第13話 緑のメモリア
第13話になります。
文字数はそこそこです。
戦闘が終わって現実世界に帰還した恋たち。今日の戦闘における反省会を恋の家で行うことになった。
恋はお盆の上に水が入ったコップを人数分乗せ、皆がいるリビングへと向かう。
「飲み物持ってきたぞー……って、どうしたんだ?」
「……なんか、ずっとあんな感じ」
葵が指で示す先、育が何やら呆けている様子だった。よくよく見ると自身の物である緑色の幾何学模様が描かれた待機形態のメモリーズ・マギアを見ているらしい。
「おーい育、大丈夫かー?」
「……はっ! 恋先輩?」
「おう、飲み物持ってきたぞ」
「すいません、ありがとうございますっ!」
大きく頭を下げた後にコップを受け取ると勢い良く飲み始め、容量が半分くらいになったところでようやく口を離した。それほどまでに喉が渇いていたのだろうか。
「さて、ベネトは少し遅くなるって言うから俺達だけで戦闘の振り返りなんだが……育、魔法を使ってみてどうだった?」
それぞれが向かい合う形で話し合いが始められる。内容は先ほど行われた魔獣との戦闘、さらに言うなら今日初めて非日常へと飛び込んで来た育に関するものだった。
「なんていうか、変身した後の身体の力が強すぎて全然コントロールできなかったです……」
「まあ、顔面から行ったからなぁ」
「そ、それは忘れてくださいっ!」
顔を赤く染めながらわたわたと慌てる育。どうやら本人としてもあれは恥ずかしい出来事のようだ。
そこで恋は自身の初めて――魔法と出会ったあの日、力の制御が出来ずに建物に突っ込んだことを思い出す。つい最近のことにも関わらず随分古臭い思い出のように感じてしまっていた。
そんな中、項垂れた育に葵が手を伸ばし、その頭に手を乗せ優しく撫で始める。
「……大丈夫。苦手でも、出来るまで練習すれば良い」
「葵先輩……はい、頑張りますっ!」
俯かせていた顔を上げると満面の笑顔を浮かべる育。それを見た葵は一瞬固まると突然胸を押さえた。
「ちょ、葵先輩大丈夫ですか!? どこか痛むんですか!?」
「……これが、萌え……」
「燃え? え、何か燃えるんですか?」
「……なんでもないよ。ありがとう」
感謝の言葉を告げられた育は首を傾げるものの、いつも通りに戻った葵を見て大丈夫と思ったのか話を続ける。
「後はそうですね……やっぱり、まだ現実味がないっていうのが一番ですかね。まるで夢の中の出来事みたいでした」
「まあ魔法なんて空想の中だけだと思ってたからな。俺も最初は戸惑ったよ」
「ですよね! しかもまさか自分が使えるなんて夢にも思ってなくて! 服装もあんなに可愛かったし、魔法少女になってよかったです!」
そう語る育の笑顔は華やかなものだった。
つられて恋と葵も微笑みを浮かべる。
「さて、他に話すことと言えば、魔法のことだな」
「魔法のこと……僕の場合は糸ですよね。そういえば二人はどんな魔法を使えるんんですか?」
「それじゃあ、説明するのも合わせて魔法の確認も済ませるか。葵もメモリア出してくれ」
「ん、わかった」
恋と葵は待機形態――見た目はカードケースそのもの――になっているメモリーズ・マギアを開く。絵の描かれたカードを取り出し、分かりやすいように机の上に広げた。
「メモリーズ・マギアは規定の魔力量を持つ人間が魔法を使えるようにする機械だ。使用者の記憶を読み取って『メモリア』って呼ばれるカードの形にするのが特徴だな。まぁベネトの受け売りだけど」
気まずそうにしながら恋は続ける。
「同じ魔法でも効果が違ったりするから注意が必要だ。俺の場合は衝撃を発生させる『インパクト』、魔力弾を打ち出す『ブラスト』、盾を作る『プロテクション』、実体を持った幻影を生み出す『ミラージュ』、自分と目に映った他の人と位置を入れ替える『スイッチ』だな」
「……私は貫通力が高い『スパイカー』、分裂・拡散する『クラスター』、敵を追尾する『チェイサー』、壁を作る『プロテクション』、強い光を発生させる『フラッシュ』だね」
「ほえー、同じ魔法でも効果が違うんですね! 描いてある絵も違う……」
並べてられたメモリアをまじまじと見つめる育。そして彼も自身のメモリーズ・マギアを開くと中に格納されているメモリアを取り出した。
「えーっと……あ! 僕のにもありましたよ!」
そう言いながら恋と葵にメモリアの絵を見せるようにテーブルに置く。そこには“地面に小さな円の影とその直ぐ傍で蹲る人影”が描かれた『トランス』と、“半球のドームのような物の中にいる人影”の描かれた『プロテクション』のメモリアがあった。
「へえ、やっぱり俺たちと同じのもあるんだな」
「……他のはある?」
「はい! 今出しますね」
そう言って残りのメモリアもテーブルに置かれる。
「えーっと……『エンハンス』、『コンストラクト』、『ロック』、『コネクト』の四枚ですね」
「……英語、読めるんだね」
「頑張って勉強してるので!」
胸を張り得意げに堪える育。それを他所に恋は机に広げられたメモリアを観察していた。
「『エンハンス』は今日見たけど、切断するための魔法なのか?」
「うーん……でもあの魔法使ったとき、身体に力が湧いてくるような感じがしたんですよ。魔獣を倒したときはそれを糸に込めるってイメージでやりました」
「だとしたら自分を強化するための魔法なのかもな。英語の意味もそんな感じだし」
“頭に鉢巻きを巻いた人影”が描かれ『ENHANCE』と刻印されたメモリアを見ながら分析する。そんな中、葵は別のメモリアに目を向けると“糸を編む人影の絵”が描かれ『CONSTRUCT』と刻印されたメモリアが映った。
「……構築? 何か作るのかな」
「んー……あ、もしかしたら!」
「……何か、分かったの?」
「ボク、編み物とか手芸が趣味なんですよ。もしかしたらそれが影響されたのかもしれません」
「……なるほど。それなら、糸を編んで何か作るんだと思う。通常魔法が糸だし」
「まあそれは使ってみてからのお楽しみですね」
そしてそのまま次のメモリアへと話題が移る。
「おー……これはまた、何とも言えない絵だな」
「……謎」
「なんで縛られてるんだろ……」
それぞれが思ったことを口にする。話題に上がっている『LOCK』と刻印されたメモリアには“懐中時計が糸で縛り上げられている絵”が描かれていた。
「うーん……こればっかりは良く分からんな」
「……何かを固定する?」
「これも実際に使ってみてって感じですかね……」
そして三人の視線は最後に残る『CONNECT』と刻印され“糸に絡まるように繋がれる二人の人影の絵”が描かれたメモリアに移っていた。
「コネクト……そのままなら『繋ぐ』って意味だな」
「でも、ただ繋ぐだけなら普通の糸の状態でもできますよね?」
「……どう使えばいいんだろう」
三人で暫く悩んでもいいアイデアは浮かばず、結局この魔法も実際に使ってみて判断することに決まったのだった。
「うー……なんかボクの魔法って変なの多くないですか……?」
メモリアを見終わった育から出てきたのはそんな言葉だった。その様子は何処か落ち込んだ様子である。そんな育を見かねたのか恋と葵も口を開く。
「そんなこと言ってもまだ実際に使ってないんだし、落ち込むのは早いと思うぞ」
「……少なくとも、今日使ったのはちゃんと強かったと思う」
「まだまだこれからだって。だから頑張ろう」
応援の言葉を聞いた育はゆっくりと顔を持ち上げ深呼吸をすると自身の顔を両手で軽く叩いた。どうやら気付けの為に行ったらしい。
「……それもそうですね! よし、一日でも早く使いこなせるように頑張るぞっ」
胸の前で拳をきゅっと握る育。その様子はさながら小動物を思わせる仕草でどこか可愛らしい。
「まあとりあえず、育の魔法は明日の戦闘で確かめる。俺と葵はそのバックアップってことで大丈夫か?」
「……問題ないよ」
「大丈夫です!精いっぱい頑張ります!」
その場で次の戦闘における方針が決まり、そこから更に話を続けようとしたとき育の元から軽快な音楽が鳴り始めた。
「すみません恋先輩、ボクそろそろ帰らないと……」
「うお、もうこんな時間か。気付かなくてごめんな」
時計が示す時刻は一八時を回っていた。世間では行方不明になる事件が起きているということが報道されているため、こんな時間まで中学生が外を出歩いていては親族が心配することは容易に想像できる。
「ベネトはまだ帰って来ないしなぁ。育、良かったら送って行こうか?」
「ボクの家ここから近いんで大丈夫です! それに、危なくなったら魔法使うので!」
「育、頼むからバレないようにしてくれよ……?」
満面の笑顔で親指を立てる育。その姿にどうしようもない不安に駆られる恋だったが“冗談ですよ”と揶揄うような笑顔を見ると安堵のため息を一つ零し胸を撫で下ろした。
「それじゃあ恋先輩、葵先輩、また明日!」
「おう、帰り道に気を付けてな」
「……またね」
玄関先にてお互いに手を振り合う。街灯に照らされる薄暗い道を歩いて行った育を見送った二人はリビングに戻る。
「そういえば、葵は時間大丈夫なのか?」
「……まだ大丈夫」
「それなら良かった。……それにしても、ベネト遅いな。何やってるんだ?」
恋がそう言ったのは最もで、いつも通りなら戦闘が終わる前か終わって数分も経たずに帰ってくるはずなのだ。
しかし今回は戦闘から一時間近くも経つ。念話での連絡すらない事もあって不気味さに拍車をかけていた。
「……駄目、念話が繋がらない」
「本当か!?」
葵のその言葉を受けて、恋も念話を試す。しかしいつものように電話の回線が繋がるような感覚は訪れない。
二人の脳裏には最悪の可能性が浮かんでいた。
「まさかベネト、敵にやられて――」
「たっだいまー! いやー今日はほんとに疲れたー! ……あれ、レンとアオイ、そんな顔してどうしたの?」
張り詰めた空気をぶち壊すかのように響いた軽快な声。それは帰宅を告げる言葉だった。
リビングの入り口を見ると小さな黒い鳥の身体に深紅の瞳があり、間違いなくそれがベネトと判断できた。
静寂の中こてん、と首を傾げるベネト。そんな彼に向かって恋はその拳を全力で振り抜く。
「――お帰りなさいませぇぇぇぇ!!」
「うわぁぁぁぁ!! なんだいいきなりパンチなんて! 危ないじゃないか!」
「こっちは心配してたんだぞ! 念話くらいしろ!」
「あ、ごめん。作業に集中するために回線切ってた。許して?」
悪びれも無くそう言ったベネト。翼の先端を丸めて自身の頭にこつんと当て舌を出す仕草はあざといの一言だった。
「…………、」
「あ、アオイちょっと待ってごめんて謝る謝るからそれだけはいだぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
その仕草を受けた葵はおもむろにベネトの頭を握り拳でグリグリと圧迫し始めた。
与えられる痛みに耐えきれず漏れる叫び声。一〇秒ほどすれば満足したのか葵は手を離し、ベネトは随分とやつれていた。
「ぜぇ、ぜぇ……ひどい目にあった……」
「……報告、連絡、相談は大切。怠ったから、罰ゲーム」
「ぐうの音も出ない……」
ベネトは場の空気を換えるために咳払いを一つすると、真剣な表情で口を開いた。
「それじゃあ名誉挽回のためにも報告しようかな。今回でまた新しいことが分かって、全員に話そうと思ってたんだけど……イクはどうしたの?」
「育なら今日はもう帰ったぞ。初めてだったんだし、今日は休ませてあげよう」
「そうしよっか。じゃあ、僕たちで始めよう」
ベネトは自身のデバイスである小さな球形の機械を取り出す。素早く操作すればホログラムのような画面が空間中に投影された。
そこには今まで収集してきたものなのか、様々なデータが羅列していた。
「僕が今回調査していたのは魔獣達についてだ」
「魔獣? いまさら何かあったのか?」
エノ・ケーラッドが人間たちを襲わせる目的で造り出した人工魔獣。確かに脅威だが、取り立てて調べなけれならないような事などあったのだろうか。
そんな疑問に対し、ベネトは疑問を提起する。
「みんなが今まで戦ってきた魔獣、異様に倒しやすいと思わなかったかい?」
「……普通に強いのもいたけど思うけど」
葵による簡潔な答え。しかしそれが全てだった。
育は今日の戦闘が初めてだったが、恋と葵は魔獣とそれなりに戦っている。それに倒しやすいとは言っているが、葵が初めて魔法少女になったときは一歩間違えれば恋が危なかった。
しかし首を横に振ったベネトが再び口を開く。
「逆だよ。いくら人数で勝ってるとはいえそんなにスムーズに倒せるのがおかしいんだ。レンは魔法を使い始めてやっと一週間を過ぎたところで、アオイは数日。イクに至っては今日からだ。違和感は最初からあったんだよ」
空気中に浮かべられたホログラムのパネルを次々と操作していくと、今度は魔獣の姿が映し出された。
「これ、今日戦ったやつか?」
「……この鷹型も、昨日戦った魔獣」
映し出されたのはかつて恋達が戦っていた熊型、鷲型など様々な魔獣達の姿。ベネトがデバイスを操作すると今度はその魔獣達の絵からグラフなどが出現し始める。
「念のため聞いておきたいことがあるんだ。レン達が戦ってきた魔獣の動き、何か変じゃなかったかい?」
「変……?」
「変ってほどじゃなくても、何か違和感だったり、共通点みたいなのは見つからなかった?」
「うーん……」
腕を組み目を閉じて今までの戦いを思い出す。どの魔獣も自身の持つ体格や武器を駆使して戦う存在ばかりで、苦戦した記憶が思い起こされた。
しかし、そんな中でも特に違和感なんて言ったものは――と、考えたところでふと思い出す。
「魔獣って戦い始めるとき初めは警戒心が強いんだけど、いざ戦ってこっちが不利な状況になったりすると調子に乗るっていうのか、単調な攻撃が多くなったりしてたば。あと、何回も同じ攻撃が通ったりもあった」
「ありがとうレン、これで確信が持てたよ」
ベネトはデバイスを操作し今まで戦ってきた魔獣のリストとそれと同じ数の波が描かれたグラフがあった。しかし、そのグラフはどれも荒い波で安定していないように見える。
「結論から言うけど、今までレン達が戦っていたのは生まれたての魔獣、まだ子供だったんだ」
「……子供? アレで?」
「そうさ。これを見て」
そう言って恋と葵の目の前に出されたのは今日戦った熊型の魔獣と波のグラフ。特にグラフをよく観察すればその波形が乱れに乱れていた。
「魔獣っていうのは生まれつき魔力を持っているんだけど子供の頃は安定していないんだ。だんだんと大人になるに連れて安定するようになって、魔力の質も向上していくんだよ」
「……なるほど。ということは……」
「そう。今後、大人の個体が出てくる可能性がある。今までのが訳もないくらい強いのがね」
場の雰囲気が張り詰めたものに変わる。恋も葵もベネトも、その表情は引き締まったものに変わっていた。
「でも、それを最初から投入しないってことは出来ない理由があるんだ。育成の手間がかかるからか、それともそもそも必要としてないかとか、理由は幾らでも考えられる」
コホン、とベネトがした咳払いが静かなリビングでやけに大きく聞こえた。
「とにかく、レン達は今まで以上に気を付けて魔獣を倒して。それに、あと少しなんだ」
「あと少し?」
「そう。シャドウ・ワールドの構築術式を逆算して発生源に侵入する術式の開発がだいぶ進んだんだ。今回で七〇%くらいまで完成したよ」
「本当か!?」
恋が嬉しそうな声を上げた。その様子はどこか落ち着きが無いように見える。
「だからレン、アオイ、ここには居ないイクもだけど、とにかく気を付けて頑張って欲しい。もし乗り込めてもそこで終わりじゃない。十中八九戦闘になる筈だ」
「……そうだね。とにかく、強くならないと」
自身の手のひらを見つめながらそう言った葵は強く拳を握る。そこからは何か覚悟を決めたような、そんな雰囲気を感じ取ることが出来るだろう。
「ああ、そうだな。もっと強く……」
葵の言葉を反芻するように呟いた恋。
その手の中には、赤いメモリーズ・マギアが強く握られていた。
今回も「メモリーズ・マギア」を読んでいただきありがとうございました!
この話ではあまりストーリーを進めることは出来ませんでしたがここから一気にスピードに乗せていきたい……んですけど、正直それをきちんと表現できるか不安です。
ですが、そんなでも頑張って行くので登場キャラ達の応援をよろしくお願いします!