第5話 黄と青の模擬戦
第5話です!
それではどうぞ!
「あのーナムコット博士、ここって?」
「あぁ、そうか。まずは説明しなければな」
ホログラムのパネルを操作していたナムコットは振り返る。
「この空間は『キューブ』。まぁ簡単に言うと過激なことも行える頑丈な実験場だ」
「実験場……」
恋は軽く辺りを見渡す。
白い四角の空間には等間隔に黒い線が引かれていて、遠近が分からなくなるといった事はない。ただ何処に照明があるかは分からず、どういった原理でこの空間が明るいのかは皆目見当もつかなかった。
「で、トウカ君とサユリ君。キミたちにはここで少し模擬戦をしてもらいたい」
「ほ?」
「私たちで、ですか」
「そうさ。理由は二つ! 嘆かわしいことに私が開発したメモリーズ・マギアは使うヒトがほぼ居ないせいで動作情報が全く集まらなくてね。これから発展させるためにも、少しでもデータが欲しいのだよ」
「……女の子になるなんて機能付けなければ、それなりに使われると思います」
「うるさいゾッ!! こういうモノには華が無ければならないのだよ!!」
甲高い声を上げ否定する。指摘した葵を見れば疲れているのか辟易とした様子だった。
「もう一つ。二人を選んだ理由だが、単純にキミたちの使用データが無いんだ。他の三人のはベネトから貰っているからね」
桐花たちにメモリーズ・マギアが渡されたのはサブテラーに来る前。契約は済ませてあるが一度たりとも魔法は使っていない。
使用データが欲しいのならばなるほど確かに、この機会は願っても無いものだろう。
「この空間では魔法によって特殊な防護が張られる。模擬戦という範疇に納まるのならば怪我はしないと約束しよう。どうかな?」
「はいはい、やります! お姉ちゃんもやるよね!」
「んー、退院してから全然運動できてないし丁度いっか。よし、やろう!」
「オーケー。じゃあ他は私と共に脇に移動しよう」
ようやく魔法が使える機会が出来て嬉しいのか、笑顔を浮かべる紗百合と桐花。
恋たちは指示通り壁際へ寄ると、その周囲を半透明の壁が囲う。
「防護フィールド展開完了と。さぁ、二人とも変身してくれ!」
「了解です!」
「あいあいさー!」
桐花と紗百合はケースから変身するためのメモリア『TRANCE』を抜き取る。左腕に銀色の装置が出現し、備わっているスロットに装填する。
【TRANCE, Stand-By】
「「メモリアライズ!」」
【Yes Sir. Magic Gear, Set up】
二人が魔力の光に包まれ姿を変える。
紗百合は黄色と白色を基調としたふんわりとした衣装で、足はブーツによって覆われている。頭には黄色のリボンで飾られる、頂点が曲がり尖った鍔の広い黒帽子。
その姿は魔法少女というよりは魔女っ子のような印象を受ける。手に握られているのは持ち手部分が長い鍵の形状をした機械武器で、メモリアの装填口は三つあった。
対して桐花は青色と白色を黒色を組み合わせたスマートな衣装に、金属装甲で造られたサイハイブーツ。それは陣羽織にも似ていて、腰から踵にかけて帯状の布が八本垂れ下がっている。
その姿は可愛いというよりは凛々しいといった印象を受ける。両手に握られているのは厚みのある大きな機械刀で、メモリアの装填口は二つあった。
それぞれ個性を見せつつも全体のデザインは恋たちと変わらない。まさに魔法少女と言える装いを身に纏う。
「ンンンンンッッ!!! やはり私の発明品は素晴らしィィィッ!! 最ッ高の出来だアぁハハハ!!」
変身後の姿を観察しているとナムコットから発せられた奇声。視線を向ければ恍惚な笑みを浮かべていた。
失礼かもしれないが、この人は大丈夫なのだろうか。色々と心配になる。
「ほんとに変身できた! 私、魔法を使ったんだ……!」
「おー、ちょっと窮屈だけどしっかり馴染む。これなら大丈夫そう」
自身の姿が変わったことで興奮した様子の紗百合と、手を開閉したりして調子を確かめる桐花。そしてそれも落ち着くと二人はそれぞれ向かい合うように離れて位置に着く。
「それではルール説明だ。基本的に出来ることなら何をしても構わないが、あくまで模擬戦だということを理解しておいてくれよ? 終了はそうだな……どちらかが決定的な攻撃を当てる寸前でその攻撃を止めることにしよう。オーケー?」
「分かりました!」
「それで大丈夫だよー!」
「よし、それじゃあ……開始ィ!」
そうして、模擬戦が始まった。
「先手必勝! ロード!」
【Loading, SHOOT】
最初に動いたのは紗百合。自身の武器である銀の鍵からメモリアを取り出し、装填し、詠唱する一連の動作を素早く行う。展開された魔法陣から魔力弾が生成され、桐花に向かって射出される。
それに対して桐花は迫る魔力弾を両手で握った機械刀で切断した。
「ふっ!」
攻撃の対処を終えた桐花は確かめるように刀を握り直すと紗百合に向けて駆け出す。迫る魔力弾を斬り払いながらぐんぐんと前進していくが、突然彼女の真横から攻撃が襲い掛かった。
「あぶなっ」
そう零した桐花だったが、特に慌てる様子も見せることなく半身下げることで魔力弾を回避。後方に跳び一度立て直す。
先程の魔力弾、軌道が途中で直角に曲がった。つまり、紗百合の攻撃は意志による制御が可能。
「ふー、ロード」
【Loading, ENCHANT】
桐花は紗百合と同じように武器からメモリアを取り出し装填。魔法を発動させると機械刀が淡い白光を発し始める。
紗百合より撃ち出される魔力弾。直線と曲線が混ざったそれらには幾つか空いているスペースが存在しているが、それは罠。足を踏み入れたが最後、水を得た魚のように魔力弾が軌道を変えて一斉に降り注ぐだろう。
――ならば、真正面から斬り伏せる。
桐花は重心を落とし駆け出す。正面から迫り来る魔力弾に、その機械刀を振り抜いた。
するとどうか。機械刀が魔力弾に触れた瞬間、まるで吸い込まれるように消え去る。それと同時に刃の部分が淡い黄色に染まった。
「紗百合、お返しだよッ!」
脚を踏み直し、紗百合に向けての一閃。動作に合わせ、刃から黄色い魔力の斬撃が射出された。
「ほわぁッ!?」
まさか反撃がくるとは思っていなかったのだろう。紗百合は急いで横にずれると、先ほどまで居た位置を斬撃が通過し壁に激突する。
紗百合は素早く状況を分析。消えた魔力弾、魔力弾と同じ色で染まった刀身――それらの情報から魔力を吸収されたことを悟る。
「ちょっとお姉ちゃん! そんなことされたら私、攻撃手段無くなっちゃうんだけど!?」
「はっはっはー知らんな!」
「むー!」
頬を膨らませる紗百合は鍵を振るい魔力弾を操作し攻撃する。しかし桐花の機械刀に吸収されるばかりで一向に命中する気配は無い。
「どうしたの紗百合ー? さっきまでの笑顔は何処にいったのかなー?」
「くっ、煽りがムカつく……!」
一転して桐花が紗百合を追い詰める形となった戦闘。攻撃が吸収され、それが敵の攻撃として利用される状況はかなり苦しい。
しかも、何故か桐花からの煽りというオプション付き。暫く牽制に動いていた紗百合だったが、姉妹の関係ゆえか我慢が出来なくなるのは時間の問題だった。
散々と煽られた紗百合は凄絶な笑みを浮かべる。鍵杖から新たなメモリアを二枚取り出し、空いているスロットにそれぞれ装填する。
「もう怒ったよお姉ちゃん、病み上がりなんて気にしないから! ロード!」
【Loading, GATE】
魔法の発動と同時出現する門。それが開かれれば、先に見えた光景は宇宙を写し取ったかのような景色。
紗百合は続けて魔法を発動。射出された魔力弾は門を通り、その場から消え去った瞬間桐花の背後から衝撃が加わった。
「い゛ッ!?」
突然の攻撃に振り返る桐花。すると直ぐ背後には紗百合の魔法によって作り出された門が口を開けていた。
門の中で瞬く閃光。桐花は感覚のまま機械刀を振るえば門より現れた魔力弾を斬り裂いた。
その流れで溜め込んだ魔力で遠隔斬撃を放つ。紗百合は跳ぶことで回避し、それに合わせて桐花も大きく後退する。
設置された門に紗百合が魔力弾を射出すると、別の門から魔力弾が出現している。加えて、絶えず門が移動し位置を変えている。
それは空間と空間を繋ぐ門。その魔法の前では距離など無意味。
「ちょ、ズルい! そんなの初見で防げるわけないじゃん!」
「問答無用! ネチネチ煽られた怒りを思い知って!!」
紗百合の命令に従い撃ち出される数多の魔力弾。囲い込むような軌道は鳥籠を彷彿とさせる。
桐花は回避を選択。それも敢えて前進することで意表を突く。
魔力弾の網目を縫うように避けた先には無防備な紗百合。これ以上にない攻撃の機会だろう。
――しかし、桐花は突如真横に跳んだ。
その答えは直ぐに示された。桐花が先程いた位置、その直上から大量の魔弾が雨のように降り注いだ。
種は簡単。先程撃った魔力弾を門によって回収、密やかに天井に設置していた門から射出するという攻撃だった。
もしそのまま攻撃に踏み込んでいたのなら、勝負は決していただろう。
危機的状況を脱した桐花。その口元には笑みが浮かぶ。
「よーし、勘戻ってきた!」
桐花の動きが加速的に洗練されたものになっていく。何度か攻撃を受けてはいるものの、最初とは比べ物にならないキレ。
迫り来る魔力弾を舞うように避け、メモリアを装填する。
「行くよ紗百合、ロード!」
【Loading, DIVIDE】
魔法が発動した瞬間桐花の手にあった機械刀は真っ二つに割れる。一振りの大きな機械の刀は、二振りの刀へと姿を変えていた。
大きく一歩を踏み出す桐花。
迫り来る弾幕も何のそのといった様子で素早く切り払い、僅かな隙間へと身体を滑り込ませて行く。手数が増えたことで数ある魔力弾に対する対処に余裕が生まれた。
まるでそれが最短ルートと分かっているかのような身のこなしで攻撃を捌いていく。そして遂には紗百合に肉薄し刃を振るう。
「ロード!」
【Loading, FLY】
しかし、その攻撃が届くことは無かった。桐花の目の前から紗百合が消え去ったのだ。
周りを見渡してみれば途端に上から聞こえた笑い声に顔を上げる。
視線の先には鍵杖に跨り空を飛ぶ紗百合の姿があった。
「残念だったねお姉ちゃん! あとちょっとだったのに~!」
小馬鹿にするような笑顔で言葉を発する紗百合。
それを受けた桐花はケースから一枚のメモリアを取り出す。黒と白のみで彩られたそのカードには『GRAVITY』と刻印されていた。
「ロード♪」
【Loading, GRAVITY】
桐花が満面の笑みで魔法を発動した次の瞬間、紗百合が途轍もない勢いで床に叩きつけられた。
突然の出来事に混乱しつつ、紗百合は逃れようと身体を動かそうとする。しかし不可視の重圧により指一本動かすことが出来ない。
そんな紗百合に向かって桐花はゆっくりと歩み寄り、剣を寸止めしたところでブザーが鳴り響いた。
「やっぱり姉に勝てる妹は存在しないんだよねぇー! あはは!」
「くぅ……ぐやじい……!!」
勝ち誇った様子の桐花と若干涙目の紗百合。それが模擬戦後の二人の様子だった。
その光景を見て恋が想起するのは中学生の頃の思い出。
水切り、雪合戦、テレビゲームに早食い。二人は小さなことでも何かしらに託けて競い合っていた。桐花が勝ったときは紗百合が悔しがり、紗百合が勝ったときは桐花が泣くということを何度も繰り返している。
それでも最後に笑顔で二人元通りの仲になるのは流石姉妹と言うべきなのだろう。
――恋にとって、その関係は少し眩しかった。
「……レンちゃん、どうしたの?」
「……何でもない。少し、中学の頃を思い出してた」
声の主は葵。覗き込んでくるその顔には心配そうな表情が浮かんでいる。
恋は改めて、自分は嘘がつけない人間だと実感する。
「非常に有益なデータが取れたよ2人とも! ありがとうッ!」
「いえいえー! 久しぶりに思いっきり体動かせたー!」
「こちらこそ。魔法を使えたので楽しかったです!」
それぞれ感謝を述べる二人。それを受けたナムコットは満足げに頷く。
「実は、今日キミたちに来てもらった理由がもう1つあるのだ」
「もう一つ?」
「初めにも言ったが、私はメモリーズ・マギアの更なる発展のためにも稼働データが欲しいのだ。そ・こ・で!」
ナムコットに突き出された紙。それはコロッセオのような闘技場を背景に、向かい合っている戦士が描かれたポスターだった。
「キミたちには一週間後に開催される『魔法決闘祭』のチーム部門に出場してもらうことになりまァす! あ、エントリーは私が既にやっておいたから安心したまえ。ちなみに、拒否権は無いからよろしく」
『……はい!?』
それはあまりに唐突なもの。
ナムコットより告げられたのは、魔法の一大イベントに参加するというものだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
模擬戦なんで戦闘は軽めでした。恋たちが参加することになる魔法決闘祭のところはがっつり描写するから楽しみにしててくださいね!
さて、2019年ももう終わりです!
私は2019年、なんだかあっという間に感じてしまいました。色々身の回りが忙しかったのが一番大きかったです。
ちなみに2020年の抱負は、体調に気を付けて無事故で過ごすことです。
よかったらみなさんの抱負なども感想と共に書いてくださると嬉しいです。
さて、後書きはここまで!
メモリーズ・マギア、2020年も頑張って投稿していきたいと思います!
それではまた次話でお会いしましょう!
みなさん、良いお年を!




