第7話 カラフルな少女たち
第7話です!
それではどうぞ!
人は大なり小なり人の集合、コミュニティの中で生活する生き物だ。
家族、友達、仕事仲間などその数は計り知れないし、気付かない間に何かのグループに所属していたなんてこともザラにある。
そして同じコミュニティに所属する同士の人間は互いに交流し仲良くなって、長い時間を経て育まれたコミュニティは時として肉親にすら匹敵するほど自分の中で大きくなるのかもしれない。
しかしそんな場所に突然、名前はおろか顔も知らないような第三者が飛び込んできたらどうだろうか。
恐らくだが、大半の人間はまず警戒すると思う。
何故そんなことを考えているのかというと――自分が今まさにそんな体験をしているからだ。
「えっと……どちら様?」
「あー……櫻木恋、です。この子に連れて来られて……」
「連れて来た!」
現実逃避の思考を止め、問いかけて来た目の前の少女に意識を傾ける。
好奇の視線に晒されるのは仕方ないとして、赤色髪の少女は怪しみながらも話は聞いてくれそうなので誤解を生まないように事情をしっかり説明する。
その最中にもこんな場所に叩き込んだ下手人は満面の笑みを浮かべている。ここにいる少女たちの中でも特に幼い印象を受けた。
「セラ、そのお兄さん知ってる人なの?」
「ううん、さっき知り合った!」
「ハァ!? アンタなんでそんな人連れて来てんの!?」
――すみません、俺が聞きたいです。
セラと呼ばれる手を繋いだ少女に問いかける青色髪に青いローブを身に纏う少女、そしてその答えを聞いて怒っている赤色髪……いや、よく見れば赤にかなり近いピンク色の髪に赤いローブを身に着ける少女。……ややこしいからローブで判断しよう。
そんなことを考えて誤魔化してこそいるが、正直ここまで居づらいと思う空間も中々無いと思った。
「この人『黄金大戦」読もうとしてた! だから良い人!」
「……あぁ、そういうコト。ハァ……」
俺の手に持つ黄色い本を一瞥すると思い溜め息を吐き出す赤の少女と、それに比べて青の少女はお腹を押さえながら声を殺して笑っている。どうやら何かが彼女のツボに入ったらしい。
そんなやり取りを視界に収めながらこのアウェー感漂う空間から退避する方法を考えていると、服の裾が引っ張られる。
視線を向けると、髪色と同じく真っ黒のローブを身に纏った少女が俺の持つ本を指していた。
「これ、『黄金大戦』っていうマイナーな物語。セラの大好きな本」
「……あぁ、なるほど」
その指摘で理解した。セラという少女は、自分の好きなモノが他人にも共有されるのが嬉しかったのだ。
しかもそれがあまり他者から理解のされないものだったら、その時の感動も大きいだろう。
恐らくだが、彼女は新しく出来た同志を仲間に紹介したかったという気持ちなんだと思う。
だが、俺としては読めるわけでは無くベネトからちょこちょこと解説を聞こうとしていたものだ。ここは傷付けないようにやんわりと断ろう。
「えっと、セラだっけ。俺この言葉知らないから、翻訳書見ながらじゃないと読めないんだ」
「えー! じゃあ私が読んであげる!」
幼さ故の積極性か、とにかく押しが強い。初対面の筈なのに何故かもう仲の良い友達のような距離感になっている。
何より純粋さから来るものだから断りにくい。満面の笑みで言って来るんだ、断ってしまったらこの笑顔が泣き顔になってしまうのではないかと想像してしまうともう断れない。
どうしたものかと考えていると、赤い少女が再び口を開いた。
「それ読めないって、アンタどこ出身? 少なくともこの星じゃないでしょ」
「えっと……地球ってところなんだけど、分かるか?」
「地球!? お兄さん地球出身なんですか!」
「うわびっくりした」
いつの間にか笑いのツボから復活したのか青い少女がその顔を詰め寄らせてきた。
失態の気付いたのか直ぐに距離を取るその少女だったがその瞳は輝いていた。
「私たち今度地球に行くんです! こんな時に出会うなんて、運命感じちゃいますね♪」
「お、おう、そうかもな」
「あっ、申し遅れました。私、ルル・ミスカ・シュリューズベリィといいます。長いのでルルちゃんって呼んでくれていいですよ、お兄さんっ」
「よ、よろしくルル」
「もー! お兄さんノリ悪いっ!」
上目遣いで拗ねる青の少女ルルに少しデジャヴを感じる。何かと思い出してみると育の姿が頭に浮かんで納得した。
あざとい、と言えばいいのだろうか。狙っているのかは定かではないがこの少女からはそんな雰囲気が発せられていた。
「私はセラ・ミスカ・シュリューズベリィ! ルルのお姉ちゃんだよ!」
「……姉!?」
「ぷくくっ、やっぱり初見はそうなりますよねっ」
俺をここに連れて来た黄色の少女セラから発せられた言葉を処理するのに少し時間を要した。
どう考えてもルルの方がしっかりしてそうな印象だが、どうやら初見ではみんな騙されるらしい。自分も例に漏れずその一人となってしまったようだ。
「折角だし、みんなお兄さんに自己紹介しましょ」
「……ナコ・ウルタ・ロマールよ。家名で呼ばれるのは好きじゃないから、ナコでいいわ」
「アル・グリーヴァ・アルハザード。アルって呼んでくれると嬉しい」
「ナコにアルだな……ん?」
赤色と黒色の少女が教えてくれた名前を反芻して容姿と共に記憶に刻み込む途中で思い出す。
今まで全く会話に参加してこなかったため意識から外れていたが、この部屋に入った時は確かに五人の少女が居た筈だ。その中でまだ自己紹介をされていないのは確か……銀髪の子。
部屋を軽く見渡せば銀髪に白のローブを来た雪のような少女が直ぐに見つかる。しかし彼女はタブレットの画面を忙しなく操作していてその視線も画面に釘付けになっていた。
「イヴ、アンタの番よ。パズル止めて自己紹介しなさい」
「待ってお母さん、あと二〇秒」
「誰がお母さんよ、誰が!」
怒るナコと平然とタブレット操作を続ける白の少女。
短い時間ではあるものの、なんとなくこの少女たちの関係性が読めてきた。
恐らくナコがこのグループのまとめ役という感じなのだろう。怒ってこそいるがそれは心配から来るものであり、発する雰囲気も面倒見が良さそうだ。
そうして宣言の通り。大体二〇秒が経ってタブレットを手離すと、白色の少女は軽く伸びてから瞳をこちらに向けた。
「イヴ・クラールハイト・フリードリヒです。よろしくです」
「俺は櫻木恋。こちらこそよろしくな、イヴ」
自己紹介を終えたイヴは再びタブレットに視線を戻すと指を高速で動かし始めた。ナコにさっきは注意されていたことだが、パズルゲームのようなものをしているのだろうか。集中しているようだし、話しかけるのはやめておこう。
「サクラギ・レン……お兄さんの名前ってなんか独特な音ですね」
「……あ、言ってなかったけど俺の名前は櫻木が家名で、恋が個人名なんだ。だからレン・サクラギってことになる」
「ほぇー、地球の人ってそういう名前の構成なんですか?」
「いや、地球の中でも珍しい部類だな」
「なるほど……旅行前に少し学べました!」
手帳とペンを取り出し文字を書くルル。マメな性格、というよりは興味惹かれたことを書いているように感じた。
ふと服の裾が引っ張られる感覚。視線を向ければセラが頬を膨らませていた。
「レン、早く読も!」
「ちょっと待ちなさいセラ。アンタ課題終わってないでしょ」
「ぎくっ」
「それに、地球に行く前に『魔法決闘祭』もあるの分かってる? 時間があるうちに片付けなきゃいけないのよ」
「はぁい……」
しゅん、と萎むように落ち込んだセラがナコによってノートや本が広げられた机へと連行される。俺も学生である以上他人の課題の邪魔はしたくないため止めることはしなった。
それよりも、少し気になることが出来た。
「聞きたいことがあるんだけど、ルルたちって魔法決闘祭に出場するのか?」
「ええ、出ますよ。それがどうかしました?」
「俺も出るんだ、地上戦部門のチーム戦になるんだけど」
「本当ですか!? やっぱり運命ですよこの出会い! 私たちもお兄さんと同じで地上チーム戦なんです!」
「まじか」
薄いリアクションしか出来なかったが内心では充分に驚いている。つまり、大会ではこの少女たちと戦うことになるかもしれないのだ。
ルルは目を輝かせながら詰め寄ってくる。
「私たちのチーム名は『グリモワール』です! お兄さんのところのチーム名を教えてくれませんか?」
「確か……そうだ、『メモリーズ・マギア』だ」
「メモリーズ・マギア……っと。オッケーです!」
忘れないようにするためかしっかりとメモを取り笑顔を浮かべるルル。
魔法決闘祭のルールを説明するついでに話されていたため少し記憶の隅に行ってしまっていたが思い出せたので良かった。
「そういえば、アンタたちはどうして魔法決闘祭に出るのよ?」
「あー……俺たちは戦闘経験を積むために出場するんだけど、いつの間にかエントリーされてて……」
「……なんというか、大変なのね」
ナコから憐みの視線を向けられる。ナムコットのような人がこの星にとっては普通かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。少女ながらもしっかりとした物腰は会話をしていて安心感すらある。
「まっ、もし対戦することになったら全力で戦わせてもらうわ。覚悟しときなさい」
「おう。こっちも出場するからには勝ちにいかせてもらうぞ」
「当たり前よ。じゃないと倒しがいが無いじゃない」
ナコはどうやら敵は強ければ強いほど燃えるタイプらしい。浮かべる笑顔からもそれが分かる。
そうして言葉を交わしていると突然念話が繋がるような感覚がした。
『レン、そろそろ一度帰って来て欲しいんだけど大丈夫かい?』
『分かった、すぐ行く』
時計を見てみると時間もそこそこ経っていることに気付く。いつまでも帰らないことを心配させてしまったようだ。
「俺はそろそろ行くよ。居座ってごめんな」
「いえいえ、お話できて楽しかったですよ」
「レン! ちゃんと『黄金大戦』読むんだぞー!」
「おう。セラも課題頑張ってな」
初対面でもこんなに話したのは自分でもあまり体験したことは無いので驚いている。これもこの少女たちが優しいから成り立っていることなのだろう。
「レン、またね」
「決闘祭で当たるの楽しみにしてるわ」
「ばいばいです」
「おう、ありがとな」
別れの挨拶を終えると第七学習室を出る。館内図を頼りに歩くこと三分ほど、ベネトに言われた第四学習室の扉を開ける。
葵と育はベネトから色々と教わりながら一冊の本を読んでいる。紗百合は辞書のような厚い本ともう一冊手ごろなサイズの本を読んでおり、頻りに視線を行き来させている。その横で桐花は自分の腕を枕代わりにして幸せそうに寝ていた。
「ただいま」
「おかえりレン、ずいぶん遅かったけど大丈夫だった?」
「おう。少し知り合いになった子と話してたんだ」
「……レンちゃん、コミュ力高いね」
「相手が話題振ってくれたから話せただけだよ」
空いている椅子に座ると『黄金大戦』と呼ばれていた本を捲り始めると視線に気付く。顔を上げてみればベネトが興味深そうに俺の手元にある本を見ていた。
「『黄金大戦』か。また随分と渋いもの持って来たね」
「これそんなに珍しいのか?」
「マイナーではあるけど、僕はその本好きだよ」
「……そうだ、軽くでいいからこの本の内容教えてくれよ」
流石に異国の本を一から読むというのは精神的にきついものがある。なので初心者としては触りだけでも知りたかった。
「じゃあ冒頭だけ。ある日、黄金が採れる山が見つかるんだけどその量が尋常なものじゃない、まさに無限というほど掘れば掘るだけ黄金が採れた。そんな話を聞いた周囲の国々があの手この手を使って黄金が眠る山を奪い合うっていう話だよ」
「なるほど、それで大戦か」
冒頭だけでも結構引き込まれるものがある。正直読みたいと感じてしまった。
「そういえば二人は『アルカエス伝説』読んでるんだっけ」
「冒険家が理想郷を目指すっていう話なんですけど、すっごい面白いですよ!」
「……いかにも伝説って感じ。ドキドキする」
どうやら好評のようだ。時間があればそっちも読んでみよう。
ふと気になり紗百合の方を見ればひたすら厚い辞書と本を行ったり来たりを繰り返していた。
「すごいよねサユリ。勉強意欲の塊だよアレ」
「まぁ昔から自力で英語の本読んだりとかしてたからな」
紗百合の読書に対する熱は尋常なモノではないのは中学の頃から分かっているので今更驚きはしない。ただ、本を読むときに周りの情報を遮断するほど集中するのは少し気を付けて欲しいと思うが。
さて、俺もそろそろ読書をするとしよう。
そうして俺たちはそれぞれ図書館での時間を満喫していた。
読んでいただきありがとうございました!
次の話は多分ホテルでのそれぞれの夜になると思います!
お楽しみに!




