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メモリーズ・マギア  作者: 雨乃白鷺
始まりの章 キミの想いが魔法になる
6/165

第5話 敵の姿

第5話です!

それではどうぞ!


「あ、危ない……またやらかすところだった」


 なんとか遅刻せずに教室に辿り着くと自分の席に座る。鞄からゼリー飲料を取り出し蓋を開けると、その中身を一気に飲み込む。

 元はと言えば体調を崩した時、買い出しに行くだけの体力がないことを想定して買っておいた物。こんな時に役立つのは少し思うところがあるが、そのおかげで今日の午前を空腹で過ごさずに済むと考えたら安い物だろう。


「……レンちゃん、大丈夫?」

「おう、大丈夫だぞー。遅刻しかけて流石に焦ったけど……」


 飲み終わったゼリー飲料のパックを鞄にしまうと葵から声がかかった。視線を向けるとその表情は少し不安そうに見える。

 

 ――まあ、いつもより遅れて教室に来れば心配にもなるか。


 そんなことを思いながら鞄から一時間目の授業に必要なものを取り出すと下敷きで自分に風を送る。全速力で走ったことで熱くなった身体を冷ますためだ。

 額に浮かんでいる汗を手で拭うと、ふと葵から視線を感じた。そちらの方を向くとなぜか葵がじっと見つめてくる。


「えーと、葵? なんかあったか」


 その視線にたじろいで質問してしまう。いったいどうしたのだろうと考えていると、葵がおもむろに口を開いた。


「汗、すごいね」

「あ、ああ。そうだな」


 そう言って再び額の汗を拭う恋。今日の天気は見事な晴天で、少し高い気温ことも相まって汗をかいてしまうのは自然だろう。

 もしかしたら汗が臭うのだろうか、女子はそういったことには敏感だと聞く。

 自分の制服をすんすんと嗅いでいると葵から腕が伸ばされる。見てみるとその手にはパックのようなものがあった。


「……何これ?」

「ボディシート。よかったら」


 ボディシート、名前だけは聞いたことはあったが一切使ったことは無かった。文字通り身体を拭くために使うもので、なにやら制汗作用もあるんだとか。


「えっと、いいのか?」

「うん。まだ余裕あるから」


 そう言うとずいっとボディシートのパックを差し出してくる葵。

 断るのも申し訳ない。ここは素直にありがたく受け取っておこう。


「ありがとな、葵」

「ん、どういたしまして」


 お礼を言うとパックからシートを一枚取り出し、制服の裾から手を入れて身体を拭く。あらかた拭き終わった頃には清涼感が満ちていた。


「お、おお……結構いいな、これ」


 心なしか汗が引いてくる気がする。こんな便利なものがこの世にはあったのか……。

 そんなことを考えていると使い終わったシートに視線を向ける。


 ――これ、どうすればいいんだ?


 初めて使った物の処理に困る。普通ならゴミ箱に捨てれば良いのだろうが、こういったものを学校のゴミ箱に捨ててもいいのだろうか。

 どうしたものかと悩んでいると、再び隣からぬっと手が伸びてきた。


「私が捨てておく」


 葵の方を見ると目が『私に任せろ』と言わんばかりに真っすぐ見てくる。なんだかいつもより僅かに目が鋭い気がした。

 

「いや、汚いし。俺が捨てとくよ」


 流石に使用済みのシートなど流石に汚いし、何よりそこまで甘えるわけにもいかないと思った。

 そう言ってシートを鞄の中に入れようした次の瞬間、恋の腕ががっしりと掴まれていた。


「……あの、葵さん?」

「私が捨てておく」


 心なしか鬼気迫るような雰囲気を醸し出す相手に思わず敬語を使ってしまう。しかも腕を掴む力が異様に強い。

 葵は善意で言ってくれているのだろうがシートを貰っただけでもありがたいので、ここはしっかりと断っておこう。


「流石にシート貰って処理まで任せるってのは」

「大丈夫、問題ない」

「い、いやいや。申し訳ないし」

「大丈夫、問題ない」

「……俺が使った後で汚いと」

「大丈夫、問題ない」


 ――うん、無理だ。恋はすっと諦める。

 同じ言葉を何度も繰り返すことに恐怖を感じたが、葵の方はどうしても引き下がりそうにない。というか徐々に掴む力が強くなっている気さえした。どうか気のせいだと信じたい。


「……じゃあ、お願いします」

「ん」


 使用済みのシートを手渡す。すると腕の圧迫感も無くなり、恋は安心から大きく息が吐き出された。

 ふと気になりちらりと隣を伺ってみれば、小さい袋にボディシートを厳重に入れて鞄にしまう葵の姿を見た。

 申し訳ない気持ちを感じ落ち込んでいると、教室の扉が開き入ってきた先生が教壇に立つ。


「よーすおはようさん。朝のホームルーム始めるぞー」


 挨拶の後に順々に名前を呼ばれ出席が確認されていく。恋はまた一つ溜め息を零した。





 放課後、次の日が休日ということもありいつもより騒がしくなる教室。そんな中でそそくさと荷物をまとめ立ち上がる。


「葵、今日も部活頑張れよ」

「……ありがとう。頑張る」


 そう言って手を振ると教室を急ぎ足で立ち去る恋。一週間ぶりの病院へと向かっていく足取りは速い。


『確か、レンの幼馴染が入院してるんだっけ?』

『おう、そうだぞ』


 病院に着くとベネトが念話で話しかけてきた。実は俺の肩の上にいるのだが、姿を隠す透明化の魔法を使って誤魔化しているため誰からも認識されていない。

 受付を済ませると慣れた道筋を辿って桐花の病室に入る。相変わらず機械に繋がれ静かに眠る少女の姿があった。


「さて今日は何から話そうかな。……ってベネト、どうしたんだ?」


 いつも通り一週間の出来事を思い出そうとするが、その思考は打ち切られる。ベネトが透明化の魔法を解除してベッドに降り立って彼女を観察するように見つめていたからだ。しかもその様子は鬼気迫るといったもので、病室の空気が張り詰めた感覚がする。


「……レン、この子いつから寝たきりなの?」

「え? えーと、俺が中学二年生のときの冬から……一年と少し、だな」


 ベネトの鬼気迫った様子に面食らうが、記憶を掘り起こし答える。すると考えるような仕草を見せること数秒後、再度口を開いた。


「この子、魔法が使われた痕跡がある」

「……は?」


 告げられたことは自身の想像を超えるもので、頭が真っ白になった。ベネトは機械のようなものを取り出すと、それで彼女の身体を触りながら言葉を続けた。


「なんだこれ……かなり古い魔法の形式だ。……ッ、この痕跡、まさか『ソウルテイカー』!? なんでこんな魔法が!?」

「ソウル、テイカー?」


 聞いた覚えの無い単語に思わず聞き返す。ベネトはこちらを向くとその顔を歪ませながらその口を開いた。


「『ソウルテイカー』。生物の(たましい)を人為的に取り出す魔法だよ」

「な……ッ!」


 その内容に頭に血が上り大声を上げそうになってしまうがここが病室であることを思い出し寸前で抑える。しかし抑えた感情が溶岩のようにドロドロと煮えたぎっているのを感じた。気づけば無意識に拳を手のひらに爪跡が残るくらいに握りしめていた。


「どういう、ことなんだ」

「どうもこうも僕もわからないよ。『ソウルテイカー』なんて魔法、その危険性と非人道的さから特級の禁止指定魔法だ。それにこの魔法に関しては魔法名と効果くらいしか資料に残ってないくらい古い魔法で、それこそ使おうなんて……思ったら……」

「……どうした、ベネト?」


 焦るように言葉を捲し立てていたベネトだが、徐々に尻すぼみになる声に思わず不安になる。当の本人はぶつぶつと小さく言葉を発しながら考え事に夢中になっているようだった。


「魂、古い魔法、魔獣を創る……。まさか……いや、そんなはずない。だって――」

「おい、おいベネト!」

「ッ!?」


 小さく言葉を発しながら思考にふけっているその様子は焦燥したようだった。その雰囲気に危うさのようなものを感じて声をかけた。余程思考に夢中になっていたのか、初めてその存在に気づいたような反応を見せた。


「……大丈夫か?」

「あ、ああ……ありがとう」


 視線を合わせながら声をかけると幾らか落ち着いたようだ。しっかりとした返事をしたことで安堵のため息が恋から零れる。

 ベネトは何度か深呼吸をすると完全とはいかないまでも調子を取り戻したようだった。


「……ごめんね。情けないところを見せてしまった」

「気にしてないから大丈夫。それより、どうすればいいんだ」


 幼馴染が眠り続けている理由が魔法によるものだと判明した今、医療は当てに出来なくなってしまった。だけど魔法によるものなら魔法で治せるはず、そう思いベネトへ問いかける。


「……申し訳ない。この子の魂がどこにあるか分からない以上、今治すのは無理だ」

「じゃ、じゃあずっとこのままなのか? 一生治らないのか!?」


 返ってきた答えは芳しくないもので酷く焦ってしまい言葉が強く出てしまう。ベネトはそれを落ち着けるように翼で肩を撫でられる。

 その所作につられるようにして落ち着く鼓動。頭に上った血が徐々に抜けていくのを感じる。


「このままだったら確かに助からないよ。でも、諦めるのも早い」

「まだ……助けられるのか?」


 その言葉を発したベネトは優しい笑顔を浮かべていた。桐花の頭の横に降り立つと、再び観察するように全身を見始める。


「この子がまだ生きているのが何よりの証拠さ。細いけど、魂と肉体を結ぶラインがまだ途切れていない。つまり……」


 言葉通りに受け取るなら、魂と肉体というのは線のようなもので繋がっているらしい。ということは。


「そのラインとやらを辿れば、桐花の魂を取り戻せる……?」

「うん。でも問題もある」


 そう言ってベネトは桐花に向き直り、いつぞやの小さな球体を取り出しそれを構えながら呪文のようなものを唱える。すると桐花の胸から青白く光る細い線が空中へと浮かび上がった。その青白い線が生き物のように動きその長さを伸ばしていったが、ベッドの淵へと垂れ下がり先端が床に着くと動きが止まった。観察してみると、まるで糸が切れた人形のように一切動き出す様子は無い。


「……やっぱり探査系の魔法は阻害されてるか。途中から先が分からなくなってる」


 その結果を見たベネトは魔法を解除したのか、青白く光っていた線は最初から存在しなかったかのように消え去った。明かされた事実に焦燥感が湧き始めてしまう。


「でも、間違いなく進展はあったよ」

「……進展?」


 ベネトはゆっくりと、それでいて力強く頷いた。


「この妨害魔法を解除すれば少なくともレンの幼馴染君を助けられることが、さ。まあ他にも問題はあるけど……」

「他にも?」

「ああいや、気にしないで。こっちの話。トウカについてじゃないから」


 小さく呟かれた言葉は俺の耳には聞き取れたため聞き直すと少し狼狽えたように返事がされた。そのことに怪訝に思うも気にするなと言われたことを気にするのも良くないと考えたため頭の片隅に置いておくことにした。


「レン、時間だよ。そろそろ行こう」 

「……もうそんな時間だったか」


 言われて時計を確認するとすでに時間は一七時を少し過ぎていた。いつの間にか時間が経っていたことに面食らうもすぐに立ち上がり椅子を片付ける。


「……桐花、行ってくるよ」


 恋は最後に努めて笑顔で一言を残すと、少女が眠る病室を後にした。





『さて、いつも通りの見回りだけど……やっぱりいるな』

『それはまあしょうがないよね。なんせ何人も行方不明になっているんだから』


 病院からその足のまま帰るついでに見回りも兼ねて遠回りの道を歩く。念話での話題は複数で見回りを行う警察官についてだった。


『特にこの時間は子供が帰宅する時間帯だからな。かなり目を光らせてる』

『警察……地球における治安維持部隊だね。何回か見てるけど、最低でも二人以上で任務に当たっているあたり安定感あるよね。羨ましいな』

『サブテラーでは違ったりするのか?』

『それはもう! 本来は二人組での任務のはずなのに、君は優秀だから~なんて理由で一人で任務を任せられることザラにあるよ。いつも人員不足なのさ』

『またずいぶんと大変だな……』


 能力を買ってくれているのだろうが任務を受ける本人はたまったものではないと思う。ベネトのしみじみとした様子に少なくとも経験があるんだろうなと察しは付いた。

 他愛もない話をしながら街を歩き、少し外れた場所にあるT字の交差点に差し掛かると赤信号のため立ち止まる。しかしその手持ち無沙汰から辺りを少し見渡すと向こう側にいる人に視線が向く。そこには制服に身を包み、白いイヤホンで楽しそうに音楽を聴く女子学生がいた。


 ――全然見たことない制服だな。この辺りの人じゃないのか。


 そんなことを考えていると横断歩道が青に変わったのが見え歩き出そうとした瞬間視界の端にとてつもない速度で進行してくるトラックが映った。

 全速力で横断歩道を駆ける。目の前の少女は恋の様子に気付いたようで怪訝そうな表情を浮かべるが、交差点に突っ込むトラックを視認して身体が固まったかのように停止していた。

 恋の脚は自然と動いていた。速度は一瞬でトップスピードにまで達し横断歩道を駆ける。


「うおおおおおおおおおッ!」


 目の前の少女を抱きしめ勢いのまま道路を転がった直後、さっきまでいた位置をトラックが通り過ぎ大きな音が鳴り響く。顔を上げれば、交差点を突っ切ったトラックは建物へとその車体をめり込ませていた。


「大丈夫か! 怪我とかは!?」

「は、はい。おかげで……」


 小さく発せられた高めの声は震えており、突然起きた出来事に何が何やら分からないといった様子だった。ひとまず助かったことに安堵のため息を零す。なぜこんな状況になったのか確認するため立ち上がり、少女の元を離れ建物にめり込んだトラックの運転席を覗いた。


「いない……?」


 運転手席はもぬけの殻だった。予想していなかった状況に困惑するが直後、脳内に声が響く。


『レン! 魔獣が現れた!』

『本当か!?』


 気付けばポケットの中にあるメモリーズ・マギアが振動してる。どうやら目の前の少女を助けるのことに神経を使いすぎて気付いていなかったのだろう。


『ベネト、少しだけ待っててくれ!』


 念話に対して返事をすると少女の前へとしゃがみ込み手を伸ばす。


「すまん、立てそうか?」

「は、はい……」


 少し潤んだような目で俺を見る少女から恐る恐るといった様子で伸ばされた手を包む。優しく立ち上がらせ、安全な場所へと誘導した。

 少女はなにやら放心気味のよう。しかしそれも時間が経つに連れて徐々に実感が伴うだろう。

 幸い外傷は見られない。このまま離れても大丈夫そうだ。


「あ、あのっ! 名前を聞いても……」

「すまん、急ぎの用事があるんだ! 申し訳ない!」

「えっ、あ、ちょっとま――!」


 静止の声がかけられるがそれどころではない状況なのでしかたないと思いつつ、やはり申し訳なさを感じながら全速力で歩道を走り抜ける。脳は既に戦闘に向けて稼働している。周囲に人がいないことを確認し路地裏に飛び込むと、目の前にベネトが現れた。


「大丈夫かい? 大変だったみたいだけど」

「肝は冷えたけど、まあなんとか!」

「ならよし。それじゃあ行くよ、影界潜行(シャドウ・ダイブ)!」


 ベネトがデバイスである小さな球状の機械を地面に叩きつけると同時、身体が沈み込む感覚が襲い掛かった。暫く耐えていると気づいた時にはここ一週間で見慣れた影の世界が視界いっぱいに広がっていた。

 直後、近くから轟音が鳴り響く。

 走って向かえば、そこには成人男性を襲う巨大なカマキリの魔獣がいた。


「な、なんなんだよおおおお!?」

「キュルァァァァ!!」


 影の世界に男と魔獣の声が響き渡っていた。それを確認するや否や全力で走り出す。そして今にも鎌を振り下ろそうとするカマキリ型魔獣に向けて飛び蹴りをかました。


「キュルッ!?」


 吹っ飛ばすまでとはいかないが、怯ませることで鎌による攻撃を中断することが出来た。それによって魔獣の意識が恋へと向けられる。


「運送していただけなのに、な、なんでこんな……」

「はいはいこれは悪い夢だからねー。目が覚めたらいつも通りだからねー」

「……はッ!? カラスがしゃ、べ……ぐぅ」

「レン、こっちは大丈夫だよー!」

「そのまま頼む!」

「了解!」


 そういうとベネトは自身の魔法を発動させ男の人と共にこの空間から姿を消す。それを見届けると警戒しているのか鎌を動かしながら唸り声を上げるカマキリ型の魔獣に視線を向ける。


「さて、昨日みたいに長引かせないように頑張りますかね……!」


 握られていたメモリーズ・マギアが変化し左腕に装着されると変身(トランス)メモリアを挿入する。


TRANCE(変身), Stand-By(待機)

「メモリアライズッ!」

Yes Sir(了解). Magic Gear(魔法機装), Set up(装着)


 赤い光と共に自身の姿が魔法少女になるとファイティングポーズを取る。

 互いに見合う形。不気味な静寂が流れていた次の瞬間カマキリ型魔獣は右腕を大きく上げると一気に振り下ろしてきた。迫る鎌を両腕で受け止めるがその威力は絶大で、足元の地面にヒビが入る。


「ぐ、つよッ……!」


 自身の籠手と相手の鎌がせめぎ合うその様子は鍔迫り合いを彷彿とさせたがそんな思考も束の間、視界にもう一振りの鎌を振り上げる姿が映った。受け止めていた鎌の力を流し、横方向から迫る凶刃を後ろに飛ぶことで回避すると大きな風切り音が遅れて聞こえて来る。

 受け止めたときの力からも、まともに喰らったらひとたまりもない。近距離戦ではあちらに分があるか。


 ――だが、こうして遠くにいるだけじゃ何も始まらない。


 恋のスタイルはバリバリの近接格闘。遠距離攻撃の手段はあるにはあるがとても下手なため、はっきり言って戦闘に取り入れることはなるべくしたくない。

 戦い方を模索する中、ふと目に映る相手の動きに違和感を覚える。カマキリ型の魔獣は腕を振り上げたまま何かを抱え込むようにして体を縮こまらせていたからだ。まるでその力を溜めているように。


 ――嫌な予感しかしないッ!


 振り上げられた腕に魔力が集う光を見て自身の勘が警鐘を鳴らした。何となく目の前の相手がしようとする行動を予測ししゃがみ込んだその瞬間、カマキリの腕が振り抜かれさっきまで頭があった位置を何かが通り抜けた。

 暫く遅れて何かが崩れたような轟音が響く。


「流石に笑えねぇ……」


 顔を上げ周りを見てみると綺麗に切断された建物群に思わず身震いしてしまう。動きを見逃さないようにするために視線を向け直すと、鎌に再び魔力が集まり輝いていた。


「それ連射できるのかよ!?」


 咄嗟に横に飛ぶ。そして遅れて鳴り響く地面を削る音。

 さっきまで自身のいた場所を見ればカマキリからその場所を結ぶように深々とした切断跡が刻まれていた。その射程距離から距離を離しても仕切り直しどころか意味の無いことが分かる。

 しかも相手の膂力は相当強く、長期戦は望ましくない。

 ならば答えは一つ。


「即攻略。近づいて、ぶん殴る……!」


 脚に力を籠めると一気に開放。肉薄し身体へと真っすぐ拳を振るうが、それは相手の鎌によって阻まれ鉄同士がぶつかったかのような音を鳴らす。そこから軽く飛び上がり回し蹴りへと派生させるが甲高い音と共に防がれる。

 抜けそうにない守り、しかし落ち着いて相手の鎌を足場代わりにして飛び退く。直後相手の鎌が集まる魔力で光り始めた光景に悪態をつきたくなるが、腕の振りを見て迫る斬撃を躱していく。


 相手の一挙手一投足を見逃すまいと目を凝らし相手の生み出す遠距離斬撃を避けていく中で冷静に分析していく。しかし現状を打破するにはもう少し相手の情報が欲しかった。

 右太腿に括られたケースからメモリアを取り出し装填する。再び相手へと肉薄し、真正面から殴りかかるも、頑丈な鎌によって容易く防御されてしまう。


「ロード!」

Loading(取得), IMPACT(衝撃)


 だが、防がれることは想定済み。パンチが防がれたと同時に魔法を発動させると、発生した衝撃によって相手の巨体が後方へと吹き飛んだ。

 しかし羽を開きゆったりとした飛行で地面に降りるその姿は大したダメージを負っていないようだ。見れば受け止めた鎌の方も傷一つ付いていない。


「効いてないか!」

「キュルルルルルルルッ!!」


 その結果を受け止めるとひと際大きな鳴き声が聞こえて来た。どうやら先ほどの一撃で怒り心頭らしい。

 そんな相手に肉薄し攻撃していくが綺麗に防がれるが構わずに連撃を仕掛けていく。そして五度目の攻撃、相手が攻撃を読んだのか完璧なタイミングで俺の拳を大きく弾かれ、その勢いで俺の体は伸び切ってしまう。それを見て好機と見たのかその鎌が大きく振りかぶられた。

 しかし、それこそが俺の求めたものだった。


「おおおおッ!」

 

 身体を無理やり元に戻し、振るわれた鎌を身を捻ることで紙一重で躱せば、相手の足元へと舞い降りる。そのままがら空きの身体――左の後ろ脚の根本へと拳を思いきり叩きつければ、吹き出す血と共に相手の身体から切り離された。


「キュルアアアアアアアアアッ!??!」


 支えを失ったことによりバランスを崩した相手。畳みかけるのならば今しかない。


「セット!」

【MEMORIA BREAK】


 機械音声の後に脚部にあるユニットが赤く輝くと同時に地面を蹴り空中で体勢を整えればその勢いのままキックを放つ。


「ぜりゃああああああああッ!」

【CRIMSON IMPACT】


 相手の胸部を捉えた攻撃はその身体を貫通し炸裂。無事に着地を済ませ振り返れば綺麗に穴が開いていた。

 暫くしてカマキリ型の魔獣が黒く染まり、塵となって空へと消えていった。

 それを見届け一息ついた時、目の前にベネトが現れる。


「あ、あれ? もう終わっちゃった?」

「おう、短期決戦を心掛けたからな」


 気まずそうにしているベネトへ向かって答えるとがっくりと肩を落とし。どうやら落ち込ませてしまったらしい。


「ごめんよ、思ったより向こうの処理に時間かかっちゃって」

「大丈夫だって。ベネトにはベネトの役割があるんだからさ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


 励ますと少しは持ち直したようで雰囲気も変わった。その様子を見ると少し微笑ましく思う。

 そんなやり取りを終えてシャドウ・ワールドから出るためにベネトに転移を頼もうとした――その時だった。


「――ッ!? 誰だ!?」

「レン? どうしたんだい?」


 視線を感じた。

 それはまるで全身を嘗め回すようで気味が悪く怖気が走る。


「おい出てこい! 見てるんだろ!」


 暗い世界を見渡しながら大声で叫ぶ。

 突然目の前の空間が歪み、ソレは現れた。


「なるほど。何に妨害されているかと思ったが……これも運命か」


 目の前に現れたのは黒いローブに全身が覆われたナニかだった。

 その黒いローブには赤い幾何学模様がまるで血管のように脈動しており、ローブのフードから覗くはずの顔は真正面であるというのに全く見えずそこにはただ『黒』があるだけ。発した声から男性であることだけがかろうじて判断出来る。

 突然現れた存在を観察していくがそこで異変を感じた。隣にいるベネトの様子がおかしかったのだ。


「ベネト……?」

「……魔獣を創る魔法だけなら、まだ分からなかった。でも、ソウルテイカーなんて太古の魔法が使われているのが分かった瞬間、あなたの存在が浮かんだ……!」


 まるで信じられないものを見るようだった。いや、信じたくなかったというべきだろうか。ベネトは目の前の存在を睨むように鋭い視線をぶつけていた。

 そんな視線を気にも留めず、ソレは自身のフードに手をかける。流れるままフードを取り払うと、今まで見えていなかった容貌が露わになった。

 綺麗な白髪に同色の長い髭を携えた深紅の瞳を持つ男性。その顔の骨格はいかにも男らしく、刻まれた数多くのしわからそれ相応の年齢を重ねていることが容易に想像できた。

 目の前に現れた老人を、鋭い目でベネトは見ている。


「どうしてですか……先生!」


 吐き出されたその言葉は、影の世界に響き渡った。


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