第0話 輝く君を見つめる
初投稿です。
人が生きていることに、果たして意味はあるのだろうか。
世界にはあらゆる人間がいて、自分と似たような人間がたくさんいる。
僕よりも優秀な人間は何人もいる。だから僕に価値は無い。
私よりも社会に役立つ人間は何人もいる。だから私に生きる意味は無い。
大地の裏側、他人の人生、ありとあらゆる物が可視化された世界。想像もできない多様性と輝きが、荒波のように押し寄せては離れていく。
そうして人々は、徐々に感覚を失っていく。
昇っているのか、落ちているのか。
浮かんでいるのか、沈んでいるのか。
温かいのか、冷たいのか。
痛いのか、痛くないのか。
自分がどうなっているのか自分でさえ分からない。確かに呼吸をしているはずなのに、水の中にいるかのように酷く息苦しい。
必死に藻搔いて、必死に足掻いて。それでもちっぽけな自分に意味は無くて、緩やかに世界は閉ざされる。
そうして人はいつしか思う。ああ、自分が生きている意味なんて何も無いんだ、と。
――いいや、そんなことはない。キミたちが生きている意味は確かにある。
まず、そもそもの考え方が間違っている。
発生した座標が違い、周囲の粒子状況が違う。ならばそれは絶対的に違う物質だ。近似なれど同値にはなりえない。
なんて、これは少し無機質過ぎたか。では、こういうのはどうだろう。
かつて一人の物書きがいた。彼が残した言葉にこんなものがある。
『人間はほとんど常に感情の色眼鏡を通して世界を見るもので、そのレンズ次第で世界は暗黒にも、あるいは深紅色にも見える』
この言葉を初めて聞いた時、なるほどと腑に落ちる感覚があった。
世界とは個人の認識。世界とはキミが見て感じた物であり、真実キミだけの物なのだ。
それが人の数だけ織り重なり、混じり合い、極上の協奏曲を創り上げる。
色鮮やかな星々が瞬き移ろい描かれる万華鏡。キミはその一員なんだ。
例え、今にも消えそうなか弱い光でも。
例え、自ら輝くことが出来なくても。
例え、他を塗り潰す無明であっても。
例え、何にも染まらない虚光だったとしても。
それら全ては等しく一つの星。故に不必要なものなど何一つとして無い。
全ての始まりから終わりを見届けているからこそ言わせてもらおう。
――キミには、この世界を生きる意味がある。
寧ろ、こんな世界だからこそ生きていて欲しい。
喜びに踊ることもあれば、怒りに燃えることもある。哀しさに頬を濡らすこともあれば、楽しさに笑うこともある。嵐に呑まれ、向かうべき場所を見失うこともあるだろう。
そんな時こそこう唱えるのだ。『我思う、故に我あり』と。
私は私、キミはキミ。理解こそすれ同じではないのだから、究極自らで決めた道を進むだけで良い。
自分が自分となった源泉。遥か極みの星を想起して、それを導に生を歩め。
どのような形であれ、宇宙は全てを許容する。そう、どのような形であれだ。
故に我が内海、森羅万象よ。自儘に振る舞え。
そうして奏でられる旋律こそ、私が焦がれて止まないモノである。
――さて、少々前置きが長くなってしまった。そろそろ本題といこう。
これより始まるのは、地球という星に生きる一人の少年を主役に据えた物語。
無卿が終わった今だからこそ、王たる私は敢えてこう言って幕を開けようと思う。
――それはまさしく、夢のような出来事であった。
日は沈み、人工の光が影を作る時間帯。都会の夜景に相応しく並び立つビルからの照明が地域を照らしている。
都会であるにもかかわらず車はおろか、出歩く人さえ見当たらない。人間の文化はあるというのに人間がいないという矛盾を孕む空間。
そんな場所で、二つの影が破壊音を響かせながら動いていた。
「ガァァァァァァァァ!」
一つの影、その正体は狼。
銀色の体毛、鋭い牙と爪が街明かりを反射し煌めいている。サイズは並ではなく、貨物用トラックよりも大きな体躯を誇っている。
そんな巨狼がもう一つの影に向けて、その右前脚を叩きつけようとしていた。
「あーもう、本当にしつこいな!」
対するもう一つの影、その正体は人間だった。
ただし普通の人間ではない。赤を基調とした衣装と機械のパーツを身に纏う赤髪の少女。
悪態を吐きながら迫りくる前脚を避ける。目標を失った巨狼の攻撃は道路へと突き刺さり、大きな音と共に粉塵が舞う。
それを見た少女は舌打ちをすると、巨狼に背を向けて逃走を開始。
ビルの合間を縫うようにして少女が走るが、巨狼との距離は広がらない。それどころか徐々に縮まってきている。
それもそのはずで、そもそも両者間には圧倒的なまでの歩幅の差がある。それに加えて巨狼は曲がったりする際の方向転換で速度が全く落ちていない。通常の生物ではあり得ない機動能力を有していた。
それでも一瞬で追いつかれない辺り、少女の方も普通ではなかった。
「よし、アイツの能力も把握できた。そろそろ……ッ!」
「ガアッ!」
少女は自身の背後に迫る音に気付き、寸前まで迫った牙を横方向へ大きく跳ぶことで回避した。
空中で体勢を立て直しながら勢いのまま過ぎ去る狼を確認、次いで右太腿にベルトで取り付けてある赤い幾何学模様が描かれた四角の黒い物体に触れる。カシャンという音と共に四角の黒い物体が開かれ、その中から“爆発する絵”が描かれたカードを取り出した。
綺麗に地面を転がりながら勢いを利用して起き上がり、カードを左腕に取り付けられた装置に差し込む。
少女は尚も前進を続ける巨狼を一瞥、直ぐ傍にあるビルの合間へと消えていく。
「グゥルル……ガァァァァァァァァ!!」
巨狼は自身の勢いを長い距離を使って完全に停止させるが、振り返ると少女がいないことに気付く。直ぐに鼻を数度鳴らすと、ビルの合間に少女の匂いが続いていた。
唸り声を上げると地面を大きく蹴り、一瞬でトップスピードに到達するとその速度のままビルの角を曲がる。
――先ほどまで追われているだけだった少女が、拳を引き絞って待ち構えていた。
「ガッ!?」
標的たる少女の姿に巨狼は目を見開く。
その状況に困惑するのも一瞬、状況を理解し力強く突き立てていち早く自身の身体を止めようと藻掻く。
「グルァァァァァァァァッ!?」
必死に勢いを殺そうと、足を道路にさらに強く突き立てる。道路のアスファルトがガリガリと音を立てて削れていく。
しかし速すぎる物体は急には止まれない。その勢いは落ちること無く少女へと近づいていく。
「よくもクッソ長い時間追っかけ回してくれたな、セット!」
【MEMORIA BREAK】
少女の声の後に機械音声が発せられると、それに合わせて脚部にあるユニットが赤く輝く。
そのまま少女は思いきり地面を蹴ると轟音と共に地面はひび割れ、少女の身体が巨狼に向かって高速で突っ込んでいく。
「くらえぇぇぇッ!!」
【CRIMSON IMPACT】
空中で体勢を整え、跳び出した勢いを乗せて蹴りを放つ。巨狼の頭部へ靴底が突き刺さった。
少女の足に装着された脚部の機械が赤く輝いた瞬間、爆発的な衝撃によって巨狼は途轍もない勢いで射出された。
巨狼は水平に飛んでいき、そのままビルへと激突。その衝撃でビルの窓ガラスが粉々に砕け、周囲の道路へと降り注ぐ。
「……ふうッ」
膝をクッションにして綺麗に地面に着地した少女が小さく息を吐く。それとほぼ同時に籠手の装甲が音を立てて開くと、反動エネルギーを熱エネルギーに変換して生じた熱気の籠った蒸気が噴出された。
排気を終えた少女はゆっくりと立ち上がり、巨狼が激突したビルへ砕け散ったガラスを踏みしめながら近寄っていく。
ビルに開いた大穴の中心には、顔面を大きく陥没させ戦闘不能となっている巨狼の姿。しかしそれも束の間、狼の全身が黒く染まったかと思えば初めから存在しなかったかのように消えていった。
その数秒後、散りざまを見送った少女は世界から消え去った。
少ない遊具が設置されただけの小さな公園。寂れた空間ながらも車のエンジン音が複数聞こえるあたり都会を感じさせる。
その公園に、先ほどの少女が突如姿を現す。少女が左腕に取り付けられている装置から透明なカードを抜き取ると、その姿は少年へと変わった。
「……あー、やっと終わったッ」
「ふふ、お疲れ様。今日もありがとね」
夜の公園に少年の声が響く中、どこからともなく少年の頭上に小さな鳥が現れる。その鳥は漆黒の体毛を持ち、真紅の瞳が闇夜に妖しく輝いていた。
「それにしてもすごいよあの魔獣を倒すなんて。とても『魔法少女』を始めて一週間とは思えない戦果だ」
「いや、あれは明らかに新人に戦わせるようなヤツじゃないと思う。おかげで三〇分近くアイツとデスマーチする羽目になったし……」
翼をパタパタとさせながら黒い鳥が語る様子はどこか嬉しそうだった。それに反して、少年はどこか拗ねた雰囲気を纏わせている。
大きくため息を吐くと、公園に備え付けられている時計を見ながら先ほどの戦闘での愚痴をこぼす。その表情はとても疲れた様子だった。
「そりゃあそうさ。本来ならちゃんとした戦闘訓練を受けた魔法使いじゃないと魔獣と戦っちゃいけないからね」
「ちょ、それ初耳なんだが!?」
黒い鳥の言葉を聞いた少年は、先ほどまでの疲れた様子を微塵も感じさせない大声を発する。その声は夜の静かな公園にとてもよく響き渡った。
直ぐに口を塞ぎ周囲を確認。誰も居ないことを確信して、今度は抑えめに声を発する。
「どうして最初にそれを言わなかったんだよッ」
「いやー申し訳ない。忙しくてすっかり忘れちゃってたよ」
「全く……今度からは気を付けてくれよ」
少年が文句を言うが、黒い鳥は開いた翼を揺らしながら自嘲気味に答える。それを聞いた少年は唸りながらも相手の言い分を飲み込み、がくりと首を前へと倒した。
落ち着かせるように少年は一息つくと、顔を上げて夜空を見た。白い満月が悠然と浮かんでおり、星の光すら塗り潰さんと明るく輝いている。
それはまるで地に居る自分たちを眺めるようだった。
「魔法少女になってもうすぐ一週間、か」
少年は空を見ながら懐かしむように小さく口にした。それは黒い鳥にも聞こえていたようで、傍の鉄棒に降り立ち翼を閉じると申し訳なさそうに身体を縮こまらせた。
「……ごめんね。レンを巻き込んでしまった」
「気にしてないって。俺が決めたことなんだから」
苦笑いを浮かべながら言葉を返すと、再び視線を夜空の浮かぶ月に戻す。
そして少年は思い返す。自身が『魔法少女』になった時のことを――
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