第33話 己の全てを賭してでも
お待たせしました、葵vsアリス決着編です!
とんでもなく熱い内容になっております!
それでは2章33話、どうぞ!
「『少女』は眠りに落ち、『魔女』は目覚める……なんて調子よく言ってみたけど、少し恥ずかしいわね」
「……ッ」
「あら、そこまで構えられると少し傷付いちゃうわ。怖がらせちゃったかしら?」
「……貴女はアリスちゃん、なの?」
「ふふっ―――可笑しいことを言うのねアオイ。私は、私よ」
葵にはとても信じられなかった。
今のアリスの雰囲気は一言で表すならば瀟洒。子供らしさは綺麗さっぱり消え去り、淑やかな笑みは大人らしさを強調している。
突然精神だけが成長したような不自然さ、歪さが酷く目に付く。それは先程まで立ちふさがった四人の幻影を思わせた。
そして―――その顔の裏から見え隠れしている冷ややかな敵意。何を企んでいるかは想像もできない。
「……ふっ!」
だが、こちらから仕掛けない理由はない。
先手必勝、電光石火。兵法において速度は需要なファクターの一つ、どのような攻撃か分からないのならばそもそも相手に使わせなければいい。
連続で射出される矢。当然簡単に当たるも無く、アリスから放たれた魔弾が迎え撃った。
それでいい。葵の目的は、アリスを一定時間縛り付けておくことだ。
「決める、ロード!」
【MEMORIA BREAK】
輝きを増す葵の魔力。
「その攻撃はもう見たわよ!」
アリスの声が戦場に響いた直後、葵の右腕に風穴が開く。
苦痛に歪む顔、しかし葵は止まらない。崩れた体勢を気合いで最低限立て直すと矢を放ち、アリスの脇腹を抉った。
「っ、あそこから撃つなんて、やるわね……」
「はぁ……はぁ……」
漏れ出す息は荒く、流れ出した血は闘技場に染み込む。
葵は顔を歪ませ自身の右腕を見やる、そこには何か鋭利なものが貫通したかのような穴が開けられていた。ただ先程胸部に喰らった攻撃よりは弱い、痛みこそあるが射撃自体は問題なく行えるだろう。
「だけど駄目ね。光とはソラに満ちるもの、その程度じゃ私を止めるのには足りないわよ」
「ロード!」
【Loading, CLUSTER】
広範囲に渡る散弾同士がぶつかり花と散る。弾幕を張り巡らせる中、葵の頭にあるのは正体不明の攻撃だった。
アリスが詠唱した途端生じた傷、まず間違いなく魔法によるもの。ただし受けた攻撃は目で捉えることは出来なかった。
光を歪めて見えなくしているのかとも思ったが、どうにも違う。魔弾など何かしらの遠距離攻撃なら影響で必ず空気が揺らぐはずなのに、それが一切無いのだ。
「―――ねぇアオイ、もっと苦しむところを見せて?」
ゾクリ、と。背筋が凍り身体が強張るのを葵は自覚する。
視線の先、アリスの口元は弧を描き、陽が天に在りながらも妖しく光るアイスブルーの瞳。
―――魔女。まさしくそう表現して差し支えない風貌だった。
三度、葵の身体を駆け抜ける痛み。
ありえない、そんな馬鹿な。思考が否定の言葉で埋め尽くされる。
今度こそ視線は外していない、アリスは一歩たりとも動いていないし目立った動作も無かった。そして、肌の神経を張り巡らせていても何一つとして異変は無い。
にも関わらず。
葵の胴体が、何の予兆も無く欠けた。
「~~ッ!」
堪らず崩れる葵、初めてその膝が地に付いた。
「アハ! その貌すっごくイイわ、ゾクゾクする……!」
「はぁ、はぁ……ッ、」
頬を紅潮させるアリス、恍惚とした様子は淫靡さすら醸し出していた。
葵は肩で息をしながら立ち上がる、しかしその足は震えており頼りない。揺らぐ身体は幽鬼のように不確か。
濁流のように押し寄せる激痛に抗いながら思い見るのは先程の攻撃。
そもそも、アリスの魔法は光に関係するものだったはず。光そのものを操作して攻撃しているのかとも思ったが、やはり周りの環境に影響が無いのはおかしい。種も仕掛けも無いマジックが存在しないように、魔法にも必ずメカニズムは存在する。
しかし三回も攻撃を受けて尚、アリスの魔法に関して分かることは限りなく少ない。使用する魔法は大きく系統が外れることは無いため、光に関係しているのは明らかだがそれ以外がサッパリだ。
正体不明の攻撃。未だアリスの攻略法は掴めない。
時は同じくしてメモリーズ・マギアの控室。歩けるほどには回復した育も帰って来ており、葵の戦いを見守っている。
しかし現状は良いとは言えず、設置されたモニターを食い入るように眺める面々の様子は苦い。
「どう紗百合ちゃん、何か分かった?」
「……立花さんの追尾弾が何もないところに飛んでいったのを見ると、魔法で透明にでもなってたんじゃないかな。だとしたら肉体そのものを変質させるか光に関係する魔法だけど、途中までしつこく魔法陣を攻撃してたから幻覚を見せられていた可能性があるね」
「えっ、ボクたちにはそう言った魔法は効かないんじゃないの?」
紗百合は一つ息をつく。
「私もそう思ってたんだけど、立花さんが受けてるのは別物。育君は人間の目がどうやって物を見てるか分かる?」
「え、えーっと確か光を見てるんだっけ? ……あ!」
「気付いたみたいだね。正確に言えば、物に反射された光を人間の視神経が捉えて信号化してるの。私たちに効果が無いのは精神に干渉するタイプの魔法、アリスちゃんがやってるのは環境に手を加えて間接的に幻覚を見せる手法、例えるならホログラムみたいにね。宙に浮いている魔法陣はスクリーンを兼ねているんだと思う」
「す、すごい! 良くそこまで分かったね!」
「……そうだね、これだけなら良かったんだけど」
モニターに視線を戻す、映し出されていたのは葵が先触れも無く攻撃を受けている様だった。
「あの魔法に関しては本当に分からない。立花さんも対処出来ていないからよっぽどのことが起きてるんだと思うけど……お姉ちゃんはどう?」
「うーん……ごめん、映像越しじゃ全然わからないや」
強いて言うなら、と桐花は続ける。
「葵ちゃんとアリスちゃんが似てることかな?」
「似てる……あの二人が?」
「うん、何でそう思うのかは全然だけど」
桐花の言葉に三人が再度モニターの映像を観察する。
「似てるって言っても、似てるか?」
「少なくとも外見は似てるとは言えないよね。顔つきも違うし、銀髪と金髪だし」
「二人とも遠距離攻撃で戦ってるところはどうですか?」
「確かに。そういう意味で言えば似てなくもない、か?」
「お姉ちゃん、もう少し勘絞れない?」
「えぇ……う~~~ん……?」
腕を組み、あーでもないこーでもないと唸る桐花。
「葵ちゃんがアリスちゃんに似てる……アリスちゃんが葵ちゃんに似てる……? あー、分からん! なんかピカピカしてる!」
「……それ、言うならモヤモヤじゃないの?」
「違う、ピカピカなの! ……あ、モヤモヤもあるかも? あとキラキラ!」
紗百合は顎に手を当て思考を整理する。
自分の姉の勘が途轍もない精度で当たるのは自明、ならば一定の信用は置ける。
まずは擬音語を自分なりに分解するところから。
「ピカピカ……アリスちゃんの魔法のことかな、たぶん光に関係する魔法だし。モヤモヤとピカピカ……は?」
「いや怒らないでよ!? 情緒不安定!?」
「お姉ちゃんがちゃんと言葉に出来ればこんな労力は要らないんだよね……!」
「しょうがないじゃんここからじゃ分からないんだし!」
「二人とも一端落ち着け、頭に血が上っちゃ思考も鈍るだろ」
「……そうだね、ありがとお兄ちゃん。お姉ちゃんもごめんね」
「ううん、頑張らせちゃってごめんね紗百合……」
「そんな落ち込まないの、全くもう」
紗百合は一度深呼吸を挟み推理を再開する。視線の先には決闘の経過を映すモニター。
そこでふと桐花の発言が引っかかった。
「お姉ちゃん、さっき立花さんがアリスちゃんに似てるどうこうって言ってたじゃん。あれってどういうこと?」
「え? うーん、なんかどっちにも似てるっていうか……どっちもどっち?」
「……、」
紗百合の思考が加速する。
―――葵がアリスに似ているのか、アリスが葵に似ているのか。
桐花の口から出て来た言葉には、わざわざ指向性が持たされていた。その意味は何だ?
「……!」
その時、紗百合は目を見開きモニターに食いつく。
それは葵が五度目になる正体不明の攻撃を受けたタイミングだった。
「なるほどそういうことか! お姉ちゃんの勘ほんとヤバいわ、ぴったり合ってるじゃん!」
「え、分かったの!?」
「うんバッチリ。……だけど」
「……だけど?」
「もしこの考えが正しいなら立花さんは、今のままじゃ十中八九アリスちゃんに勝てない」
その言葉に三人が目を見開いた。
紗百合は願う、どうか葵がこの事実に気付いてくれることを。
気付けないのならば勝てる見込みは無いと言っていい。だが、もしも気付けたのならば―――勝てるチャンスはある。
それは正気とは思えない道、しかし葵ならば迷いなく取れる選択肢。
故に願う、ゴールに辿り着くためのヒントは全て出揃っているのだから。
「ふふっ、もうバテちゃったかしら? でもそういう貌も堪らないわね……」
「はぁ……っ、はっ……」
魔弾、レーザー、魔力砲が奏でる楽譜に踊らされるばかりの葵、矢を番えた弓は垂れ下がっている。傷口から絶えず流れ出す血潮が刻一刻と体力を削り取ってゆく。
(おかしい……なんで仕留めに来ない……?)
葵が疑問を抱いているのは、既に五回も自分の身を襲った正体不明の魔法攻撃でトドメを刺しに来ないのかだった。
霞み始める視界で捉えるアリスは一向に魔弾とレーザー、魔力砲による攻撃を繰り出すだけ。そんなことをしなくとも必殺の一撃を放てるはず、なのにそうしないのは―――
(使わないんじゃなくて、使えない……)
―――五回も喰らって、ようやく薄っすらと分かった。
アリスが用いる正体不明の攻撃には何らかの発動条件がある、それを満たさなければ使うことが出来ないのではないか。
思い起こされるのは二戦目、桐花が戦ったシルヴィア。彼女の魔法は最後まで分からなかったが、桐花曰く”一発でも触れたらアウト”だったらしい。それはつまり、少なくとも触れなければ使えない、効果が発揮しない魔法であったことを意味する。そしてそれは今のアリスにも当てはまるのではないだろうか。
問題は、その条件が一体何なのか。
「……っ」
ブレる焦点を絞りアリスを見据える。
大小さまざまな怪我を負っていながらそれを物ともしていない様子。しかしその実、肌には玉のような汗が浮かんで光っている。つまり平静であることを装っているのだ。自分と同じような怪我を負っていて相当に消耗しているはずなのに、その精神には尊敬の念すら生まれる。
―――自分と同じような、怪我?
跳ねたようにアリスを見る。
胸部、左腕、脇腹、右足、右腕。それはどれも葵が矢で射抜いてきた箇所、その証拠として今もそこからは血が流れ出している。
そして葵が例の魔法で負った怪我は攻撃された順に胸部、右腕、脇腹、左腕、左足。
まるで電撃が走ったかのような感覚、同時に思い起こされるのはアリスが放った詠唱。
『鏡よ鏡、私を映すのは誰ですか』
「―――そういう、ことだったんだね……」
漸く、全てが繋がった。
葵は立ち上がると矢を引き絞り、放つ。撃ち出された矢は迎撃を掻い潜るように曲がり、アリスの腹部へと突き刺さった。
刹那、葵の腹部に傷が生まれる。それは奇しくも葵がアリスに与えた傷の形と似ていた―――否、一致していた。
「鏡、なんだね。今のアリスちゃんは」
「―――!」
見開かれた蒼の瞳が葵の視界に捉えられた。
「今のアリスちゃんになってから使い出した魔法、全部私が攻撃した場所に攻撃してる。丁度、鏡合わせにすれば、同じ場所に」
「―――ふふ、バレちゃった」
それは悪戯が明るみになった子供のように、真っ白な笑顔だった。
しかしそれも一瞬、再び魔女然とした大人しい表情へと戻る。
「これで分かったでしょう、私にどれだけ攻撃しても勝てないことが。私は鏡に映る像そのもの、つまり私は貴女なのよアオイ。人体照応の関係でアオイの方が跳ね返るダメージが多いわ。諦めてもいいのよ?」
「……ふふ」
「……何が可笑しいの?」
「……随分、優しい魔女さんなんだなって」
「なっ」
一歩後退するアリス。どうやら思いがけない言葉に動揺したらしい。
葵は真っすぐと視線を向け、口にする。
「でも、勝つよ」
「……話、聞いてたの? 私の魔法は攻撃を」
「うん。だから……そんなものはもう関係ない」
葵が即座に放った矢は見事に命中、貫通する。
「は?」
困惑するアリス。小さな身体を襲うのは鋭い痛み、それは当然葵にも反映される。鏡合わせになるように傷が生まれていた。
「アオイ、一体何を……」
「……人間は、”分からない”という状態に最も恐怖を抱く。”分からない”から進めないし、”分からない”から無暗に退けない。”分からない”っていうのは、判断を鈍らせる最大の要因だと、私は思う」
「一体何を言って……」
「アリスちゃんの魔法がどういうものなのか”分かった”。それなら、私が選ぶ行動はもう決まっている」
射抜く碧眼、それを見たアリスの背を氷の雫が伝う。
まさか、そんな馬鹿な! 唾棄すべき思考がアリスの頭、その片隅に浮かび侵食した。
即ち―――
「完全反射じゃないなら問題ない。真正面から貫き通す……!」
―――強行突破。駆け引きなど一切無い、脳筋とも取れるゴリ押しである。
「正気なのアオイ! そんなのタダじゃ済まないわよ!?」
「そんなものは戦ってるんだから今更。アリスちゃんより耐え抜けばいいだけ!」
「く、狂ってるっ……!?」
「私は覚悟を決めた―――さぁ、行くよッ!」
空気を斬って放たれた宣告と同時に矢が放たれる。
連続で放たれたスパイカーは容赦なくアリスの身体を突き抜ける。アリスの魔法によって葵の身体にも同様の弾痕が刻まれた。
「ぐっ、させない!」
焼き付く痛み、アリスは顔を顰めつつも杖を振るい魔法陣に号令。魔弾、レーザー、魔力砲と三種の弾幕が繰り出しながら移動する。
しかし、当たらない。どこにそんな力があったんだと言わんばかりに動き回る葵を捉えることは叶わない。逆に葵の攻撃は神業的な軌道を描きアリスへと届く、返ってくるダメージがあるにも関わらず加速度的に切れ味を増していく動きは脅威の一言に尽きた。
止まらない。どれだけダメージが反射されようとも、攻撃が当たろうとも、葵の動きが停止することは無い。
二人の身体に刻まれていく傷。舞い散る鮮血、その夥しい量は今までの戦いがお遊びだと錯覚してしまうほど鮮烈だった。
何度目かの撃ち合いの末に両者接近、互いの得物を振り抜けば甲高い金属音が木霊した。
「ふざけないで! そんな馬鹿みたいな方法で私の魔法を破るなんて……!」
「ふざけなんてない。これが私にとって、一番勝ちが拾える戦い方!」
弾かれるようにして離れる二人。後退際に放たれた攻撃が両者を襲う、葵には反射分のダメージも追加で駆け巡った。
「こんなところで私の魔法が、『アリス』が負けるわけにはいかないのよ!」
「それは私も同じ、負けるのは死ぬほど嫌。それに―――」
想起するはここまで自分に繋いでくれた三人。そして自分の後ろに待つ恋のことだった。
「みんながここまで繋いできた戦い、絶対に譲る訳にはいかない。セット!」
【MEMORIA BREAK】
アリスの目の前に展開され重なる六つの魔法陣。球状に集う魔力がバチバチと音を鳴らす様は顎を開け今にも噛み付かんとする獣の咆哮のよう。
葵は巨大な矢を番え引き絞る。その攻撃の名はアサルトストライク、爆発が爆発の威力を増幅させる破壊兵器が今放たれんと紫の輝きを発する。
「「―――勝つのは、私だ!!」」
両者共に自身が持つ最大威力の攻撃を放つ。
激突、閃光。
拮抗したかに見えたのは一瞬、反発する力が二人に牙を剥く。四肢が引き千切れんばかりの暴力的な圧力を最後に、全ての感覚が消し飛んだ。
ドゴォォォォォォンッ!!
発せられた轟音、巻き込まれた大気が一気に蠢き生み出される暴風。それは闘技場に収まること無く、辺り一帯を巻き込んだ。
それらが収まった時、茶色の粉塵に包まれた戦場には静寂だけが残った。
「りょ、両者全力の激突! 恐らく戦いは決着したと思われますが、果たしてどちらが勝ったんだ!?」
全員が固唾を飲む。
ゆっくりと舞い散る砂塵の中、それは現れた。
全身から血を流しながらも武器を手放さず立ち続ける少女。
流れゆく茶色の中から現れたのは―――銀色の髪。
残された片手を朧気ながら上げ、意識があることを宣言する。
「き、決まったぁぁぁ! メモリーズ・マギア対コードトーカー第四戦、勝者はアオイ選手だぁぁぁ!」
万雷の喝采が闘技場に轟く。
勝利に飢えた少女たちの戦いが今、幕を閉じた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
少女がただ己の勝利を求めて戦う……最高にカッコよく書けたと思います。その熱が読者の皆さんに伝わっていれば幸いです。
さて、現在メモリーズ・マギアは通算2勝1敗1分け。引き分け以上ならば勝利は確定ですが、一切の油断はできません。負ければ両チーム通算2勝2敗1分けとなり、延長戦をすることになります。
リードを保持して恋が勝ち逃げるか、それともノエルが微かに残った希望を繋ぐか。
次回は第5戦、恋vsノエル。波乱の激闘が幕を開ける。
では、あとがきもここまで! 最後まで読んでいただきありがとうございました!
誤字、脱字を見つけた場合はご報告をお願いします。読者の皆さんと共に、より良い作品を作っていきたいと考えています!
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これからも著作「メモリーズ・マギア」をお願いします!
それでは、また次回でお会いしましょう!




