第32話 見えないモノに手を伸ばす
いよいよ葵vsアリス戦も佳境へ突入する32話!
それではどうぞ!
小さく呼吸を繰り返しリズムを整える。これから為すことはかなりのリスクを伴う、だが勝つために必要である以上実行しないという選択は存在しない。
カタカタをいう音が耳に届き視線を向ければそれは自身が握る弓から鳴っていた。思わず力が入っていたらしい、こうまでなるのは初めてアーチェリーの大会に出場した時以来か。
「……ふふ」
だが今回の震えは緊張に身を侵されていたあの時とは違う――武者震いが葵の身体を揺する。
目の前にアリスという少女に自分がどれだけ通用するのか。胸に内にあるのは恐怖では無い、これからの挑戦に対する高鳴りだった。
そんな時、前日に会話を交わした光景が葵の頭によぎる。
ころころと表情を変える様や口調など容姿通りの幼さを見せたアリス、しかしその性格はとても好戦的で自分の実力に絶対の自信を持っているようだった。言い合いで意地を張ってきたことからも負けず嫌いらしい、話している内にその姿が自分と重なって見えた。
だからこそ”勝ちたい”という思いが一層強くなる。
「……よし」
弓を握り直し意気込めば腰のポーチからメモリアを取り出し装填、魔弾を掻い潜りながら狙いを定め撃ち出した矢は闘技場の端地へ突き刺さる。葵が目を腕で覆った瞬間辺り一帯の空間を割らんばかりの閃光が塗り潰した。
「きゃぁっ!」
「――! そこッ」
甲高い一つの悲鳴、その発生源には景色のズレが存在していた。葵は聴覚を頼りに素早く矢を射り、直線的に突き進む紫の彗星はそのズレに食い込む。
空中に踊る鮮やかな赤い飛沫。直後、矢を起点として霞がかったように空間の違和感が収まった。
魔法による光が収まれば四人のアリスがいた場所には同じ数の魔法陣が浮いていた。残されたように一人のアリスが杖を地面に突き立て葵を睨み上げる、左腕に矢が突き刺さっていることから咄嗟に防御したのだろう。
アリスの浮かべる表情は弾けんばかりの笑顔、まさに遊びを楽しむ子供のようであった。対照的に葵はいつもと変わらない温度を感じさせない表情でもって対面する。
「やってくれるわね……まさかそんな方法で当てられるとは思ってなかったわ」
「やっぱりアリスちゃんの魔法、光に関わってるんだね」
「……ええそうよ、まさかアオイが光系統の魔法を使えるなんてね。まったく、らしくない油断しちゃった」
そこに居るのに居ない、そんな矛盾性を孕んだ事象は明らかに不自然なものだった。加えて葵の感覚によってその違和感は助長され、遂に答えへと辿り着くに至った。
増えたように見えていたのは魔法によって生み出された幻影。同じような魔法でいえば分身を作り出す恋の幻影があるが、あちらは実体であるのに対しアリスの魔法は光を利用して虚像を作り出しているのだ。
光を操るという能力の延長上、屈折などを弄ることで光学迷彩のような効能を発揮していたのだろう。
「二段階目は合格よアオイ。参考までにどうして気付いたのか聞いてもいいかしら」
「……色々あったけど、大きかったのは杖での攻撃」
「へぇ、それまたどうして?」
葵の答えは決まっていた。
「もし私なら、幻影が実体化できると思わせたいから」
「……ふふ、そうなんだ。私たちって結構似ているのかもね」
葵の中で唯一気がかりだったのはメモリアブレイク直後、杖による打撃を受けた時。頭の隅では考えてこそいたものの遠距離攻撃が主体だったため意表を突かれた。
だが、逆にその攻撃によって核心に迫ることが出来たのだ。
アリスは微笑む、自分のことを見つけてくれた相手に対しての歓喜をのせて。
「魔法がバレてしまうのは遅かれ早かれ仕方ないわ。――だけど、一撃目で私を仕留められなかったのは失敗だったわね」
パキリ、と。アリスの細腕に突き刺さっていた矢が割れ消え去る。痛々しい傷はそのまま、されどアリスは意にも介さず杖を振るう。宙に浮いていた魔法陣が揺らぐと再びアリスの姿かたちを取り始めた。
「私の魔法『天に煌めきを返す欠片よ』に二度同じ手は通用しないわ。今度はアオイの魔法も計算に組み込めばいいだけよ」
溶けるようにして消え去るアリスの姿、同時に幻影のアリスたちが杖を構えると魔弾の乱射が始まる。葵は本体のアリスが居た場所を穿つが空気を裂くだけ、既にその場にはいなかった。
迫り来る弾幕を迎撃しながら回避していく葵だったが、一人のアリスによる攻撃が止んだことに気付く。何か来る、漠然とではあるが予兆を感じ取ればケースから防御用のメモリアを装填した。
魔弾を放つのを止めたアリス――何度も同じ言葉を繰り返すという特徴と不自然な仕草から『狂気のアリス』とでも呼称すればよいか。彼女の傍に展開された魔法陣の模様が書き換わり一層輝きを見せた刹那、集う魔力がレーザーとして解き放たれた。
「ッ、ロード!」
【Loading, PROTECTION】
迫る魔力の激流に回避は不可能と判断、地面からせり上がるように現れた魔法の防壁と魔力砲が激突する。
無事であることに葵が安堵したのも束の間、左右から挟み込むようにして魔弾が迫る。紙一重のところで回避に成功するがその方向は空中、待っていたとばかりに魔弾の斉射を浴びて吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
地面を転がり染み入る苦痛に葵の身体が硬直する。しかし息つく間もなく向かい来る魔弾、葵は迅速に起き上がり自身の武器でもって叩いた。
戦場を掛けながら葵は視線を巡らせる。魔法で形作られたアリスたちは思い思いに攻撃を繰り出す、明るく輝くカラフルな攻撃が繰り広げられるその光景はさながら舞踏会のよう。
しかしその中に本体のアリスはいない、もう一度フラッシュの魔法を使って一帯を閃光で満たしても空間の歪みは存在しない。いよいよ葵にとって勝つために取れる手段が限りなく少なくなってきた。
「あははー! もっともーっと遊びましょ!」
そこに弾けんばかりの笑顔で襲い掛かる一人のアリス、繰り出す魔弾はシンプルながら不規則な軌道を描く。それはまるで遊んでいるよう、『遊楽のアリス』とでも呼べる爛漫さだった。
しかし好戦的であるからなのか突出することも多い彼女、故に狙いやすい――はずなのだが。
「……させない」
矢を放とうとした瞬間降り注ぐ魔弾、跳んで回避した後その元凶に視線を向ければ四人の中でも凛々しい雰囲気を纏うアリスの姿だった。
四人の中で誰よりも虎視眈々と隙を伺っており、タイミングを見計らって放たれる攻撃は燃え盛る炎を幻視するほど苛烈である。されども何があろうとも動揺を見せない冷静さ、見るもの全てを見透かすような真っ直ぐの瞳は蒼という色も相まって酷く冷たい。
『灼凍のアリス』、そう呼称するのが相応しいだろう。
しかし、葵にとって先のアリス二人は問題では無かった。
遊楽は遊び心を体現したような存在、変幻自在な弾道は予測し辛いが対処できないほどでは無い。灼凍に関しては葵が最も親近感が湧く存在であるため”自分ならこうする”という考えを相手に当て嵌めることでその行動を予測できる。
遊楽と灼凍、二人のアリスによる攻撃を超えたその先に葵を待っていたのは暴力的なまでの極光だった。
葵はプロテクションを再び発動、直後生み出された防壁が耳障りな金切り音を発する。攻撃が止み視線を動かせば首を捻りながら困惑の声を上げる狂気の姿があった。
狂気のアリス――その実態はやること為すこと全てが滅茶苦茶な個体。突然立ち止まったかと思えば空を見上げ、隙を見せたかと思えばしっかりと迎撃してくる。雰囲気もまるで喜怒哀楽をぐちゃぐちゃにかき混ぜたようなもので混沌としている、幼児でさえこのようにはならないだろう。
加えて視覚外からの攻撃に対してもいち早く対応する様はまさに野生の獣、予測不可能を体現するかのような存在だった。
葵にとって行動予測がし辛い相手ほど狙いにくいものは無い。だが、本人の気質なのか攻撃が大振りであり隙は大きい。
弓を引き絞って狙いを定める葵、その狙いは今にも攻撃を放とうとしている狂気のアリス。
「……セット」
【MEMORIA BREAK】
反撃として射った矢は貫通力を極限まで高めた必殺技グローリアシューティング。狂気のアリスが放った魔力砲と真正面から拮抗、撃ち抜いた。
光速の紫撃が狂気のアリスの身を穿つ、しかし魔法で映し出された影であるため手応えは一切ない。削られたように見えるのも空間を薙いだためである、直ぐに元通りの姿かたちへと戻った。
「うぅ……ア゛アアアァァァッ!」
狂気のアリスから放たれるのは闘技場全体を揺らさんばかりの咆哮。次いで展開された魔法陣は今までの比ではないほど昂っており、放たれた極光は戦場全体を巻き込み迸った。
なるべく小さく屈み、創り出した壁で自身を囲み難を逃れた葵。攻撃が止んだのを気に戦場に視線を向ければ濁流で荒らされたように荒れ果てていた。
そうして視線を移動させた葵はアリスの姿を見やる、そこには二人のアリスがいた。様子を見るに攻撃を放った狂気と唯一防御姿勢を取っていたアリスの一人が向かい合っている。
「駄目だよ! そんな攻撃したら二人も巻き込んじゃう!」
「ア゛ー……?」
「ひっ! な、なんで怒るの……!? わたし間違ったこと言ってな――あ、ごめんなさい黙りマス……」
狂気のアリスに睨みつけられ語調を尻すぼみに小さくさせる少女こそアリスの幻影最後の一人、そして葵が苦戦している原因だった。
他の三人に比べて攻撃頻度は少ない、どちらかと言えば回避や防御することを念頭に動いている節がある。それだけでなく、彼女は他のアリスたちの攻撃の隙を埋めるように絶妙な立ち回りをするのだ。
まるで緩衝材のような役割――『静穏のアリス』とでも言うべき少女によって四人が最大限の力を発揮している。
そこまで分析を済ませた葵は体勢を整えながら言い合うアリスたちを見て首を傾げる。
「……なんで、喧嘩してるんだろう」
全員が自分自身だったらもっと真っ当な協力が出来てもいいものだが、四人のアリスたちは息が合うこともあれば合わないこともある。まるで別人のように争う原因が葵には分からなかった。
だが、そのおかげで助かっている面もある。もし完璧に連携が取れるのだとしたら今頃は負けているだろう、浅い呼吸を繰り返し弓を改めて握り直す。
狙うは本体のアリス、それは変わらない。問題はすっかり姿を隠した相手にどう攻撃を当てるか。
もう一度チャンスを作り出せるとしたら――アサルトストライクによる戦場全体に降り注がせる広範囲爆撃か。あの攻撃の後だけはアリス本体が攻撃を仕掛けてきた、つまり幻影では対処できない攻撃である可能性が高い。
しかしそれはアリスも承知の上だろう。二度同じことを素直にやらせてくれるとは思わない、仮に再びアサルトストライクを放とうとすれば必ず全力で止めにくるはず。
それに、葵は二回戦、ユーカリプスとの戦いにおいてアサルトストライクを使用している。会場で観戦できる以上その威力は知っていただろう、一度目は様子見で通しただけで二度目が通用するかは分からない。
どれも確証が無い考えばかりが浮かぶ。この状況を打破するため、自分を振り切らせるための戦法が思いつかない。
そうこうしている間に余波に巻き込まれた残り二人のアリスが復元されている。時間が無い、最低でも次の行動は粗方決める必要がある。
何か打てる手は無いか、葵は自身に出来ることを列挙し始めた時だった。魔獣戦では全く使用しておらず、技量の向上もあって頭の片隅に追いやっていた魔法の存在に気付いた。
ケースから一枚のメモリアを取り出す。それはかつて魔法少女になって最初の頃に使っていた魔法、チェイサーであった。
「これなら、いける……?」
垣間見えた光明、しかし葵の中に疑念が残る。
チェイサー――獲物を自動で追尾する矢を生み出す魔法だが、決闘祭の訓練においても全く使わなかった代物だ。
理由は単純、葵自身が狙いを定めて撃った方が速いからである。元々アーチェリーをやっていた経験と鍛錬が合わさり、わざわざ魔法を使う必要が無くなったのだ。
それもあって他の魔法に比べてチェイサーに対する理解が一切ないのである。獲物をどこまでも追う矢、葵の中ではそれだけの魔法という認識だったのだ。
果たしてこの魔法は見えない敵に対しても有効なのか、それが分からなかった。
「もー、アナタのことは嫌いじゃないけど攻撃するならもっと丁寧にしなさいよねっ」
「同意。その強さは認めるけど、何度も巻き込まれるのは堪ったものじゃない」
「あー、うぁー?」
「ご、ごめんね二人とも! わたしも頑張るから!」
洗うようなソプラノ声が葵の耳に届く、跳ねたように見やればアリスたちの再生がほぼ終わっていた。戦闘態勢に移行するまで秒読みといったところだろうか。
「……信じるよ」
どの道何か行動を起こさなければならない、ぶっつけ本番ではあるが試す価値はある。それに攻められっぱなしは性に合わない、ならばこちらから打って出るのは必然だろう。
言葉を掛けた直後、見つめたメモリアが返事をするようにキラリと陽光を反射した。まるで”期待してくれ”と言わんばかりの現象に自然とと葵の口元が緩む。
しかしそれも寸刻、顔を引き締めた葵はチェイサーを勢いよく装填、プロテクションを弾き出す。
「セット」
【MEMORIA BREAK】
既に何度目か分からない必殺技の宣言、現れたのは通常と少しだけ意匠が違う矢。先端が猛々しく鋭いスパイカーや、矢そのものが大きいクラスターと比べると頼りない風貌だ。
されど、葵が手にする矢こそが現状を打破する希望の梯となる可能性がある魔法である。
番えた矢を引き絞ると同時、アリスたちの戦闘態勢も整う。
狙うのは遊楽でも、灼凍でも、狂気でも、静穏でもない――今もその身を周囲に溶け込ませている本体のアリスだ。
「……いけッ!」
【FEROCIOUS VIPER】
勢いよく放たれた矢は戦場を真っ直ぐに突き進む、向かう先にいる灼凍のアリスは杖を構えており迎え撃つつもりのようだ。
「お願い……!」
葵は信じる。
奥底で眠り日の目を浴びることが無かった魔法、その可能性を。ありったけの想いを込めた一撃を。
ただ強く、愚直なまでに信じた。
直後、矢が曲がった。
それは生き物のように、灼凍の迎撃を躱すように――確かに曲がったのだ。
矢が向かう先は四人のアリスの後方、だだっ広く何も無い空間だった。
次の瞬間、葵は目撃する。
蛇のように紫の尾を引く矢が向かう先、その地面に僅かながら土埃が立った現象を。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
葵の言葉に呼応するが如く、番えられた矢の魔力が高まっていく。
これより放たれるのは彼女が誇る最速の攻撃、相手を必ず仕留めるための一撃だ。
四人のアリスたちがそれぞれ一斉に攻撃を掃射する。
だが、その攻撃が当たるよりも葵が指を放す方が速い。
葵の瞳は、今もなお獲物に向かい続ける攻撃の先に見えないアリスの姿を捉えていた。
「――獲った!」
一条の流星が戦場を翔ける。
虚空から溢れ出す血液、魔法による光学迷彩が解けて姿を見せたアリスは倒れ伏した。
今度こそ感じた確かな手応え、感覚と結果に齟齬が無いことを目視で確認した葵。
そんな彼女が次にとった行動は――再び弓矢を構えることだった。
ああ、確かに仕留めたという自信はある。事実として葵の視線の先にはアリスがその身体を力なく地面に横たわらせている。
だが、何故だろうか。葵にはどうにもこのまま終わるような予感がしなかったのだ。
「……くッ、あはは。イイわアオイ、すっごくイイ。それでこそ私が倒すべき相手よ」
ゆっくりと立ち上がる少女の身体、「イタタ……」と呟きながらも露わになった顔にはひと際好戦的な表情が浮かべられている。今までの可憐な様子とは全く違う、人が変わったかのような変貌を遂げたアリスがいた。
葵はアリス目掛けて矢を放たんとする。しかし――
「『鏡よ鏡、私を映すのは誰ですか』」
――アリスが軽やかに告げた次の瞬間、葵の胸部から鮮血が噴き出した。
「ぐ……ッ!?」
地面を踏みしめ揺らぐ身体を支える葵、脳内は困惑が埋め尽くす。
突如として受けた正体不明の攻撃、傷は銃弾を受けたように刺々しく痛む。面を上げればあらぬ方向に逸れた矢が目に入る、そのまま視線を横にずらしていけば得意げに口端を吊り上げているアリスの姿が認められた。
「さぁて、と。おめでとうアオイ、三段階目はクリアよ」
パチパチ、と。それは風に乗って届いた手を叩く音。
伝わるのは賞賛、そして――歓喜だった。
「ご褒美として――ここからは全力で相手してあげるわ」
そう言い放ったアリスの蒼い瞳は、爛々と輝いていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
【悲報】アリス、まさかの今まで全力では無かった。
今回の話はこれに尽きると思います。いやぁ、とんでもない子ですね。
ほんとに純人間か怪しくなってしまうほどですが、メモリーズ・マギアではデフォルトです()
そして次話、アリス戦決着まで書き切りたいと思います!
勝利するのはどちらか、楽しみに待っていてくださいね!
では、あとがきもここまで! 最後まで読んでいただきありがとうございました!
誤字、脱字を見つけた場合はご報告をお願いします。読者の皆さんと共に、より良い作品を作っていきたいと考えています!
感想、評価、ブックマーク。どしどし募集しています! 特に感想は気軽にどうぞ! 必ず返信させていただきます!
これからも著作「メモリーズ・マギア」をお願いします!
それでは、また次回でお会いしましょう!




