第19話 輝く牙、煌めく糸
お待たせしました!
今回で第3戦は終わりです!
それではどうぞ!
「フゥー……」
吐き出される息に伴い、纏う気迫が穏やかなものになっていく。そのまま消えてしまいそうなほどに静かだ。
普通ならばここで攻撃を仕掛けるのだろう。ヴァルドは構えてこそいるが目は閉じられており、隙だらけのように見える。
だが、今このタイミングにおいて攻撃することは出来なかった。反撃を喰らうという確信があったからだ。
呼吸の音が止まった瞬間、両者が動き出す。
ヴァルドが接近し脚を振り上げたのに対し、育は腕を身体の前でクロスさせ後ろに跳ぶ。そのまま蹴りの威力を利用して距離を取ると同時に反撃するが、身を捻ることで回避された。
育は再び向かって来るヴァルドを見て糸を自身の周囲に巡らせる。攻撃を糸で受けて『コネクト』を発動、そのまま魔力を吸い尽くすという算段だ。
―――その筈だった。
ヴァルドの身体に触れた筈の糸が『コネクト』の効果を発揮すること無く、滑るように避けていったのを見るまでは。
「オラァッ!」
硬直した一瞬、振り抜かれた拳が顔面へと突き刺さる。その威力は凄まじく、育の小さな身体はいとも容易く吹き飛ばされた。
地面を転がり勢いを減衰させながら体勢を立て直すと右腕を振るい、空気を裂きながら糸が邁進する。しかしやはり、その攻撃も効果を及ぼすことは無かった。当たっているはずなのに、まるで空間そのものが歪んだように糸が撓んであらぬ方向へと逸れていく。
それを受けて育が取った選択肢は逃げの一手。自分の攻撃が通じなくなった以上、下手な攻めは自身の隙を生む。時には闘技場の土を利用した目くらましなども利用しながら闘技場を駆けた。
しかし気休めにしかならないことは本人も分かっていた。『エンハンス』で身体能力を強化することは出来るが、それでも相手と決定的な差になることは無い。
それよりも主武装である糸の攻撃が通用しない事が何よりも問題だ。
考えられるとすれば一つ、ヴァルドが纏っている赤色の魔力の輝きだ。
身体能力の強化で発せられていた時とは明らかに違うことだけはその見た目からも分かる。使っている魔法が違うということを考え付くのにも時間はあまり要らなかった。
育は以前から思っていたことがある。地球でエノ・ケーラッドと戦っていた時は少し気になる程度だったが、サブテラーにやってきて様々な魔法に触れることでそれは半ば確信に変わっていた。
ヒト一人が使える魔法の種類には、どうやら制限があるらしい。
詳しい理屈は分からない。だが攻撃系の魔法が使えないベネトなどを筆頭に、決闘祭に出場した魔法使いたちを見ていると、使える魔法になんらかの制限があることを察することが出来た。
ベネトは言っていた。魔法とは、自分の想いが形作るモノだと。それはつまり、そのヒトが抱く想いに則した魔法しか使えないのではないか?
魔法使いになるための道具、メモリーズ・マギア。使える魔法が5つというのは、そういった制限があるのだと考えられる。
とはいえ、育は魔法に対しての知識なんてほぼ無いに等しい。それこそ魔法少女になった際に与えられた情報くらいだ。どういったヒトがどんな魔法を使えるかなど分かるはずもない。
「オラ! オラッ! オラオラオラッッ!」
「ぐぅっ……!」
育がそんなことを考えている間にも猛攻は続く。形勢は不利、逆転するには得られる情報から魔法の効果を突き止めるしかない。
どんなに小さなことでもいい、何か切り口になるようなことは無いか。
攻撃を掻い潜りながらヴァルドの一挙手一投足を逃さす観ていると、ある部分が目に付いた。
遠目からだと分からなかったが、ヴァルドの身体が赤く見えていたのは体表面に展開されていた膜によるものだった。そして、その内側に毛皮の部分に黄色い埃が付着していたのだ。特に腕と脚に見られることから、育の闘技場の地面を切り出し投擲する攻撃を迎撃する際に付着した土埃だと思われる。
その時、育に光明が差し込んだ。
それは行く先も分からない暗闇に灯った小さな光かもしれない。少し間違えれば消えてしまうほど弱い光だが、賭けてみる価値は十分にあった。
風を鳴らして迫り来る拳を、元々小さい身体を更に縮めたことで回避することに成功する。そしてがら空きになったヴァルドの脇腹に狙いを定め正拳突きを放った。
魔法による強化と体勢を戻す際の上向きの力を加えた、育にとっての渾身の一撃が炸裂した。
地面を削りながら後退するヴァルド。しかしその体勢は崩れることなく、どこか楽しさを感じさせる表情を浮かべていた。
「へぇ、肉弾戦もイケるのか」
「……ッ、手応えはあったと思ったんですけど」
「良い一撃ではあったぜ? だがそれ止まりだ。んな軟い攻撃で俺を倒せると思ってたなら笑っちまうぜ」
拳から伝わった感覚では確かに手応えあったが、それが硬すぎたのだ。砂が詰まったサンドバックでも殴っているんじゃないかと錯覚するほどに。
その頑丈さを突破するには、さらに強い攻撃――メモリアブレイクを使うしかない。
幸いと言うべきか、狙い目はある。ヴァルドの身に纏う防御の魔法は、紗百合のように”反射”しているわけでは無い。膜越しとはいえ糸が触れることが出来たのがその証拠だ。
一見同じようにだが、この違いはかなり大きい。特に、糸という武器を使う育にとっては勝敗に直結するほどに。
育は静かに息を吐き、思考を整理する。
まず、自身の糸による攻撃は通用しない。つまり肉弾戦をしなければならない訳だが、特訓の成果でマシにはなったとはいえ、とても本業に勝てるほどでは無い。それに加え、狼人が持つ素早さと鍛え上げられた身体の硬さが攻撃の効果を著しく減衰させる。果たして自分に勝ちの目などあるのだろうか。
―――いや、とうに勝機は見つけている。
ただそれに伴って払う代償が余りにも多く、見て見ぬフリをしているだけだ。我が身可愛さに、ただ逃げているだけ。
“何かを得るには、何かを捨てなければならない”
それは『浮泡育』という人間が作り出された原点。奥底に染み付いた指向性。死ぬほど嫌いな呪いで、何よりも愛おしい呪いだ。
深く息を吸い、吐いた。
目的を設定し、それを達成するために必要な事柄を列挙してプロセスを組み立てる。そこに感情は含めない。ただ自分にとって実現可能か、そうでないかだけを判断材料にして振り分けていく。
目指す場所が決まり、方法が決まった。ならば、後は行動に移すだけ。
育は強化した脚力でヴァルドに駆け出し、ある程度の距離が縮まったところで『プロテクション』を装填、そのまま発動させる。ドーム状の防御壁は2人を囲み、完全に外界と遮断された。
「……なるほど、考えるじゃねぇか」
緑色のカラーフィルターが掛けられたような世界の中、ヴァルドはいち早く育の思惑を読み解いた。
これはリングだ。育が同じ場の戦いへと引きずり込む為の、さらに狭い決闘のフィールド。これによってヴァルドは自慢の脚による加速を乗せた攻撃を放つことが出来なくなったのだ。
「だがいいのか? この状況、近接戦の本領だぜ」
「ええ、それは分かってます。でも、これがボクにとって一番勝てる見込みがある」
「嘗めてる……って訳じゃねぇな。お前の目は、本気で勝ちを狙いに来てるヤツのそれだ。ちなみに聞いてもいいか? どんな心境の変化だ」
育は先んじて拳を構え、ヴァルドの瞳を真っ直ぐに射抜き言い放つ。
「覚悟を決めた。それだけです」
「―――なるほど。女々しい野郎ってのは撤回するぜ。ちゃんと男じゃねぇか、お前」
「いえ、可愛いのは誇りに思ってるので撤回しなくて結構です」
「……それだけは分からねぇわ。ま、やり合う前に言っておくが―――近接戦で俺に挑むこと、後悔しろ」
ヴァルドが小さく息を吐き出すと緩みかかっていた空気が一気に張り詰める。
そして拳を構えた瞬間、火蓋は切られた。
地面を凹ませるほどの一歩を踏みしめた回し蹴り。周囲の空気を巻き込み、台風とさえ錯覚してしまうほどであるその一撃を、育は自身の籠手で受け止める。
脚甲と籠手が激突して重厚な金属音を響かせる。不快感すら感じさせるその音はやけに脳に響いた。
しかし余韻に浸る間は無い。ヴァルドは蹴りの反動と魔力の放出を利用して空中で身体を回転、そのエネルギーを利用して更なる蹴りを放つ。曲芸師も真っ青なその身のこなしに不意を突かれ、続く二発目の蹴りは胴元へと突き刺さった。
まるで皮膚が直接火にかけられているような感覚に、芯を砕かんとする激痛が身体を駆け巡る。
だが、育にとって身体の痛みなど今更止まる理由になりはしない。根性で耐え抜くと無防備なヴァルドの胸部に拳を振り抜き、その身体を自身が張った防御壁へと叩き付けた。
「ぶッ……、ハッ、ハハハッ!! やるじゃねぇかこの野郎ッ! 俺ァ上がってきちまったぜ!」
「はぁ……はぁ……っ、おぉぉぉっ!」
口元から零れる血を拭いながら、ヴァルドは高らかに笑う。まるで新しい遊びを見つけた童のような、純粋な瞳でもって自身の敵を見据えていた。吐き出すような声を発した育も口端が吊り上がっており、この戦いを楽しんでいるようである。
そして再び、両者は交錯した。
胸倉を掴み合いながらの殴り合いような戦いに闘技場は沸き立つ。終始苛烈な攻めを見せるヴァルドに、受けから反撃の機会を伺う育。血を流しながらも互いに一歩も引く様子を見せないその戦いは、見る者たちを熱狂の渦へと落とし込むには充分な魅力があった。気が付けば、割れんばかりのコールが2人に降り注いでいた。
「ウオォォォッ!!」
「はあぁぁぁっ!!」
唾ぜり合う脚甲と拳。叫びに合わせ魔力が注ぎ込まれたことにより発生した爆発的な力、その反動によって二人の身体が壁に叩きつけられる。
時間が経つごとに両者の動きは鋭くなっていくことに比例して、互いの魔力消費は甚大なモノとなった。
育の場合は、『プロテクション』の維持と真正面からの近接戦闘を行うだけの身体強化。ヴァルドの場合は、物理攻撃以外を拒絶する障壁魔法『輝く牙』の維持と身体強化。常時魔力を使い続ける2人の戦い方は、水貯めの栓を抜いた状態に等しい。魔力切れによる戦闘不能は、すぐ目の前に見えていた。
故に、次の一撃で決めようとするのも当然の帰結といえよう。
「銃身に込めた我が肉体、撃ち出す刃は神をも殺す!」
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
赤と緑、二人の魔力が爛々と輝き大気を揺らす。言葉通り、残存魔力を全て用いた最後の一合。この一撃で勝敗が決まるのだ。
両者、拳を引き絞り肉薄する。迸る魔力から相手を昏倒に追いやるに十分な威力を持っていることは容易に想像できる。
タイミングは同時。このままでは攻撃を喰らった後どちらが耐えているかの勝負になるだろう。
しかしヴァルドが求めるのは勝利。引き分けの可能性など必要ない。
「纏う戦衣は火花を散らす!」
その言葉と共に、ヴァルドが身に纏っていた魔力の膜が弾け光を発する。たった一瞬ではあるが、極限まで集中していた最中に起きたことだ。効果的に機能するだろう。
その予想通り、育はその光に目をやられてしまい一時的に態勢を崩していた。
取った、確実に。ヴァルドの脳裏には育が吹き飛ぶ明確なビジョンが浮かぶ。あとはこのまま必殺の一撃を叩き込むだけでそれが実現するだろう。
身体の捻りを解き放つ。振り絞られた拳は弾丸のように突き進み―――
―――ヴァルドの身体が、宙を舞った。
(な、ん……)
何故だ。自分の方が速かったはず。それなのに、なぜ自分が喰らった?
ぼんやりと恐ろしく緩やかな世界を見渡していると、視界に一筋の光が差し込む。
否。それは光に反射して煌めく一本の糸だった。それが地面とドームを繋ぐように真っすぐ張られている。
それを見て徐々に身体の記憶が追いついてくる。腕を振り抜こうとした時に何かが引っかかり、それ以上拳を進めることが出来なかったことを思い出した。
育は糸を張ったのだ。ヴァルドの振り被られた腕、その肘が伸び切る前の場所に。
このドーム型の防御壁も、最終的には自身の糸を保護色で隠すためだったのだ。
そこでヴァルドの意識は途絶え、身体が地面へと落ちた。動き出す気配は無い。
育は震える足に鞭を打って立ち上がり、握り拳を上に掲げる。
正面衝突の大激闘が終わった瞬間であった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
祝、2回戦突破! これで準決勝進出ですよ! このまま恋たちには勝ち進んで行ってもらいたいですね! 目指せ優勝!
次話ですが、2回戦の残り2戦のダイジェスト、そして準決勝で戦うチームとの出会いになります。ぜひお楽しみに!
では、あとがきもここまで! 最後まで読んでいただきありがとうございました!
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