後日談 家族
事件からの後日談その2です。
ではどうぞ!
日曜日の朝、太陽に照らされながらも俺は家の前にいた。
時刻は朝九時を回った頃。何度もスマートフォンの時計を確認してしまう。
そうしていると近付いてくると地面とタイヤが擦れる音が聞こえる。顔を上げて音がする方向を見れば、見知った車の顔が近付いてきて目の前でゆっくりと止まった。
「おはよう恋、元気だった?」
運転席の窓が降りるとそこにあったのは眼鏡をかけた優しそうな顔をしている大人の男性。名前は柊誠也さん、桐花の父親だ。
「勿論です。今日はお願いします、誠也おじさん」
「……恋、もう少し砕けていいんだよ?」
苦笑いしながら言われた言葉に思わず顔を逸らしてしまう。
自分は今、どんな表情を浮かべてるのだろうか。車の窓は開いてしまってる為、分からなかった。
「……すみません。誠也さん」
「うーん、直らないかぁ……。まあいいや、とりあえず乗って」
後部座席のドアを開けると車に乗り込む。そこにはブロンドの髪をツインテールに纏めアメジスト色の瞳を輝かせる、少し大きい本を膝に置いた小柄な少女――桐花の妹である紗百合がいた。
「お兄ちゃん久しぶり!」
「久しぶり、紗百合。よく来たな」
「お姉ちゃんが目を覚ましたんだよ! そりゃあ行くしかないでしょ!」
ニコニコとした笑顔を浮かべ彼女は心の底からそう思っているのだと伝わってくる。1年以上も寝たきりだった姉が目を覚ましたのだ、その喜びも分かる。
座席に座りシートベルトを締めるとゆっくりと車が発進する。それだけでも運転手である誠也おじさんの優しさが伝わってきた。
「恋、こっちに住んでから調子はどう? いろいろ不便とかしてない?」
そんなとき助手席からゆったりとしながらも心配そうな声を掛けてくれた女性は柊忍さん。桐花の母親に当たる人だ。
身内贔屓とかそんなものが無くてもとても綺麗な女性で、丁寧に手入れされた茶髪が目に映る。
「大丈夫ですよ、忍おば――」
「ん?」
車の中の温度が一瞬で氷点下に達したかという感覚が走る。まずい、誠也おじさんと同じ調子で話しかけてしまった。
「――忍、さん」
「うーん……まぁ、今回は良いでしょう」
しっかりと言い直せば張り詰めた空気が霧散するのを感じて大きく息を吐けば隣にいる紗百合が顔を逸らしてプルプルと震えている。どうやら笑いを堪えているらしい。
「……紗百合、何が面白いんだよ」
「だ、だって……ぷくくっ、お兄ちゃん言っちゃいけないこと忘れてるんだもんっ」
「はあ……油断しただけだ。ちゃんと直すよ」
「駄目よ恋。意識するのではなく、自然と出るようにしなきゃ」
紗百合との会話に忍おば「ん?」……忍さんが入ってくる。というか思考にも入ってきた。
昔からだが、忍さんは思考が読めているのではないかということが多々起こる。俺を含め桐花や紗百合、誠也さん、桐花の祖父で俺の武術の師匠でもある龍玄さんの思考は良く読まれる。昔、気になって正直に『なんで考えていることが分かるんですか』と聞いたことがある。『愛、よ』と決め顔で返ってきた。何故そこで愛かは疑問だが、なんとも忍さんらしいとも言えた。
そんなことがあって紗百合は忍さんがサトリ妖怪、もしくはサトリと人間との間に生まれた子供なのではないかという仮説を立てている。ちなみに紗百合が押しているのはサトリと人間の間に生まれた子供説。本人談だが龍玄さんは心が読めないとのことなのでその奥さん、俺たちから見ればお婆さんがサトリだったのではないかと考えているらしい。なんでも『心が読める存在が複雑な心を持つ人間と愛し合うなんて壮大なラブロマンスを感じる!』とのことだ。
――駄目だ。最近魔法という非日常に関わったせいで、前はそんな訳ないと思っていたこともあり得るかもしれないと思ってしまうようになっている。
ちらり、と車に備わっているルームミラーを覗き込めば忍さんの顔が映る。そしてそれに気付いたのか視線が合うと微笑みを浮かべたのが気まずく感じ視線を逸らした。
「というか、なんでおじさんって言われるんだ。まだそんな歳でもないのに……お父さんって呼んで欲しい」
「簡単ですよ誠也さん、呼んでくれないのならそういう風にしっかりと言い聞かせればいいのです」
「えぇ……僕は忍みたいに怖く怒るのとか無理なんだけど」
「――誰が怖いですって? 誠也さん」
「そういうとこだよ!?」
信号で止まっている中で交わされる会話も懐かしく感じる。誠也おじさんが口を滑らせて忍お母さんが静かに起こるというのも伝統芸能のようなものだ。
ふと隣の紗百合を見ると先ほど膝に抱えていた大きな本に比べれば小さな本、おそらくだがライトノベルと呼ばれるを読んでいた。紗百合は本を読むのが大好きで暇さえあれば読書をしているため回もこちらに来る車の中でずっと読書をしていたのだろう。
「紗百合、どんな本を読んでいるんだ?」
「これ? これはね、現実世界を舞台にしたファンタジーものなんだけど――」
声を掛けたことで紗百合は顔を上げると意気揚々と笑顔で語り出す。
「――地球にやってきた侵略者を魔法使いの主人公が倒すってお話!」
「ぬふっ」
変な声が出た。
「? どうしたのお兄ちゃん。何か詰まった?」
「あ、ああ、少しな。でも大丈夫だぞ」
「……変なお兄ちゃん」
不思議そうな顔をしてくる紗百合を苦笑いで誤魔化しているが心臓がうるさい。
というか、なんで今に限ってそんなピンポイントな本を持ってきているんだ。
「二人とも、そろそろ着くよー」
誠也おじさんの言葉と共に窓の外を見る。
そこには桐花の入院している病院があった。
「……はい、全員問題ないですね。それではどうぞ」
確認を終え、看護師の誘導の元でエレベーターに乗り込む。ふと桐花が目覚めた日の事が想起される。
あの日、桐花の目が覚めたのは夢だったのではないか。俺が都合の良い幻覚を見せられてしまっているのではないかと。
そうしていると頭の上に何かが乗る感触がする。顔を上げればそこには優しい表情を浮かべた誠也さんの姿があった。
「そんな顔してたら、桐花が悲しむよ」
「……そうですね」
静かに呼吸を整える。すると目的の階層に着いたエレベーターがその扉を開いた。そこからしばらく歩き病室の扉の前で職員がノックをすると『どうぞ』という言葉に体が一気に強張るのを感じながら病室へと入る。
「……久しぶり。お母さん、お父さん、紗百合」
そこにはベットの上で上半身を起こした桐花がいた。
彼女の黒髪は膝裏近辺まで伸びておりやせ細った頬様子を見せながらも翡翠色の瞳をこちらに向け柔らかい表情を浮かべている。
そんな彼女から小さく紡がれる言葉。それは、確かに現実に発せられた言葉だった。
「……ッ、おねえちゃあああああああんッ!!」
「っと……紗百合、危ないよ」
大粒の涙を零しながら抱きつく紗百合を抱き留める桐花。発せられる言葉も紗百合を心配したもので彼女の優しさが垣間見えた。
「だって、だってぇ! このまま起きなかったらどうしようって!!」
「……心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
泣きながら嗚咽を漏らす紗百合をまるで子供をあやすように頭を撫でていた。
「本当、目が覚めて良かったよ。家族が寝たきりっていうのは嫌だったから」
「ええ、そうね。本当に良かった……」
抱き合う桐花と紗百合の様子を見て感慨深そうにする誠也さんたち。
桐花が意識不明になって大きな病院に移すと決まったときの顔は今でも覚えている。俺と紗百合に対して不安を見せないよう、何かを必死に耐えているようで自分も胸が痛かった。
そんな誠也さんたちが今は心の底から喜んでいる。それ以上に俺にとって嬉しいことは無かった。
感傷に浸っていると桐花の翡翠色の瞳が俺に向けられる。
「久しぶり、恋」
「……ああ、久しぶり。目が覚めてよかった」
「えへへ、恋のおかげだよ」
屈託のない笑顔で言葉が交わされる。
胸の中に足りなかった何かが埋まったような気がした。
「本当はいっぱい話したいけど、まだ検査があるからそんなに長く話せないんだ。ごめんね」
「それについては聞いてるから大丈夫だよ桐花。だから謝らないでくれ」
「……ありがとう、お父さん」
桐花が笑顔で感謝の言葉をかけると誠也おじさんは眼鏡を外すと目頭を押さえながら病室から出て行ってしまった。忍さんも扉に向かって歩き振り返ると俺たちに向かって笑みを浮かべた後にその跡を追うように病室から出て行く。どうやら数少ない面会時間を俺たちに譲ってくれたようだ。
「あのねお姉ちゃん! 私、お姉ちゃんの目が覚めても大丈夫なように勉強頑張ったんだよ! 高校の範囲までばっちりだから、勉強は私に任せてね!」
「あ、はは……それは思い出したくなかったなぁ……」
紗百合の言葉に涙目で項垂れる桐花だったが、場に流れる空気は微笑ましいものだった。
「そういえばさっき目が覚めたのはお兄ちゃんのお陰って言ってたけど、どうして?」
「……そうだね、なんて言えばいいかなぁ」
ちらり、と翡翠色の瞳と視線が合う。体が強張る感覚に襲われる中そんな俺を見て笑った桐花は紗百合に視線を戻すと笑みを浮かべながら口を開いた。
「恋がね、私に魔法をかけて起こしてくれたんだよ」
「え、魔法!? お兄ちゃん魔法使いだったの!?」
「は、はは。そんなわけないだろ……」
興味津々といった様子で詰め寄ってくる紗百合に詰め寄られるが渇いた笑いしか出てこない。そんな俺たちを見て声を押さえて笑う桐花。
返ってきた日常の時間は、あっという間に過ぎて行った。
面会時間が終わると誠也さんと忍さんは呼び出され、病院の医師と桐花の今後のことについて話がされた。終わってから聞いた話によると特に不調は見られず1年以上昏睡していたとは思えないとのことで、このままいけば療養生活の後にリハビリも始められるそうだ。
そして誠也さんの車は俺の家の前に止まっていた。
「これから誠也さんたちはどうするんですか?」
「折角こっちに来たんだし、少し観光してから帰るよ。あとは買い物かな。お義父さんから『美味い肴を買ってこい』って言われてるからね」
苦笑いしながらそう語る誠也さん。
桐花の祖父である柊龍玄さんはお酒をよく飲む。恐らく今日の夜は桐花の目が覚めたことのお祝いとしてそれはもうたくさん飲むのだろう。それに付き合わされる誠也さんの苦労が易々と想像できた。
「恋、少し聞きたいことがあるんだ」
空気が少し変わる。それだけで誠也さんが真面目な話をしようとしているのが感じ取れた。
辺りを見れば忍さんと紗百合は少しが慣れた場所に居る。どうやらわざと二人きりにされたようだ。
「――恋は今、幸せかい?」
その一言だけで、誠也さんが一体何を言いたいか分かった。
――答えることは決まっている。
「幸せですよ。桐花の目は覚めたし、紗百合も笑ってくれるようになりましたから」
電話で聞いた紗百合の声を聞いた時は寂しさを我慢しているようだった。だから視線の先で満面の笑みを浮かべているのを見ると本当に良かったと思う。
「……そう、か」
小さく発せられたその言葉がどういう意味を持っていたのか、俺には分からなかった。
「恋、これだけは覚えておいてくれ。僕だけじゃない……忍も、桐花も、紗百合も、龍玄さんだって、君のことを本当の家族だって思ってる」
俺と誠也さんの視線がぶつかる。
しかしそれも数秒、辺りに流れていた空気が霧散した。
「じゃ、僕たちはそろそろ行くよ。よく寝てよく食べて程よく運動、それと風邪には気を付けるんだよ」
「勿論です、そこはちゃんとしてます」
「ならよし」
満足げに頷くと三人が車に乗り込む。それを見ていると後部座席の窓が降りて紗百合の顔が見えた。
「お兄ちゃん! 今度のゴールデンウィーク、私だけでこっちに来るからよろしくね!」
「分かった。来るときは気を付けてな」
「うん! 必要な荷物は先に送っちゃうからそれもお願いね!」
「りょーかい」
そうしていると今度は助手席側の窓が降りる。
「恋、しっかり勉強頑張るのよ? 成績は落とさないように。じゃないとお小遣い減らしますからね?」
「あー……善処します」
俺の答えに満足したのか笑顔を浮かべると窓が上がり3人を乗せた車がゆっくりと発進した。その姿が見えなくなるまで手を振り続ける。
「……よし! 頑張りますか!」
先ほどかけられた言葉を思い出し気合を入れる。
俺の日常は、まだ始まったばかりだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
桐花の家族、その内面を少しでも分かっていただけたら幸いです。
さて次回は番外編その3。(多分)みんな大好き男の娘、浮泡育くんの出番です!
ぜひお楽しみに!




