最終話 あなたに微笑む
いよいよこの章も最終回です!
気合い入れまていくぞ!!
空に浮かぶ三人の魔法少女は、大きく変化を遂げていた。
糸を作り出す右腕の機械武器が大きく展開され包まれていた腕が見える状態になっていると同時に首に巻いたマフラーが緑色に輝く翼に変化している育。自身の体よりも遥かに大きくなり展開された装甲から紫色の翼が生成された弓、それに新しく現れた操縦桿のようなものを掴む葵。元よりも一回り大きくなった機械の籠手、展開された脚部装甲からは赤色の魔力が翼として形作られている恋。
そして全員が身を包む衣装が白を基調とした煌びやかなモノになり、どこか神聖さを感じさせるものになっていた。
三人はお互いに頷く。
そしてそれぞれが自身の翼を大きく羽ばたかせると一気にアルカエスの花、その大樹へと飛翔した。
「ふんッ!」
アルカエスの花の一部が煌めき桜色のレーザーが複数放たれるも軽々と避ける三人。その姿は依然として空中に存在し、地面に落ちる気配などは微塵も感じない。
エノは接続されたアルカエスの花へ命令を下す。先ほどとは比べ物にならないほどの光量を発する様はまさに火樹銀花。
そこから放たれるのはあらゆる存在を焼却する光。その脅威はよく理解できている。
葵はケースから素早く『クラスター』のメモリアを取り出し装填。番えられるは槍と表して差し支えない巨大矢。
姿を変えた機械弓が駆動音を鳴らしながら独りでに動き弦を引き絞る。グリップに備わる引き金を引けば、放たれた矢は無数に分裂しながらアルカエスの花へと向かって行った。
それと同じくして、再び大樹に咲く花たちからレーザーが恋たちに発射された。
瞬間、辺り一帯の空気が大きく震える。
葵が放った矢がアルカエスの攻撃を迎撃し、その全てを相殺した。
「なに!?」
その光景に目を剥くエノ・ケーラッド。
アルカエスは成層圏を超えてまでその枝を伸ばし咲く花。先ほどのレーザーも宇宙空間から届く光をそのまま吸収、凝縮したものをそのまま攻撃へと利用している。その威力は易々と地形を変えるもので、先ほどまでの戦闘からもそれは分かるだろう。
そんなアルカエスのレーザー攻撃を真正面から防ぐどころか相殺した、その事実はエノにとって驚愕に値するものだった。
「アルカエスよ、その根を天へと伸ばせ!」
更なる命令を下すと立ちどころに地面が盛り上がり現れた根の軍勢が空にいる魔法少女に向かって一斉に襲い掛かる。しかしその攻撃が成功することは無く、全ての根がその半ばから切断され宙を舞っていた。
「はあぁぁぁっ!」
声を張りながら右腕を振るう育。それに合わせて右腕にある装置が何十本もの糸を生成し、地面に広がる樹の根の群れを次々と輪切りにしていく。
空を駆ける緑の軌跡は風のようで、切断力は下手な刃物よりも高く鋭い。百頭竜も斯くやといいわんばかりの大軍を瞬く間に切り伏していく。
「うおおおおおおおおッ!!」
「ッ!?」
明らかに押され始めたことに狼狽していたエノがその声で顔を上げる。
その視線の先には既にこ腕を振りかぶり突撃体勢に入っている恋の姿があった。
「根よ、集え!」
螺旋状に捻じれ幾つも重なり壁を為した根と恋の拳が激突し辺りに豪快な打撃音を響かせた後、根の壁にヒビが入り大きな穴を開ける。眼前に見えたエノを視界の中央に捉え左腕を思いきり引き絞り敵の眼前へと迫った恋。しかしその瞬間、彼の元に光の柱が降り注いだ。
「くそっ!」
連続的に天から撃ち込まれるレーザーによって土煙が舞う中、その一部が盛り上がると恋がその姿を現す。大きな傷を負っていないことからも先ほどの攻撃を喰らった様子はなかった。
「はぁ……はぁ……」
土煙が晴れ視界が開ける。
そしてそのタイミングを狙っていた葵が『スパイカー』のメモリアを装填し生み出された巨大な矢を撃ち出す。その進行方向に根が幾つも連なるがその勢いは衰えることを知らず貫通し続け一直線にエノの元へと向かう。
しかしその時、彼の目の前から一本の根が現れ攻撃を受け止める。その根はまるで膨張するかのように急激にその太さを増していくと矢はその進路を僅かに逸らし彼の真横をすり抜ける形で通過、アルカエスの樹を削いだ。
「ぐっ」
それと同時にエノの口から血が吐き出される。
荒げた呼吸を整えていると削られた樹はまるで時間が戻しえているかのように再生され、最後には微塵も傷が無い状態になった。
そして彼は大きく息を整え顔を上げるとその視線を魔法少女に向け、その頬に一筋の血が滴っているのを認めると目を細めた。
「……なるほど、そういうことか」
アルカエスが伝説の花とはいえ、その主な機能は星に根付き乗っ取ることによる世界法則の上書きと花から放出される催眠幻術。歯向かって来る生物は持ち前の催眠幻術で何とかなる以上、お世辞にも戦闘能力があるとはいえないが、それでも新人の魔法使いならば手も足も出ない物であり、事実魔法少女たちも苦戦していた。
だが、彼らに輝く翼が現れてから明らかに形勢が変わった。
アルカエスの花のレーザー攻撃は相殺され、根も簡単に切断され、打撃によっても粉砕された。そして先ほどの赤い魔法少女に対しての攻撃はしっかりと引き付けて行ったがそれも躱された。攻撃力、機動力が異常なほど上昇している。
その一方、彼らは防御する姿勢を一切見せていない。必ず避けるか、攻撃で相殺するかで躱している。恋の頬に刻まれた傷は先ほどエノがギリギリまで引き付けレーザーを放った時に掠ったのだろう。
「装備の制限を外したのか。そして防御に回していた機能を攻撃に回した、と」
それならば納得がいく。
異常な魔力出力とそれによる攻撃力と機動力の獲得と防御をしない姿勢、それらの条件から恋たちが行っているのは防御の一切を捨て去ったまさに捨て身とも言えるものだと推測したのだ。
長年魔法を研究した観察眼故か、その予想は見事的中していた。
「恋先輩、ボクも行きます!」
「ああ、頼む!」
地面からの攻撃を粗方片付けた育が戦列に加わると3人は翼を羽ばたかせ空を翔ければそこに対してアルカエスのレーザー攻撃が降り注ぐ。彼らの思考は、突撃前に言われたベネトの言葉を思い出していた。
「リミッターを外す、ですかっ!」
「ああ、そうだ」
恋たち円陣形を組み襲い掛かる根を防ぐその中央、ベネトは自身のデバイスから現れたホログラムキーボードを高速で叩く。
「メモリーズ・マギアには幾つもの安全機構が取り付けられている。それがないと、下手をしたら使用者自身を傷付ける可能性があるからだ」
ホログラムのディスプレイを走るように途轍もない速さで文字が打ち込まれていく。そしてそれを目で追いながらもキーボードを叩く速度は微塵も遅くなる気配が無い。
「今、その一切を取り除いて“決戦形態”に設定する。決戦形態っていうのはメモリーズ・マギアに備わってる最終兵器みたいなもので、今まで掛かっていた制限が無くなって更なる力が得られるんだ」
「だけど、良いことばっかりじゃないんだろ!」
「うん、勿論」
当たり前のように返すベネト。画面を見つめるその真紅の瞳は何処までも冷たいものだった。
「安全機構を無くすということは本来押さえつけられていた出力がそのまま反映されるということ。そのフィードバックは使用者がもろに受けることになる」
半透明のキーボードを横にずらすと今度はディスプレイに手を伸ばし現れた項目を次々とタップしていく。
「そして何よりも、決戦形態に移行するにはキミたちを守っていた防御機構に使っていたリソースを使うことになる。攻撃を受けても今までみたいにダメージを軽減してくれることは無いし、決戦形態の間は防御魔法の一切が使用できなくなる」
そう告げたベネトは画面に現れた『Mode:LIMIT OVER』の項目をタップすると3本のゲージが出現する。
そしてそのゲージが全てマックスになった時、恋たちに変化が起きた。
「うおっ!」
相手の攻撃を弾くために放った拳が敵を粉砕。葵の方では矢が易々と敵を貫通するようになり、育はその糸によって真っ二つにした。
突然増した力に戸惑いを見せる三人だったが、それでも迫り来る根を殲滅するとベネトへと向き直る。
「そして決戦形態の移行に最後に必要なのが、キミたちの強い想いだ」
「強い、想い?」
こくり、と小さく頷くベネト。
立ち上げていたホログラムのキーボードとディスプレイが消失する。
そしてベネトは3人を見渡すように視線を向けた。
「忘れちゃ駄目だよ。メモリーズ・マギアは使用者の想いを魔法にするモノ。そして魔法とは意志の力だ。意志無き者に応えることは決して無い。――自らの願いを想い、そして戦え。それがキミたちがキミたちであることの証明なのだから」
極光の雨を掻い潜り樹へと向かって行く。
レーザーの勢い、数は先ほどよりもかなり増していて苛烈なものとなっている。
「くっそ、気付かれたか!」
今の魔法少女三人にとって一番されたくない攻撃は何か。それは広範囲を巻き込む攻撃である。
恋たちは強大な攻撃力と飛行能力、俊敏な機動力を得たものの一切の防御機構を無くしたせいで一撃でも受けてしまえば死んでしまう可能性がある。すなわち全ての攻撃を避けるか相殺するかしなければならないのだが、範囲攻撃はその難度が急激に上昇する。
面制圧という言葉がある。攻撃を面のように広範囲で繰り出すことで敵をその場に釘付けにすることで足止め、時間稼ぎをするという戦略だ。
彼らは飛行能力と高い機動力を手に入れた。しかし今いる空間はアルカエスによって塗り替えられ障害物などが微塵も無い世界。つまり面制圧で釘付けにされてしまえば攻撃を受けるか相殺するかの選択があるが、恋たちは攻撃を受けることは出来ないため相殺の一手を強制的に選ばされるはめになる。
勿論恋たち三人の魔法少女はそのことを分かっており、なるべく大きく動いて誘導し避けやすい位置にレーザーを撃たせるなど対策を講じている。
だが、彼らにはもう一つ厄介な条件があった。
「くそっ! ほぼ咲いてる……!」
それは制限時間。
現在彼らから見える大樹の枝はそのほとんどが埋め尽くされている。割合で表すならば開花状況は既に八割を超えており、それに伴ってアルカエスからのレーザー攻撃は苛烈さを増す。
もはや彼らに残された時間は僅か。猶予など数えられるほどしか残されていない。
恋は遠くにいる二人と意志疎通のために念話を繋ぐ。
『葵、育! もう時間が無い!』
『……ッ、分かってる! でも……!』
『避けるのと捌くので精いっぱいです!』
交わされる会話は苦しいもの。
事実、彼らが立つのは苦境の真っただ中。威力を増した攻撃でも押し切れず焦りが募ってきている。
しかしそんな状況下でも、恋の眼は真っすぐ大樹の方へと向けられていた。
『そんなことは分かってる! でもこのままやってても攻撃が厚くなって本当に間に合わなくなる!』
『何か、作戦でもある、のッ!?』
上ずる葵の思念。花の総数が増えたことで相殺しきれなかったレーザーが真横を通過し、腕を掠めた。
血は流れない。まるで火に焼かれたように傷口が爛れている。もしまともに喰らえばたちまち蒸発するだろう。
恐怖にすくみそうになる少女の身体。されど矢を放つことを止めはしない。
アルカエスが繰り出す光線に真っ向から対峙できるのはただ一人。仲間を守るためにも絶えず弦が唸りを上げる。
『至極単純明快! 真正面から最速最短で突っ切る!』
『しょ、正気ですか!? 下手に一発でも喰らったら終わりなんですよ!? それこそリスクが高すぎます!』
育の懸念は正しい。防御力のほとんどを捨てた三人は一撃でもまともに喰らえばそこで終了。下手をすれば死ぬ可能性だってある。
しかし時間が経ち地球が乗っ取られてしまえばそれこそ終わり。彼らが今まで戦ってきた意味の全てが水泡のように消えて無くなる。
ならば、どちらを取るか。
『だから死ぬ気でやるんだよ! 死なないようにな!』
『恋先輩、滅茶苦茶言ってるって分かってます!?』
『分かってるけど、これは押し通せる“無理”だ! だったらやるしかないだろ!』
恋の言葉に怒るような、嬉しいような様々な表情を浮かべる育。
敵の攻撃を捌きながら百面相していた彼は、大きくため息を吐いた。
『分かりましたよ! 実際このままじゃジリ貧ですからね、葵先輩はどうですか!』
『……私も賛成。さっきもだけど、そろそろ抑えきれないッ』
『決まりだ! 合図で動くぞ!』
そう言うと恋は念話を一度切断する。
そして小さな声で呟いた。
「準備はいいか?」
「――ああ、キミたちが頑張ってくれたおかげでね」
返ってきた小さな声に恋は口角を僅かに吊り上がらせると意識を敵に戻しレーザー攻撃を避ける。他の二人もそれぞれ自身の役割を果たしながら、いつでも合図が来ても良いようリズムを整える。
そして、その時はやってきた。
『――今だ!』
レーザーによる攻撃が完全に止まり天に咲く花が一斉に輝き出したその瞬間、合図と同時に3人は一か所に集うと大樹に向かって飛び出す。翼を操り迫り来るレーザーの隙間を縫うように飛翔するせいで彼らの体には攻撃が掠り所々から血が流れるがそんなことは関係ないとばかりに大樹へと向かう。
そうして進んでいた彼らがある地点を超えたときレーザーによる攻撃が全て消え去る。しかし次の瞬間、大樹に咲く全ての花が同時に輝きだした。そこから導かれる答えは全ての攻撃を一度に放つことによって隙間を完全に無くす攻撃であるということだった。
無論、それは恋たちも分かっていた。
「ロード!」
【Loading, ENHANCE】
恋と葵に対し育は糸を結ぶと『エンハンス』を発動。速度が急激に上がり、彼らの背後をレーザーの一斉射撃が通過した。
生まれた空白の時間を埋め尽くすように一直線で進む恋たち。根が妨害として出てくるが今や障害物にもならず最短ルートを塞ぐものだけ処理されていく。
育による『エンハンス』の効果が切れ速度が通常に戻る。その瞬間を狙ったタイミングで花の光が一点に収束、極大の魔力球が放たれようとしていた。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
恋の声と共に幾重にも魔法陣が展開され、普段の物とは比べ物にならないほどの巨大な魔力球が形成される。そしてアルカエスからレーザーが放たれるのと、彼が生成した魔力球を殴りつけたのは同時だった。
「おおおおおおおおッ!!」
【METEOR LIGHT BLASTER】
薄桃色と真紅色、二条の極光が激突する。
互いに押すことも引くことも無くその力の限りを正面からぶつけていたが遂に臨界点を超え大爆発が巻き起こった。
「……、」
巻き起こる爆風に目を細めるエノ・ケーラッド。その視線を先の魔力の奔流によって巻き起こる煙に向けていると煙を纏いながら向かって来る2つの物体があり、それに向かって照準を合わせレーザーを発射しようとしたが目を見開いた。煙が剥がれたその姿はこぶし大より一回り大きいだけのただの石。
そしてその瞬間、別の場所から煙を払いながら大きな物体が飛び出す。
その姿は赤色の魔法少女――恋だった。
「ちぃッ!!」
急いで照準を赤い魔法少女へと向け直ぐにレーザーを放つエノ。それに対して恋は迫り来る攻撃の僅かな隙間を縫い、舞うように避けながら前へと進む。そして再びエノの目の前へと躍り出た恋に向かって天に咲く花が同時に輝く。そして一斉に放たれたレーザーは寸分の隙間も無く恋に降り注ぎ――
「ロードッ!!」
【Loading, IMPACT】
――瞬間、恋の姿が消えたその場所にレーザーが降り注ぐ。
彼は地面に小さなクレーターを作り、エノの眼前へと降り立っていた。
敵を倒すため、右の拳を振り上げる。
そして大きく一歩を踏み出し――
「……よもや、ここまで追いつめられるとは思わなんだ」
――紙一重、拳が当たる寸前で止まった。
根が次々と巻き付き恋の体を拘束する様子を見てエノは感慨深そうに呟く。
大量の根を重ね、万力の如く締め上げられた恋の体は悲鳴を上げ――ポキリ、と小気味の良い音がした。
「~~~~ッ!!!」
声にならない声を上げる恋。口からは血が吐き出された。
「振り上げて、振り下ろす。単純な動きだが効率良く行うには訓練を必要とする。おぬし、魔法は初心者だが肉体を動かすという面では相当鍛えておるようだな」
だが、と続けるエノ・ケーラッド。
「生物が発する力のエネルギーにはゼロとなる瞬間が必ず何処かに存在する。どれだけ筋力があろうとも、どれだけ魔法で強化しようともその瞬間、全ての生物は等しく無力だ」
簡単な話、人が何かを強く殴るとき基本まず拳を振りかぶる。勢いをつけて威力を上げるためだ。
しかし拳を振りかぶってから振り抜こうとするその時、力の向きを反転させるために力がゼロになる瞬間、隙とも言える一瞬が存在するのだ。
エノは恋が拳を振りかぶった時に発生するその一瞬を狙い澄まして根によって腕を拘束したのだ。
「が……ぁ……」
呻く恋。万力の如き締めつけは血流を阻害し、脳の機能をゆっくりと麻痺させていく。
それを見つめていたエノの空いている手に恐ろしく尖った樹の槍が掴まれた。
「しかし見事としか言いようがない。敬意を表し、儂自らの手で、あの方が待つ夢幻の彼方へと送ろう」
視線を逸らしたその先には天から降り注ぐレーザー攻撃によって此方に接近することもままならない紫と緑の魔法使いの姿があった。
視線を戻すと眼前にある恋の体に穂先を向ける。
「さらばだ。そして祝おう、新たなる神の――」
瞬間、全てが止まる。
手に持っていた槍は地に転がり、攻撃を繰り返していたアルカエスの花も攻撃を停止。そして新たな花を咲かせることも無くなった。
「――“生物が最も油断する瞬間、それは勝利を確信した時だ”。昔、確かにそう教わりました」
エノの頭部の後方に小さな黒い羽が舞う。
「そう、他ならぬ貴方にだ! エノ・ケーラッド!!」
「な……にィ……!?」
そこにいたのはベネトだった。翼に走っている幾何学模様が触れているエノの頭部を侵食していく。
「ぐ、ぅう……!?」
瞳に移る世界が揺らぎ、急速に意識が埋没していく。
精神干渉魔法――他者を意のままに操ることすら可能なそれが、エノ・ケーラッドを襲うものの正体だった。
混濁する意識を何とか保ちつつも思考を回す。
――あの攻防の中で接近する暇などなかったはず! そもそも索敵は全方位に行っていた! 儂はベネトの姿を見て――。
思考が止まった。
目だけを動かし地面を見ると、其処に有るはずのものが無かった。
具体的に言うなら、転がっていたはずの、こぶし大よりも一回り大きな石が無かった。
つまり、こういうことだ。
爆発の煙に紛れた瞬間石に変装したベネトを全力で投擲。それから間もなく恋が飛び出したことで注意は完全に逸らされ放られたベネトはなんの脅威にも晒されることなくアルカエスの根本へと辿り着く。
恋がそのまま倒せたのなら良し。もし無理でも恋を囮としてエノ・ケーラッドに決定的な一撃を放つ。
先の攻防において魔法少女側の本命は恋ではなく、ベネトだったのだ。
「精神支配ッ!!」
伝っていた幾何学線がエノの頭部を覆い尽くしたその時、彼の瞳がゆっくりと閉じられる。
そこに根を振りほどいた恋と攻撃が止んだことで接近できた葵と育が合流した。
「レンはそこに転がってるポーチから赤色の液体を飲んで待機! イクは『コネクト』を使ってアオイとキミを僕に繋げて!」
ベネトははち切れんばかりに青筋を浮かべながら指示を出す。腹を押さえながらふらふらとしながらもポーチにある赤い液体が入った瓶を取り出しその蓋を開け飲み干す。すると体は淡い光に包まれゆっくりと傷が薄くなっていった。
それと同時に育はコネクトの魔法を使用しベネトと葵を自身に繋げる。
全てが終わった時、ベネトは力を緩めることなく息だけの深呼吸を行った。
「今からエノ・ケーラッド経由であの子とアルカエスを切り離す!」
エノの頭部を包むように魔法陣が展開される。そしてそれと同時に葵と育を急激な脱力感が襲った。
樹の中央部を見れば埋め込まれた黒髪の少女――桐花の体がゆっくりと吐き出されている。
順調に見えるが、問題もあった。
「ぐ……ッ、くっそが……!」
ベネトから悪態の言葉が吐き出される。
彼はエノ・ケーラッドの意識を乗っ取ることでアルカエスに間接的に指示を出している。つまりエノ・ケーラッドの意識を魔法で押さえつけてるのだが……。
――やっぱり精神干渉に対する耐性が強い、もう対抗し始めてる!
鬩ぎ合う力と力。瀑布の如き勢いで浮上せんとする意識を全精力を以て抑えつける。
大量の汗を流すベネト。たった一瞬も力を抜けない時間が流れる。
そして、遂にそれは訪れた。
大樹に囚われていた桐花の体が完全に開放され、ずるりと音を立てて零れ落ちる。
「うおぉぉぉッ!」
痛む体に鞭を撃ち飛び出した恋は落下してきた少女を優しく抱き留める。
それは彼が見慣れた、幼馴染の顔だった。
『レン、今すぐそこから離脱してくれ! もうもたない!』
色々な思いが渦巻くが瞬時に抑え樹から離れる。辺りを見渡せば葵と育も既に安全圏と思われる場所まで離脱していた。
電撃が弾けるような音が響いた時、アルカエスの樹が不気味なほどに大きく蠢いた。
それと同じくして育は振り向きながら投球するかの如く右腕を振り抜く。一本釣りの要領で糸に繋がれていたベネトが危険域から逃れた。
「ナイスだよイク!」
「いえいえ! ……でもこれ、まずいですよね」
視線の先には大いに騒めき荒れるアルカエスの樹。
その様相は明らかに暴走しているとしか思えないもので、視線の先ではエノ・ケーラッドがその体を飲み込まれていた。苗床を失った結果、それを求めて辺り一面を区別なく襲っている。
「……ベネト、桐花を頼む」
「勿論。しっかり元に戻すよ」
恋の腕の中にいた桐花の体が淡い光を発し始めると小さな球体へと変化し、ベネトはそれを大切そうにしまい込む。それを見ると少し前へと出て、目を瞑った。
「……俺は心に決めた、“守りたいものを守れる自分になりたい”って」
ゆっくりと目を見開く。
その先には暴れ狂うアルカエスの大樹があった。
「……あれをそのままにしたら、世界が終わる。そんなの絶対駄目だ」
楽しく生きる人、苦しく生きる人がいる。
アルカエスの花が咲けば確かに誰もが幸せな夢を見れるのだろう。
しかし、それはとても生きているとは言えない。
“生きる”というのは、現実にその足を降ろしているのと同義なのだから。
力強くなっていく言葉に呼応するように、メモリアのケースが輝く。
「だから……守りたい人が生きるこの世界を、俺は守るッ!」
その時光っていたケースが突如開かれればメモリアが二枚、恋の手の中に納まる。そこには剣の絵が描かれた『リアライズ』、剣が振られる絵が描かれた『スラッシュ』と刻まれていた。
「ロードッ!」
【Loading, REALISE】
『リアライズ』のメモリアを装填、魔法を発動すると現れたのは両手剣だった。
全長はおよそ三メートル。恋が纏っている色と同じ燃えるような赤色を基礎として、神々しさを感じさせる黄金色の両刃刀身。触れたモノ全てを切断するのではと思わせる雰囲気を醸し出す武装だった。
感触を確かめるように柄を握り直す。備わっているスロットに『スラッシュ』のメモリアを装填し、両手で構えると呼吸を整える。
「……セット!」
【MEMORIA BREAK】
熱を帯びたように輝き始める両手剣。刀身に魔力が充填されていく光景は溢れ出る光からは途轍もない力を感じる。
しかし突如として剣を握る腕が震え始めた。
「……ッ、ふざけるな! こんな時に……!!」
押さえつけるように柄を握り締める恋。しかし腕の震えは収まらない。
エノ・ケーラッドによる締め付け攻撃の際、骨の数本が折れた。極度の疲労と痛みが影響して上手く力が籠められない。
手負いの宿主を無視してギラギラと輝きを増していく刃。このまま勝手に飛び出してしまうのではないか――そんな錯覚さえ感じてしまう。
最早恋の手にあるのは使われる武器などではない。狙い定めた標的を喰らい尽くさんとする、餓狼の如き暴獣だ。
マズい呑まれる――そんな時、彼の背中に暖かいものが触れる。
振り向けば、そこには葵と育の姿があった。
「ロード!」
【Loading, CONNECT】
育が魔法を発動させると糸が三人を繋ぐと恋の中に葵と育の魔力が流れ込み、剣の輝きも増していく。
その輝きは柔らかく、周囲を幻想的に照らす光だった。
二人は恋の隣に移動すると、剣を握るその手を優しく包む。
「……大丈夫、私たちがいる」
「恋先輩、一緒にやりましょう!」
震えは、止まっていた。
「――ああ、そうだな」
柔らかな笑顔を浮かべる恋。気付けば腕の震えは自然と止んでいた。
葵と育の手が添えられたまま剣を振り上げる。すると手に持っていた両手剣が魔力によって巨大化されていき、遂には大樹と恋たちを埋めるほどにまでなった。
「これが、俺たちの力だあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
【CRESCERION SLASHER】
一気に振り下ろされる巨大な黄金剣。
それはいとも容易く、アルカエスの花を一刀両断した。
大きな音と立てながら崩れ落ちる大樹と共に、遠くの方から書き換えられた世界が消えていく。
それはさながら張り付けられた絵が剥がされているよう。薄皮が向けるように、世界がその在り方を変えていく。
そして樹の根本が解けると同時、辺り一面は星空と極彩色の世界が消失した。
次の瞬間、彼らの目に映ったのは青い空とそこに浮かぶ白い雲。
周囲を見れば陽光に煌めく川が流れており、遠くには現代建築物が並び立つ街並みがある。
それこそ間違い無く、今まで過ごしてきた星宮市の姿そのものだった。
「……戻ってきた、のか」
変身が解け、生身の姿を晒す三人が力なく河川敷に倒れこむ。
身体には色々な場所に傷があり、戦いの激しさを感じさせた。
「……守れた、んですよね?」
「……うん」
育の言葉に葵が短く答えると彼の体が震え出す。
数秒の間。静寂が弾けた。
「……やっっったぁぁぁぁっていたたたた!? なにこれ死ぬほどいッ~~!??!?!?」
「……決戦形態のぶり返し。全力で、戦い過ぎた」
「は、早く言ってくださいよぅ……い、痛いッ!?」
叫ぶと同時に自身の体を襲った激痛に悶え苦しむ育。
それを見て葵は呆れた様子を見せた。
「……ふっ、育はそうやって馬鹿みたいに騒ぐから痛みがあばばばばばばば」
育を鼻で笑った葵だったが、突如体が激痛を訴え痙攣を起こした。
それを見て笑った育に対しても更なる激痛が襲う。
痛みに騒ぐ育と真顔でいながらその体を蝕まれている葵という、なんとも奇妙な組み合わせだった。
「……育、うるさい。痛みに響く」
「いやいやでも痛いもんは痛いんですって! 恋先輩もそう思いません!?」
涙目で訴えかけるように傍に寝転ぶもう1人に声を掛ける育。
しかしその返事が返ってくることはなかった。
「……先輩?」
痛みが走る体を無理やり動かし恋の顔を見た育は目を見開いた。
「……き、気絶してる!?」
そこには意識を手放した恋の姿が。心なしか口から白い魂のようなものまで見えてしまっている気がする。
愕然とする育に対して葵がその口を開く。
「……レンちゃんは、あばばっ、一番負担が大きかったから……あばっ。そのせいかも……あばばばっ」
「……そっちは分かりましたけど、どうにかなりませんそれ?」
「……暫く無理そ、大きい波があばばばばばばばば」
痙攣する葵を他所に恋の顔を眺める育が手を合わせて軽く礼をする。
そしてゆっくりと手を上げると……頬に軽い張り手を繰り出した。
「おーい、そろそろ起きてください恋せんぱーい」
ぺちぺちと可愛い音が連続して鳴り響く。
そして遂に、恋がその瞳に光を取り戻した。
「はっ! 俺はアルカエスを斬って、それから……」
「あっ、急に体起こしたりなんかしたら」
「え? ……いッッッた!? グッ、がぁ……ッ!?」
恋にも葵たちと同じように戦闘の反動による痛みが襲い掛かり身体を捩る。そんな三人が河川敷に寝転びながら悶える様子を見ている存在が居た。
「ままー、あのひとたちなにしてるのー?」
「そうねー、あの子たちは仲のいいお友達なのよ。……河川敷で取っ組み合いの喧嘩だなんて、昔を思い出すわ。私も若い時にはヤンチャしてたなぁ」
河川敷の上にある道を笑顔で歩いていく親子。その声が此方まで届いてくる。
三人は日常を守ることが出来たのを改めて実感する。視線は自然と交わり、それが少しおかしくて笑い合う。
見上げた青空には、極彩色の光が泡沫のように消えて行った。
決戦から時は経って同日夕方。
星宮総合病院の一室。柊桐花が眠っているその場所に、戦いの負傷を癒した恋とベネトの姿があった。
これから行われる魔法儀式は何よりも繊細さが要求される。誰も近付けないように人払いの結界で病室を囲み、妨害が無いよう万全を期す。
改めて周囲を確認し、ベネトは恋に向き直る。
「じゃあ、いくよ」
「ああ、頼む」
魔法陣が展開される中、ベネトが虚空より取り出したのは白く淡い光を発する球体。気安く触れればたちまち壊れてしまうようなそれを、桐花の胸元へと乗せる。
するとどうか。本来の宿主を見つけた真白の魂が、たちまち水面を沈み行くように吸収されていく。
「…………、」
張り詰めた空気が部屋を包む中、桐花の指が僅かに動く。
瞼がゆっくりと持ち上げられ、隙間から翠玉のような瞳が現れた。
「桐花!」
恋は急いで少女の手を握り締める。
すると微かではあるが、確かに握り返された。
「れ…………ん……?」
「そうだ! 俺だ!」
桐花の顔を覗き込む恋。静かに退出したベネトを他所に必死に呼びかける。
彼女は焦点の覚束ない目を懸命に動かし、相手を探す。
互いの瞳が交錯した時――少女の瞳から一つの雫が流れ落ちた。
「……あ、あぁ……」
桐花は擦れた声を上げながらも必死に腕を動かし、恋の頬に手を伸ばす。
目尻から止めどなく流れ出でる涙。真っ先に胸内より溢れた感情は悲嘆だった。
「ご、めん……ね、れん……わた、し……」
「……いいんだ、桐花。大丈夫」
優しく語り掛ける恋は、頬に添えられた手を優しく握る。
大切な幼馴染が――当たり前のように隣にいた存在が帰ってきた。掛け替えのない物を失わずに済んだ。
それがどれだけ幸福な事か、身を以て知っている。
だからこそ、彼女に掛ける言葉は最初から決まっていた。
「おかえり、桐花」
「……ただいま、恋」
ぎこちない笑顔を浮かべる少年と少女が、小さな世界で再び出会う。
室内に流れ込む春風。窓辺で微睡んでいた一羽の蝶が遥かな空へと羽ばたいた。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
遂に『始まりの章 キミの想いが魔法になる』の最終話となりました!
終わってしまうとなんか少し悲しくなってきますね。
こんな作品ですが今まで読んでくださった人、ありがとうございました!
ここからはこれからの話を。
著作『メモリーズ・マギア』ですが暫くは設定を交えた番外編、それと日常編を書いていこうと思っています。
番外編に関しては時系列完全無視のほぼ会話にする予定なので地の文はほとんどありません。出来るだけコミカルな内容にして脳みそ溶かしても読めるようにするので「いきなり作風が変わった!」と思ってもそれは仕様です。ご理解のほどよろしくお願いします。
続けて日常編に関してですが、地の文もほどほどにキャラの絡みを書いていく予定となっています。今まで戦っていた恋たちが戻ってきた日常を過ごす様子を楽しんでもらえたらいいなと考えています。
そしてそれを終えたら新章を始めることになります!
実はまだ細かいことは考えていないので番外編と日常編を書きながら構成を考えようと思ってます。なのでちょっと間延びしちゃうかもしれません。
ですがご安心を!しっかり書くこと書き終わったら誤魔化さず新章に突入します!
まあその場合、新しい章を始めるまで不投稿期間が出来そうなんですけどね……いや、そこはみなさんの頑張りますよ!全力で構成考えます!だから待っていてくださいね!
ではそんなのところでこの作品の後書きは終わり!
著作『メモリーズ・マギア』ですが、皆さんが読んでくださるお陰で書くことで出来ました。
感想・評価をしてくださった方や誤字・脱字報告をくださった方、本当に感謝の念しかありません。ありがとうございます!
これからも頑張って書いていくので応援よろしくお願いします!
それでは!