第8話 斯くして舞台の幕が上がる
第8話です!
それではどうぞ!
薄暗くなる時間まで図書館で過ごした俺たちはホテル近くのレストランにて食事を済ませると自分たちの部屋へと帰って来た。育は早々に風呂に入ったため、部屋に一人残された恋はベッドで寝転び図書館での出会いを思い返していた。
「グリモワール……どのくらいの強さなんだろう」
五人とも身長は小さめだったが高校生から中学生くらいの女子に見えた。サブテラーという魔法の国で生活している以上魔法の経験は向こうの方が上だろう。
こちらのの強みは、ある程度戦い慣れしているところか。しかし向こうもそういった経験が無いとは言い切れない。
紗百合と桐花に関しては魔法を使った戦闘は今日の模擬戦が初めてだが、見た限りだと特に問題も無いだろう。
紗百合と桐花は俺に武術の稽古をしてくれた龍玄さんの孫だ。当然彼女たちもそれぞれ武術を扱うことが出来る。
ちなみに俺は徒手格闘、いわゆる拳術だったが紗百合は槍術、桐花は剣術を習っていた。そう考えると二人の武器もその経験からメモリーズ・マギアが作り出したものになる。
そこでふと思考する対象が龍玄に移る。
そもそも、徒手格闘も槍も剣も他人に教えられるくらいに使いこなせる龍玄がおかしい。幾ら鍛えてもまるで追い越せる気がしないことも合わせて、生まれる時代を何世紀か間違えているのではという思いを抱かせる。
逸れた思考を戻し、再び決闘祭について思いを馳せる。
正直、相手の使う魔法なんて分からない以上対策なんてしようがない。結局、求められるのは状況に応じて柔軟に動けるようにすることだ。
不思議なものだ、なんとなく良いように言葉を変えるだけでそれなりになんとかなる気がする。ただ、これには“催し物であるがためにそれ自体を楽しむということが出来るから”という前提条件があるからなのだが。
「ふー、恋先輩どうぞー」
「わかった」
そんな思考をしていると育の声が聞こえる。ベッドから起き上がるとそこにいたのは、身体をタオルで巻いただけの彼が居た。
「……昨日も思ったけど、なんでそんな恰好なんだ?」
「いやー、お風呂上がりはこうするのが慣れちゃってて」
聞けば普段から風呂上がりは暫く服を着ずにいるのだという。湯冷めしてしまいそうだと心配になるがまぁ本人が普段からやっているというのだから大丈夫なんだろう。
恋は入れ替わりでバスルームへと入るとさっさと服を脱ぐと体と髪を洗う。それが終わればお湯の張られた湯船へとその身体を沈めた。
「ふぅー……」
日本人であるサガなのか風呂、取り分けお湯に浸かるというのは心地良いと感じる。そうすると不思議と一日の疲れが吹っ飛ぶのだ。
そんな年寄り臭いことを考えていると自覚しながらも風呂で寛ぎながらこの場所を見渡す。
余裕のある空間に湯船で足が延ばせるのは良いのだが、ホテルというのは皆こうなのだろうか。いかんせん外泊経験など今までなかったのでこういった事には疎い。
その点、育は何度か泊ったことがあるらしく色々と道具の使い方などを教えて貰った。彼の知識にあるホテルのものとほとんど変わっていないらしくシャワーの使い方など地球との違いはあまり見られないそうだ。
曰くホテルでトイレと風呂が一緒になっているものが主流らしいのだが、そう考えるとこのホテルがだいぶ贅沢なものに感じる。地球を守ったとはいえ、こんな待遇を受けて良いのか不安ににさえなってきた。
そんな考え事をしているとなにやら部屋から話し声が聞こえる。何かあったのだろうかと考えていると突如バスルームの扉が勢いよく開け放たれた。
「れーん、お湯加減はどうー?」
「桐花!? なんでいるんだよ!」
そこにはドアから顔を覗かせる隣の部屋の住人がいた。
「いやー、流石に二日目だから暇になって遊びに来たんだよね。というわけで早く上がってねー」
手を振り締められる扉に顔を覆いたくなる気持ちを抑える。身体が充分温まったと判断すると湯船から上がり、タオルで丁寧に水分を拭いて寝間着を着る。
そうして扉を開けてみればトランプを持ちベッドで向かい合っている四人の姿があった。ベッド上に二枚ずつのペアでカードが落ちていることからババ抜きをやっているらしい。
「先に始めてるよ~」
「髪乾かすから、次から参加するわ」
「りょーかい」
育が持ち込んだドライヤーを借りて丁寧に水分を飛ばしていく。それが終わる頃には今やってるゲームは育と紗百合の一騎打ちになっていた。
二枚ある育の手札の内どちらを引くか迷っていた紗百合だったが決心し、彼女から見て右側のカードを引くと見事上がり勝利を収めた。
「私の勝ちー!」
「うぅ、あとちょっとだったのに……」
嬉しそうな紗百合と悔しそうな育を見て、そういえば二人が同じ中学三年生だということを思い出す。
以前遊んだこともあったが、紗百合が敬語気味で接していたのも考えると二人の仲が良くなったのはとても喜ばしいことだった。
「恋、なにおじいちゃんみたいな顔してるの?」
「……そんな顔してたか?」
「うん。まるで孫見てるみたいだったよ」
桐花に指摘されて小さな衝撃を受ける。さっきの風呂の事といい、結構年寄り臭いのではないだろうか。
自分が周りからどう見られているか新たな気付きがありつつも、恋はゲームに参加した。
「……あ、ごめん。やったわ私」
「いやちょっと待ってよお姉ちゃん、流石に最初の捨てだけであと一枚は犯罪でしょ」
「というかこれ、ボクが桐花さんの取るから自動的に勝ちじゃないですか?」
「……始まったと思ったら終わってた」
まさかの最初で一人抜けが確定したり。
「……こっち?」
「さぁどうかなー?」
「……こっち! ってババじゃんかぁー!」
「よぉぉぉし! 今度はボクの番だ……ってうわ出たよその片方だけちょっと出すヤツ!」
「ふふふ、育君はどっちを選ぶのかな?」
「う、うぅ……こっち! ってババだぁぁ!」
「アハハハ! ざまあないね!」
育と紗百合の激闘が繰り広げられたり。
「レンちゃん、私の目を見て」
「……はい」
「……こっち?」
「……違う」
「はいこっち」
「また負けた……。なんで分かるんだ?」
「……レンちゃんのことなら大体分かるから」
「答えになってないぞそれ……」
葵と一対一になるとなぜか勝てなかったりした。
そうしてトランプで暫く遊んでいると飽きて来たのか片付けお互いの話をするようになる。
「そういえば葵ちゃんと育君って誕生日いつなのー?」
「……一一月二八日です」
「ボクは三月の二四日です! 桐花さんはいつなんですか?」
「私はねー……あれ、いつだっけ?」
「二月二九日だよお姉ちゃん。あ、流れで言っちゃいますけど私は六月一日です」
「俺は四月一九日だな」
「……あ、恋の誕生日お祝い出来てないじゃん。何か欲しい物とかある?」
「大丈夫、気持ちだけ貰っておくよ」
「そっかー、じゃあ来年は寝てた分も全力で祝うからね!」
「……頼むから前みたいなのは止めてくれよ?」
桐花の満面の笑みに思わず冷や汗が流れる。
というのも中学二年の誕生日に桐花に案内されるまま部屋に入ると設置された大量のクラッカーが一斉に炸裂したのだ。あまりもの衝撃と破裂音に飛び上がり、家どころか近所にまで響いたことで桐花は忍さんに正座をさせられたという経緯がある。
流石に手加減はしてくれると信じたいが、今度はどんなことをやらかすのだろうかと身構えてしまう自分がいた。
「そういえばお兄ちゃんたちは魔獣ってのと戦ってたんでしょ? どうだったの?」
「俺が一番最初に戦ったのはスライムだったな。倒すときに弾けたせいでベトベトになったけど……」
「エッ」
「ん? どうした葵?」
「……なんでもない」
何か葵が少しおかしな反応をしたと思ったのだがその表情は特に崩れることなく平常そのものだった。俺の勘違いだったのだろうか?
「ボクが初めて戦ったのは熊の魔獣だったなぁ……バラバラにしちゃったけど」
「バラバラって……えぐい」
「しょ、しょうがないじゃん! ボクは糸で攻撃するんだから!」
ドン引きしている紗百合と必死に抗議している育。まぁ紗百合の言いたいことが解らないでもない。
実際に魔獣との戦いで育がやっていたのも糸による突き刺し、切断や拘束だった。糸と言う武器の特性上そうしなければならないというのも分かるのだが。
「……私の初めては鳥だった」
「あの時は助けてくれてありがとな」
「……どういたしまして」
一人では下手をすればあの敵で死ぬ……とまではいかなくても大なり小なり傷を負うことは確実だっただろう。巻き込むのは嫌だったが今ではもう魔法少女の一員となっていた。
「……もっと強くなるためにも、決闘祭頑張らなきゃ」
「そうですね! 頑張って勝ち上がりましょう!」
「色んな人といっぱい戦えるんでしょ? 楽しみ!」
「ふふ、お姉ちゃんらしいね」
それぞれが魔法決闘祭を楽しみにしている中で、恋もまたこの催し物を楽しみにしていた。
武術にしても知り合いとしか手合わせのしたことがなかったため、一騎打ちの対人戦で自身がどのくらい強いのか興味がある。それに殺し合いのような戦いではなく、競技としての戦いで全力で挑むということに対する期待に胸が膨らんでいた。
練習に向けて少し早めにその日夜を終えた恋たち。翌日からはナムコット博士の研究所でひたすら相手を変えて模擬戦を繰り返す毎日が始まった。
戦闘については武術経験者の恋、紗百合、桐花が対人戦について教え、魔法に関してはベネトが一緒に考え実践するという形で特訓を重ねる。
「うーん……やっぱり私の射撃魔法って立花さんみたいに種類があるわけじゃないから攻めがマンネリ化しがちですね」
「……紗百合ちゃんにも強化系の魔法があるんじゃ?」
「そうなんですけど、魔力弾の威力強化すると細かい操作がしにくくなるんですよね……」
「……そっか、紗百合ちゃんの魔力弾って操作してるんだったね」
「立花さん、矢を射る時に意識してることとかありますか? 参考にしたくって」
「……持論だけど、それでもいいなら」
「もちろんです! むしろ聞かせてください!」
「……殺意を込めて放てば当たる」
「精神論!?」
何やら物騒な会話を繰り広げながら射撃魔法を持つ同士で意見を出し合う葵と紗百合。
「あ、あぶなっ!?」
「おおすごい! 育君避けるの上手いね!」
「ちょ、桐花さんこれ模擬戦ですよね!? なんか全力で来てませんか!?」
「練習は本番のように、だよ! さぁもっとギア上げていくよー!」
「ふぇぇぇぇぇ!!」
二刀流でひたすらに攻撃を繰り出し追い詰める桐花とそれを捌き躱す育。前者は満面の笑みを浮かべ後者は今にも泣きそうだった。
「おおッ!!」
「はぁッ!!」
拳と剣が幾重にも衝突し合い甲高い音が連続して鳴り響く。隙を見つけ渾身のハイキックを繰り出すが桐花によって綺麗に受けられてしまい結局は互角のまま時間制限のブザーが鳴り響いた。
「これがお兄ちゃんとお姉ちゃんだよ! どうだった?」
「す、すごい……」
「……カッコよかった」
「えへへーそう? 葵ちゃんありがとー!」
戦闘時の真剣な表情から一転して満面の笑顔を浮かべた桐花は葵の体を抱き締める。当の葵は急に抱き着かれて戸惑っているようだった。
「ふぅ……やっぱりなかなか押し切れないな」
「いや恋がおかしいんだからね? 普通、剣相手に拳で互角に戦えないから」
「まぁそこは俺の方がやってて長いわけだし、あとは気合いと根性だな」
――そうして一週間はあっという間に過ぎて行った。
そして魔法決闘祭、当日。
「これより、サブテラー王国魔法決闘祭を開催を宣言します!! お前ら、盛り上げていくぜぇーッ!!」
ノリノリの女性司会の声が発破となり闘技場にいる観客たちからの怒号のような歓声が響き渡る。発表されたトーナメント表では俺たちは初戦だったため控室にいるが、設置されたモニターからその盛り上がりが分かった。
緊張が無いというと嘘になる。だけどそれ以上に自分の腕がどこまで通用するのかが楽しみだった。
他のみんなを見てもその表情はどこか楽しそうだ。
「一番手の方、準備お願いします!」
「分かりました!」
控室の扉が開かれスタッフの人の呼びかけに紗百合が元気よく返事をする。それを合図にして全員で円陣を組み、息を吸い込む。
「……勝つぞ!」
『おーッ!』
――異世界での戦いが今、始まる。
読んでいただきありがとうございます!
いよいよ魔法決闘祭開幕です!
恋たちがどんな相手と戦うのか、はたして優勝へ辿り着くことが出来るのかお楽しみに!