に入って!』
言われるがままに道を進んで行ったのは細い路地の奥。建物の影になっているため、かなり暗い場所となっていた。
ベネトが透明化を解除し姿を現すと、お互いに頷き合う。
「影界潜行!」
一瞬の浮遊感と共に視界に映る世界が切り替わる。シャドウ・ワールドに降り立つとすぐさま轟音が聞こえてきた。
音がした方へと走り大通りに飛び出した瞬間、信じられないものが目に飛び込んで来た。
空には翼を広げて飛ぶ鳥型の魔獣。そしてその視線の先にいたのは――
「葵……!?」
――学校での、隣人だった。
大変お待たせしました!諸事情で小説を書くことが出来ない期間が長くなってしまいましたがなんとか復活しました!ペースは安定しないかもしれませんが、なんとか完結まで行きたいと思っているのでよろしくお願いします!