第10話 発覚
第10話、投稿です。
週末の戦いが終わり、鳴り響く目覚ましを止め起き上がるといつも通りの日常が始まった。
寝ぼけ気味のベネトと共に朝ごはんを食べた後に着替えを済ませる。必要な持ち物を確認するといつも通りガスや電気の状態を確かめて家を出る。
学生の姿がちらほら見える登校路を歩くこと二〇分。星宮学園の校門を跨ぎ、自分の教室である一年B組の扉を開けば、そこには見慣れた少女が居た。
「葵、おはよう」
「……おはよ、レンちゃん」
席に着き荷物を降ろして葵の方を見ると、いつも通り勉強をしていた。どうやら今は現代文の予習をやっているらしく、それを見てふと思い出した。
「そうだ葵! 現文の課題、答えが合ってるか確認させてくれ! この通り!」
手を合わせお願いをすると、答えは直ぐに返ってきた。
「うん、いいよ」
「いいのか!? いやーほんと助かるわ」
「そのくらい、全然大丈夫」
葵の机の横に椅子を持っていくと自分のノートを広げ、受け取ったノートと回答を見比べていく。
しかし、その結果はあんまりいいモノではなかった。
「うぐ、あんまり合ってない……」
漢字や言葉の意味などは合っていたが、決められた字数で文章を書く問題が酷かった。途中点があることだけが唯一の救いだが、それも多くはない。
どうしたものかと考えていると、葵は顎に手を当てながら恋のノートを覗き見る。
「……でも、だんだん合うようになってきた」
「そうか……? まあ確かに最初はほんと酷かったからな……」
「……前は本当に日本人か疑った」
「その話はやめてくれ、俺に効く。あと念のためもう一度言っとくけどちゃんと日本人だ」
言葉の刃物が俺の胸に突き刺さる。しかし言い訳出来ないくらい恋の国語の成績が低いのも事実だ。
中学校時代でも友達から助けてもらっていたことが多々ある。下手をすれば妹の紗百合にすら助けを求めることがあるくらいだった。
「……勉学は一日にして成らず。だけど、続ければ必ず身に着く」
「おっ、それは実体験か? 流石は学年でトップレベルなだけあるな」
「……それは、たまたま解ける問題が多かったから……」
「それでもすごいと思うぞ。葵が努力してきた証拠じゃないか」
ふい、と顔を逸らす葵だが耳がほんのりと赤く染まっている。
なぜ葵がそれだけ勉強が出来ることを知っているのかというと、この星宮学園では年度始め、夏学期と冬学期の終わりに定期試験が実施される。点数が高かった上位五〇名の生徒の名前が学年別で掲示板に張り出されるのだが、そこに葵の名前が載っていたのだ。恋の記憶が確かならば、一二位というトップ中のトップだったはず。
それだけの少女が勉強を教えてくれる。これほど心強いことは無いだろう。
「……でも、あの時は驚いた。国語が苦手な人、初めて見たから」
「うっ、その件は本当にすまん……」
いつの間にか復活した葵にそんなことを言われ思わず謝ってしまう。
『その件』というのは入学して直ぐのこと。恋は現代文の授業で問題を当てられたときに答えが分からず戸惑っていた。そんな時小さな紙が隣の席から投げ込まれ、それを開くと答えと思わしき文が書かれていた。
バレないよう紙に書いてあることを答えると合っていたらしく、なんとか事なきを得た。その時助けられたのが立花葵という少女だった。
「……ううん、それはいい。でも気になる。なんで国語が苦手なの?」
思い出に浸っているとそんな質問が投げかけられる。
恋は腕を前で組みながら自身の考えを言葉にしていく。
「うーん……なんていうかこう、国語って、人の気持ちを問いかける問題が多いだろ? でも問題である以上正解が用意されてるんだけど……」
「……だけど?」
「選択肢があれば分かるけど文章で書けってなると、俺が思ったこと書くと不正解になるんだよな。だから俺の考えが普通じゃないのかもな」
「……レンちゃん、変わり者なんだね」
「うるさいぞ! というか、葵に言われたくはない!」
頭に『?』を浮かべるが如く首を傾げる葵に溜め息が吐き出される。
今日も疲れる一日になりそうだった。
「そういえばレンちゃん。中学校ではどんな感じだったの?」
「ん? どうした突然」
時刻は飛んで昼休み。周りが騒がしくなる中、机をくっ付け葵と共に昼食を食べているとされた質問に疑問を覚える。
「レンちゃんのこと、知りたいなって。駄目?」
「駄目ではないけど……つまんないと思うぞ?」
「それは私が決めること」
視線が真っ直ぐ交錯する。どうやら葵はどうしても恋の中学時代を聞きたいらしい。
当時のことを思い出す。
「俺はあんまり外で遊んだりとかしなかったんだが……桐花とその妹……ああ、紗百合っていうんだけどな。その二人によく外に連れ出されて色んな遊びに付き合わされた」
「……付き合わされた、って言う割には楽しそう」
「ん、そうか?」
頷く葵。どうやら少なくとも楽しそうに見えるらしい。
「まぁ前も言ったけど幼馴染の爺さんから武術習ったり、一緒に出掛けたりもしたな。……あっ、あとボランティアとかはすごくやってたぞ。今はまあ、アレのせいで出来てないけど」
アレ、と遠回りに言ったのはもちろん魔法少女関係のこと。魔法少女になる前は引っ越してきた地域の清掃やゴミ拾いのボランティアに多く参加していた。
一緒だったのは主に五〇を過ぎた年齢の人たちで、自分と同じように学生の人はまず見ない。それでも年上の人と交流しながらボランティア活動するのは楽しかった。
昔を思い出しているとふと視線を感じた。その方へ顔を向ければこちらに歩いてくる女子生徒が一人。
「お、いたいた。葵」
「……あ、美玖ちゃん」
葵に名を呼ばれた茶髪の女子生徒は近くの席の椅子を移動させると、くっ付けた机の横側に陣取った。
どうやら彼女は葵の知り合いらしい。しかし恋としては初対面の相手だった。
「えーと……どちらさま?」
「あ、ごめんごめん。同じ一年で隣のC組の相川美玖。葵と同じアーチェリー部で、今日は一緒にご飯食べようって約束してたんだ」
「そうなのか。……あっ、俺は櫻木恋。というか葵、何も聞いてないんだが」
そう、葵からは誰か他の人が一緒に食べるなんて聞いていない。
どういうことか葵に問いかけると、その答えはシンプルなものだった。
「……忘れてた」
「道理でなんも連絡ないわけだよ。とりあえず教室に来て正解だったー」
どうやら葵は、美玖と交わした約束を忘れてしまっていたらしい。
友達同士の約束を破らせるわけにはいかない。初対面で気まずさはあるが、ここはぐっと堪えるべきだ。
「あー相川さん。俺は大丈夫だから気にしないでくれ」
「お、いいの? 悪いねー」
快活に返事をすると手に持ったパンの包装を開け齧り付く美玖。恋も自身の昼食であるおにぎりを食べようとしたところで視線を感じた。
恋が顔を上げると、こちらを興味ありげに見つめてくる美玖と目が合った。
「……どうした?」
「いんや別にー? 葵がいつも話してる『レンちゃん』がどんな人か気になってねー」
「ん? 俺?」
「み、美玖ちゃん……!」
目に見えて慌てる葵。珍しい変化に面食らう中、美玖の口が閉じることは無い。
「おにぎりは塩味が好きだの、ボランティアを頑張ってるだの、勉強では国語が壊滅的だの……まあ色んなこと話してくれてね。それで気になってたんだよ」
「……葵、そんなこと言ってたのか」
「………埋没したい」
顔を俯かせ落ち込む葵と楽しそうに笑う美玖。二人の関係性が何となくわかった気がする。
自分のことが語られているというのも妙なくすぐったさがある。他人からどう思われているか頓着することは無いが、全く興味が無いかと言われればそうでもない。
(……ん?)
ふと、そこで何かが引っかかる。
例えるなら喉に何かが突っかかっているような、本当にあと一息で出そうなのだが出ない、そんな感覚だ。
腕を組みうんうんと唸り考えてみるが、それが出ることは無かった。
(……まあいいか。どうせ小さいことだろ)
思考を打ち切り現実に戻ってくると相川さんは落ち込んだ葵を苦笑いしながら慰めていた。やはり部活動が同じということもあって親睦を深める機会にも恵まれているのだろう。たった数分の間だが、それでも仲の良さが目に見えて解る。
しかしそれはそれとして、昼食はしっかり摂らなければならない。
「ほら葵。昼休みだって有限なんだからさっさと食うぞ」
「……ん」
「おお、私では駄目だったのに櫻木君だと復活するのか」
「…………」
「ちょ、ごめんって! そんな睨まないでー!」
そんな和気あいあいとした時間が過ぎていき、昼ご飯も食べ終わると再び美玖から話が切り出される。
「にしても櫻木君。葵はクラスでどうよ?」
「んー……まあ、普通じゃないか? 可もなく不可もなくってやつ」
「かーっ! 面白くないっ!」
「何を期待してたんだよ……」
大きな声でそんなことを言ってきた美玖に思わず肩を落とす。かなりのオーバーリアクションから見るに何かを期待していたらしい。
「じゃあじゃあじゃあ、葵のことはどう思ってるのよ?」
「葵のこと?」
「そうそう。葵がここまで君にゾッコンなの私からしたら考えられなくてさー。君はどう思ってるのかなって」
「…………」
美玖の言葉が気になるが、負のオーラみたいなものを撒き散らす葵の方に目が行ってしまう。
しかし、一つだけ答えなければいけないことがあった。
「いや、葵が俺みたいな奴にゾッコンなわけないだろ?」
「……え、それ本気で言ってる?」
「おう」
即答すると美玖は額に手を当てうんうんと唸り始める。
「ええー……これは確かにすごいな。でも当人の問題だし……葵、頑張れ」
「……ん」
力なく発せられた美玖の言葉に短く答える葵。その様子に恋は首を傾げるばかりだった。
「さて、もうすぐ昼休み終わるし私は戻るよ。葵、また一緒にご飯食べるときは忘れないでね!」
「……善処する」
「善処じゃなくて絶対だからね!?」
まるで嵐のように過ぎ去っていった美玖。そんな彼女のが居なくなって聞きたいことが出来た。
「葵、ちゃんと友達出来たんだな……」
「……ねえレンちゃん。流石にそれは私でもむっとする」
言葉の通りに拗ねた様子の葵を宥めているとチャイムが鳴り響く。机の位置を戻し授業に必要なものを揃えると隣の席にいる葵と目が合う。
「……午後からも、頑張ろう」
「ん、そうだな」
相変わらずの無表情だったが俺は笑顔で返したのだった。
時間は流れ、放課後。
『言われた通り暗示をかけておいたよ。これで部活動を抜け出しても大丈夫な筈だ』
『……ありがと、ベネトさん』
『いいよいいよ! むしろこういう幻惑系の魔法の方は得意分野だからね!』
脳内で行われる念話を聞きながら下駄箱へ向かうまでの道をひたすらに歩いている。
というのも葵は部活動に入っているため、時間によっては魔獣との戦いに参加できない可能性が高い。
そこでこの学校の教師、生徒に暗示をかけることで葵が居なくても不審に思ったりすることが無くなり、魔獣との戦いに参加できるという寸法だ。
葵が戦闘に参加できることに頼もしさを感じながら靴を取り出そうと下駄箱を開けると……そこから何かが足元に落ちてきた。
「ん、なんだこれ……?」
柄のついた小さな紙を拾う。どうやらそれは封筒のようで表面には『櫻木恋先輩へ』と書かれておあった。
シールを剥がし封筒を開ける。中には折り畳まれた紙が入っており、それを取り出し広げた。
『あなたと二人きりで話したいことがあります。一六時〇〇分、高等部棟四階の東階段の踊り場で待っています』
「えーと……なんだこれ」
書かれていた文章に思わず面食らってしまう。そのままの意味で読み取れば、この手紙の差出人は俺と直接何かを話したいらしい。
現在時刻は一五時五〇分。今から向かっても余裕で間に合うだろう。
その時、恋の背後で物音がする。振り返ってみれば普段では信じられないくらいに動揺する葵の姿がった。
「………………レン、ちゃん。それ……」
「これか? なんか俺と話したいことがあるんだと。まあちょっと行ってくるわ」
「ちょ、ちょっと待って。レンちゃん、それ、ラブレター……」
歩き出そうとしたところで腕を引っ張られ止められる。そして葵に言われた言葉に手紙を再び見返す。
確かにこの文面だとそういう意味に捉えることが出来る。
だが――
「まあ、もしそうだったとしても断るさ。今は考えられないし」
自慢ではないが、この学校で仲が良い――とまではいかなくとも、良く話すのは葵くらいのものだ。クラスの用事などで最低限話すことはあってもそれより踏み込んだ会話はほとんどしない。
故に、少なくともこの手紙の送り主とそういう関係になることは無いだろう。
そう説明すると掴まれた腕の拘束がゆっくりと外れた。
「んじゃ、そういうわけだから行ってくる」
「……いってらっしゃい」
後ろから聞こえる言葉に軽く手を振ると来た道を戻り階段を上っていく。そして高等部棟四階東階段の踊り場に辿り着くと、そこには先客が居た。
「どうも、恋先輩っ」
満面の笑みで俺を出迎えた人物を観察する。
まず身長が小さい。恋と比べてもだいぶ低かった。
そして次に制服に目が行く。男子の制服だがYシャツの上からセーターを着ているのでブレザーの襟に付ける学年章は確認できなかった。しかし先ほどの『先輩』という発言から少なくとも年下―
―中等部の生徒であることが分かる。
栗色の短髪に琥珀色の眼が目に着いたがその顔のパーツ、バランスからどう考えても女子にしか見えない容姿をしていた。男子の制服を着ていなければ女子と見間違えてしまうと言えるほどである。
それが更に恋の疑心を募らせる。眼前の人物のような知り合いはいないはずだから。
「えーっと、ごめん。名前を聞いてもいいか?」
「……え? 手紙に書いてませんでした?」
「いや、書いて無かったはずだが……」
確認のために質問するとそんな言葉が返ってきたため、ポケットから先ほどの手紙を取り出す。表も裏も確認するがやはり名前らしきものなど書いていない。封筒も確認するがこれも同じだった。
「ど、ドジっちゃいました……。じゃあ、自己紹介ですねっ! ボクは中等部三年F組、浮泡育です! こんな見た目でも男子ですから、覚えておいてくださいね恋先輩っ」
落ち込んだ様子を一転させ笑顔で自己紹介を始めたがそんな彼に対して更に疑いが増す。
恋には中等部に知り合いなどいない。にも拘わらず目前の少年――浮泡育はこちらのことを知っているようだった。
「あー……もしかして俺たち、どこかで会ったことあるのか?」
「勿論です! ……先輩は覚えてないですか?」
身長差によって上目遣いで問いかけられた内容が恋の心を抉る。顔を見ても思い出せず、名前を聞いても思い出せなかったことが相手に申し訳なく感じてしまったからだ。
改めてよくよく観察すること一分強。やはり思い出すには至らなかった。
「すまん、さっぱりだ。本当に申し訳ない」
「ちょ、ちょっとそんな、頭を下げないでください! ボクは大丈夫ですから!」
頭を軽く下げて謝罪するが慌てて止められ直ぐに頭を上げると安堵した表情を浮かべる育。これ以上の謝罪は逆に迷惑になると思い止めることにした。
「それで、話って何なんだ?」
「あっ、忘れるところだった!」
そう言ってくるりと踊るように回り振り返った彼の顔には、深い笑みが浮かべられていた。
――今日、私こと立花葵にとって衝撃的な出来事が起きた。あのレンちゃんにラブレターとしか思えない手紙が届いたからだ。
もしそうだったとしても断るという本人の言葉に対して咄嗟に『行ってらっしゃい』などと言ったが、心では全く納得などしていない。むしろ心のモヤモヤが加速度的に増えていく。
――ならば、答えは一つ。
「……ベネトさん、後を付けよう」
「いいねいいね! 僕も気になるし!」
玄関から少し離れ人がいない空き教室の入り透明化されたベネトさんと小声で会話をすれば互いの目的が一致したことに頷く。空き教室から素早く出ると先ほど覗き見た手紙に書かれていた場所に足音を立てないよう接近する。
辿り着くとそこには恋と更に一人、女子生徒がいた。しかしその女子生徒は男子生徒の制服を着ている。
当たり前だが女子は女子、男子は男子の制服を着なければならない。その流れで行くと恋の目の前にいる存在は男子生徒ということになる。
(……男の娘?)
しかしなぜそんな少年が恋に対してあんなに仲良さそうに話しているのか。そして何故、恋にあんな手紙を出したのか――思考の末に一つの結果に辿り着く。
(同性愛……?)
電流が走るような感覚がした。
だとしたらまずい。恋の貞操に危機が迫っている可能性が急上昇してしまう。
恋は断るとは言っていたが、狙っている虫が消えるとは限らない。なんとしてでもその人物を確認しなくては。
「それ――、話――――んだ?」
「あっ、忘れるところだった!」
会話の内容を聞くため耳を澄ませば、恋の質問に男子制服を着た女子がくるりと回るところが見える。その所作は女子顔負けだが、なにかとあざとく感じてしまう。
しかし、そんな思考は次に紡がれた言葉で霧散する。
「レン先輩って……魔法使いなんですか?」
「……え?」
葵の口から自然と声が漏れた瞬間だった。
この作品を読んでいただたきありがとうございます!
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作者のTwitterはこちらとなっています。名前通りの白い鷺のアイコンが目印です!
〔@Ameno_Shirasagi〕
ここまであとがきに付き合っていただきありがとうございました。
今後もこの作品『メモリーズ・マギア』をよろしくお願いします!
それでは次話で再びお会いしましょう!