第27話 その身に刻まれたのは―――
お久しぶりでございます!
第27話、育vsエドワードです!
それではどうぞ!
育は呼吸を整えながら倒れ伏したエドワードを見つめる。その身体には一切の傷は無く、戦闘の終わりとしては呆気なさすら感じる。
闘技場に訪れた静寂。
されどそれは仮初めのもの。研ぎ澄まされたままの育の神経は、戦闘が終わっていないことを如実に伝えていた。
「いい加減起きたらどうですかエドワードさん。バレてますよ」
「アラ、そうだったの? 不意打ちしようと思ったのに」
心の底から残念だと言わんばかりの声と同時に立ち上がるエドワード。首を鳴らす姿からは余裕すら感じさせる、とても魔力切れを起こした人間の挙動ではなかった。
育は警戒の度合いを引き上げる。糸を通して伝わる情報、その中でも魔力残量は吸い尽くす前と同じだけ回復しているからだ。
―――否、魔力の吸収は今も続いている。
育の目から見ても特別な動きは見せていない。しかし、魔力を確実に削り取っているにも関わらずその残量は底を見せない。バケツを手に海を枯らせようとする、そんな途方も無いイメージを育に抱かせた。
育の思考が逸れた間隙をエドワードは見逃さなかった。魔力強化を施し糸が絡まる腕を一気に引くと育の身体は軽々と宙に浮かせ、吸い寄せられるようにその腹部へと拳が突き刺さる。重い破裂音と共に吹き飛ぶ育の身体、腕甲が駆動し糸を伸ばすことによって問題なく力を逃すことに成功した。
だが―――
「ぐっ、ごほっ!」
体内からせり上がる異物感に堪らず咳き込む育。吐き出されるのは赤い液体、尋常では無いダメージを受けた事の証明だった。
育の脳裏に浮かぶのは先の一撃、拳が当たった瞬間に襲い掛かった衝撃にはズレがあった。拳を叩き込まれた時、そこから間髪入れずに加わった衝撃によって内臓器官を抉られたような痛みを受けた。
立ち上がった育はその眼をエドワードへと向ける。飄々と澄まし顔を浮かべる様子からは不調などが一切伝わる事は無い。
魔力吸収が効かなかったことは百歩譲ってまだ良い。問題なのは、エドワードの魔力は減ってもそれ以上の速さで充填されるということだ。
育にも魔力が回復するという体験自体はある。ベネトから貰った魔力を回復する薬と、睡眠による自然回復だ。
しかし、当然エドワードはそのどちらも行っていない。この場に立って戦っているだけ、身体強化などで魔力を消費しているはずなのにそれすらも回復している。
どんな手段を用いているのかは未だに分からないが、この状況が続くのならば持久戦に持ち込まれると不利になるのは明白だった。
「それなら!」
装填していたエンハンスを発動、奪った魔力も乗せた強化は通常よりも大幅な能力の上昇を起こす。繰られた糸はエドワードの左腕をズタズタに斬り裂いた、筋繊維だけでなく靭帯も一部損傷させたことによって力なく垂れ下がっている。攻撃はおろか、防御することもままならないだろう。
これで少し余裕ができるはず、そんな育の楽観的な思考は直ぐに裏切られた。
エドワードの左腕に深々と刻まれた傷の内側が沸々と泡立ち始め、瞬く間に一つ無い肌へと変貌を遂げた。試すように動かされた腕も問題ない、しっかりと拳も握れるようになっていた。
「な、なんで……」
「ごめんなさいね、こういう体質なのよアタシ」
育の瞳に映るのは腕をしなやかに自身の身体へと絡みつかせるエドワード、浮かべられている表情は実に挑発的で攻撃を誘っているようだ。しかし、魔力回復に加えて先程の異常なほどの再生能力がある限り攻撃が無効化されていると同義。迂闊には動けなかった。
そんな育の姿を見てエドワードは嘆息する、拳をゆったりと構えて腰を落とした。
「ンー、尻込みしちゃったかしら。それなら、アタシから行かせて貰うわよッ!」
一歩爆震、接近したエドワードは拳によるラッシュを放つ。育は機敏に動き回ることで攻撃を回避、しかし直ぐに間合いを詰められる。限界を悟り防御するも、ガードした箇所から伝わるのは肌を焼かんばかりの振動。
その威力は同じく肉弾戦を得意とする恋と同等かそれ以上。育は逸る気持ちを何とか抑えながら身体強化を駆使して躱す。その間も絶対にエドワードから視線を外さない。不利な時こそ状況分析は怠らず、大会前の特訓で学んだことだった。
まずは近接戦闘。これに関してはエドワードに分があることは間違いない。そも現状押されていることからも如実に見て取れる。エンハンスによる強化で膂力こそ互角だが、明確に技量差がある。無策で行うにはかなりのリスクが伴うだろう。
ならば中距離戦闘はどうだろうか。育の武器は糸、その特性を最大限生かすならば付かず離れずを保ちつつ一方的に攻撃出来る距離が望ましい。
だが、それはエドワードも勿論承知の上。近距離戦の間合いを決して逃しはしない、そうすれば忽ち自身が不利になると分かっているからだ。表情こそ澄ましているが、その戦闘の本質は獲物を逃がさない肉食獣のソレだった。
加えて、最も障害となっているのは並外れた治癒再生能力。幾ら傷を付けようが一瞬にして無に帰すその光景は自分の戦いを嘲笑われているかのよう。ついでと言わんばかりの魔力回復もコネクトによる魔力吸収では解決できない。何か特別な条件が必要な魔法を使っているとも考えたが、そもそも魔法というのは魔力を消費して発動するもの。魔力が回復する理由とはまた違っているだろう。
先ほどエドワードが言っていた『体質』という言葉が妙に引っかかる。もしかしたら、魔法とは何の関わりも無いのかもしれない。言葉のまま、傷や魔力が即時回復していく体質とでもいうのか。
そうだとしたら、ボクは―――
やめろ、考えるな。
これ以上は状況分析じゃない。思考を無理やりに押し込める。
しかし、止まらない。止められない。抑え付けようとすればするほど、加速度的に胸の中に黒が巣食う。
ボクは―――
思うように戦わせてくれない、理想の戦いに持ち運べない。戦闘の手綱を握れないことによる焦りが如実に身体の動きに現れ始める。専念していた防御にすら精細さを欠き始めていた。
真絹で徐々に首を絞められているような息苦しさ。一気に崩されるのではない、単純な力量差によってジリジリと追い詰められていく状況が更に焦燥を掻き立てる。
蟀谷に走った痛みと同時。まるで永遠を思わせるほど停滞した時間、たった一度の瞬きの内に、育の瞼の裏にノイズの走った景色が映し出される。
それは―――自分が負ける姿だった。
「―――あ゛あぁぁぁッ!」
絶叫。育から発せられた声はそう表現する他なかった。
纏う緑光を通常よりも煌びやかに輝かせながら振るわれた育の腕。想像以上の出力を受け仰け反るエドワードの表情は驚愕と困惑に染まっていた。
育は腕甲で受け止めた拳を弾き飛ばした一瞬でエンハンスを脚力に集中、地を蹴り距離を置く。目に映るのは既に立ち直り前傾姿勢を取っているエドワード。作り出した自身の間合い、絶対に無駄に出来ない。
一合目、糸による八方向からの高速斬撃。地面を抉りながらエドワードの体から肉を削ぎ落す。足を止めるには至らないが、その動きは鈍らせた。
二合目、引き戻した糸によって筋肉質の身体を貫く。これは横に転じられたことによって回避を許してしまうが、その体勢は確実に崩されていた。
三合目、再び糸を射出して足を捉える。一瞬に巻き付いたことを確認すると即座にエンハンスによるメモリアブレイクを発動。空に引き上げられたことでガラ空きになったエドワードの胴体に、跳び上がった育から放たれる必殺の蹴りが突き刺さった。
エドワードが落ちると同時、轟音が闘技場を揺する。地面には巨大な亀裂が走る様子はさながら天変地異でも起きたかのようだった。
肩で息をする育、その姿は土埃で汚れて魔法少女の装備も心なしかくたくたに見える。装甲は相変わらず健在だが、先ほどの攻めで派手に魔力を使い過ぎた。疲労と合わせて痛みがどっと押し寄せる。
一転攻勢、怒涛の攻撃に沸き立つ観客たち。だが、育にはそれを感じる余裕など無かった。
煙が凪ぐ。
中から現れた者の正体は勿論エドワード。刻まれた斬傷は瞬く間に消え去っていき、臓器が丸ごと潰されたかのように圧縮された胴体は自然と元の膨らみを取り戻す。再び正面切って顔を合わせた時、その身体は戦う前と同じ美しさを持っていた。
「……なるほど、そういうことか」
小さな呟きが吹いた風に乗る。それは険しい顔で眺めていたアルシアから発せられたもの。同じメンバーの視線は彼女へと向けられる。
「何か分かったことでもあるのかにゃ?」
「あのエドワードという男が使う魔法が分かった。多種多様な魔法形式に見せかけられているがその実、奴らが使っている魔法はたった一つ……刻印魔法だ」
それと同時刻、天才という呼び名を欲しいままにする研究者ナムコットも同じ答えへと辿り着いていた。
「刻印魔法、ですか? あの?」
「ああ、リズ君が認識している刻印魔法で間違いない」
刻印魔法。
それは魔法を発動するために必要な記号や式を物に刻むことで魔法を使う形式。事前準備さえしておけば魔力を籠めるだけで事前に組んだ術式が発動するため、その即応性の高さから重宝されることも多い。しかし物体には許容量というものが存在し、無限に刻み付けることは不可能。それ故に事前準備の重要度が大きく、どのような魔法を使えるようにするかは術者次第。戦闘で用いるためには使用者の力量が明確に反映される魔法だ。
なので、刻印魔法の使い方としてはセオリーとしては魔法に必要な記号などを刻み付けた武具を装備、そこに自身の魔法も加えて戦闘を行うといった具合だ。勿論使用者に合った刻印魔法でなければいけないが、『魔力を籠める』という単一工程だけで魔法を発動させることが出来るのは明確な強みになる。
「でも、なんで刻印魔法なんですか? 別にそんなの使ってるようには見えないですけど」
「ならば逆に問おう。リズ君ならば、あの超再生現象をどう説明する?」
「うぇ、そう来ましたか」
腕を組んで悩むそぶりを見せるリーズネット。数度唸り、頭を掻いた彼女は面を上げた。
「まぁ、順当にいくなら超能力とかじゃないっすか? そういったのありましたよね?」
「確かにそう捉えることも出来るだろう。だが、そもそもの定義を間違えている。これは魔法決闘祭だ。彼らのような者たちは出場できないよ」
「ですよねー……でも、それならなんで刻印魔法なんです? 確かに発動の兆候が全く見られないのは分かるんですけど、隠そうと思うなら幾らでも出来ますよ?」
これまでの戦闘はリーズネットも観察しているが故に疑問が出てくる。ナムコットがそこまで言い切る証拠、それが知りたかった。
そしてさも当然と言わんばかりに、ナムコットは求められていた回答を口にする。
「あのエドワードという人間は、身体中に刻印を仕込んでいるのさ」
「はぁ!?」
一気に集う視線。歓声に紛れていたとしても傍にいるの人々には問題なく伝わってしまう。思わず上がっていた腰を下ろしたリーズネットはナムコットに向き直った。
「刻印を全身に仕込んでるってマジですか? 正気とは思えないんですけど」
「ふむ? 何故だ?」
「普通は止めるでしょそんな全身武器庫にするような真似……少しでもミスれば身体が爆散、スプラッタ映画も驚愕間違いなしですけど」
「安心したまえ、そういった事は起こらないよ。どうやら彼は天然モノのようだ。いやはや、やはり生命の神秘とは宇宙の輝きにも負けない光を放つものだね」
「―――ちょっと待ってください。嘘でしょ?」
その言葉は、まるで嘘であって欲しいと言っているかのよう。
そんなリーズネットに対して、ナムコットは残酷に告げる。
「私の目に間違いはない。あのエドワード・ジャックという男の身体は、管という管が刻印魔法を発動するための記号になっている。アレはまさしく、黄金の肉体と呼ぶのが相応しい。……いや、哀れにも呪われた存在なのかな?」
口元を歪めるナムコットの視線の先で繰り広げられる戦い。打ち下ろされたパンチに対して育は腕を交差することで防御態勢をとるが通貫し胸へと突き刺さる。
衝撃と同時に体内に取り込まれていた空気の全てが放出され、受け身を取ることも無く地面を転がる育。ゼロの状態から一気に空気を取り込んだ身体は負荷に耐えきれず眩暈を誘発、一時的に視覚を著しく損なってしまう。
それを知ってか知らずか追撃に迫るエドワード、振り構えられた足は容赦無く育の腹部へと吸い込まれる。炸裂の瞬間、魔力の放出によって生み出した衝撃が伝えられ鈍く大きな音が発せられる。その威力は爆弾と遜色無く、育を問答無用で吹き飛ばし闘技場の壁へと叩きつけた。
それは恋の魔法を用いた戦闘と同じ。拳などを打ち込んだ後に魔法による衝撃を加えることで体内へとダメージを与える妙技。硬い皮膚や装甲などを問答無用で貫通するその攻撃は、相手に対して確実な損傷を与えるモノ。もしこの技術を身につけた者同士が戦うならば衝撃を流すことが出来るかもしれない。
だが、育は魔法使いになってから初めて戦闘を経験した普通の男子中学生。日常を侵略してきた魔獣との戦い、恋たちとの模擬戦闘を経てもそれは変わらない。無情にも、戦いの経験が他メンバーと比べても
蜘蛛の巣状に広がる亀裂の中心から、育の身体が零れ落ちる。
「終わり、かしらね。それなりに楽しめたわよ」
動き出す気配を見せない育。
それを見るエドワードの瞳は、どこか寂し気であった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
大変お待たせしてしまい申し訳ありませんが、決着は次回となります!
相手は超再生能力と無際限の魔力を武器とする拳闘士。第三戦、勝利が微笑むのはどちらか、お楽しみに!
では、あとがきもここまで! 最後まで読んでいただきありがとうございました!
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