第15話 魔法少女、奮闘
第15話です!
金属同士が接触したかのような甲高い音が連続して響く。土煙の中から恋たち三人が空中に向かって飛び出した後、それを追うように複数の影が耳障りな羽音を鳴らしながら飛び出してきた。
「くっそ! 数が多すぎる!」
「ボク虫苦手なんです、よっ!」
育が右腕を振るうと同時、暗い空を分かつかのように煌めく糸が空間を走る。彼らの背後にいた複数の影を纏めて切り裂くが、それだけでは全てを倒すには至らない。地に落ちていく残骸を気にすることなく残った影が飛んでくる。
群れの中の数匹が育の攻撃範囲の内側に入り襲いかかろうとした瞬間、恋の拳が突き刺さり肉体が四散する。余韻に浸る間もなく地面が近付いていた。
「育、着地!」
「はいっ!」
三人は建物の屋上に着地を成功させ、すぐさま顔を上げる。
身体は黒と黄色、尻尾に備わる尖った針こそ蜂の証。彼ら三人が見つめる先には軽く数えるだけでも五〇匹ほどが群れを成して存在していた。
「……確かに厄介だけど、アレをどうにかしなきゃイタチごっこ」
葵が睨んだ先には尻尾に行くにつれてスカートのように広がっていく巨体を持った個体。小さな蜂型魔獣の集団の背後に浮かぶその姿は兵隊蜂に守られる女王蜂のようであった。
月を背にホバリングする女王蜂型魔獣の身体が魔力の光を帯びる。ぱり、ぱり、と渇いた音が空気を伝わり聞こえてきた。
「ロード」
【Loading, SPIKER】
葵は素早く弓を構え女王蜂型魔獣に向かって矢を射出するが、複数の兵隊蜂型魔獣が矢の進路上に縦一列に整列する。串団子のように魔獣を貫く内に矢の勢いはみるみる衰え、女王蜂に到達することなく果てた。
黒い塵として散った個体を他所に、女王蜂型魔獣の尻尾から兵隊蜂型魔獣が先ほど倒した個体数より多い数を放出。すぐに群れへと参戦し三人を警戒している。
「ほんと、やりにくい……」
次々と産み落とされ増えていく兵隊蜂を見て辟易とする葵。
女王蜂の魔獣はその尾が巣となっており、常に子供を産み落とし育成し続けている。少しでも攻撃の手を緩めると空間があっという間に兵隊蜂で埋め尽くされてしまうだろう。
際限なく増えていく戦力。しかし、厄介なのはそれだけではなかった。
「キィヤァァァァァァァァァァァァッ!!」
女王蜂がひと際大きく鳴き声を上げると兵隊蜂が空間を埋め尽くすように広がる。配置を終えると尻尾の先端を恋たちへと向け、その身体が輝き始めた。
「また来るぞ!」
「ロード!」
【Loading, PROTECTION】
育が展開したドーム型の防御魔法に包まれた瞬間地面を削るような音が連続で響き渡る。周囲には五寸釘とほぼ同等の針が数えきれないほど突き刺さっていた。
尻尾の針を弾丸とした一斉射撃。範囲もそうだが、威力もコンクリート建造物に易々と突き刺さる当たり重機関銃ほどの威力は見込まれる。
そんな攻撃も暫くしてその音が鳴り止む。兵隊蜂を注意深く見れば、全ての個体から針が無くなっていた。
「ロードッ!」
【Loading, BLAST】
「おらァッ!」
恋によって打ち出された魔力弾はそれぞれ兵隊蜂の集団の中に突っ込むと小さな爆発を起こし複数の個体を撃破する。
しかし女王蜂がその身体に再び魔力を纏わせるとスカートを思わせるその尻尾から次々と兵隊蜂が生み出されていき失われた分の兵隊蜂が補充された。それどころか今まさに彼らの目の前で増殖を続けており、その数は加速度的に増えている。
そんな状況の中、恋がメモリアを装填すると口を開いた。
「一回下がるぞ! 体勢を立て直そう!」
「……わかった」
「はいっ!」
恋は捨て身で飛び込んでくる兵隊蜂を拳で撃墜。そのまま葵と育を伴って建物の上を跳び蜂型魔獣たちから離れていく。
「キィィィィィィッ!!」
それを好機と見たのか女王蜂の鳴き声と共に兵隊蜂達が一気に彼らの後を追い始め、段々と彼らに追いついていく中、群れの内の1匹が一気に飛び出すとその針を長く伸ばせば赤い魔法少女に深々と突き刺す。
――次の瞬間、その姿はまるで陽炎のごとく揺らめき影も形も無く消え去った。
「ギィッ!?」
同様に紫と緑の魔法少女も揺らめきその姿を消す。それを見た先頭の兵隊蜂は鳴き声で仲間に情報を伝えると兵隊蜂達が様々な方向へと散開していった。
荒れた高層ビルの窓から覗く二つの瞳。それは右へ左へと動いていたが何かを捉えると途端に引っ込む。
それから少ししてその場所に飛来してきたのは一匹の兵隊蜂。
兵隊蜂は辺りをぐるりと一通り見渡すと近くにあった建物の窓に近付く。そこには兵隊蜂自身の姿が映るばかりで、それを見た兵隊蜂は別の場所へと飛び去って行った。
「……し、心臓に悪い……」
胸を撫で下ろす赤、紫、緑の衣服に身を包んだ少女三人。それぞれ窓直下の壁にぴったりと身体をくっ付けていた体勢から直ると直ぐに部屋の隅へと集まった。
「よし、じゃあ作戦会議を始めよう。とりあえず、いま分かってるあの蜂について整理するところからだな」
そう言うと恋は葵と育に目配せする。それに対して2人とも頷いたことから同意見ということで良いようだ。
「俺の『ミラージュ』が効いたことからアイツらは主に視覚……目に頼っていると考えていい。周りの奴らの攻撃は針と顎による噛み付きだな」
「……多分だけど、あの女王蜂を倒せば全部終わる。狙っても絶対に庇っていたから」
「だけど問題はどうやって攻撃を当てるかですよね……今も増えてるみたいですし」
今回の問題はそこに収束する。
恋が跳んで近付こうとしても葵が矢を撃っても、周りにいる兵隊蜂が行く手を阻んだり庇ったりで女王蜂に攻撃が一切通らない。加えて兵隊蜂の数が多すぎるため、下手にばらけると各個撃破されてしまう危険性もある。
窓から外を見ると空中で悠々と飛んでいる女王蜂が今でも兵隊蜂を生み出している姿が遠目に見える。兵隊蜂が増えれば探索する範囲も段々と広くなるため彼らが見つかるのも時間の問題だろう。
「そこに関しては解決策が無いというわけじゃない」
「え、そうなんですか? どんな策なんです?」
育の疑問に対して恋は彼に向かって真っすぐな視線を向ける。
「育を攻撃の要にする」
「……ええングッ!?」
「……静かに。見つかっちゃう」
狼狽え大声を上げようとした育だったが口を塞がれその声はくぐもったものになる。静かにしてほしい旨を身振りで伝えそれに対して頷いたのを見ればそっと手を離した。
「育の糸魔法は威力もそうだが範囲もかなりのもんだろ。それはあの蜂の軍団に対して有効だと考えた」
育を真っすぐ見据えながら言葉を続ける。
「だから俺と葵がある程度周りの蜂を減らして、そこに育があの女王蜂にトドメを刺すって形にしたいんだが……どうだ?」
「……ボクにそんなこと、出来るか分かりませんよ……?」
育は俯き自身の手を握り締め震えていた。恐怖によるものなのか、はたまた力の込めすぎでそうなっているのかは分からない。
震えが段々と大きくなる中、そんな彼の手を優しく包み込むように恋の手が添えられた。
「大丈夫、心配すんな。俺と葵が全力でフォローする。なっ、葵」
「……レンちゃんはいつも突然すぎる。……でも」
恋達の手の上から葵が包むように手を重ねる。
「……私たちが一緒。だから大丈夫」
二人の言葉に目を見開くと重ねられた手を見つめる。
体の震えは自然と収まっていた。
重ねられた手をゆっくりと解くと育は自身の顔を勢いよく叩いた。
「やります」
顔を上げ露わになったその表情は一目で覚悟が決まったと感じられるもので、明らかに変わったその雰囲気は二人に対しても影響を与える。
「……よし、じゃあやるか」
「……頑張ろう」
恋と葵が肩を組みそこに育も加わり円陣が形成される。普段表情が変化しない葵ですら、その顔には一目で笑っていると感じられる表情が浮かんでいた。
「それじゃ、全員で頑張るぞ!」
「……おー」
「おー!」
建物の中で交わされる控え目の掛け声が響く。
そして彼らはその部屋から飛び出していったのだった。
兵隊蜂に一面を囲まれながら空に浮かぶ女王蜂は更にその勢力を増やさんと自身の子供を生み出し続けていた。周りの様子は兵隊蜂でその空間を埋め尽くさんとばかりである。
しかし帰還した兵隊蜂の鳴き声により周りの兵隊蜂達が一気に殺気立ち、臨戦態勢へと移行する。そんな兵隊蜂達が群れ為す場所に向かって建物の屋上を跳びながら突撃していく三人の姿があった。
「育! もし失敗しても絶対助けるから思いきりやってくれ!」
「はい! 信じてますからね!」
言葉を交わし終えると育は1人蜂の群れへと向かっていくのを見届けた恋と葵は『ブラスト』『クラスター』のメモリアをそれぞれ自身の武器に装填し、スイッチを押し込んだ。
「「セット!」」
【MEMORIA BREAK】
発動シークエンスを終えると恋はいくつもの魔法陣が重なりその中心に膨張を続ける赤い魔力の塊に向かって思いきり拳を引き絞り、葵は弓に紫色に輝く巨大な矢を番え引き絞った。
育は吹き荒れる魔力の奔流を背後で感じつつ自身の前方で広がる蜂型魔獣の群れへと向かって行く。突撃してきた兵隊蜂を糸で切り裂き進む中、『ENHANCE』と刻印されたメモリアを自身の右腕の機械武器へと装填した。
「キシャアァァァァァァァァッ!!!」
女王蜂の鳴き声で兵隊蜂達が一斉に展開されその針が育に向けられるが防御する様子も避ける様子も無くただ愚直に進み続ける。
そんな時、彼の遥か後ろで待機していた恋と葵から爆発的なまでの魔力光が迸った。恋の目の前にあった魔力の塊は彼の身長を優に超す大きさとなり、葵が番える矢も先ほどよりもその輝きを増したものとなっている。
「充填完了! いくぞ葵!」
「……うん!」
葵の弓から勢い良く放たれた矢は進む中で分裂を繰り返し数えきれない矢の軍勢となる中恋は目の前の魔法陣に向かって拳を振るった瞬間魔力の塊が弾けレーザーとなり、それぞれが蜂の軍勢へと襲い掛かりそれらが着弾すると魔力による大爆発が発生した。
【ASSAULT STRIKE】
【METEOR LIGHT BLASTER】
葵の爆撃と恋のレーザーによる魔力の極光が収まりその場所を見てみると依然として女王蜂は健在だった。しかし先ほどの攻撃でまるで壁のようだった兵隊蜂の軍団は今や影も形も無い。取り残しがいるがそれも数えるほどでほぼ無防備な状態であった。
「セット!」
【MEMORIA BREAK】
そこに女王蜂の直下にまで近付いていた育から幾つもの糸が射出される。自身に迫る糸を何とか躱そうと身を動かしたがその動きは鈍重なものであっさりと絡めとられた。
それを確認した育は自身の左手を右手に添えれば強化魔法を集中させたときのように右腕が大きく輝く。女王蜂の身体を思いきり引き寄せ今度は彼の足に魔力の光が集うとその場で跳び上がり、自身に迫るその巨体に真っ向から対抗するようにオーバーヘッドキックを繰り出した。
「おおおおおおっ!!」
【VIOLENT FINISH】
女王蜂の身体にめり込んでいた彼の足がひと際輝くと遥か上空から地面へと一瞬で叩きつけられ、影の世界全てに聞こえるかというほどの轟音と共に彼が跳び立ったビルの高さの半分以上まで土煙が巻き起こる。
それがほどほどに収まると巨大なクレーターの中心には身体が上下に真っ二つとなっている女王蜂の姿があったが程なくして黒い塵へと変換されると取り残された兵隊蜂達も力を失ったように墜落し、そのまま同じように塵となっていった。
「わ、わぁぁぁあああ――あべしっ!?」
必殺技を繰り出すばかりで空中でバランスを崩した育はそのままビルの屋上へと墜落する。痛そうに自身の身体を擦りながら起き上がるとそこに葵がやってきた。
「あ、葵先輩! ……って、恋先輩どうしたんですか!?」
「……だいじょうぶだぞー」
育の目に映ったのは葵に背負われ運ばれる恋の姿。普段とはかけ離れたぐったりとした様子に何か具合でも悪くなったのかと心配し慌てるが葵が口を開く。
「……『ブラスター』のメモリア・ブレイクは、魔力をほぼ使いきっちゃうの」
「え、えーっと、つまりどういう……?」
「簡単に言うと、ガス欠。怪我とかではないよ」
恋の無事を知りほっと胸を撫で下ろす育。しかし次の瞬間なぜか尻もちを付いてしまった。
「あ、あれ……?」
なんとか立ち上がろうとするも全く叶わないことに動揺するが、よくよく見てみると彼の足が小刻みに震えている。
それを見た葵は育の頭に手を乗せると優しく撫で始めた。
「……緊張の糸が切れたんだね。よく頑張った」
「あ、ありがとうございます……」
互いに微笑み合う葵と育。緩んだ空気が流れる中、突如三人の元へと何かが現れる。
咄嗟に弓を顕現させそちらに向く葵だったがその正体がベネトだったことに安堵のため息を漏らす。
「みんなお疲れ様! それじゃ帰るよ!」
「…………あい」
「……今日は、相当疲れた」
「魔法少女になって二日目。夢見た理想の魔法少女になるにはまだまだ先が遠そうです……」
ベネトの言葉にそれぞれが反応するが特に恋は相当参っているようで短く小さな返事となってしまっている。そんな様子に苦笑いを浮かべながらも魔法を発動させれば彼らの姿は影の世界から消え去った。
そうしてしばらくして空が割れ、大地が砕け、影の世界が消えていくのだった。
ぽたり、ぽたりと音がする。
水滴が落ちる音……ではない。その音からはどこか粘液質な印象を受ける。
「はぁ、はぁ……」
先も底も見えない黒い空間があった。
しかしそこには小さなテーブルに小さな椅子、絵本が詰まった本棚、銀色の檻があり、それらはこの空間の中では浮いて存在しているようで異物としか考えられない雰囲気を醸し出している。
「ぐ、う……」
そんな中で立ち竦む、黒いローブで体を覆った人間と思わしき者が肩で息をしている。
ローブから僅かに覗く髭から彼が老人だと分かるだろう。
「……ふぅ-……」
その老人は大きく息を吸い、吐きを何度か繰り返し荒れた呼吸を整えると口元をその手で拭った後、置かれたかなり大きめの銀の檻に目を向ける。
その中には闇を照らすが如く金色の目が一対、爛々と輝いていた。
「……下手をすれば死んでしまうやもしれんが……仕方あるまい」
銀の檻から目を離すと本棚の目の前へと立った老人はその中から1つの絵本を手に取れば老人の居た空間が歪み、捻じれ、曲がり始めた。
そうして数秒もしない内に空間の様子は一変する。
先ほどまではただの黒い空間だったのが今は大小様々な色の光が照らしており見る者全てをまるで満天の星空の中に居るかのように錯覚させる空間へと様変わりしていた。
そして何よりも異質なものがその空間の中央にあった。
「……ようやく、積年の願いを果たす刻が来た」
老人の目の前にあったそれは、樹であった。
しかし、ただの樹ではない。幹の太さも尋常ではなく、その高さはまるで天を貫かんとばかりに壮大なモノで見る者に神々しさを感じさせた。
「夢幻まで……あと暫く」
老人の視線の先。
そこには下半身と両腕が樹に飲み込まれ、上半身だけを露わにした黒い長髪の少女。
それはまるで、十字架に磔にされた罪人のようであった。
第15話を読んでいただきありがとうございました!
今回は育君が臆病ながらも頑張る姿を見せてくれましたね。育君は誰かが信じているならどこまでも頑張れる、そんな少年なのです。
さて、これからのお話ですが次の話くらいから物語が終わりへとフルスロットルで行く予定ですのでお楽しみに!
これからも「メモリーズ・マギア」をよろしくお願いします!