表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メモリーズ・マギア  作者: 雨乃白鷺
混沌の章 魔法少女決闘祭
52/162

第17話 戦いの場に、風は鳴る

遅れて申し訳ありません!

今回で2回戦1戦目は終結となります!

それではどうぞ!


「――ッ!」


 紗百合は歯を食い縛り、飛びそうになった意識を無理やり引き戻す。

 身体が空へと昇って行く感覚に襲われながらも器用に空中で身を翻し、明瞭になった視界にアルシアを収めると魔力弾による弾幕を敷く。盾は再結合させ面積を増やし傍に置くことで防御の


 それを一瞥したアルシアが取った行動はたった1つ、杖を真横に振るだけ。

 ブォン、と空気を薙ぐ音が鳴った直後、その延長線上にあった魔弾が掻き消えた。


 それを目の当たりにした紗百合の肩口から脇腹に向けて全身を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。そのまま吹き飛ばされ頭から地面に叩きつけられるかと思いきや、吹き飛ぶ方向に合わせて後方宙返りをすることで地面を削りながらも無事に着地を成功させた。


 口の中に溜まった液体を吐き出してから口元を拭う。舌に広がっていた鉄のような味から見るまでも無くそれ血液だということが分かる。先の攻撃で内臓がだいぶ痛むが、我慢できないほどでは無いと結論付けるとその思考を自身が受けた攻撃に向ける。


 初撃は眩暈に襲われたかのような視覚の歪みと耳鳴りがしたかと思えば攻撃を喰らい、2撃目は自分の攻撃を全て打ち消されて攻撃を喰らった。それらに共通しているのは、アルシアが杖を動かしたタイミングで起こったということ。攻撃される前の一瞬だったとはいえ、歪んだ視界の中でもそれだけは認識していた。


 アルシアが武器とする杖、その先端に鎮座しているのは煌々と輝く緑色の石。その色は以前ナムコット博士から学んだ風属性の象徴だからだ。

 加えて紗百合が注目したのは自身を襲った視界の歪みと耳鳴り――ではなく、攻撃を受けた時とその後にあった。

 

 攻撃を受けた時、全身に感じたのは巨大な鈍器で殴りつけられたような感覚。例えるならば、壁に向かって全力で走りそのまま衝突したかのようなもの。

 加えてその後に感じた吹き抜ける風の動き。魔法の攻撃に巻き込まれた周りの空気が一気に移動したと考えれば納得できる。

 不可視で高威力、弾幕を消し去ったことから範囲も広い。紗百合はそれらの情報から、アルシアの使う魔法は風属性の魔法であると推測した。


「なかなかやりますね。決めるつもりで放ったのに」

「あんな啖呵切ったんですから、簡単には倒れませんよ。私もそれなりに良い1発が入ったと思ったんですけどね」

「さっきのは結構堪えたわ。こう見えても頑張って耐えているのよ? お腹を狙うなんて酷いのね」

「……それ、見えない攻撃をしてくるアルシアさんがいいます? 風属性の魔法ですよね」


 目を細める紗百合に対してアルシアは意外そうな表情を浮かべる。


「あら、もうバレてしまったのね。『星の息吹』っていうの。素敵な魔法でしょう?」

「随分と綺麗な名前ですね。アルシアさんにぴったりだと思いますよ」

「そうかしら? ありがとう」


 くすくす、と口元を隠して笑う姿からは気品と余裕を感じられる。慢心とも捉えられないその様子だが、紗百合は自信から来るものだと分かっていた。

 魔法によって風を発生させているのか、この空間に存在する空気を操っているのかは然したる問題ではない。注意しなければならないのはその威力と範囲、何よりも発生のタイミングだ。ただ後者の方に関しては杖が動きと連動して発生していることから予兆は感覚で掴むことが出来る。


「ふぅー……」


 紗百合は深く呼吸を吐き出す。利き手である右手で柄尻に近い部分を握って左手は自然な形で柄に添え、合わせ右半身を引き腰を少し落とす。

 先ほどまでとは違うそれは槍の構え。彼女が祖父である龍玄に教わったモノである。


 スロットに装填した魔法の1つ、『チャージ』を発動させると杖に表示されているゲージが2段階進む。

 一瞬の静寂の後、破裂音に似た音が紗百合の足元から鳴ると同時に柄尻側に現れた魔法陣から蓄積された魔力が火を噴き、瞬く間にアルシアの目の前に位置取ると鋭い突きを喉元に放つ。

 それは韋駄天の如き1撃。音すら置き去りにする攻撃だった。


 しかしそれは不発に終わった。確実に捉えたと思われた攻撃は、アルシアの首横を過ぎ去っていたのだ。


 ただ紗百合は見逃さなかった。自身が動き出した瞬間、アルシアがその手に持つ杖が僅かに真横に振られていたのを。そして、自分が突き出した杖に横向きの力が加わり空気が動く感覚を肌で感じた。

 ――ようやく、反撃に出る下準備が整った。


 杖を引き戻す動作に合わせ放った蹴りは後退され躱されるが、引き戻した杖を即座に構え直し間合いを詰めると心臓に向かって突きを放つ。アルシアも杖を構え防ごうとするがそれ自体がフェイントだったようで、瞬時に方向を変えた穂先が左の太腿へと突き刺さった。


「ぐッ……!」


 その痛みに崩れるアルシアの身体。頭上に迫る縦薙ぎに対して杖で応戦し迫り合いが発生するが、先ほどの攻撃が的確に力を伝える場所を貫いたようで踏ん張りが効かず押し潰されるようにその身体を縮めていった。

 それに加えて紗百合は『チャージ』の魔法で魔力を溜める。開放した際の膂力でそのまま圧し潰そうと画策していた。


(……これほど、とはね。長生きも悪くない、か)


 アルシアは身体強化の魔法を使って膂力を高めることで対抗しているが、元来身体強化の魔法とは対象とする肉体の頑丈さにその倍率を左右される魔法だ。元々身体が弱い者が魔法で身体強化を行っても、大した強化をすることは出来ない。下手をすれば身体の方が耐えられずに破裂してしまうからだ。


 『星の息吹』を発動させるための条件自体はいつでも満たせる。しかしこれだけ近付かれていては魔法の特性上自分を巻き込むことになりかねない。細かい調整はやれないことは無いが、その程度の規模だとどうしても小細工や決定打に欠けるモノばかり。その瞬間に相手の攻撃が自身を捉えることは想像に難くなかった。


 何より想定外なのは、紗百合の槍術が相当の練度を誇っていることだった。

 今まで生きてきた中では近接戦闘も経験している。それらに対処するために杖術も身に付けてはいたがあくまで遠距離からの範囲攻撃を専門としていた。

 しかし、それよりも紗百合の槍術の方が上を行っている。自身の身長よりも大きい鍵杖を、近距離であるにも関わらず自在に操っていることからその技量の高さが伺えた。


 人間である紗百合が、エルフである自身に1分野とはいえ勝っている。

 そんな現状を認識して、彼女の表情には笑みが浮かべられていた。


 数百年単位で生きてきたアルシアだが、背丈が大人の膝くらいしか無い頃は”息苦しい”と”感じていた。

 魔法の才は同年代と比べて突出しており、学校では好敵手など存在しなかった。誰もが”アルシアさんには勝てないよ”と初めから勝つことを諦めている者たちだったのだ。何時しか同族だけで構成された森の国はその蒼い眼にとって鳥籠のようにしか映らなくなった。

 それ故か周りの皆がその気持ちを分かってくれることは無かった。森で緩やかに過ごし一生を終えることがエルフにとっての当たり前の常識であるし、何より周りがアルシアの才能に一歩引いてしまっていたのだ。


 ただそんな環境の中でも、彼女の両親だけは理解する努力をした。世迷い事だと決めつけず、話を聞いた上で”生き方は自分で決めなさい”と言ったのだ。

 そして同族の中でも成人として自立した時、最低限の持ち物を植物から作られた袋に詰め込み、相棒である杖を手に旅に出た。


 初めて森を出た瞬間、完結していた世界が一気に広がった。その瞬間は今でも鮮明に思い出せる。陽の光は植物の緑を通したものではなく、連なる山々が遠方に聳え立ち、呼吸は鮮烈で、感じた風は歌っているようだった。


 そして旅の中で、長寿であるはずの自分よりも卓越した技能を持つ他種族の者たちを知った。時には得意と思っていた魔法に関してですら敗北を認めざるを得ないこともあった。

 そうした出会いを通して、生命の輝きを知った。


 長く生きるかは重要じゃない。限りある生の中でどれだけ輝けるかが重要なのだ。

 アルシアが出会いと別れを繰り返す中で得た、1つの答えだった。


 その輝きを、アルシアは紗百合からも感じている。

 小さい身体にこれほどの実力、途轍もない密度で生きてきたのだろう。その姿は目が眩んでしまうほど眩しい。


 アルシアはあまり戦闘が好きではなかった。今回の決闘祭に出場したのも、旅の縁で知り合った『C.o.C』のリーダーから頼まれたのが切っ掛けだ。

 しかし今回は違った。紗百合と魔力弾を撃ち合う度、心が震えるような感覚がアルシアを揺さぶる。『星の息吹』はもっと温存する予定だったのだが、昂る気持ちを抑えることは出来なかった。それでも耐え切り、限られた情報から分析して、勝利を目指して一直線に向かって来る。それが自分にとってどんなに嬉しいことか。


 この時間が永遠に続けばいいのに、そんな思考がアルシアの中に湧いてくる。

 しかしこれは決闘。どんな形であれ終結させなければならない。それは彼女自身が良く分かっていた。


 ならば、幕引きは自分の手で行おう。


 魔力を引き出し、発動中の身体強化へと回していく。今ですら身体の許容量が限界近いにも関わらずだ。

 繊維が切れるような音がその身体から発せられる。その表情には苦悶が浮かぶが構わずに強化を続け、身体が耐えきれず腕が裂け血を流し始めた。


 徐々に紗百合の杖を押し返す中、痛覚が悲鳴を上げる。今すぐ止めろと肉体が訴えかける。

 しかし止まらない。止まることなど微塵も考えていない。

 アルシアを突き動かすのは、自分と戦ってくれた紗百合に全身全霊を持って応えようとする気持ち。そして――勝ちたいという欲求だった。


「はぁぁぁぁっ!」

「ぐっ!?」


 覇気の籠った声と共に大きく突き飛ばされる紗百合の身体。それが意味することは両者の間に距離が開いたということであり、同時にアルシアの魔法が制限無く使えるようになったということでもある。


 紗百合が走り出したと同時にアルシアが杖を勢い良く振り下ろすと、闘技場上方で凝縮された空気が紗百合に向かって射出される。アルシアが持てる最大出力で放ったその攻撃はもし喰らえば全身の骨が砕け、下手をしなくとも四肢が散ることだろう。


 紗百合は『チャージ』によって魔力を凝縮、蓄積させながらアルシアに向かって駆ける。その瞳は目標のみを捉えているだけのように見えた。

 遂に不可視の鉄槌が振り下ろされる――その瞬間、紗百合の頭上に黄色の魔力で造られた5枚から成る盾が攻撃を阻んだ。

 彼女はこの土壇場で、アルシアの魔法『星の息吹』による攻撃を予測し防ぐことに成功したのだ。


 アルシアは杖を振った直後であり、再び杖を振るには自分の動きによって発生した反動の硬直が解ける必要があるだろう。

 それは時間にして1秒も無い間隙。だが、この場においてはそれが命取りだった。


 紗百合の杖から発射された魔力弾がアルシアの杖へと当たる。過剰な身体強化の影響でアルシアの腕力はほぼ残されておらず、攻撃の勢いで緑石の杖が弾かれた。


「終わりです! セット!」

【MEMORIA BREAK】


 宣言と共に杖の先端には魔法陣が展開され、続く「コネクトブレイク、ディスチャージ」という言葉と共に杖に表示されていた4段階のゲージが全て消え去る。

 多量の魔力が収束し発せられる黄色の極光。

 紗百合は杖を目標に向け、反動に備え腰を落として力を籠めた。


「――そうね、これで終わり」


 小さく息を吸ったアルシアの口から笛を彷彿とさせる音が発せられた。

 直後、紗百合の足元にある空気が凝縮され上に向かって射出される。その1撃は紗百合の顎を強烈に突き上げ、打撃音と共にその身体を大きく仰け反らせた。


 ――なぜ、紗百合は上空からの攻撃を防ぐことが出来たのか。

 応えは単純だ。アルシアが杖を振り下ろしたから。

 杖の動きに対応して攻撃が来ると思っていたからだ。

 紗百合はアルシアの魔法は風属性だと見抜き、その攻撃が杖の動きによって対応しているのだと推測した。


 その答え自体は間違っていない。

 ()()()()()()()()()

 その推測はアルシアによって誘導されていたものだったのだ。


 アルシアの使用する魔法『星の息吹』。その効果は紗百合も予想していた通り、空気を操ることで武器にするというもの。

 だがその起点となるのは杖の動きではない。自身が発生させた『音』を媒介として振動が伝わった空気を操っていたのだ。


 柄尻で地面を叩く。

 風を薙ぐように勢いを付けて杖を振る。


 これら全ては音を発生させるため。杖など無くても魔法を使えるが、負担が減るから使っているだけ。

 決闘中に魔法の効果まで言い当てられたその推理力は思わず感心した。


 だからこそ、この策には引っかかると考えた。紗百合が杖を槍として使う戦闘スタイルになってから距離を詰めて広範囲の魔法を抑制したのも、真っ先に自身の足を潰し後退させるのを妨害したのも、戦闘中にしっかりと考えている証拠だ。

 それはある意味、紗百合の思考能力や推理力を信頼していなければ出来ない作戦だった。


 そしてその読み通り、紗百合は杖を叩き落としてきた。

 あとは最後の最後、紗百合が決定的な1撃を放とうと無防備な所に攻撃を繰り出すだけ。威力も最大に設定し、確実に仕留めたという感覚もあった。


(ありがとう、私と戦ってくれて。貴女との時間は、本当に楽しかった)


 しかし、この策にはアルシアも気付かない穴が1つだけ存在した。

 それは蟻の巣の出入り口のように微かな穴。ただ歩くだけなら気にも留めないもの。

 ただ紗百合は、それを見つけていたに過ぎなかった。


「――本当、最後まで油断ならないですね」

「ッ!?」


 それは聞こえるはずの無い声。

 朧気でも無い。震えてもいない。明瞭な意識を感じさせるはっきりとした声が、紗百合から発せられる。

 そして愕然とする。紗百合の盾を構成する平行八角形の結晶の1つが、その胸元にあったのだ。


 紗百合の杖に収束していた魔力が奔流となって、アルシアの身体を飲み込んでいく。光が収まると地面にその身を地面へと伏せていた。動き出す気配も無いことから意識が無いことが分かるだろう。


「き、決まったーッ! 2回戦第1戦、勝ったのはメモリーズ・マギアだー!」


 司会者からの宣言に観客たちは沸き上がる。

 残身を解いた紗百合は元の姿へと戻るとその身に虚脱感が襲う。それをなんとか踏ん張って耐えながら医療チームによって運ばれるアルシアの姿を見送っていた。


 紗百合は何故、アルシアの奇襲を防ぐことが出来たのか。


 あの時確かに、アルシアの杖は横に振られていた。だが実際の攻撃の向きは違っていた。 

 そしてあの突きを逸らされた時、杖の振られ方を見て確信した。まだ隠し玉が残っていると。

 だから上空からの攻撃を防ぐ際、盾のピースを1つだけ切り離し背中側へと隠していた。そしてその最後の攻撃はカウンターを何処に放つか考えると確実に昏倒させる部位……脳震盪を狙う為の突き上げか、もしくは心臓への一撃だと予測した。正直、これに関しては紗百合本人も賭けに近いものだと分かった上で行動していた。


 だがその賭けに勝ち、最後の攻撃を防ぐことが出来た。


 アルシアが杖術の達人だったら、一矢報いることすら出来なかっただろう。

 そもそも策など張らずに魔法の力圧しで戦っていたのなら、紗百合は手も足も出なかっただろう。

 そして何より……彼女がこの戦いを楽しんでいなければ、そもそもここまで戦いになったかも怪しい。


 小さな偶然の重なりと、微かな違和感すら見逃さない紗百合の気質が勝利を手繰り寄せたのだ。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

アルシアさん、戦いをエンジョイしすぎて敗北。紗百合は負けず嫌いなので、どこまでも冷静に勝利を追いかけて行くんですね。微かな勝機を手繰り寄せての勝利でした。


さて、次回は桐花の番ですが……紗百合と比べて短くなってしまいます。これには様々な理由があるのですが、天災……いや天才気質の桐花は『勘』で戦っているので普通なら苦戦することは無いです。

つまり、この先普通じゃないのが出てくるってことです。筆頭は例の赤い子ですね。


さて後書きはここまで!

それでは次回、またお会いしましょう!!





〔本編 プチ裏設定〕


・『星の息吹』

アルシアの使う魔法。自身が発した音を媒介として空気を操る。

最大射程は測定不能。主に空気を凝縮させ鈍器として扱うが、単純に風を起こすことも出来る。

見せていない手は数多くあるが、アルシアは決闘祭という場では『正面から戦う』ということにこだわって魔法を使っていた。尚、仲間内からは「変な方向に真面目な馬鹿」と評された模様。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ