第19話 黒山羊戦
第19話です。
約12000字の大ボリュームで戦闘シーンをお届けします。
迫力ある物が書けたかどうかは自信ありません()
拘束が解けた魔獣は鬱陶しそうに顔を横に振り、確かめるように地面を踏み鳴らす。
ゆっくりと上がる顔。辺りを見渡せば、その視線が恋たちを捉えた。
「ギャァオオオオオオッ!!!」
恋たちが跳び退いた瞬間枝分かれた角が近辺の建物を連続で串刺しにしていく。今までに無い攻撃範囲と破壊規模、その威力は見ただけで喰らってはいけないと理解させるに十分だった。
「……ロード」
【Loading, SPIKER】
空中で体勢を整えた葵が魔獣に向かって攻撃を放つ。矢は針の穴を通すように角の網を潜り抜け、そのまま敵の体に突き立てるかと思われた瞬間、枝分かれするように新しく生えた角によって矢が弾かれた。
「硬い……っ」
『スパイカー』は貫通力に特化した矢を生み出す魔法。その矢が弾かれたということは魔獣の角はかなりの硬度と強度を持っていることになる。
自身の攻撃が通じなかったことに歯噛みする葵だが、動揺している暇は無い。再び襲い掛かってくる角が視界の収まると直ぐにその場から跳び退き、入れ替わるように恋が前へと出る。
襲い掛かる角を捌きながら前へと進む中、一本の角を叩き落とす。建物を貫かせ固定すると足場として利用し跳躍した。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
迫り来る角の網。恋は身体を抱え込むように縮こまらせながら空中で回転すると紙一重で躱す。
体勢を整え必殺技を放とうとしたその時、別れた角の一本が泡立つ。まるで孵化する寸前の幼虫が如く震えたそれは破裂音と共に新しい角が食い破った。
それは無防備な恋に向けた攻撃。回避は間に合わない。
攻撃を喰らうかに思われたその瞬間、角に糸が巻き付きついた。
歯を食いしばって糸を引っ張り角による攻撃を妨げる育。その身体には緑色の魔力が纏われており、身体能力を強化していることが分かる。
それでも尚、育の脚が地面から離れそうになっている。今にも吹き飛ばされてしまいそうなほどに膂力差の開きがあった。
だが、生み出された一瞬は値千金のものだった。
「うおぉぉぉッ!!」
【CRIMSON IMPACT】
赤い魔力を纏った渾身の蹴りが魔獣に炸裂。顔面は大きく凹み、その威力で体のバランスが大きく崩れ、建物を巻き込みながら倒れた。
魔獣を視界に収めながら地面へと着地した恋の元に葵と育が集う。
「や、やりましたね!」
笑顔を浮かべる育。それとは対照的に恋と葵はそれぞれ武器を構えつつもその視線は魔獣の倒れた場所から離すことは無かった。その雰囲気にあてられた育は右腕を構えると恋たちと同じ方向に視線を向ける。
異様な静寂が辺りを包む中、突如爆発音と共に大きな風が生まれ土煙が辺りに撒き散らされた。腕で顔を覆うことで防ぐ恋たちだったが、土煙が晴れるとそこには悠然と立ち上がる魔獣の姿が。
「そ、そんな……効いてない……?」
平然としている魔獣を見て青ざめる育。
恋の必殺技――メモリア・ブレイクである『クリムゾン・インパクト』は三人の中で物理攻撃では一番威力の高い技である。それが効かないということは即ち、近接攻撃では決め手が無いということになる。
「いや、一応ダメージは入ってるみたいだ」
育が発した言葉に顔を横に振ると目を細め観察するように魔獣を見つめる。その視線の先には凹んだままの魔獣の顔面があり、頭に攻撃を喰らったためか足元がおぼつかない様子であった。
それを好機と見た恋は後ろの二人に視線を向ければ頷き合うと魔獣へ攻撃を仕掛けるために跳び出し、それに合わせて育と葵もそれぞれがサポート出来るように動き出す。
魔獣の懐へと入り込んだ恋はインパクトを発動させ魔獣の身体を殴りつける。その手応えは小さく、攻撃が当たった箇所も多少凹んだだけ。大きなダメージを与えるには至っていない。
着地した恋は視界に広がる影が濃くなったことで見上げ、魔獣の体が迫ってくる様子が映る。それは隕石が降ってくる光景を幻視させた。
魔法を発動させその場から逃げようとするが、攻撃範囲から離脱する速度より魔獣の体が落下する速度の方が速い。
「くそッ!」
プロテクションを装填した恋。受け切れる可能性は低いが、何もしないまま潰されるのは御免だった。
盾を生み出し衝撃に備えていた時、恋の腕に糸が巻き付く。瞬間その場から恋は消え、その場所を魔獣の巨体が押し潰した。
地響きが世界に浸透する中、少し離れた建物の屋上では豪快に顔面から突っ込んだ様子の恋と尻もちを付いている育の姿があった。
「ま、間に合ってよかった……ってうわぁぁぁぁ!? 恋先輩ごめんなさいぃぃぃ!」
「い、いや大丈夫だ。ありがとな育」
慌てふためきながらも頭を何度も下げる育。それに対して鼻を押さえながら答える恋だったがそこに魔獣の角が襲い掛かる。
育は素早く右腕を前にかざすと糸が重なり網のようになりその角を絡め取った。
「恋先輩は、やらせません!」
角の先端から新たな角が生えようとするが、その瞬間に糸が動き絡め取る。負担が増しているのか、育の眉間には皺が寄せられ表情も苦しいものだった。
包み込むように絡む糸と角が拮抗する中、ふと角の動きが止まる。
万力の如くかけられていた重圧が減ったことに怪訝な表情を浮かべる育。しかし魔獣の角が輝き出したかと思えば、行く手を阻んでいた糸が溶けるように消え去った。
「な!?」
信じられない光景に育は目を見開く。動揺のせいか身体は硬直し、回避は出来ない。
そこに恋が割り込み魔法の盾を生み出すと攻撃を逸らす。威力に脚が地面に食い込まれるものの、それでも防ぎ切ったのを確認すると育を抱えその場から離脱した。
「れ、恋先輩、ありがとうございます……」
「さっき助けてもらったし、このくらいなんてこと――ッ!」
追撃に伸びてきた角に向かって蹴りを繰り出しその方向を逸らすことでやり過ごすが、更に攻撃が襲い掛かる。空中である以上、恋でも対処には限界があった。
その時、彼らの目の前に紫色の壁が現れると衝突音を鳴らし攻撃を防ぐ。視線を巡らせれば、葵が魔法を発動させていた。
「葵、ありがとな!」
「どういたしまして。……それより、どうする?」
「とりあえず、一回落ち着いて作戦会議をしたい。二人の意見も聞きたいからな」
「……わかった」
「ぼ、ボクなんかの意見で良かったら!」
ゆっくりと歩を進める魔獣。その姿はさながら怪獣映画のワンシーンのようだった。
ビルを悠々と超えて聳え立つ巨体、三人の注目は頭部から生える角に注がれていた。
「……あの伸びる角、私のスパイカーじゃ傷が付かなかった。刺突系の攻撃じゃほとんど傷は入らないと考えていい」
「俺も攻撃したから分かるが、アレは相当硬い。もし折るんだとしたら相当苦労すると思う」
「……レンちゃんの必殺技でも?」
「ああ。正直、何発ぶち込めば折れるか想像できない」
拳を見て呟く恋。
メモリア・ブレイクを何発も必要とするということはそれなりに隙も生まれてしまう他、消耗も酷くなってしまう。そこから本命の魔獣を倒すまでに魔力が持つかどうか分からない。
決定打を探る中、恐る恐るといった様子で育が口を開いた。
「あ、あの。さっきボクの糸が突破されたの……アレって結局なんだったんですか?」
それは育が恋を守っていた時。急に自身の武器である糸が消えたことだった。恋の防御が間に合ったから助かったが、下手をすればそのまま2人纏めて貫かれていたかもしれない。
そんな想像に少し怯えているように見えた育を恋が慰める中、葵が考える素振りを見せていると口を開く。
「……育の糸が突破された時、緑色に光るものが角を伝って魔獣の方に行ったのが見えた。私の予想になるけど……多分、魔力を吸収したんだと思う」
「一応聞くけど、どうしてそう思ったんだ?」
恋からの質問に表情を変えることなく言葉を続ける。
「……あの魔獣、人を貫いた後に何かを吸収してた。ベネトさんが言っていたけど、敵の目的が魔力と生命力なら、それをあの角で吸収してるんだと思う」
「も、もしそうだったらボクとの相性悪いなんてものじゃないですよ!?」
目を剥いて反応する育。しかしそれも当然と言えた。
育の武器としている糸は魔力そのもので形成されている。つまり魔力を吸収されるということは、糸を使用した攻撃が効かないことと同義。
いや、効かないどころではない。下手をすれば吸収された魔力によって相手を強化してしまう可能性すらある。
「でも、直ぐに吸収は出来ないはず。もし出来るなら、私の矢も吸収されてる」
葵が思い起こすのは自身が行った最初の攻撃。放った矢は吸収される事なく、角に弾かれていた。
つまりそのことから、吸収するには一定時間触れている必要があることが分かる。
「とりあえず、角に長い間触れるのは良くなさそうだな」
「うん。仮説が合っているとするなら、魔法を使ってなくても吸収される」
「わ、わかりました」
敵の角については終わり、今度は魔獣本体に話題が移る。
「実際に殴って思ったことだけど、腹に攻撃するのは止めといた方が良い。牽制くらいにはなるだろうけど決定打にはならない」
恋は殴った感触を思い起こす。拳から感じた僅かに変形する魔獣の身体の感触と殴打の反動、それはさながら砂を詰めたサンドバッグを殴ったようだった。
インパクトの魔法を叩き込むことで近接攻撃の威力を増幅、衝撃そのものを直接魔獣の身体に叩き込むことでダメージを与えていた。
しかし、今回の魔獣は今までの魔獣とは違う。具体的に言えばその巨体が問題で、恋のインパクトが体の芯を捉えられず表層だけでやり過ごされてしまっているのだ。
「……つまり、狙うなら肉の薄い場所」
「ああ。脚、頭、あとは……首か」
攻撃する目標は決まった。
あとは攻撃手段だ。
「…………、」
その時、恋の顔が曇る。
彼の脳内には魔獣を倒すまでの道筋は立っていたが、その作戦を口にすることが出来なかった。
実際その作戦は魔獣を倒せるだろう――彼の目の前にいる、葵と育の負担が途轍もなく大きくなることを除けば。
勝負を長引かせると自分たちの消耗だけでなく、一般人も巻き込まれてしまうかもしれない。だからといって仲間を犠牲にするような真似は出来ない。
心の天秤が揺れ動く。
葛藤に震えていると突然、手の甲に何か暖かいものが乗せられると意識が現実へと戻る。自身を見れば葵と育、二人の手が重ねられていた。
「……レンちゃん」
「恋先輩、ボクたちは大丈夫ですっ!」
葵の視線は、真っすぐだった。
育の視線は、優しいものだった。
「……そう、か」
大きく息を吸い、そして吐く。
そうした恋は目を合わせた。
「信じるぞ。葵、育」
「……うん!」
「はい、任せてくださいっ!」
恋の言葉に笑顔を浮かべる葵と育。
心は決まった。あとは、実行するだけ。
「それじゃあ、作戦を伝える」
――反撃の狼煙が上がる。
巨体を悠然と動かす黒い山羊の魔獣はその金色の瞳で辺りを見渡す。
その目的は赤、紫、緑の人型。
「グルルル……」
低く唸り声をあげる。
先ほどまでは鬱陶しく邪魔してきたにも関わらず今は消えたその姿。
時間は無限ではない。確かに害を成す存在ではあるが、手を出してこないのであれば魔獣にとって構わなかった。
当初の目的通り多くの人々を喰らわんとその歩を進めようとした時、何かが飛来し魔獣の胴体に抉るような痛みが走った。
その方角に瞳を向ければ、建物の上に紫と緑の人型がいた。
「ガァァァァァッッッ!!」
叫び声が影の世界を震わせる。
魔獣は上体を仰け反らせ思いきり地面を踏みつけるとその勢いに対応するように角が何又にも分かれ葵と育の元へと風音を鳴らしながら突き進む。
「……手筈通り育がトドメ。頑張ろう」
「はい、葵先輩っ!」
葵と育は別々の方向へと跳びその角の攻撃を回避する。建物へと降り立てば再び襲ってきた角を葵は自身の弓を当てて逸らし、育は小さな体を活かして隙間を潜り抜けるように躱していく。
そんな二人の頭の中には、先ほど告げられた作戦が思い浮かべられていた。
「囮、ですか?」
「ああ」
育の言葉に恋が頷き、言葉を続ける。
「二人には囮兼、最後の攻撃を担当してもらう」
言葉と同時に砕けた石を幾つか地面に並べる恋。手のひら大の建物の破片が魔獣、それと比べるとだいぶ小さな三つの石が恋たち魔法少女を表している。
「作戦はこうだ。二人が囮をしている間に俺が気付かれないように建物の影から接近する」
小石の一つを大きな破片へと遠回りするような動かし方で近付ける。
「そんでもって、俺が魔獣の脚を折って動きを封じる」
「それって、全部ですか?」
「勿論それが望ましいけど、反撃とかで防がれる可能性の方が高い。だから、最低でも後ろ脚だけは絶対潰す」
育から見える恋の瞳は真剣そのものであり、決意のようなものが感じ取れた。
その雰囲気に思わず息を飲んでしまう。
「脚を砕いて動きを封じたら、その時近くにある一番高い建物の屋上に上ってそこから跳び上がる。そんでもって……」
一つの小石と二つの小石を、入れ替える。
「俺の魔法スイッチで位置を交換して、二人に空から全力で攻撃をしてもらうって流れだ」
そこで恋の視線が葵に向けられる。
「葵は魔獣の首にクラスターとメモリア・ブレイクでぶち込んでもらう」
「……別にいいけど、それだけじゃ倒せるとは思えない」
「勿論そんな楽観視はしてない。本命は育だ」
恋はそう言うとその視線が育へと移る。
「育は、葵の攻撃で更に薄くなった魔獣の首を切断するんだ」
「……難しくないですか。首でもだいぶ太かったですよ、あれ」
「そのための葵の攻撃だ。先に葵の攻撃で敵の首をなるべく削いで貰う」
「なるほど、そういうことですか!」
少し考えた後にポン、と手を打つ育。
「落下の勢いを乗せた糸の攻撃で魔獣の首を切断するんだ。……出来るか?」
「……少し怖いです。でも、恋先輩のためなら頑張れます!」
「……そっか、ありがとな。頼んだぞ」
育の言葉に優しく微笑む恋が言葉を続ける。
「最初の動きの打ち合わせだ。葵にはスパイカーで魔獣を攻撃してもらう。育は葵と一緒の場所に居てくれ」
「……メモリア・ブレイクじゃなくていいの?」
「ああ。発動するのと同時に出る光のせいで攻撃する前にバレるかもしれないからな。それより確実に当てる方を重視したい」
「……それは、どうして?」
「葵と育にヘイトを溜めるためだ。“攻撃を受けそうになった”よりも“攻撃を受けた”の方が敵意が向く」
「……なるほど、理解した」
恋の言葉に納得したように頷く葵。それを見て恋は再び口を開く。
「ついでに魔獣の身体の肉質を確認する。貫通するようなら葵だけで十分かもしれないけど、もし出来なかったらさっき言った通り育を本命にする」
「……了解」
「わかりました!」
返事に頷く恋。しかしその表情は厳しいものだった。
「この作戦はとにかく俺が近付くための時間稼ぎが肝になる。勿論全力で、なるべく速く接近する。だから――」
――頑張って、耐えてくれ。
自身の居た建物に限界を感じるとそこから跳び退き、襲い掛かる角を矢を撃ちだすことで弾く。
着地すると自身の口元が僅かに微笑んでいることに気付いた。
「……頼って貰えるんだから、応えないとッ!」
建物を駆け、跳び継ぎながら遠方に聳える魔獣へと矢を射る。その全てが新しく生える角によって防がれるが、攻撃は葵の方へと向かって行く。
ちらりと視線を移す。
そこには遠くない場所で緑色の糸を振るい時には網のようにし、時には建物に突き刺すことでターザンロープのように立体的に移動し攻撃を躱していた。先ほどの失敗を活かし角に触れる時間も最低限のものとなっている。
「……育は、頑張ってる。……私も、頑張らないと……!」
しかし葵はその実、作戦が始まってから二分と時間が経ってないにも拘らずかなり消耗していた。動くたびに息は徐々に上がり、その瞳には余裕を感じない。
原因は幾つかある。
まず葵の魔法特性。使える魔法五つのうち攻撃が三、防御が一、特殊が一という攻撃的な構成。そもそも攻め入る方に特化しているため防御に回ると脆くなりやすい。
そして武器が弓である以上、矢を射ることで攻撃を逸らすか弓で直接受けて攻撃を受け流すしかない。特殊に分類される閃光を生む魔法も魔獣の眼が遠くにある今、目潰しとして機能しにくいことで実質使えない。
防御魔法は防御性能が高いことが唯一の救いだが、壁である以上絶対安全とは言えない。そんな葵が時間稼ぎをするというのは、それだけでかなりの負荷がかかる行為だった。
もう一つは、葵自身だ。
葵は魔獣を倒すために魔法少女としての訓練を重ねていたが、普段現実の肉体でやっているのはアーチェリー。止まっている的なら幾つも穿ってきたが、自身に向かって来る的を射るという経験など彼女には皆無だった。
しかも今回は的にただ当てればいいというわけではない。向かって来る敵の攻撃を逸らす為に矢を射るのだ。細かな角度を考え、他の攻撃も避けながら行わなければいけない。それに多大な集中力を必要とするのは想像に難くない。
さらに言うなら――
「ぐ、う、うぅ……!」
弓を用いて攻撃を受け流す葵は歯を食い縛り耐えているが苦悶の声が洩れる。
――彼女自身のスペックが、そもそも防御に向いていない。
葵の運動神経は悪い方ではなく、むしろ良い方だ。それは中学の頃から体育でも好成績を残していることやアーチェリーをしていることからも分かるだろう。
しかし、こと戦闘においては話が別だ。
例えば恋。運動神経も良く、習っていた武術で敵の攻撃を捌き、受け流すことの心得を身をもって体験している。対人を主として考える武術だが、彼はその経験を魔獣に対しても活かし、応用している。
例えば現在同じく魔獣の攻撃に晒されている育。彼には武術などの経験は皆無で、ついでに言うなら自身で口にしたように運動神経も悪い。
しかし魔法少女へと変身すれば現実の肉体とは違い、自身の想像通りに体が動く。強化の魔法を使うことで魔法少女として上昇した身体能力を更に引き上げ、糸を引っ張る腕力を強化して逃げ回ることに重きを置いている。
対して葵はアーチェリーの経験を活かせるのが弓矢の精度と集中力くらいで、その他は普通の少女と変わりない。育のような強化魔法も無いため頼れるのは魔法少女となった自分の身一つ。攻撃を避ける、矢で逸らしきれないときは防御の魔法を使うか、弓で受けて逸らすしかない。
だが、葵は攻撃を受け流す身体の使い方など知らない。その動きはどうしても非効率的なものになってしまう。
正直、葵の集中力はかなりのものだ。もし彼女では無かったら敵の攻撃の雨に対して一分持つかどうかだろう。しかし慣れない動き、多方向への意識の分配などが重なり絡み合うことでその驚異的な集中力を途轍もない速さで蝕む。
――それ故に、限界が来るのは必然だった。
「しまッ……!」
ビルへと乗り移ったその時、魔獣の攻撃に意識を向けすぎて着地時にバランスを崩した。
その瞬間を魔獣は見逃さない。伸びていた角が逆再生するかのように収縮していくと一気に葵へと襲い掛かった。
「ッ、ロード!」
【Loading, PROTECTION】
避けることも逸らすことも出来ないと理解した葵は魔法を発動。目の前に魔力で形成された透明な紫色の壁が出現する。
迫り来る角は、防壁を避けるように回り込んだ。
「――――え」
霞む声が零れ落ちる。
襲い掛かる角の形、皺、模様、動き。
さっきまで毛ほども気にしていなかった事が鮮明に、そしてゆっくりと葵の視界に映っていた。
身体は動かない。
ただ自身に向けられるその鋭利な凶器が、命を刈り取るために動き――
「だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
――声と共に、彼方へと逸れた。
過ぎ去る攻撃に呆ける葵。
そこからゆっくりと視線を移せば、緑色の背中があった。
育は葵を糸で繋ぐとその場から離脱し、近くの地面へと降り立つ。
「い、く……」
震えた声が発せられる。
葵に名を呼ばれた件の人物は、その小さな身体を震わせていた。
(……私が、役立たずだったせいで……)
実際、育の方がよくやっていた。
撃破されかけたことに対する怒りだろうか、それとも失望だろうか。
そんなマイナス思考が葵の頭を埋め尽くす中、育の口がゆっくりと開いたことが目についた。
「…………こ」
どんな罵詈雑言が飛んでくるのか身構える葵。
「――怖かったあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
しかし、実際発せられたのは想像以上に汚い音だった。
「………………は?」
葵の口から漏れたのは困惑だった。
「いやもう攻撃止んでラッキーなんて思ってたけど葵先輩に集中したの見て心臓止まるかと思った!! いや多分実際止まった!! ほんともう無理あんなくっそ強そうな攻撃に向かって行くなんてボクバカ!? とか何度も考えたよでもどうみても葵先輩ピンチだったし結果的に体動いて助けられたけど今でも心臓バックバクだし!! 心臓止まってから急にバクバクするとか血管はち切れる!! というか心なしか心臓痛い!! いや心臓はあるから心ありか!!」
「…………」
喚き散らす育を見て呆ける葵だったが、ふと彼が言葉を発するのを止めると自身の手を取ったことに驚く。
「でも、よかった! 葵先輩が無事で!」
「……ぁ」
その言葉、そして輝く瞳に申し訳なさを感じると目を逸らす。
「あれ、葵先輩どうしたんですか?」
「……育は、怒ってないの?」
「え、何でですか?」
心底不思議そうに顔を傾げる育だったが、それを見た葵はその胸に秘めていた思いを口に出した。
自分は育みたいにまともに逃げることすら出来ない役立たずで。
自分はアーチェリー以外、何も無い人間で。
何より自分は、肝心なとき何も出来なくて。
そしてもう一つ。
「……育は私のこと、嫌いだと思ってた」
その言葉を受けた育は目を見開き、何かを考える仕草を見せる。
(……ああ、言ってしまった)
静かに俯く葵。その胸中に残ったのは罪悪感。
人間、どれだけ表で笑っていてもその内に何を思っているかは分からない。
葵自身、痛いほどにそのことを分かっていた。
だから目の前の彼も、いつも笑顔で接しているが良い感情は抱いていないはずだ。
そして、それを言葉にしてしまった。
今度こそ罵詈雑言が飛んでくると身構えていたその身体に、突然柔らかい感触が伝う。
気付けば、葵は育に抱き締められていた。
「……ボクにとって、葵先輩との関係も掛け替えのない“縁”なんです」
耳元で小さく告げられるその声は、浸透するように葵の耳へと入っていく。
「ボク、昔に辛いことがありまして……あ、葵先輩にもあったんだと思いますけど……なんて言うか、それ以来、“縁”を大切にするようにしてるんです。そのどれもが替えの無い、大事なモノなんです」
「葵先輩に“敵”って言われた時……実は、ちょっと辛かったです。ボクは、葵先輩とも仲良くしたかったから」
抱き着かれていたその腕が外され離れたことで見えたその表情はいつも笑顔を浮かべていた彼とは違う。まるで涙を流さずに泣いているようだった。
「……まあそんな訳で、ボクは一度繋がった“縁”を絶対手放したくありません。さっきも死ぬほど怖かったですけど……葵先輩が死んじゃったら死ぬほど後悔する。気付いたら、身体が勝手に動いちゃいました」
おどけてそう言った育は次にその表情を少し不機嫌なものに変えた。
「それと葵先輩は役立たずなんかじゃありません! それを言うならボクだって先輩たちに負担をかけてばっかりで、一人だと何も出来ないやつです」
でも、一呼吸置く。
「それなら二人で頑張りましょう! 一人ずつじゃ出来ないことでも、一緒なら出来るはずです!」
満面の笑みで語られたその言葉に、葵の視界が徐々にぼやけていく。
「え、な、なんで泣いちゃったんですか!? まさか気分を害するようなこと言っちゃいました!?」
葵が自身の頬へと手を這わせればそこには自身の目から零れたが伝っていた。
しかし育の慌てる様子に自然と口角が吊り上がった。
「……大丈夫。これは、嬉しいときのだから」
頬を伝う涙を拭えば笑顔を浮かべる葵。その雰囲気は何処か吹っ切れたように感じるものだった。
葵の様子に思わず安堵したように胸を撫で下ろす育。
そんな時、彼らに念話が繋がる感覚が走る。
『葵、育! こっちは位置に着いた! 大丈夫か!?』
「はい、ボクはいけます! ……葵先輩、いけそうですか?」
「……勿論。レンちゃん、私もいける」
『分かった! じゃあ手筈通りに行くぞ!』
その言葉と共に葵は立ち上がると必要なメモリアを装填し、育と一気にビルの屋上へと駆け上る。
それと同じくして、恋は魔獣の脚元にある建物の影から飛び出した。
「セット!!」
【MEMORIA BREAK】
機械音声と共に『クリムゾン・インパクト』を右後ろ脚の間接部へと炸裂させれば本来とは逆の方向に曲がると同時に魔獣の姿勢が大きく崩れ、続けて残った左後ろ脚へと狙いを定めると再び『クリムゾン・インパクト』を内側から外側に向けて打ち込んだ。
「ギャアァァァァァアアアァァァ!?!!?」
後ろ脚を完全に破壊されたことでバランスを完全に失った魔獣はその巨体を地に堕とす。それを尻目に恋は魔獣の視界の死角に入ると近くにある1番高い建物に魔法で生み出した衝撃を利用し一気に建物の上へと降り立ち、再び衝撃によって空へと大きく跳び上がる。
そこから見えたのは輝く緑色の糸を振り回す育に手を添えている葵の姿だった。
「いくぞ、ロード!」
【Loading, SWITCH】
機械音と共に恋自身と彼の視界に納まる2人体が光に包まれ消えた瞬間、それぞれの場所が交換される。
恋がいた夜の空には育と葵がその身を現し、落下の勢いのまま2人はそれぞれの得物を構えていた。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
普段の葵とは違う、力強い声が木霊する。
放たれた紫色に輝く矢は幾つにも分裂し魔獣の首元へと降り注ぎ、爆発の威力を互いに強め合う『アサルト・ストライク』が魔獣の首を襲った。
「ギャアァァァァァァ!???!?」
魔獣の悲鳴が影の世界を揺する。首元は抉られ、赤みがかった肉が空気に晒されていた。
その攻撃によって魔獣は自身の上に敵がいると分かったのか早急に伸ばしていた角を収縮し始める。
しかし、その速度よりも魔法少女の攻撃が当たる方が速い。
「ッ、セット!」
【MEMORIA BREAK】
育は襲い掛かる空気に目を細めながらも音声コードを入力すると右腕にある装置から生じた糸がらせん状に束ねられ1本鞭のようになり、腕とその糸が強く発光していく。
そうしてあとは腕を振り抜くだけ、そう思い目標を目に定めたとき――育の目が見開かれた。
(だ、駄目だ……このままじゃ!)
育の戦闘の経験はほぼ無い。しかし感覚的に理解した。今のままでは魔獣を倒すことが出来ない、と。
恋が跳ぶことを選んだその建物、確かに魔獣に近いところでは1番高いが高層ビルほどの高さではない。
しかも魔獣はなんとか藻掻こうと前脚で身体を起こしている。必然的に首の位置が高い。
そこから導き出される答えは、落下のエネルギーが今一つ足りないということだった。
ほんの、本当にあと少し。
(くっそ! ここまで来たんだ止められない! でもどうする? 身体強化も込みで考えてたからこれ以上はボクに出来ることなんてない!)
段々と目標が近付く中、必死で思考を回すが解決策は出ない。
希望が絶望に呑まれたかと思ったその時。
「「セット!!」」
二人の声が、影の世界を照らすかのように響き渡る。
恋は『クリムゾン・インパクト』を左前脚へ、葵は『スパイカー』のメモリア・ブレイク『グローリア・シューティング』を右前脚へと放った。
その攻撃により脚はすべて破壊され、支えを失った魔獣は完全に倒れ伏す。
それによって、魔獣の首の位置が下がった。
『育、決めてくれ!』
「育、頑張って!」
「……はいっ!」
真っすぐに魔獣の首へと落ちる育は攻撃態勢に入りその腕を振りかぶる。
しかしそんな彼に向かって魔獣の頭にある角から、新たな角が伸ばされた。
「なッ!?」
恋は驚愕に染まった表情を浮かべ、その視線を魔獣の角へと移した。
そして収縮していたはずの角が止まっていることに気付く。
「そうか! 戻すことを諦めて、数少ないリソースを新しい角を作ることに注いだのか!」
魔獣の角の拡大には限界が存在する、それは三人が持つ共通の見解だった。
何度か彼らは魔獣が角を引っ込めて攻撃するのを目撃している。そこから予想し至った結論だった。
だから葵と育が攻撃をなるべく引き付け、その限界になったところで攻めることにより魔獣からの反撃をなくそうとした。
しかし魔獣も能無しではなかった。間に合わないと悟るや否や最低限の収縮で済ませ、角を一本だけ生み出し自身にとって致命となる攻撃を迎撃することを選んだのだ。
視覚には映っていない。しかし魔獣は頭上に存在する命を脅かす存在を感じ取っていたのだ。
伸ばされた角はまるでベテランスナイパーが放つ弾丸の如く、寸分の狂い無く育の落下線上へと伸びていく。
「育ッ!!」
葵の声が響き渡る。
しかし育に、その声は届いていなかった。
(――あの動きだ)
襲い来る敵の角を視界内に収める。
角が突き立てられると思われたその瞬間、育は自身の小さな体を抱え込むように丸め、前方に回った。
それは恋が見せた、角を潜るように躱す方法。
育は自身の目で見たその動きを、その場で模倣したのだ。
それは功を奏し、紙一重で角をやり過ごした。
身体強化、糸の切断力の強化、落下エネルギーに、傷付き高さの下がった目標。
そこに回転エネルギーが加わる。
「おぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
【VIOLENT FINISH】
暗い世界に輝く糸が、魔獣の首を跳ね飛ばした。
投稿が遅れて申し訳ありません。
それと全話のお知らせ通り、今週は多忙となるため次話の投稿は早くても土曜日になることが予想されます。
この作品を楽しみにしてくれている読者の皆様には申し訳ありませんが、ご理解のほどよろしくお願いします。
さて、そんなこんなで終わった第19話ですが……特に語ることはありません。
しいて言うなら書いてる途中で育君のことを主人公かな?って勘違いしかけたことですかね。
まあ大丈夫です。主人公である恋君の出番はここからなので。
それでは後書きもこのくらいで。
引き続き著作「メモリーズ・マギア」並びに主人公達をよろしくお願いします。




