第17話 崩壊への序曲
第17話です。
魔獣を倒してから既に夕日も沈みかけ闇が濃くなり始めてきた現実世界へと戻った恋たち。その姿は未だ街の中にあった。
「……特に異常も無い。やっぱり今日の分はみんなが戦った影みたいだね」
「そうか……」
空中に浮いたまま光る球体を眺めていたベネトがそう告げる。魔法を使用した広範囲に渡る魔獣の観測だったが、その結果は無反応だった。
どこか納得のいっていないのは実際に戦った恋。少し重いと感じる空気が場に流れる中、そんな雰囲気を変えようと育が口を開いた。
「まぁ、今日は楽な戦いだったってことですよ! いいことじゃないですか!」
「……育は警戒心が無さすぎる。もっと気を付けた方が良い」
「え、心配してくれるんですか?」
ふい、と葵が顔を逸らす。
「……一応仲間なんだから、当たり前」
その言葉に驚いたのか口を半開きにした育だったがその表情を徐々に笑顔へと変化させると腕を広げ飛びつこうとして――その顔面に葵のアイアンクローが炸裂した。
「ちょ、い、痛い! なんでですか葵先輩!?」
「……何しようとしたの?」
「それは喜びのハグをしようと――っていだだだだだだだ!? ちょ、ぎ、ギブギブ!!」
こめかみに細めの指がめり込むと腕を連続でタップすると同時にその手が離され涙目で葵を見上げる。
「……女性に許可も無く抱き着くのはセクハラ。覚えておいた方が良い」
「うう……普段みんなとやってる感覚でやっちゃった……」
育のその言葉が聞こえた瞬間葵の彼を見つめる視線が絶対零度へと変わる。
「……普段、他の人ともそうしてるの? 怖……」
「いや違くて、最近先輩たちと一緒にいる時間が多くて子供達とやるのと同じ感覚でついやっちゃったんです! ていうか葵先輩少しずつ距離離さないで!?」
すすす、と移動していた葵を見て涙目で懇願する育というシュールな光景が繰り広げられる。
それが終わる頃には、重苦しい空気は霧散していた。
結局その後も影以外の敵が現れずそれぞれ帰宅した三人。監視を頼んでいたベネトから深夜帯に急遽叩き起こされるということも無く、いつも通りの朝を迎えたのだった。
「あ、レンちゃん」
「……ん? あれ、珍しいな葵」
通学路を歩いていた恋は声を掛けられた方向を見れば、そこには制服に身を包んだ葵の姿が。普段は葵の方が登校するのが早いため、登校中に出会うというのは滅多に無いことだった。
「……今日はいつもより早く起きて、トレーニングを増やしたら遅れた」
「そうだったのか。……あ、それなら一緒に学校行かないか?」
ぴくりと反応する葵。そこから直ぐに首を縦に振ったのを見れば隣に並んで歩き出した。
「にしても朝からトレーニングか、いつもやってるのか?」
「……魔法少女になってから」
葵が言うにはベネトに『強くなるためにはどうしたらいいか』と相談した結果、普段からできる特訓をすることになったらしい。それから基礎体力を鍛えるためランニングに始まり、ちょっとした時間があれば戦闘時の動きや魔法を扱うイメージをしているのだという。
彼女から語られたことに恋は驚くと同時に納得する。
葵は魔法少女になってから日が浅いというのに戦うに連れてその動きがかなり早い速度で洗練されていた。戦闘センスが高いと思っていたのだが、それだけでは無く見えないところで努力を重ねていたからこその成長だったのだろう。
「それにしても、葵もベネトも意地悪だな。言ってくれれば少しは俺も手伝えたのに」
「……ベネトさんに頼んで、黙っててもらってたの」
自身の手を平を見つめる葵だったが、それをゆっくりと握り込む。
「……まずは自分だけでどこまで出来るのか確かめる。他の人に頼るのは、それから」
「そ、そうか」
力強く言う葵だったが、普段から無表情ということもあり違和感を覚える雰囲気を纏っていた。
そうして雑談しながら通学路を歩いていた時、恋たちの耳に背後から何か走ってくるような音が聞こえた。
「恋せんぱーい、葵せんぱーい! おはようございます!」
それはもはや聞き馴染みのあるものとなった育の声だった。二人の元に駆け寄ってきた育は息を整えると笑顔を浮かべ朝の挨拶をする。
「おう、おはよう」
「…………おはよう」
それぞれ挨拶を返す恋と葵。何故か葵の方は間があった気がしなくもない。
「育はこの時間に登校してるのか?」
「はい、そうですよ! それがどうかしたんですか?」
「いや、俺もこの時間帯に登校するんだけど見たことないって思ってな」
いつも大体同じ時間に登校しているが、育らしき人影は一度も見ていない。記憶を掘り返してもそれは変わらなかった。
そんな恋の言葉にぽんと手を打ち育が口を開いた。
「あぁ、ボクいつも登校するときは道変えてるんで、それでかもしれません」
「……いや、なんでそんなことしてるんだ?」
予想外の答えに呆れるような、訝しむような表情を浮かべる恋。それに対して育は少し考える素振りを見せると理由を話し始める。
「同じ場所に向かうにしても違う道で行ったりすると今まで見えてなかったこととか……なんて言うんでしょうね。こう、新しい景色が広がって見えて楽しい、って感じるんです。……今のでわかりましたかね?」
「おう、何となく伝わったぞ」
「そ、そうですか。よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす育。どうやら自身の気持ちを言葉にできているか不安だったらしい。
「てことは、散歩が好きだったりするのか?」
「そうですね、特に音楽聴きながら散歩するのが好きなんですよー。……そうだ、二人の趣味は――」
仲良く通学路を歩いていく恋たち。暫く続いた趣味の話もいったん落ち着くと、話題は魔法のことへと移っていた。
「そういえば先輩達は魔法少女になった時、どんな“理想の自分”を思い浮かべたんですか?」
メモリーズ・マギアの使用には二つほど条件があり、その内の一つが魔力である。規定量の魔力を持たない人間には起動できない仕様なのだが、これは元々魔法機装というものが戦闘用であるために直ぐにガス欠になる人が使ってしまえば却ってその身を危険にさらしてしまう可能性があるため、それを未然に防ぐためにも必要な機構なのだ。
そしてもう一つの条件とは、メモリーズ・マギアを起動するときその起動者自身が思い描く“理想の自分”を強く思い描くこと。これが無いと例え魔力量の条件をクリアしていようが起動できない。
その理由は、メモリーズ・マギアの仕様にある。
メモリーズ・マギアはその名の通り使用者の記憶を魔法とするのだが、記憶を読み取る行為はニュートラルな状態では人間の記憶領域には厳重なセキュリティがかかっていて実行できない。ではどうすればいいのかというと、ここで“理想の自分”が出てくる。
人間は理想の自分を想っている間、無為意識下において記憶領域の封印が自然と緩まる。そこを利用して使用者の記憶を読み取り、“使用者の想像する理想の姿”である魔法少女へとその姿を変えることで地球の人間でも魔法を使うことが出来るようになる。
それが以前ベネトから教えてもらった、メモリーズ・マギアの仕組みだった。他にも説明はあったが、何やら固有名詞が多くてとても記憶には残るものではなかった。
閑話休題。
育から二人に向けられたその視線は好奇心を押さえられない雰囲気。恐らく純粋な興味で聞いていることを察すれば少し恥ずかしがりながらも答えることにした。
「俺は“守りたいものを守れる自分”だな」
「……“大切なものの為に行動できる自分”。……育は?」
「ボクは“大事なものを繋ぎ止められる自分”です!やっぱりそれぞれ違うんですね……あ、もう着いちゃった」
そんな会話を交わしていると気づけば三人の目の前には星宮学園の校門が。人数は少ないが他の生徒もちらほらと見えている中、玄関で靴を履き替える。
「それじゃ先輩方、また放課後に!」
「おう、頑張ってな」
「……じゃ」
言葉を交わすとそれぞれが自身の教室へと向かって行く。
今日もまた、いつも通り日常が幕を開けた。
四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響く中、号令を終えると同時に一気に騒がしくなる教室。しかしいつもより割増しで活気に満ちており、ちらほらと鞄を持ち教室から出て行く生徒の姿が。
「あれ、なんかあったっけ?」
「……今日は午前放課」
そんな様子を疑問に思っていた恋だったが葵からかけられた言葉に目を見開く。
「え、そんな連絡あったか?」
「……先週のホームルームでしてたよ。レンちゃん、寝惚けてたけど」
今はもう行っていないが、恋は魔法少女になってから三日ほどは魔獣を倒した後でも、夜まで魔法の特訓をしていた。それが原因で学校に登校してきてもなかなか眠気が取れず寝ることもあり、その時のホームルームでは寝起きで記憶があやふやなのである。
それを思い出し納得する反面、説明してくれた葵に少し申し訳なさを感じてしまう恋であった。
「なら折角だし特訓するか。葵、部活は?」
「今日は普通に休み。いけるよ」
「わかった。それじゃ、育にも連絡して――」
――笑顔で交わされる日常の会話。
――それはとても輝かしく、大切なもので。
――同時に、酷く壊れやすいものだった。
突如、振動音が教室に響く。
まるで人形が壊れたかのようにその動きが急停止する恋と葵。
規則性のあるくぐもって聞こえるソレの鳴る方へと視線が動いていく。
そして、それと同時刻。
「はぁ、はぁ……!」
自身の教室から飛び出した育は振動する待機形態のメモリーズ・マギアを握り締め、帰宅する生徒達の波に逆らい廊下を駆ける。
廊下の曲がり角から出てきた女子生徒にぶつかりそうになるも寸でのところで立ち止まって一言謝ると階段を駆け上がり、中等部と高等部に掛けられている渡り廊下を走り抜ける。
「なんで……!? 今はまだ昼なのに……!!」
焦燥に満ちた声を上げる育。一年B組の教室では信じられないものを見るように鞄を見つめる恋と葵。
「――――、」
恐る恐る鞄の中を漁ると今や使い慣れたソレを手にする。
燃えるような赤色の幾何学模様が刻まれる黒いケースは、いつもより大きく震えていた。
――突如、途轍もない轟音が辺り一帯に鳴り響く。
騒がしくしていた生徒達もその瞬間に成りを潜め、それぞれが周りを見渡していると一人の男子生徒が口を開いた。
「お、おい! あれ見ろ!」
彼が指を差すその場所。
そこから、まるで噴火でもしたのかと思うほど黒い煙が立ち上っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
気付けばもう17話、遂にここまで来たかって感じです。
ここからは駆け抜けるだけなので全力で執筆活動に励みたいと思います。
今回でいよいよ日常であった昼すらも侵食し始めてきました。前話の後書きでも言った残酷描写、残酷であることが伝わるようしっかり描写していきたいと思います。
後書きもこの辺にして。
最後まで読んでくださりありがとうござました!
趣味で書いている小説ですが、皆さんにも楽しんでいただければ幸いです。
これからも「メモリーズ・マギア」をよろしくお願いします!
それでは次の話で再びお会いしましょう。