第13話 黒と白の魔導書
大変遅れて申し訳ありません!
それでは13話、どうぞ!
三戦目に生じた闘技場の修復が終わり、四戦目の選手が入場する。金髪を揺らす若干細身の男性セイルと黒いローブに身を包んだアルが開始位置に辿り着くと互いが戦闘のために換装した。
ただ、鎧を纏い鞘からレイピアと分類される刺突剣を構えるセイルに対して、アルの方は少しばかり毛色が違っていた。
アルが身に纏っていたのは深淵の闇のような黒一色のドレス。確かに肌は余り見えていないが決闘するこの場においては何よりも不釣り合いに見れるものだった。それに加え武器らしいものは何一つ持っておらず、彼女の手にあった鎖と錠前に閉じられた魔導書はその姿を消していた。
「両者戦闘準備が出来たようです! それでは……決闘開始っ!」
宣言と同時にセイルは走り出すとその勢いのまま目にも止まらぬ突きをアルの眼に向かって真っすぐに突き出したとき、突如現れた何かが遮ったことで金属音が鳴り響く。
セイルが目にしたのは黒色の剣だった。しかしそれはアルの纏うドレスから突き出るように姿を見せていて、まるでドレスそのものが剣として形を持ったかのように見えていた。
そこから喉元、胸部、腕など様々な場所に刺突攻撃を繰り出していくがその悉くが防がれる。両者ともに顔色一つ変えないという静かながらも激しい攻防が繰り広げられる中、アルが踊るように体を動かすと舞うドレスから数多の剣先が出現した。
セイルは後方に跳び退きそれを避けた直後、自身に向かって飛来する物体を察知しレイピアを振り抜けば四度の金属音が鳴る。意識はアルから外さず視線だけを移せばこれまた彼女が身に着けているドレスと同色のダガーが4本、地面に刺さっていた。
セイルは視線を戻しアルの姿をその目に収め観察するとあることに気付く。彼女が纏う黒のドレス、その右手側の布が若干無くなり肌が露出されていた。
「なかなか良い魔法ですね」
「……ありがとう、ございます?」
アルは自身のドレスに触れるとその場所をダガーへと変換し投擲する。矢継ぎ早に射出されるそれを弾きながらセイルは彼女が使う魔法に対して思考を回す。
――彼女の魔法は衣服を武器へと変換している。投擲の方は対処は楽ですが……。
セイルがダガーを潜り抜け接近するとアルに対して鋭い突きを放つがそれは先ほどと同じようにドレスから突き出る剣によって完璧に防がれる。そしてその直後、風を切る音を捉えれば身を翻し横に体を移すと彼が先ほど居た場所に大量のダガーが空から降り注いでいた。
得物を見失い地面に刺さったダガーは細かく震えると地面から自動的に抜けアルのドレスへと吸い込まれるように消えて行きそれに合わせてそのドレスも布面積を取り戻していった。
――弾切れは期待できませんか。まぁ、そうでなかったら拍子抜けもいいところですし……それよりも防御の方が気になります。
再びアルへと詰め寄っていくセイル。風を切る音すら置き去りにせんとばかりの速さで繰り出された刺突攻撃はぴったりと、完璧に防がれていた。
しかし彼はそんなことを気にしてはいない。注目していたのはもっと別の事だった。
――やはりそうですか。この少女、私の攻撃が見えていない。
アルの瞳の動きはセイルがレイピアによる突きを放った時ではなく、ドレスから生み出された剣によって防がれたときにその場所に向かって動いていた。
つまりアルは自分の意識で防御している訳でなく、彼女が纏うドレスそのものが自動で防御しているのだ。
セイルの攻撃はとてもではないが人の目に捉えられるようなものではなく攻撃を繰り出した瞬間に剣が消えたのではと錯覚してしまうほどのもので、本人もそれを自覚し武器としている。そんな攻撃が完璧に防がれることに疑問を持っていた彼だが、今回の攻防で判明した事実に納得を示した。
そうなってくると新たな疑問が浮かんでくる。何故アルは魔導書を使わず、自動で防御するという魔法を使えているのかということだ。
しかしそれに対してもセイルはある程度目星を付けていた。
「なるほど。そのドレスが、貴女の魔導書そのものなのですか」
「……バレるの、結構早かった」
魔導書とは魔法を記しておくことで魔法を使用する者の処理を簡単なものにするという補助道具だ。『グリモワール』の少女たちは例外なく“記された文字をなぞる”という行動で魔法を発動させていて、アルも実際に換装する際には魔導書の表紙を撫でていた。
アルはダガーを作り出す際必ずドレスに触れその位置が変換されていた。それはまさに“魔導書に書かれた文字をなぞる”という行為に似ていて、そこからセイルはこの答えに辿り着いたのだ。
それを受けた彼女は特に動揺した素振りも見せることなく口にした言葉は指摘されたことが当たっているという証明でもあった。
「正解だと明かしても良かったのですか?」
「別に隠すことでもないし、それでこの状況が変わるとも思えない」
「ふふ、そうとも言えませんよ?」
「……?」
アルの指摘にセイルは不敵な笑みを零すとレイピアを構えるがその距離は決して近いものではなく、むしろその武器の間合いには遠く及ばないほど離れている。それでも彼はその構えを崩すことなく息を吸う。
「――汝を貫くは我が銀閃」
セイルから詠唱が発せられた次の瞬間、音も無くアルの首が切り裂かれた。
「ッ!?」
「……これも対応しますか。この一撃で決めたかったのですが」
アルは目を剥き首に手を当てると赤い液体が付着する。傷自体は深くは無く痛みこそあれど戦闘続行に関しては特に問題のないものだった。
しかし彼女の関心はまるで剣山のようになっているドレスに向けられていた。
武器を生み出したということはセイルから放たれた攻撃を防御しようとしたのだ。しかし実際には防御は抜かれ、アルの首に傷を付けるという結果だった。
そこから分かるのは、先ほど攻撃はドレスに備わっている自動防御よりも速いということだった。
アルの体が一気に強張る。自動防御を真正面から抜かれることは彼女にとっても想定外らしく強い緊張の色を見せていた。
対してセイルはゆっくりとその腕を上げて行く。今度は何をする気だと身構えた彼女を他所に彼はその腕を空へ向かって真っ直ぐ伸ばすと「降参です」という言葉が発せられた。
「おおっとセイル選手降参宣言! 第四戦目、勝者はアル選手だー!」
「……え?」
司会者の声が響く中、突然の降参宣言に目を丸くするアル。そんな彼女に対してセイルはゆっくりと歩み寄ると後頭部を掻きながら申し訳なさそうに口を開いた。
「いやぁすみません、私の魔法は一つしかない上、使えるのは一日に一度だけなのです。なのであの攻撃を防がれた私には、貴女の防御を貫く手段が無いのですよ」
「そうだったんですね」
「私の魔法による攻撃が通じなかった人は今まで居なかったのですが、いい経験をさせていただけました。やはりまだまだ修行が足りませんね」
差し出された手を握り、換装を解いた両者は退場しその姿を消す。
待ち構えていた医療班から手当を受けるたアルはそのまま自分のチームメイトが待つ控室へと帰還しその扉を開けると、待っていたのはセラによる勢いのある抱擁だった。
「アルー! 攻撃貰ってたけど大丈夫だった?」
「掠り傷だったから、平気」
「そかそか! なら良かったー!」
にぱーと笑顔を浮かべるセラに釣られたのか微かに口端を吊り上げるとその頭を優しく撫でる。それはまるで犬とそれを世話する飼い主のようだった。
「さてさて、最後は私かー」
「ええ。頑張りなさいよ」
「りょーかーい」
イヴは軽く手を振りながらアルと入れ替わりで控室から出て行くと残ったメンバーは一様に話し始める。話題は勿論、先ほどのアルの戦闘のことだった。
「対戦相手のセイルさん、アルの自動防御を抜くなんてかなりヤバいですね。私たち以外で突破したの、あの人が初めてじゃないですか?」
「……正直、心臓に悪かった」
ルルの言葉に答えるアルはかなり疲れ切った様子で、それを感じ取ったセラはその体を抱き寄せるとそれを労うようにその頭を優しく撫で始める。甘んじてそれを受け目を細める彼女に対してルルは少し拗ねたように顔を逸らすがそれも察したセラが腕を引き頭を撫で始めるとその表情が一瞬で柔らかなモノへと変わっていた。
彼女たちがそうしてじゃれ合っているとモニターに入場したイヴの姿が映る。そしてその戦う相手は赤色の長髪を靡かせる見目麗しい女性だった。
「さてさて。対戦相手の方には申し訳ないですけど、どのくらい持ちますかね?」
「イヴが全力なら三〇秒持てば大した方じゃない? セラの『女王』と真正面から殴り合えるんだし」
「やっぱり三人は使う魔法がおかしい。ルルだけが私の仲間」
「え、私からすればアルの魔法も大概なんですけど」
「安心しなさい。アンタら二人とも十分エグいわよ」
「「いやいや、ナコに比べたら私の魔法なんて」」
「なんで基準がアタシなのよ!? しかも被ってるし!」
「だって……ほら、ねぇ?」
「ナコの魔法はぶっ飛びすぎ。正直セラより酷いと思う」
ムキになって言い返すナコだったがルルとアルが顔を合わせた後はなったその言葉に体が一瞬で固まる。まるで壊れたブリキ人形のようにセラへと視線を向けるが、それはいつも男勝りのような雰囲気をしている彼女にしては弱弱しいものだった。
「せ、セラはどう? 私の魔法、おかしいと思う?」
「ナコの魔法はいい魔法だぞ? だって本気出してもナコには全然勝てないもん!」
その言葉を受けたナコは白目を剥いて後ろに倒れるが地面にぶつかる寸前のところで静止し、その身体がゆっくりと空中に持ち上がると椅子の上に降ろされる。ルルはいつの間にか取り出していた魔導書をしまい込むとほっと一息つくと何事も無かったかのようにモニターへと視線を移せばそこでは互いが戦闘のための換装を終えたところ。相手選手は大きな盾を構えているのに対しイヴは開かれ浮いている魔導書に手を翳していた。
「それでは第五戦、始め!」
イヴの指が開かれたページに触れた瞬間書かれている文字が全て光り出すと大きめの魔力弾が4つほど射出され、その攻撃を防ごうと相手は盾を構えるがその魔力弾が着弾した瞬間爆発を起こし後方へと弾き飛ばされる。それを見て魔導書に触れていたイヴの手が高速で動くとそれに合わせて魔導書に書かれている文章の一部がシャッフルされながら移動を終えると彼女の足が魔力を纏いそこから急接近して蹴りを繰り出せば、如何なる攻撃も防ぐと思われていた盾はまるでガラスが割れるかのように簡単に砕け散りそのまま顔面へと突き刺さった。
強烈な打撃音の後に地面へと叩きつけられるその体はボールのように一度跳ねるとピクリとも動かなくなり、戦闘続行不能判定が下されたことで決闘は終了する。短期決戦という決闘の内容に盛り上がりが欠けるかと思いきや観客たちはかなりの盛り上がりを見せていた。
イヴはかなり疲れ切ったように息を吐くと退場していく。
そうしてチーム『グリモワール』の初戦は、五対〇のストレートで幕を下ろしたのだった。
『公開可能情報』
・アルの魔導書
茶色の装丁。何らかの生物の皮を用いられており、凝った装飾は無い。ただ、まるで開ける気が無いと言わんばかりに鎖と錠前によって閉じられている。
魔導書そのものを身に纏い、自動迎撃機能と武器生成によって戦う。武器を作成する際にはその大きさに合わせた分だけ衣服を消費するようだ。
・イヴの魔導書
真っ黒の装丁。魔力弾を撃ち、身体強化のようなことをするなど全貌は謎に包まれている。唯一分かるのは、『文字を動かす』ことが彼女の使う魔法の核だということだ。




