第4話 訪問、研究区域ファンタズマ
第4話になります。
それではどうぞ!
「ん、ん……」
意識が浮上し瞼をゆっくりと開ける。上体を起こし辺りを見渡してみればそこはホテルの室内だった。
肩を軽く回してみても特に痛みや疲労感といったものは無い。質のいい寝具のお陰だろう。
隣のベッドに目を向ければ育が未だ眠っている。安らかな寝息を繰り返す様子は見た目の幼さゆえか自然と微笑んでしまう。
「……っし、今日も頑張ろう」
異世界での生活に向けて、体を大きく伸ばした俺は独り言ちた。
「おはようみんな。昨日はよく眠れたかい?」
「おう。ホテルで寝るの初めてだったけど意外と大丈夫だったわ」
「……万全」
「ボクも眠れましたけど、やっぱり慣れてるベッドが一番って感じます」
朝食も終えてホテルの前。場には人型になっているベネト、恋、葵、育が集まっている。葵はいつもと変わらない様子で育は時折体を伸ばしたりして身体を解している。やはり人によってこういうのは違うのだと改めて認識した。
ちなみにベネトは仕事の関係で別の場所で泊まっていた。なにかと大変そうだが大丈夫なのだろうか、かなり心配だ。
ここには居ない二人を待っている間、昨日の出来事に思いを馳せる。
夕食のときには異世界の食事、と聞いて少し躊躇いもあったが食べてみればちゃんと美味しい料理だった。理由をベネトに聞いてみれば、サブテラーは様々な種族が住んでおり、他の星から旅行などで訪れる観光客も少なくないことから、料理の味付けは多くの種族に受け入れられるものになっているとのこと。
そのおかげもあって料理が舌に合わないということはなく、楽しく食事をすることが出来た。日本にも様々な国の料理文化が入ってきていることを考えると、サブテラーと日本の在り方は近いのかもしれない。
そんなことを考えていると玄関ホールの扉が開き二人がやってきた。桐花が眠そうに目を細めている隣で紗百合は無邪気な笑顔を浮かべている。
「おはよう。昨日は寝れた?」
「そりゃもうばっちり! 今日全力を出すためにしっかり寝たよ」
「ふぁふ……まぁ、いつも通りかな」
「ならよかった。それじゃあ全員揃ったし行くよー」
ベネトの背後を着いていく俺たち。昨日ほどの活気こそ無いが荷物を積んだ馬車などは走っていて仕事を始めている人もいた。
「ふんふっふ~♪ 未知なる知識が待っている~♪」
「ふぁ……紗百合、テンション高すぎ……」
「異世界の本が読めるんだよ? そりゃもう上がるでしょ!」
「一応、メモリーズ・マギアの開発者に会うのが主目的だからね?」
「分かってるって!」
苦笑いを浮かべているベネト。その様子は改めて見てもとても人間らしい。
魔法を使って変化しているとは思えないほどに馴染んでいる姿。以前にそういう魔法が得意と聞いていたが、ここまで精巧だとは思わなかった。
流石に見られていることに気付いたのか、ベネトが恋の方を向くと目が合った。
「レン、僕の顔になんか付いてる?」
「いや、魔法での変身って完成度高いなと」
「ああ、そういうことか。僕の場合は仕事上使う機会が多いからね、今では余程勘の鋭い人か専用の検知機械とか使われない限りはバレない自信があるよ」
ベネトはかなり得意げな表情を浮かべている。そういうことなら納得だった。
そんな時、先ほどまでご機嫌だった紗百合が何かを思い出したのか口を開いた。
「そういえばベネト、昨日『サー』って名前に付けられていたけど。アレってどういう意味?」
「いわゆる勲章さ。国に一定の貢献すると王から直々に授与されるんだよ」
「へー、栄誉称号みたいなものか。そういうのこっちでもあるんだね」
「ということは、ベネトさんって偉い人……?」
「イク、僕は堅苦しいのあんまり好きじゃないんだ。だから自然体で接してくれると嬉しい」
「そうなんですね! なら今まで通りで!」
話を弾ませながら歩いた恋たち。遂に目的の研究区域ファンタズマに転移するポータルの前に立った。
「……多いね」
「そうだな……」
前に使ったときとは違いかなりの大きな広場になっているが、それでも様々な種族の人々が集まって賑わっている。
よく見れみると、顔つきが幼く鞄を持っている人が大半を占めていた。
「昨日言ったけど、この時間のファンタズマ行きは学生が多いからどうしても込んでしまうんだ。……っと、来たね。みんな行くよ」
ベネトが説明途中で目の前にあった銀色の扉が開く。まずはそこから乗っていた人たちが降り、それを見届けるとなだれ込むように乗り込む。ポータルの中は一瞬ですし詰め状態となった。
それに苦しむも数秒、扉が開いたことで中にいた全員が一気に躍り出る。そしてそのままポータルのあった建物から外に出た。
その光景を見た時、恋の脳裏にふっと浮かんだのは『近未来』という言葉。
ガラス張りのビルが参差として立ち並ぶ。眼前の歩道には缶型のロボットが行き交う人にぶつからず器用に徘徊している。若々しい樹木が整列する街路は多くの車。また空には直径三〇センチほどある円盤型の機械が滑るように飛んでいる。
王都とは一転。そこには科学技術に満ち溢れた前衛都市が広がっていた。
「あはは、びっくりしてるみたいだね」
「いや、こんなの見たら誰でも驚くだろ……」
恋の言葉に賛同して頷く他の面々。
サブテラーに来た際、科学っぽい区域があるのは知っていたが、実際に見てみると迫力は段違いだ。
「さて、みんなの驚くところも見れて満足だし行くよー」
「……ベネト、ほんとイイ性格してるよな」
「え、そう? ありがとう!」
「いや、どう考えても褒めてないでしょ」
紗百合がジト目を向けるが、ベネトは毛ほども気にしていないのか笑顔のまま。前を歩く彼の後を着いていきつつも辺りを見渡してみる。
確かに科学の発展した街ではあるが、全く自然が無いというわけでもない。街路樹等も植えられており、空気も別段汚いと感じず過ごしやすい。
「さて、みんな着いたよ!」
街の景観に目を向けながらも歩くこと二〇分ほど。ベネトの言葉と共に指し示す方向に全員が視線を動かす。
広い敷地に白い棟が幾つも連なり、辺りには白衣を着た人もちらほら見える。まさしく研究所といった様相をした場所だった。
「ここにメモリーズ・マギアの製作者が……」
「こういう場所来たことないからワクワクする!」
ベネトの後を追い敷地に足を踏み入れる。中にいた人たちは一瞬だけ恋たちに視線を向けるも、直ぐに意識を戻した。
自動ドアを跨ぎ、建物の中にある転移装置に乗り込む。降りた後に窓を覗き込めば地上にある物がかなり小さく映っていた。
「やぁベネト、よく来たねぇ!!」
「……相変わらずうるさいなぁ、ナムコット」
そんなことを思っていると、快活な男の声がフロアに響く。視線を戻せばベネトと一人の男性が話しているようで、ベネトの顔には疲労感が漂っていた。
「まったく、旧友との再会を少しは喜んだらどうだい?」
「今日の主役は僕じゃない。ちゃんと連れて来たんだからさっさと挨拶しなよ、みんな戸惑ってるだろ」
「なるほど、キミたちがそうなのか!! んンっ、私の名前はナムコット・キット・クロックワーク! 親しみを込めてナムコット博士と呼んでくれたまえッ!!」
――なんだ、この変人。
まるで劇の演じるかのように大きな身振りで自己紹介を行ったナムコット。彼に対する第一印象は奇異だった。
恋は横目で皆を見るが、桐花以外は戸惑っているようでベネトは頭に手を当て呆れている様子。どうやらこれがナムコットの平常運転らしい。
視線を戻し改めて観察してみる。深い緑色の髪の毛に輝く緑色の眼。顔立ちが整った青年が白衣を纏っていて、顔写真の添付されているカードが入った透明のホルダーを首から下げている。
これだけならばイケメン博士で済むのだが、如何せんその落ち着きのなさとでも言うべきテンションが全てを台無しにしていた。
「ならば一分一秒が惜しい! 諸君、着いて来たまえ! カモンッ!!」
そう言うとナムコットは一人で歩き出した。それも競歩かと錯覚するほどの速い歩きだ。
「あ、あはは……なんかすごい人、ですね……」
「イク、こういう時は正直に言っていいんだよ。無駄にうるさい頭おかしい奴だって」
ベネトの先導でナムコットの後を追う。ベネトは心底面倒くさそうにしており、そこから彼がナムコットの事をどう思っているのか凡そではあるが理解できた。
「ヘイヘイもしもしモーニングコールだよリズ君おはようございまーす! 今からそっち行くから機材の準備よろしく……ってなに、今起きた? 髪がぼさぼさ? そんなことは一切問題にならんなァ! さっさと昨日言っておいた通りに機材一式準備しなさい! ……あ、もし忘れたのなら一番ラボのボードに全部書いてあるからそれ見て。イイですねッ!!」
ナムコットは喋る勢いのまま端末による通話を切断。高笑いを発しながら歩いていく彼の後を追うと、最早何度も利用した転移装置に乗り込む。
そうして辿り着いた場所は、人口の光が輝く場所だった。
転移装置から少し歩いたところにある扉の前でナムコットが止まる。扉横にある装置に首から下げたケースをタッチするとカチッと鍵が開くような音。どうやらアレはIDカードのような物らしい。
「ほらほら入った入った!」
招かれるがままに『魔法実験室Ⅱ』とプレートに書かれた部屋に入る。そこには恋たちでは理解の出来ない複雑な機械が所狭しと並んでいた。
そんな機械に囲まれた環境の中、忙しなく作業をする人が一人。白衣に身を包んだ綺麗というよりは可愛いと表現する方が似合う女性であり、茶色の髪は最低限しか整えられておらず所々が跳ねていた。
「なんだなんだちゃんと準備してるじゃあーりませんかリズ君」
「昨日の内に粗方運んでおいたんです! ていうか、必要なら自分で用意してくださいよ!」
「……は? 私は忙しいんだが?」
「私だって忙しいわこの馬鹿博士!」
その女性とナムコットが口論になる目前というところで女性の方が恋たちの存在に気付いたらしい。視線がばっちりと合う。
「……博士、ベネトさんは分かるけど他の子たち誰です?」
「誰って、メモリーズ・マギアの使用者たちだが。言っていただろう」
「……え、マジで? 大丈夫? なんか変なことされてない?」
「おいリズ君、キミは私の事を何だと思っているんだ」
女性が行っていた作業を中断して問いかけてくる。その表情から真剣に心配していることが伺えたので、何もされていないことを伝えると安堵の表情へと移り変わった。
「えーっと、じゃあ自己紹介を。リーズネット・ジンバーラッド、種族はヒューマンの二四歳です。そこの畜生頭お逝かれクソサイコ博士の助手をしてます」
「なんてことを言うんだリズ君! この空・前・絶・後の大発明者、ナムコット・キット・クロックワークに向けての発言とはとても思えないなァ!?」
「うっさいわバーカ!! 言っておきますけど私、あんたのこと一ミクロンも尊敬してないですから!」
「何ィ!?」
再び勃発する口論。しかしそれを仲裁する者が現れた。
「あ、あのー、時間が勿体無いんじゃ」
「ハッ、そうだった! リズ君さっさと準備を終わらせたまえ!」
「あーはいはい分かりましたから、博士はさっさと『キューブ』の動作確認やってください」
育の発言によって両者が静まると部屋の奥に設置された扉を開け消えるナムコット博士。こちらではリーズネットさんが機材に様々がコードを繋げ起動されたコンピュータのキーボートを叩いている。二つある画面の内一つには立方体の図が、もう一つには何やらプログラムのような文字の羅列がひたすら表示されていた。
「止めてくれてほんとありがとうキミ。あ、作業しながらで悪いんだけど全員名前を教えて貰えると嬉しいな」
それぞれの名前を言って簡単な自己紹介を終える。そしてそのタイミングで扉を開けナムコットが帰ってきた。
「リズ君終わったかーい? 私の方は終わったぞーう?」
「はいはい……っと、システムオールグリーン。行けますよー」
「よォし! さぁ諸君、カモンッ!!」
そう言って先ほど出入りしていた扉へと再び消えるナムコットを追って扉を潜る。
そこで恋たちを待っていたのは、白い四角の部屋だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
年末で忙しいですが私はこの休みを利用して小説を書いています。みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
もうすぐ2019年も終わりですが、悔いの残らないようにこの小説を書いていきたいと思っています。
さて、次回ですがいよいよ桐花と紗百合の変身です!
どんな魔法が使えるのか、ぜひお楽しみに!




