第18話 2回戦第3戦 育vsヴァルド
お待たせしました! 第18話となります!
あ、タイトルは間違えてませんのであしからず。本文を読んでいただければ分かると思います。
それでは、どうぞ!
2回戦、第2戦。
桐花の相手である少女は猫人のエレガトロ。小柄な体躯に桃色の毛色、頭の頂上には1対の獣のような耳が生えており、吊り上がり気味の目と背後に揺れる尻尾は猫を思わせる。身体そのものは純粋な人間に近いが、それ故に人間ならばあるはずの場所に耳が無いことや獣のパーツが異彩間を放っていた。
そんなエレガトロだったが……現在、彼女はその目に涙を浮かべながら桐花から逃げまくっていた。
「あはは! 待てー! その耳モフらせろー!」
「な、なんでウチはこんなヤツの相手をしなくちゃいけないんだにゃーッ!?」
和やかさを感じる雰囲気とは裏腹に、辺りの光景は凄惨たるもの。あちこち陥没し、抉れた地面からその戦闘の激しさを物語っていた。
「ぐ、愚者に破壊の鉄槌を!」
エレガトロの詠唱の後、その視線の先にある桐花の身体が不可視の力によって地面へと縫い付けられる。それは徐々に圧力を増して押し潰さんとしていたが、『グラビティ』を発動させると相反するように重力を操作することで打ち消した。
「ふむふむ。なかなかどうして、上手く動けているじゃあないか」
観客席の1つ、決闘がほどほどに良く見える中段に座るナムコットは上機嫌に告げる。視線の先には自身の得物である機械刀を自在に操り戦う桐花の姿があった。
「普通に戦えてますね。本来ならかなり厄介な相手の筈なんですけど」
「使ってる魔法が同じなら、出力や技量勝負になってくるのだが……彼女にはそういった心配はあまり要らないようだ。手足を動かすように魔法を使えている。まぁ、そうでなくては困るのだが」
「……博士、折角の決闘祭なんですから少しは楽しんだらどうですか? 分析ばっかしてると、思考機能が低下しますよ」
「心配には及ばない。そもそもリズ君は知っているだろう。私にはそういった――ングッ」
「はいはい。それは言わないようにしましょうね」
リーズネットは自身が持つカップに入った氷菓子をスプーンで一掬いすると言葉を遮るようにナムコットの口に突っ込む。表情は変わらないながらも咀嚼する彼の様子を見ると自身も氷菓子を口に運んだ。
「まぁ、リズ君の言うコトも一理ある。少しばかり休めるとしよう」
「そうそう。生物だろうと機械だろうと、動かしっぱなしは動作不良の原因になります。程よく休めて油を差すのが良いんですよ」
「そういう割に、君の方は少しばかり油を差し過ぎな気もするがね」
何気なく発せられたその言葉に反応し、リーズネットの額に青筋が浮かぶ。どこか彼女の周りの空気が揺らいでいる様に見えた。
「……博士、それは私がデブって言いたいんですか?」
「は? なぜそうなる? ……ああ! 機械油と脂肪をかけたのか! ハハハハ!! くッ、流石リズ君だ! 今回は私を嗤い殺す気なのか!? クハハハッ!!」
「ふんッ!」
「ごぱぁっ!?」
リーズネットの拳がナムコットの鳩尾へと突き刺さる。その時発生した打撃音は研究職の人間から放たれたモノとは到底思えない鈍い音で、突き刺さる周りの観客たちの視線を愛想笑いで乗り切った。
「き、キミって奴は、どうして手が真っ先に出てしまうんだ……」
「博士、女っていう生き物は基本的に体つきに関する話が禁句なんですよ。というか今でもまぁまぁ細いんで大丈夫です! ……って痛いッ!? 私の三叉神経がぁぁぁ!?」
ヤケになって氷菓子を一気に摂取した反動で発生した頭痛に苛まれるリーズネット。勝手に自爆した彼女を見てナムコットは溜息を吐くと決闘に意識を戻す。その瞳に映ったのは、桐花の機械刀の反りの部分がエレガトロの首裏に叩きつけられ、決着がついた瞬間だった。
「よし、同系統の魔法を使う相手との戦闘データは取れたな。あとは出力限界がどの程度か確認出来れば何も言うことは無いのだが……」
「いってて……そういえば、なんでこっちでデータ収集なんてし始めたんです? わざわざ地球からサブテラーに来させる意味なんてほぼ無いのに」
「何事も保険というものが必要なのだよ。地球で起きた『事件』についての資料は読んだだろう?」
「博士に読めって言われたからっすけど。……あぁ、そういうことですか」
リーズネットが読んだ資料。それはエノ・ケーラッドが起こした一連の事件についてまとめたものだった。地球への無断渡航から始まり、負った損害、現地協力者である恋たちの情報や戦闘まで仔細な情報が書き記されていたのがその記憶に残っている。
その中でも特に目に付いたのは、被害者欄にあった柊桐花という少女の注釈。エノ・ケーラッドの手によって計画の中枢に据えられ、アルカエスの花に取り込まれたということだった。
ナムコットの行動原理、それは研究のため。彼はただその一点にのみ焦点を当てて活動している。助手として扱き使われているリーズネットは、誰よりもそのことを知っていた。
理想郷に咲くと言われる夢幻の花、アルカエス。そんなものに取り込まれたのだ。今は何ともないようだが、今後どんな影響が出てくるのか分かったものではない。データからそう言った今後の変化を予測しようということだろう。
いや、それだけではないだろう。他にもまだあるはずだ。
根拠は特に無い。しかし今までナムコットの助手をしてきた経験から、リーズネットは信頼にも似た思いを抱いていた。ただ、それ以上思考が先に進むことは無い。
ナムコット・キット・クロックワーク。新たな魔法理論を幾つも提唱し、それまで魔法を使うことが出来なかった生物でも魔法を使えるようにする『簡易魔法キット』を発明した希代の大天才。その名は既に最新の教科書に載せられるレベルだ。そんな彼の思考にどのような思惑があるか、ただの人間である自分には到底計り知れるモノではないことなどリーズネットはとっくに察していた。
ただ1つだけ。普通の人間である自分でも分かることがあるとするならば。
桐花と予定では来るはずではなかったはずの紗百合も含め、5人がこの星に来たことにはデータ収集とは違う意味があるという事だけだった。
周囲の声が突然湧いたことを思考に耽っていたリーズネットの聴覚が捉える。決闘の場に視線を移せば修復作業は終わり、第3戦目を担当する育が入場しているところだった。
「それにしても順調っすね。このまま優勝まで行っちゃうんじゃないですか?」
「へぇ、随分と高評価じゃないか。やはり先輩として、後輩は気になるかい?」
「そんなんじゃないですよ。何も思うところがないって言ったら……まぁ、嘘になりますけど」
「……ふっ、そうか」
じろり、とリーズネットの瞳がナムコットを捉えると意地悪い笑みを張り付けた顔があった。何故か底知れぬ羞恥が沸き上がり、自然と体温が高くなるのを感じる。
「あーもう、話戻しましょう! 博士から見て、どのくらい優勝出来る確率あるんです?」
「ふふ、そうだね。まぁ実際のところ、私が想定していたよりも彼らは良く戦えている。魔法の戦いは精神力の戦いとも言われるが、彼らの精神力を少しばかり見くびっていたらしい」
だが、とナムコットは続ける。
「今回の決闘祭では少ないが、それでも名のある強豪がいないわけでは無い。レン君たちは運良く当たらなかったが、勝ち進めば自ずと戦うことになる」
「次の準決勝だと『ヘイズリッジ』。決勝だと、『クラスト・ロッズ』か『グリモワール』。そう考えると、魔法使いになってから短いあの子たちにはなかなかハードですね」
ポケットに仕舞い込んでいたトーナメント表を開き、恋たちが勝ち進んでいた先を目で追いながら呟く。
『ヘイズリッジ』は闇属性を操る魔法使いで構成されたチーム。一方で『クラスト・ロッズ』は杖を使う魔法使いで構成され、『グリモワール』は魔導書を使う魔法使いで構成されているチームだ。
『ヘイズリッジ』と『クラスト・ロッズ』は過去の決闘祭で優勝経験があり、『グリモワール』は今回初出場だが遠征星団に最年少で認定された少女たちだ。リーズネットは決闘祭前に調べていた情報から、その3チームが注目株であることを知っていた。
「チームで強いのはそこら辺だろう。しかし当たり前ではあるが、魔法使いには個人で強い者もいる」
リーズネットはナムコットが見る先に視線を合わせると、そこには育の対戦相手である灰色の毛並みに身体を覆い獣耳を頭に生やした男が立っていた。身体にはチェストプレートと脚甲が装着されており、それ以外はただの衣服に見えることからかなり身軽な印象を受ける。
狼人。丈夫な肉体と俊敏さが特徴で、友好を尊び情に厚いが好戦的な個体が多い種族だ。決闘祭など戦いが関わる催しで見ないことは無いことからも分かりやすいだろう。
そしてこの種族は好戦的であるが故に、戦闘の実力が高い者が多いことが知られていた。
「さて、イク君は果たしてどこまでやれるのか。楽しみだ」
カメラのレンズを引き絞るようにナムコットの眼が細められ、変身を終えた育に焦点が当てられる。その時の彼の表情は発した言葉通り、無邪気な子供のような笑顔が浮かんでいた。
決闘開始の宣告が会場に響き渡った時、始めに動いたのは狼男のヴァルド。鍛え上げられた健脚から生まれる膂力により一瞬で育に肉薄し、赤色の魔力が雷のように迸る脚を引き絞っている。
育はその攻撃の狙いが頭部であることを察知すると『エンハンス』を発動し身体を強化。機械武器を装備した右手を攻撃が予測される軌道上に差し込み、左手で支えることで受ける体勢を整えた。
ヴァルドのボレーキックが炸裂する。身体を駆け抜ける衝撃に顔を歪める育だったが、直ぐに持ち直すと『エンハンス』で腕力を最大まで強化し、攻撃を真正面から弾き返した。
育は内心、手応えをを感じていた。
ヴァルドの攻撃は確かに強力ではあったが、様子見で力を加減されていると考えても全く歯が立たないわけでは無い。先の1撃は正面からぶつかり合ったが、これ以上強い攻撃なら受け流すことで対処可能だ。
着地したヴァルドと右腕を構えた育、2人の視線が交錯する。
「ふはッ! なんだなんだよ! 女々しい野郎だと思ってみれば、しっかり戦えるじゃねぇか!」
「ボクだって、負けたくて戦ってるわけじゃないのでッ!」
ヴァルドは向かって来る糸を身軽な動きで躱し、叩き落としていく。しかし数ある内の1本がその体に触れた瞬間、力が抜けるような感覚に襲われる。その感覚は彼も良く知る、魔力が減る感覚そのものだった。
『コネクト』。糸で繋げた対象から魔力を奪うことも、逆に与えることもできる育の魔法。その効果は育が離そうとしない限り離れることが無い、まさに初見殺しといえるモノ。1回戦はこれで対戦相手の魔力を吸い尽くし戦闘不能へと追いやったのだ。
そして今回もその目論見通り、ヴァルドの魔力を順調に吸い上げている。このままいけば魔力枯渇による戦闘継続不能状態へと持ち込むことが出来るだろう。
「悪くねぇ戦法だ。しかしなぁ……浅いんだよ、ルーキーがッ!」
――それが、並大抵の相手であったのならばの話だが。
肉を裂く音と共に鮮血が舞う。
育は糸を回収し、信じられないモノを見たとばかりに目を剥いた。なぜならば――視線の先には、腕から大量の血を流すヴァルドの姿があったからだ。
ヴァルドはしたことは至極単純。自分の手で、育の糸が繋がった箇所を抉ったのだ。
彼の身体から切り離されたソレは最早ただの肉。生物ではない以上、魔力を吸収することは出来ない。
育の『コネクト』は繋がる魔法だが、それは表面上でしかない。繋がっている箇所が切り離されればそれはほぼ意味を失う。攻略法としては最適解に近い
だが果たして、それを瞬時に決断できるだろうか。先の攻防で育の糸が頑丈なモノだと判明していたとしても、だ。
戦闘における瞬間的な状況判断を下すことが出来る勝負勘を持つ。
それが狼人。それがヴァルドという男だった。
軽く動かされたヴァルドの首から、小気味の良い音が発せられる。血を流しながらも平静なその姿は、まるで痛みなど感じていないのではないかと思わせるには充分だった。
「さっきの攻撃。表面に留まらせずにぶち抜くか、そうでなくても絡め取るなりすりゃ、俺は腕を切り落とすしかなかった。負けないためにはな。流石に俺も片腕を失えば動きも鈍る。……だが、お前はそうしなかったな?」
「……ッ」
金色の瞳に射抜かれた育は右腕を咄嗟に右腕を構え、息を飲む。
その言葉は何処までも真っ直ぐなものだ。恐らくだが、ヴァルドは言葉の通りに実行するだろう。
明確な根拠など無い。ただ、育はヴァルドの瞳を見た瞬間、心で理解したのだ。
そのせいか、育の目にはヴァルドの身体が荒々しくも神々しい雰囲気を纏っているように見えていた。
「魔力が吸収されると分かった以上、もうその攻撃方法は通用しねぇ。全てを捌き切って、お前に叩き込んでやる」
――いや、雰囲気ではない。
目の錯覚かとも思われたが、実際にヴァルドの身体が輝いていた。鍛え上げられた身体に纏われた赤色の魔力は、宝石のように煌びやかである。
育は悟った。先ほどの攻撃は、彼の実力の欠片も発揮されていなかったのだと。
そしてこれからが――本当の戦いなのだと。
「――――『輝く牙』、その身で味わえ」
右半身を前に、腰を落として曲げられた右膝の上に右ひじを乗せ、左半身は脱力する。
育を見るその瞳は、闘争心に溢れていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
桐花の試合を楽しみにしてくださった方、申し訳ありません……。彼女の見せ場はこの先なので、今しばらくお待ちください。
さて、育君のお相手は狼男ですね。
いやーいいですよね、狼男。私としましては、狼男の場合ですと狼に近い方が好きです。いかにも野性溢れる、って感じで。
みなさんは人間にケモ耳が生えた位が好きなんですかね? そういったことも感想で気軽に言っていただけると嬉しいです。
さて、あとがきもここまで! 最後まで読んでいただきありがとうございました!
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