第31話 幻想四人童女
第31話になります!
金曜日の26時42分……セーフだな!()
それではどうぞ!
立ち見の観客席に繋がる階段口からセリカとユーカリプスが姿を現す。辺りを一望すれば既に観客たちが熱狂の声を上げている。
セリカとユーカリプスは会場の熱気から一時的に逃れるために休憩を取っていた。避暑地にて程よく涼み時間も暫くして戻ろうとした時、ユーカリプスが道端に咲いていた花が暑さで萎れていることに気付いた。
森精霊とのハーフである彼女にとって植物とは盟友であり家族でもある。故に見逃すという選択肢は無く、気が付けば甲斐甲斐しく世話を焼いていたのだった。
「ごめんねセリカちゃん、私のせいで遅れちゃって……」
「私が良いって言ったからいいのよ。路端に咲く花にも気を配る貴女の在り方は素敵なんだから、そのままでいなさいな」
白魚のような手がユーカリプスの頬に添えられる。顔は瞬く間に赤面するが意地悪く笑うセリカを見て揶揄われていることを察すると手を払い退ける。頬を膨らませ睨み上げるが、その光景はどこからどう見ても可愛らしく見上げているようで威圧感など微塵もない。セリカもただ微笑みを浮かべるだけだ。
二人がモニターに表示されていた時間から開始して間もないことを確認したと同時、アルシアが二人に気付いた。
「少し長かったな。寄り道でもしてきたのか?」
「ええ、可愛らしい花が咲いていたものだから愛でていたの。それより決闘の方は――」
そこでセリカの言葉が止まる。稼働する四つの魔法陣から魔弾を射出するアリスの姿が真紅の瞳に映り込んで離れなかった。
当然、その異変をアルシアが見逃すはずもない。
「あのアリスという少女、知り合いか?」
「……ええ、よく知っているわ。――……そっか、あの子も出場していたのね」
自然に出た柔らかい笑み、セリカの笑顔は心から安堵したと思わせるものだった。
「それならセリカ、彼女が使っている魔法を知っているか。どうにも戦いが妙でな」
「ああ、なるほど。そういうこと」
セリカは現在執り行われている決闘に視線を向ける。繰り広げられていたのは魔弾と矢の応酬、広い範囲を忙しなく攻撃が行き交う光景は圧巻という他ないだろう。
だが、それは少しばかり異様だった。葵が放つ矢はアリスに一切向かうことなく、魔弾の砲台である魔法陣ばかりをを狙うのである。
勿論、相手の攻撃手段を減らすというのも戦略の一つではある。だが葵のそれは最早アリスだけを避けて攻撃していると言っても過言では無かった。
弓を扱う魔法使いである葵。異なる種類の矢を使いこなす戦闘センスと正確無比な射撃能力、それに伴う苛烈なまでの攻撃に傾倒した戦い方は既に有名だ。特に彼女と戦った者なら防御を一切考えていないと思わせ、尚且つ最短で仕留めに来る戦闘スタイルは脳裏に焼き付いていることだろう。
そんな葵がアリスだけを狙わないことがあるのだろうか。
恐らくそれはない。それはつまり、目には見えていない何かが起こっていることを意味している。その起点は魔弾を掃射している少女・アリスに他ならない。
「そうね。まぁ言うなれば、あの子が見ているのはアリスを映す光といったところかしら」
「……煙に巻こうとしていないか?」
「簡単に種明かしなんてしたらつまらないじゃない。あの子たちが何を想って戦っているのか、それを考えるのも観戦の醍醐味よ?」
「……ふっ、そうだな。お前はそういうヤツだった」
そこで会話は終わり決闘へと意識を向ける二人。セリカは闘技場の壁に沿って駆けながら素早く矢を射る葵の姿を見据える。時間が経つほど目に見えて攻撃の鋭さが増していくのは類まれなる集中力が為せる業なのだろう。
(あの子は確かに強い。だけれど、アリスとまともに戦おうとする時点で既に負けているのよ)
セリカが想起したのは当主として出席した貴族のパーティー、そこで出会ったまだ幼き頃のアリス。彼女の魔法は、正しく『魔法』と言って差し支えないだけの魅力と輝きがあった。
―――そして何より、アリスはまだ実力の半分も出していない。
心境としては馴染みのあるアリスを応援したい。しかし、自分たちのチームを踏み越え勝ち進んだメモリーズ・マギアにもそれなりの想いはある。
果たしてどちらが勝つか、それは誰にもわからない。セリカは静かにこの戦いの行く末を見守るのみだった。
爆音、発生した風が頬を薙ぐ。走りながら撃ち出された矢は正確にアリスの身を捉えるが手応えは無い。削られた身体は砂糖水のように揺らぐと瞬く間に元通り、えもいわれぬ不気味さを否応なしに感じさせる。
「あはは、追いかけっこだー!」
「楽しい! 愉しい! タノシイ!」
「うぅ、ご、ごめんなさい。でも、これも勝負なので……!」
「……早くやられて」
それに加えて、これだ。
葵の目が移す少女たちはアリスそのもの。しかしその動きはバラバラ、発する言葉も違えば性格すらも違うように思える。一水四見とは言ったものだが、自分一人にこうも全く似通わない様を見せられては戸惑いの一つも出てくる。
だが、それによって攻撃を緩めたりすることはない。
「……ッ、そこ」
迷いを断ち切るように放たれた魔弾による波状攻撃を掻い潜る一閃。針の穴を通すが如き精度で繰り出された矢は寸分の狂いも無く一人のアリスの杖を持った右手を撃ち抜いた。
しかし、それだけだ。地面に転がる腕は白昼夢のように消え去り、削られた身体が空間ごと揺らぐような現象が起こる。既に何度も目にした光景だがとても慣れるものではない。
クラスターのメモリアを発動した葵、放たれた矢は空中で分裂し四人のアリスに複数の穴を開けた。一時的に訪れた休息を利用して呼吸を整え、次の手を打つために思考を回す。
(……攻撃パターンが一人ひとり違うから、それぞれが攻撃の隙間を埋めている。そのせいで大きく回避せざるを得ない。……かなり面倒)
葵が見据える先には身体が修復されていくアリスの姿。相変わらず気味の悪い光景ではあるが、勝利するために目を逸らすことは出来ない。より情報を多く入手するように努めるが、結局分かったことと言えば修復中は攻撃が止むこと程度だった。
確かに仕切り直しをするタイミングが掴めるのはありがたいが、根本的な解決にはならない。魔力消費の燃費は良い方だが、それより先に集中力の方が切れかねない。もしそうなれば弓使いは敗北必至だろう。
――いっその事、この場全てを爆撃するか。
葵は弓に装填してある魔法『クラスター』に思いを馳せる。この魔法のメモリア・ブレイクならば確かに実行できるだけの能力があるだろう。
思い立ったが直ぐ行動。「セット」と一度音声コードを入力すれば巨大な矢が現れ、引き絞られる弦に比例して魔力の輝きが増していく。
【ASSAULT STRIKE】
上空に突き進んだ矢が弾け飛び、流星の如く降り注ぐ。闘技場の地に突き刺さった矢は直後連鎖するように爆発を引き起こし会場全体を揺らした。
静寂が辺りを包む。粉塵が晴れた先に――アリスの姿は無かった。
「――アハッ」
葵の聴覚が嗤い声を捉えた瞬間金属音に合わせて視界が横に向かって伸張する。地面を転がり起き上がれば遅れてやって来るのは腕の痺れ、咄嗟に弓を用いて防御した影響だ。
視線を動かし前方を見渡す、そうして捉えたのは銀の杖を振り抜いたアリスの姿だった。
「ンン? 固い、硬い、カタイ……」
「あちゃー思ったより反応が速いね。厄介だー」
「あ、あぅ……怖かったぁ」
「……破壊力と攻撃範囲が凄い。精密さも兼ね備えているから気を付けないと」
杖の感触を確かめるように握り直すアリスと、そこに集う三人のアリス。そんな光景を見ても葵の表情に動揺は無い、寧ろ予め分かっていたことだった。
葵は呼吸を整えると連続で矢を放つ。当然アリスは回避行動を取りながら迎撃、再び魔弾が飛び交い始める。数的不利を補うために闘技場の壁を背にして行動を始めた葵、ちらりと見たのは弓を握る自身の手だった。
――あ、当たった。
弓を射る時、目標に届けられた矢が突き刺さる感触がなんとなく分かるようになったのはいつ頃だったか。絶好調の時には矢を放つ前、どう構えれば狙った場所に射れるか理解できることもあった。
まるで身体そのものが弓矢と一体化したような感覚、それは葵を更なる弓の道へと引き摺り込むに足る爽快さがあった。
その感覚は例え魔法を使っていたとしても変わらない。矢を放った際に目標に当たったことが感覚的に察知できるのだ。
だが、今戦っているアリスにはそれが無い。どれだけ撃っても、どれだけその身を削っても手応えは無かった。
予想されるのは魔法によって分身を作り出していること。分身であるなら先程杖で殴られた際に接触したのことも説明が付く。しかしそれも矢を穿った際に手応えが無いことによって反証されてしまう。
所詮感覚によるもの、とても信用できるものではないと唾棄するのは簡単だ。
だが、葵にとってはどうしてもその感覚を突き放すことは出来なかった。
弓――アーチェリーは小学校の頃から続けて来たもの、アイデンティティと言い換えてもいい。他人から見ればたった数年だが、自分の中学校生活全てを捧げるまでに没頭し鍛えた感覚を、どうしても信じたかった。
心は決めた、あとは進むだけ。
とはいえ、このままでは勝つことはおろかまともに戦う事すら難しい。攻撃が当たらないのであれば勝利することなど夢のまた夢。
思考を回し今までの戦闘で得た情報を整理していく。
性格も行動も違う四人のアリス。攻撃方法は杖と魔弾、杖による打撃はそこまで脅威ではないが魔弾による連携が厄介だ。そして何より全く手応えを感じさせない謎の魔法による分身が――
「――あれ」
記憶の片隅に何か引っかかった。確か自分は、同じようなことを経験したことが無かっただろうか。
顔の横を掠めながら通過する魔弾に意識を戻す。どうやら思考に集中しすぎて立ち止まりかけていたらしい、直ぐに矢を撃ち出し迎撃することで余裕を作り出すと再び考え始める。
あの手応えが無い感触、確かに経験したことがあった。
葵は記憶を掘り返し――そして辿り着いた。
中学二年生の頃、大会でも好成績を残せるようになり実力の向上を目に見えて実感できるようになったころ。部活の帰り道、途轍もない勢いの雨が降り注いだのだ。
どうやら通り雨だったようで直ぐに止んだのだが、空にはくっきりと綺麗な七色の橋が架けられていた。
――――虹って、矢で打てるのかな。
今では恥ずかしい思い出の一つだが当時は本気だった。アーチェリーの的の色が虹に重なって見えたのも手伝ったのだろう。中学生の妄想と言えばそれまでだが、無性に気になってしまったのだ。
流石に本当に空に向かって矢を放つわけにはいかないので、母親が所持していた屋外練習場にて霧吹きを使って虹を作った。
筒から抜いた矢を番えてサイトを覗き込む。いつも通りのルーティンで放たれた一射は小さな虹を捉え――通過、奥に設置されていた的に穴を作り出した。
当然の結果、しかし酷くガッカリしたことは今でもはっきりと覚えている。思えばその頃から非現実に対する期待や望みがあったのかもしれない。
アリスを矢が捉えた感触はまさにそれと同じだったのだ。
「――……なるほど、そういうことなんだ」
葵はゆっくりと息を吐く。それは重苦しい溜息などでは断じてなく希望に満ち溢れた呼吸、まるで自分を縛り付けていた鎖が解き放たれたかのように軽やかだった。
そして、小さく頬を緩ませる。
まさか黒歴史だと思っていた過去の記憶が巡り巡って今の自分を助けることになるとは思ってもみなかったのだ。思わず笑ってしまうのも仕方ないだろう。
視界に収まる四人のアリスに立ち向かうように真正面から向かい合う。葵は視界を埋め尽くさんばかりの弾幕を拡散する矢で全て相殺する。
そして、自分が考える仮説が合っている可能性が高いことを確認した。
「……随分と楽そうに遊んでくれたね」
葵はスパイカーを発動、貫通力を高めた矢を番える。そのフォームは洗練されたものだと一目で察することが出来るほど綺麗なものだった。
「――ここからは、私のターンだよ」
葵の碧眼は、サイト越しに四人のアリスを捉えていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
葵が辿り着いたアリス攻略の答え、それは如何なるものなのか。次話をぜひお楽しみください!
では短いですが、あとがきもここまで! 最後まで読んでいただきありがとうございました!
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