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メモリーズ・マギア  作者: 雨乃白鷺
始まりの章 キミの想いが魔法になる
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第18話 影の世界で彼らは舞う

第18話です。

 

窓際に詰め寄りながら口々に話し合ったり動画を撮り始める生徒で教室は再び騒がしくなる中、まるで恋と葵の居る空間だけが切り取られたかのような錯覚を受ける。


「葵、行くぞ!」

「……うんッ」


 抑えめの声量で合図を送ると席から立ち上がる。

 メモリーズ・マギアを手に取り玄関に向かおうと教室を飛び出したとき、息を切らしながら走ってきた育を視界に捉えた。


「せ、先輩! なんで昼なのに、これが、震えて……」


 酸素を取り込みながら話す育の手の中にあるのは未だに震え続けている待機形態のメモリーズ・マギア。

 ベネトから聞いていたのは、魔獣が出現する時間帯は夕方から夜に移るまでの間。実際、恋たちが戦っていたのはこの時間帯だった。

 だが、今回の時間帯は昼。空は青く太陽も爛々と輝いている時間であり、とてもでは無いが夜なんて嘘でも言えない。

 困惑する三人。そこにベネトからの念話が伝わる。


『みんな、今すぐ爆発があったところに来てくれ!』

『ベネト! なんで魔獣が出てきてるんだ!?』


 全員の心境を代弁するかのような疑問。だが、返ってきた答えは三人の度肝を抜いた。


『それは移動している間に話す! だから今は動いてくれ! 今回は大量の一般人が巻き込まれてるんだ!』

「な!?」

「……そんな」

「う、嘘ですよね……?」

『だから早くッ!! 僕だけじゃ救助が間に合ってない! もう何人も犠牲になってるんだ!』


 いつも冷静だったベネトの鬼気迫る声。気付けば恋たちは全力で走り出していた。

 それを切っ掛けとして、念話による状況確認が再開される。


『とりあえず、何で魔獣がこの時間帯に出たんだ!』

『簡単に説明すると、僕たちの作戦が上手く効いてたってこと!』

『……それって』


 葵の言葉にベネトが続ける。


『先生……いや、エノ・ケーラッドは魔力、それと生命力も奪い取っていたみたいだ! だから最も収集効率が高い人間を襲う必要があったのさ!』

『それが今とどう繋がるんですか!』


 階段を駆け下りると玄関に着き、素早く走りやすい靴に履き替える。


『簡単な話だよ! 本来なら順調に集まるはずだったものを僕たちが今まで邪魔してきた! だから向こうが強硬策に出てきたんだ! 老若男女お構いなしに一定範囲にいる人間をシャドウ・ワールドに引きずり込んでる!』

『おいおいそれって!』

『大丈夫、結界を張って認識を逸らすことでなんとか誤魔化してる! でも長くは持たない!』


 空に突き抜ける黒煙の柱に向かって歩道を走る恋たち。

 今まで日常を守るために戦ってきた筈なのに、遂に食い破られてしまった。魔法少女になったばかりの育でさえ――否、その育が最も心を痛め、動揺していた。


『だけど、これは逆にチャンスでもある!』

『ちゃ、チャンスってどういうことですか?』

『……なるほど』

『葵先輩、何がわかったんですか!?』


 走る速度を落とすことなく、葵は語り始める。


『ベネトさんの言葉を借りるけど、相手は強硬策に出てきた。……だけど逆に、そうするしかなくなったとも言える』

『……! そういうことですか!』


 ハッとした様子の育。

 今まで夜に紛れる形で人間を襲っていた相手がここまで派手な動きを見せたということは、そうしなければいけない理由が出来たということの証明。つまり、こちらも相手を追いつめている状態でもあるのだ。


『具体的に言うならシャドウ・ワールドは夕方から夜にかけて発動される結界魔法だけど、今回のはだいぶ術式に無理をさせてるみたいでね! 解析のほとんどはその防御をどう通り抜けるかだったんだけど、結界自体に綻びがあるなら無理やり突破できる!』

『ということはつまり!』

『ここで全てを終わらせられる……!』


 結界を突破できるということは相手の本拠地へと乗り込めることを意味する。

 非日常に終止符を打つことが出来る、その可能性にそれぞれの顔が明るいものになる。


『そういうこと! ――ッた!?』


 しかし直後、念話にてベネトから苦悶の声が聞こえると育の顔が心配そうな表情を浮かべた。


『ベネトさん、大丈夫なんですか!?』

『なん、とかね! それよりもこっちの状況を伝えとくよ!』


 明るい声ではあったがその声は直ぐに無理をしていると分かるものだった。

 しかしベネトがそういった以上しっかりと聞かなければいけないと考え、三人は口を開くことは無かった。


『今回の魔獣は前にも言った大人の魔獣だ! 特徴としてとんでもなくでかいし、今まで戦ってきた魔獣よりも何倍も強い! あとは角を伸ばして攻撃してくるから気を付けてくれ!』

『了解!』

『……わかった』

『はいっ! 任せてください!』


 ベネトの言葉に応じる恋たち。

 そして遂に、彼らは立ち込める黒煙の根本に迫った。


「二人とも、着くぞ!」


 恋を先頭に、交差点の角を曲がる。

 そこに広がっていたのは、道路の真ん中で様々な車が横転し炎を巻き上げる様子だった。


「……ッ!」


 気圧されかけるも急いで足を前に進める恋たち。すると、ある程度進んだところで空気が変わったような感覚を受ける。

 そこには、先ほどまで見えていなかった多くの人たちが倒れ伏している光景が広がっていた。

 そんな人々に駆け寄る恋。身体を動かすことなく正面から肩を叩き意識を確認、その後呼吸や鼓動を確認すれば生命活動が行われていたことに胸を撫で下ろす。

 しかし、それも束の間。空間に現れた小さな歪みから、ベネトが小さな少女と共に現れた。


「みんな!」

「ベネトか!」


 少女を優しく地面に寝かせるベネト。その体毛が黒ということもあって見えにくいが、傷から血が滲んでいる。心なしかその表情も苦しそうだった。


「……酷い」


 辺りの惨状を見て呟いた葵だったがふと恋へと視線をずらし――目を見開いた。


「…………、」


 そこに居たのは彼女が知るいつもの恋ではなかった。

 拳を力強く握り過ぎて腕が震えており、先ほどの少女に向けられている目は彼がするとは思えないほど鋭く厳しいものとなっている。

 緊急事態だというのにこの場にいる全員が呑まれていた。

 大きな歯ぎしりの音が彼から聞こえる。

 しかし、直ぐに深い呼吸を一度すると顔を上げ他のメンバーの元へと向き直った。


「……ベネト、早く行くぞ」

「ああ! ……っと、恋、忘れる前に渡しておくよ」


 そう言ってベネトが取り出したのは中には無色透明の液体が入っている小瓶だった。

 それを受け取るとお互いに頷き合い、その姿勢を正す。


『行くよ! 影界潜行(シャドウ・ダイブ)!」


 その言葉と共に恋たちの姿は現実世界から消えた。





「ひ、ヒィィィィィィッ!! 嫌だ嫌だ嫌だァァァ!!」

「助けて! 助けてよぉ!!」


 悲鳴、絶叫が辺りに木霊する影の世界。

 辺りには真っ赤な液体溜まりが見え、かつては人間だった欠片が幾つも転がっている。

 それはまさに、地獄と評しても過言ではなかった。


「……なに、これ……」

「う……っ」


 想像もしていなかった光景にビルの上から目を見開き放心する葵と涙目で口を押える育。

 そんな状況でも恋だけは辺りを見渡していている中、ある場所で視線が止まった。


 ――でかい。


 そんな感想しか出てこないほど、それは巨大だった。恐らく二〇階立てビルと同じだけの体躯は持っている。

 次に目に映るのは頭に備わっている角。そして漆黒の毛で覆われた身体から無数に浮かぶ金色の瞳。

 角の形状、そして体のパーツからして山羊(やぎ)のように見える魔獣がそこには居た。


「……グルルル」


 肉食獣のような唸り声をあげる魔獣が軽く頭を振るう。巨大な角が光り輝いた瞬間、まるで樹の根のように別れ地面に伸びその場にいた人々を易々と貫いていった。

 直後、貫かれた人間から光り輝く何かが角を伝って魔獣へと吸い込まれていく。その光景は土から養分を吸収する植物の根を彷彿とさせた。


 一連の流れが終わると角は元の状態に戻り、魔獣は地面を揺らしながら他の人間へと歩みを進める。 

 背後には、まるで絞られた雑巾のように朽ち果てた人々の遺体が転がっていた。


 そして魔獣の近く、少し高めの建造物の屋上。

 樹をそのまま削り出したような形状の杖を持ち、赤いラインが血管のように見える黒いローブを身に着けた老人――エノ・ケーラッドが階下を眺めていた。


「……メモリアライズッ!!」

Yes Sir(了解). Magic Gear(魔法機装), Set up(装着)


 恋は変身を終わらせると即座にインパクトを発動、弾丸のように跳び出す。その拳を振おうとした瞬間――二人の視線が交錯した。


「おオオオオオオッ!!」

「むぅんッッッ!!」


 雄叫びと共に拳と杖が交錯し、火花が散った。


「いい加減にしろよお前! どれだけの人を巻き込めば気が済むんだ!!」

「無論、我が念願が成就されるまでだ!」


 杖が大きく上に振るわれると恋の体が弾かれ、お互いに睨み合う形で距離を離す。

 恋は拳を、エノ・ケーラッドは杖を槍のように構える。


「何が念願だ! 他人を犠牲にして叶える願いなんて、あっていい訳ないだろうが!!」

「そんなことは解っておるわ」


 カツン、と杖と足場がぶつかる音が鳴ると地鳴りと共にビルの外側から前にも見た樹の根のようなものが幾つも出現する。


「だとしても、儂はやらねばならぬのよ!」


 杖が振るわれると同時にその場にいる根たちが恋へ襲い掛かる。弾き、受け流すことで対処すると生まれた空白の一瞬に拳を振りかぶり敵へと肉薄する。

 ――あと一歩で拳が届く。その瞬間、恋の中の勘が一気に警告を発した。


「ッ!」


 攻撃を無理やり止め、踏み込んだ足に上手く力を溜めると後方へ跳ぶ。瞬間エノ・ケーラッドの目の前から木の根が足場を食い破って出てきた。


「以前よりも随分と戦い慣れとるな。……むッ」


 その赤い瞳で恋を観察していた敵だったが空へと視線を向けるとその場から後方に飛び退き、少し遅れてその場所に紫色に輝く矢が突き刺さる。


「逃がしません!」


 空中から降りてきた育が腕を振るう。射出された糸による連続攻撃は、確実にエノ・ケーラッドの回避に余裕を無くしていった。


「根よ、(つぼみ)となれ!」


 根がエノ・ケーラッドを包むように動く。それは以前恋のメモリアブレイクを防いだ防御法。

 だが、その瞬間を待っていた者がいた。

 刹那の輝き。瞬間根の一つに紫色の矢が突き刺さり、地面へと縫い留められた。


「なに!?」

「ロードッ!」

Loading(取得), ENHANCE(強化)


 地に足を付けた育はすかさず魔法を発動。輝いた糸が素早く木の根の蕾の中へと侵入し、敵の身体を縛り上げる。


「せぇーのーッ!!」


 糸の輝きがそのまま育の右腕へと収束し、掛け声と共に背負い投げの要領で腕が振り抜かれる。抵抗する暇も無く、エノ・ケーラッドの身体が空中へと引きずり出された。

 その向かう先には、拳を引き絞り待ち構えている恋の姿。


「ロードォォォッ!!」

Loading(取得), IMPACT(衝撃)


 雄叫びと共に振り抜かれた光り輝く拳が胴体へと突き刺さる。

 硝子が割れるような音の直後、全力で振り抜かれた拳がエノ・ケーラッドを地面に打ち落とした。地響きのような音を立て、豪快に土埃が舞う。


「手応えありッ!」


 空中で体勢と立て直すとビルの上へと着地する。そこに育と葵がやってきた。


「葵、育、魔獣の方は!?」

「……大丈夫」


 魔獣の方を指差す葵。その先にあったのは緑色に輝く糸で雁字搦めにされ藻掻いている巨大な山羊型魔獣の姿だった。


「ボクと葵先輩の合わせ技ですっ!」


 そう誇らしげに語る育の言葉によくよく見れば、糸の先端には紫色の矢が括り付けられているように見える。しかしそれは建物などには突き刺さっておらず、空中で止まっていた。


「ボクのロックは生物を止めることができません。でも、生物以外なら基本なんでも止めることが出来ます」

「……私の矢を杭として固定すれば、時間制限付きではあるけどほとんど破れない拘束になる。どこでも使えて便利」


 得意げに話す二人を見て、恋は不敵に笑った。

 一人で立ち向かっていた時とは違う。仲間の頼もしさに、自然と胸が熱くなる気さえした。

 ――今度こそ勝つ。そして、終わらせる。

 恋が改めて気を引き締めた時、土煙が薙ぎ払われた。


「ッ、アレだけじゃ駄目か」


 建物の上から爆心地を眺める恋。その視線の先には杖を支えに立ち上がるエノ・ケーラッドの姿があった。


「……ハァ……ハァ。やはり、今の状態では分が悪いか……」


 その力は弱々しく、足元には小さな血溜まりがあった。

 しかし、それも数秒。負傷した身ながらも完全に立ち上がると、その場で勢いよく地面を杖で突いた。

 次の瞬間、その姿が影の世界から消え去った。


「なッ!?」


 狼狽える葵と育。そこでベネトからの念話が繋がった。


『レン、よくやった! ちゃんと追えてるよ!』


 三人の目の前にメモリーズ・マギアからホログラムが投影される。

 そこに映っていたのは一定の速度で移動するマーカーが映っていた。

 そう、恋があの時ベネトから受け取っていたのは現代で言うところの発信機の役割を持つ液体。微量ながらに魔力を発し続けるため魔力探知センサーに引っかかり、その液体が付着したエノ・ケーラッドの位置を観測出来ているのだ。


『観測と救助はこっちに任せて! みんなはそのまま戦ってくれ!』

「了解。さて……」


 拘束されている山羊型魔獣に目を向ける。

 ソレは遂に育の『ロック』が解除された瞬間、途轍もない爆音で咆哮する。この影の世界全ての空気が震えているようでまさに怒髪天を衝く、といった様子だった。


「葵、育、いくぞ!」

「……うん」

「はいっ!」


 恋たちはそれぞれの武器を構える。

 影の世界で、二回目の激突が起ころうとしていた。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

まずはじめにお知らせを。

実は作者、これから1週間死ぬほど忙しいことが予想されています。

なるべく土日は上げられるよう努力はしますが、それ以降は1週間近く投稿できないと思っておいてください。

作者の都合で読者の皆様に待たせてしまうことをお詫び申し上げます。


では、お知らせも終わったのでここからは裏話、制作秘話をば。

実は今回の戦闘シーン、死ぬほど悩みました。

その原因はたった1つ、育くんです。

実はこの子、魔法少女3人の中だと総合力で言えば一番高いです。

今回の話で出てきた葵とのコンビネーションもですが、実は恋とのコンビネーションが一番怖いと感じています。

腕ごと体を拘束→恋が全力でぶん殴る→相手は腕で防ぐことも受け身も取れない ですからね。しかも育自身は強化で近接戦もある程度できます。戦闘シーンを考えるときに『なんだこいつ何でもできるな……』ってなっちゃって悩むという贅沢なのか良く分からんことに。でも、糸ってやっぱり最高やな!


さて、そんなこんなで第1フェーズは終わり、第2フェーズである魔獣戦となります。

戦闘シーンが迫力あるように書けるかどうかくっそ不安ですけど、頑張って書きます。

では、これからもこの小説「メモリーズ・マギア」をどうかよろしくお願いします。

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