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メモリーズ・マギア  作者: 雨乃白鷺
鳴海の章 深き底より少女は来たる
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第4話 閉じた海の街、黒須区

お待たせしました!

第4話、それではどうぞ!


 三日目、時刻は午前一〇時頃。天気は連日の晴れ模様。

 幸い稽古の反動も無く、海遊びを目一杯楽しむことが出来るだろう。

 荷物を纏めた恋たちは九曜駅から電車に乗り込むと、四人一組の固定クロスシートに座った。空いた一席分のスペースは荷物置きとして利用する。


「なんか乗ってる人多いねー」

「まぁ夏休みシーズンだしね。家族で遊びに行くって人も多いだろうし」


 桐花と紗百合の会話は的を射ていた。

 周囲を軽く見渡すと、帰省するときより確実に席が埋まっている。その割合も子供連れの家族や友達同士の学生など若い人たちが多い傾向にあった。

 電車がトンネルを進む間、雑談に興じること約一五分。抜け出した先で待っていたのは、海沿いに広がる街並みだった。


 ――黒須(くろす)区。出雲区の隣にある区で、海沿いでありながら山に囲まれていることで閉鎖的という珍しい地域である。

 ただ、それはあくまで地理上のもの。実際には公共交通機関がしっかりと整備されており、街としての規模は出雲区よりも発展している。土地自体が広いのもそうだが、夏場に海で遊べる場所として周辺地域から有名なことも発展を手助けしている要因の一つだろう。

 目的の駅に電車が到着。スイッチを押して扉を開け、ホームに降り立つ。改札を抜けて駅外に出てみれば、吹き抜ける風に潮の香り感じた。


 比較的緩やかな坂道を下っていくと辿り着いたのは海浜公園。そこから見える景色は白い砂浜が広がっており、多くの人たちが海を満喫していた。


「それじゃ、また後でね!」

「おう」


 近場に建てられた更衣室に入り、水着に着替えると日焼け止めを塗る。流石に肌を自ら焼こうとは思わないので、こういった対策は必須だった。

 最後にパーカーを羽織れば、邪魔にならないように更衣室前で桐花たちの着替えが終わるのを待つ。


「恋、終わったよ!」


 ぼんやりと雲の流れを眺めていると、突如聞こえた声に振り返る。

 視界に収まる水着姿の桐花。健康的な肢体がフリルビキニと合わさり、華やかさを感じさせながらも大人っぽさが演出されていた。


「ふふん、どうよ私の水着。決まってるでしょ?」

「ああ、凄く良いと思う」


 いつもと違う幼馴染の姿に言葉が零れるように流れ出る。桐花本人の面倒臭がりがあって着飾ることは少ないが、素材の良さでいえばかなり上の方に位置するだろう。

 そんな少女が水着を纏っているのだ。画にならないはずが無い。

 正直、余程の色物でない限りは――いや、そんな色物でも桐花なら着こなしてしまうという謎の信頼感があった。


「ごめん、お待たせ!」


 そこに遅れて紗百合がやってくる。

 纏う水着はホルターネックのビキニ。その上から羽織る白のシャツは降り注ぐ陽光を淡く透かしている。シンプルながらもお洒落だと感じさせる、紗百合らしい水着だと言えた。


「大丈夫だぞ。水着、似合ってるな」

「うんうん! ちょー可愛いよ!」

「えへへ、ありがとっ! それじゃあ行こっか!」

「おーっ!」


 更衣棟を出発した三人はレンタル施設でビーチパラソルや浮き輪を借りると砂浜に繰り出す。空いている場所にレジャーシートを敷き、ビーチパラソルを立てれば立派な陣地の完成だ。


「あ、私が見張り番してるから遊んできていいよ」

「えっ、いいの?」

「うん。移動でちょっと疲れちゃってさ。それに見てるだけでも楽しいから」

「そっか。それなら恋、一緒に遊ぼ!」

「おう。それじゃよろしくな、紗百合」

「任せて! ……あ、そうだ。その前に写真撮らない?」

「ん、どうした突然」

「えっと、久しぶりに三人で遊ぶから思い出として残したくて。それに立花さんと育君にも送ってあげたいし」

「そういうことなら全然良いぞ」

「私も大丈夫! さくっと撮ろ!」


 顔を寄せ合う恋たちはフレームに収まったことを確認する。そして紗百合のスマートフォンがシャッター音を鳴らすと、その瞬間を切り取った。


「よっし、それじゃあ遊ぶぞー!」


 撮影が終わるや否やサンダルを脱ぎ捨て駆け出す桐花。小脇に挟んだ浮き輪を装着すると、その勢いのまま豪快に海へと飛び込んだ。

 それを見た恋はパーカーを脱ぐと海水に身体を浸からせる。身体をじんわりと包むような冷たさが真夏の気温もあって心地良さを感じる。


「ぷふー、しょっぱい!」

「まったく、勢いよく飛び込んだらそうなるだろ」

「えー。でもでも、やっぱり海を見たら全力で飛び込みたくなるじゃん?」

「……いや、悪いけど思わないわ」

「なん……だと……」


 信じられないと言わんばかりに桐花は唖然とする。

 恋にとって思い切り遊ぶという経験も意欲も無いため、そういったイメージが湧きにくい。いつも桐花や紗百合に引っ張られ遊ぶくらいで、意欲的にすることといえばボランティア活動くらいだ。


「むぅ、恋はもうちょっと羽目を外しても良いと思うんだけど。私たち子どもだよ?」

「逆に聞くけど、俺が無心ではしゃぐ姿って想像できるか?」

「……あはは、出来ないかも」

「だろ? だからこれでいいんだよ」


 恋にとって遊ぶ時はいつも桐花や紗百合など他人が切っ掛けで、自分から遊ぼうという気にはあまりならなかった。暇さえあればボランティア活動に参加し、武術の特訓を繰り返していた。

 そんな遊びの無い生活を送っていたからこそ、ある時を境に桐花が率先して遊びに誘うようになった。その影響で本を読んだり音楽を聴いたり、ゲームをしたりするようになった。

 正直、感謝してもし足りない。二人のお陰で、確かに心の余裕が作れるようになったのだから。


「どうしたの恋。ぼーっとしちゃって」

「ん、大丈夫だ。ちょっと、桐花が遊びに誘ってくれたこと思い出してた」

「あー、出会った頃はホント凄かったよね。恋ってば全然遊ぼうとしないんだもん」

「しょうがないだろ、色々あったんだから」

「……それもそっか。まぁ、今ではこうして遊べるし、ねっ!」


 瞬間、恋の顔に海水が浴びせられた。

 下手人はもちろん桐花。海に腕を突っ込んで、そのまま力の限り振り上げて水しぶきを上げたのだ。

 髪から滴る海水が口内に入り込み塩分を感じつつも、小馬鹿にして笑う桐花を見た恋は無意識に体を動かしていた。


 手のひらに海水を溜めると指を組み合わせ密閉し、一気に力を加える。外圧によって噴き出した海水が水鉄砲と遜色ない勢いを持って桐花の顔面に直撃した。


「ぷぎゅっ!? ……はーん、なるほどなるほど。つまり、そういうことね?」


 犬のように顔を振って海水を払い落とした桐花は肩を震わせながらも、不敵な笑みを浮かべて此方を見つめる。

 恋は意趣返しも兼ねて、渾身の嘲笑を浮かべて指で挑発する。


「ほら、悔しかったらやり返して来いよ」

「よぉし上等! 覚悟してよね!」


 突如始まった水の掛け合い。お互いが自身の技術を最大限駆使して、水による攻撃を当てることを考えていく。

 そんな光景を、紗百合はビーチパラソルの影から暖かい目で見守っていた。





 太陽が真上に到着した頃。日差しの熱がより強さを増す中、恋と桐花は空腹を感じる。

 腹が減っては戦は出来ぬ。一時休戦を締結した二人は紗百合と合流し、浜辺に設営された海の家を訪れていた。

 注文して支払いを済ませ暫くすると、紙皿に盛り付けられた焼きそばが三つ運ばれてくる。食前の挨拶を済ませると一気に頬張る。

 強火で炒められた野菜と麺に少し濃いめのソースが絡まることで織り成される味は、疲れた身体にとって何よりのご馳走だった。


「やっぱり運動した後のご飯は格別だね! それにしても、なんでこういう時の焼きそばって美味しく感じるんだろ」

「うーん、雰囲気っていうのもあるんじゃない? ほら、お祭りで食べる物が美味しく感じる現象と一緒だよ」

「それはあるかも! ……そうだ、今年も『奉神祭(ほうじんさい)』ってあるの?」

「お知らせ見たけど、例年通り雨が降らなければやるって。今年こそ一緒に行こうね」

「うん! 楽しみだなぁ」


 奉神祭とは観音神社の人々が主導になって催す、出雲区内でもかなり大規模な夏祭りの事だ。

 多くの出店が並んだり花火が撃ち上がったりなど豪華な祭りなのだが、一番の見どころは神楽舞だろう。毎年、観音神社から選ばれた巫女の一人が舞台で踊るのだが、それがまた素晴らしいものなのだ。

 風を流すような琉麗な所作と、天にまで染み渡る三番叟鈴(さんばそうすず)の音は息を呑むほどの美しい。その背後で奏でられる笛や鼓との一体感は、目の前に別の世界が広がっているような感覚になった。

 当時は夢遊病の症状があった桐花も、その神楽舞を見る時ばかりは眠気を忘れたように瞳を輝せて見つめていたのは記憶に鮮明だ。それほどまでに、奉神祭の神楽舞は見ごたえがあった。


 過去の思い出に浸っていた恋は、ふと視界に一人の少年を捉える。自身と同じようにサーフパンツにパーカーを羽織るという格好で、大きなクーラーボックスを二つ運んでいた。

 その顔は、確かに見覚えがあった。


「まいどー! 注文してた野菜と肉、あと中華麺っす!」

「暑い中ご苦労さん! ……よし、数もばっちりだな。ほい、サービスのスポーツドリンクだ。ぶっ倒れないようにな!」

「まじっすか、あざまーっす! んぐ、んぐ……ぷはぁーっ! うめぇ! ……ん?」


 スポーツドリンクをがぶ飲みしていた少年が視線に気付き、恋の方を向く。数秒固まった後、こちらの正体に気付いてか目を剥いて駆け寄ってきた。


「ちょ、もしかしなくとも恋か!? ひっさしぶりだな! 元気にしてたか?」

「ああ。翔流(かける)こそ、元気だったか?」

「あったり前よ! 身体は資本だからな!」


 がっちりと握手を交わすと、目の前の少年は白い歯を見せて笑った。

 虹橋(にじばし)翔流。中学校三年間を共にした級友であり、何かと関わりが多かった友人でもある。


「どうしてこっちに居るんだ?」

「バイトだよ。夏場の海は稼ぎが良いからな」

「ああ、なるほど。そういえば、あの子たちは元気か?」


 あの子たち、というのは翔流の弟妹のことだ。

 虹橋家はお爺さんとお婆さん、両親、翔流も合わせて子供が六人もいる今時では珍しい大家族だ。長男である翔流は少しでも両親の負担を減らす為、長期休みは運送系を中心に幾つものバイトをハシゴしている。

 ボランティア活動していると街中で遭遇することもあり、何時しか家族のことを話すようになるまでの仲になっていた。


「そりゃもう。特に悠斗(ゆうと)なんて、立つようになってからあちこち走り回ってさ。母さんも大変そうに世話してるよ」

「へぇ、悠斗が。半年ってやっぱりでかいんだな」

「ほんとそれな」


 そうして会話をしていた時、翔流のポケットに入っているスマートフォンからアラームが鳴る。


「うおっ、もう時間か。ごめんな、次のとこ行かないと」

「いいって。バイト頑張ってな」

「おう! ……そうだ! 恋、一緒に写真撮ろうぜ。再会の記念にさ」

「そんなことか。全然いいぞ」


 素早く準備を終えるとフレームに収まり、シャッター音が二度鳴る。確認すると鮮明に二人の姿が映されていた。


「さんきゅー! これはみんなに自慢できるな!」

「……俺はゲームのレアキャラか何かか?」

「そりゃ当たり前だろ? 向こうに引っ越したんだし、もう帰って来ないって思ってるヤツもいるんだぜ」

「そうなのか……だったらチャットグループで帰ってきたって報告した方がいいのか?」

「そうしとけそうしとけ。ちなみに他のヤツには会ったのか?」

「昨日結衣に会ったよ。それ以外はまだだ」

「ああ、結衣ちゃんか。てことは同じクラスだと俺が初めてって感じか?」

「そうだけど、それがどうかしたか?」

「いんやー? さっきの写真、相当なプレミアだなって思っただけだよ」


 ニシシ、と笑う翔流。その笑顔は恋の思い出そのままだった。

 このまま談話を交わすのも悪くないが、迷惑はかけられない。


「ほら、次が詰まってるんだろ? そろそろ危ないんじゃないのか?」

「うおっとそうだった! それじゃあまたな恋! 写真は後でお前の方にも送っておくよ! ……あ、桐花さんと紗百合ちゃんもまた今度!」


 食事を摂る二人に軽く手を振ると店を飛び出る翔流。その背は瞬く間に見えなくなっていった。

 再び席に座った恋は焼きそばを頬張り始める。


「どうだった? 久しぶりの友達との会話」

「やっぱり話しやすいよ。星宮でも良くしてくれる友達はいるけど、こっちは気兼ねなく話せるから楽だわ」

「そういうものなんだ。恋って意外とコミュ力無いよね」

「……言わないでくれ、結構気にしてるんだ」


 そうした日常会話と共に、昼食の時間はあっという間に過ぎ去っていく。

 ――これは余談だが、桐花が焼きそばを食べ過ぎてダウン気味となったのは自業自得と言わざるを得なかった。

ここまで読んでいただきありがとうございました!

星宮ではほぼ葵や育としか交流していない恋ですが、九曜の方ではかなりの知り合いがいます。

まぁ、過ごした年月を考えればそれも当然なのかもしれませんね。


さて、次回はいよいよ章のタイトルに絡む内容となってきます。

ぜひお楽しみに!

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