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1-2. 運命と奇跡

 列車がゴゥゴゥと音を立てて隣の駅に停まり、数人の乗客が増えた。この駅で乗ってくるのも決まったメンバーだ。


 再び列車が動き出すと、そいつは小学生のようにシートに後ろ向きに座り、窓の外の景色を眺めだした。足をパタパタと動かして身体を左右に揺らし、何とも落ち着きがない。今日だけのことと思い、見て見ぬふりをしようとすると突然、何かを思いついた様子で、グイッとオレの肩を掴んでコソコソと耳元で囁いた。


(ねぇ、これから学校に行くんでしょ。今日だけさ、サボってオレと遊びに行かない?)

「意味がわからない。おまえは友達でも何でもないだろ?」


 当たり前のことを言ったつもりだったが、そいつは酷く驚いた顔をしてからシートにきちんと座り直すと、下を向いて黙り込んでしまった。それに対してオレは何故か、罪悪感を抱いた。……オレが悪いのか? いや、学校をサボるなんて真面目なオレにはあってはならないことだし、今まで考えたこともない。ましてや、どこの誰だかもわからない、おかしな奴と遊びに行く理由もない。


「……そうだよね、オレたちは友達でも何でもない。さっき、出会ったばかりだ」


 さっきまでの落ち着きの無さが嘘のように顔を伏せているそいつと、あからさまに不機嫌顔であろうオレを見る、他の乗客の視線がやけに気になる。この狭い列車の中で、オレは友達を傷つけたとんでもない悪者に思われている気がした。何とかこのよくわからない罪悪感を消し去りたい。オレは、何も悪くない。


「あ、あのさ……おまえも、学校に行くんだろ?」

「うん。オレも、学校に行く」

「それじゃ、簡単にサボるとか言うなよ」

「……今日は、特別なんだ。次はいつここに来られるかわからないし、キミにはもう会えないかもしれない」

「オレはいつもこの列車に乗ってるから、おまえもまたこの列車に乗ればいいだろ?」

「そうだよね……それが普通。キミは普通なんだ」


 オレは、何と返事をすれば良いのかわからずに黙り込んだ。いったい、何が特別だというのだろう。こいつがこの列車に乗っていること以外には、普段と特に何も変わらない。やたらと寒がっていたし、実は大病を患っていて自分では学校に通えないとか……いや、そんな貧弱そうには見えない。もっと他に、特別な理由があるのかもしれない。


 列車がスピードを緩め、ブレーキをかける。ゴゥゴゥと轟音を立てて次の駅に停車した。咄嗟にオレは、そいつの腕を掴み、急いで列車を駆け降りた。自分でも何故そうしたのか、よくわからない。


 ホームに降り立つと、そいつは目を丸くしてオレを見ていた。


「……なんで? サボっちゃダメだって言ったのに」

「次の列車でも始業には間に合うからな。列車が来るまでの30分だけ、遊んでやるよ」


 話しながら、ホームにある質素な待合室の、ガラスのサッシをガラガラ開けた。列車の中で暖まった身体が、一気に冷えていく。長椅子の真ん中にどすんと座ると、カバンを横に下ろした。そいつも待合室に入ってくると、後ろ手でサッシを閉めた。直ぐには座らずに立ったまま、片手でマフラーの首元を握り、オレの方をじっと見ている。


「ねぇ、キミは何も覚えてないの? オレのこと、知らないの?」

「さっき、出会ったばかりだって自分でそう言っただろ?」

「あぁ、うん……そうだけど」


 さっきまで小学生のようにはしゃいでいたというのに、妙に大人びた表情をして、静かにオレの横に座った。待合室とはいえ、ただの薄いガラス張りの空間なので暖房もなく、手足が徐々に冷たくなっていく。そいつも寒いのか、再び手に息をかけ始めた。


「……ありがとう、オレのために電車を降りてくれたんだよね」

「おまえのためってワケじゃないよ」


 思いがけない言葉に、つい否定的な返事をしてしまう。こいつが何者で、何のためにオレの乗る列車に乗り込んできたのか、さっぱりわからない。オレはこいつのことを知らない。だけど、こいつはオレを知っているようだ。いつか、どこかで会ったことがあるのだろうか?


「……それでも。時間を作ってくれたし、嬉しいよ」


 そいつは笑顔で、オレの表情を確認するようにこっちを覗き込んできた。改めてよく見てみると、こんな田舎の高校生にしては端正で、随分と可愛らしい顔立ちの男だ。


「オレを知ってるのか? それならごめん、オレは覚えていないみたいだ」

「……いいんだよ。いつものことだし、その時が来たら思い出すから」

「その時?」

「あぁ、でもこんな平和ボケしたところで普通の生活をしてるキミは、思い出さないかもしれない」

「えっ……?」


 オレは普通だ。朝起きて学校に行く。勉強はトップクラスとは言い難いが割と上の方だし、多くは無いが友達もいる。けれども、こいつの言い方は普通であるオレを、酷く馬鹿にしたように聞こえた。


 世の中は近隣国のミサイル問題や、政権がどうこう等と騒いでいるが、オレには関係ないことだと思っている。これを平和ボケと言うのかもしれないが、そんなのはオレに限ったことではない。誰もが当たり前に無関心だ。

 そいつは、混乱するオレを見て得意気にフッと鼻で笑うと、椅子からぴょんと立ち上がった。


「ねぇ、キミは走るのは得意? オレと競争しようよ」

「はぁ? なんでだよ……寒くて凍え死ぬんじゃなかったのか?」

「だからだよ、動いたほうが暖まるだろ?」

「オレは走るのは苦手だ。走るなら、ひとりで走れ」

「つまんないなぁ、それじゃ楽しくない。いつもは、友達と何してるの? カラオケとか行かない? あっ、彼女はいるんだろ? まさか二次元にしか興味ないとか言わないよね?」

「休日にわざわざ出掛けたりしないし、彼女もいない。アニメくらいは見るが、見るだけだ。それ以上に関心はない」

「えーっ! じゃぁ、何が楽しみなの? 釣りとかサッカーとかスポーツするワケじゃないよね?」

「釣りもスポーツも好きじゃないな」


 次から次へとよく喋ると思ったら、次は腕を組んで「うーん」と言い、如何にも考えているような素振りを見せる。こんなクイズをしていても仕方がないので、オレは質問に答えてやる。


「休日は本を読んで過ごす。それから紅茶が好きで、毎朝気分に合わせて選んだ紅茶を淹れる。それから音楽を聴くのも好きだ。流行りの音楽も聴くが、クラシックのほうがよく聴くな」


 高校生にしては地味だとか痛いとか言われるし自分でもそう思うが、他のことには興味が沸かなかった。そいつにも同じことを言われると思ったが、意外にもにっこりと笑って、椅子に座った。


「なんとなく、わかるな、それ。いや、オレは本とか読まないけどさ」

「どういう意味だ?」

「紅茶でも、香りの強くないやつ。そうだな、ハーブとかフレーバーティーみたいな香りのキツイのは苦手なんだ。本は歴史かノンフィクションだろ?」

「なんで知ってるんだ……?」


 オレは驚いてつい、そいつをじっと見てしまった。そいつは得意気になってフフン、と鼻で笑う。少しイラッとしてくる。


「それから音楽は、ピアノよりも管弦楽だよね」

「そうだ。管楽器と弦楽器が好きなんだ。吹奏楽でホルンを吹いているから……勉強がてら聴いているんだ」

「えっ! ほんとに……?」

「こんなことで嘘を吐いてもしょうがないだろ?」


 今、驚かせるようなことを言ったかと自分の発言を思い返すが、嘘は言っていないし、特別なことを言ったつもりもない。吹奏楽はどこの高校にでもあるし、ホルンという楽器もめずらしくもなんともない。だけど、そいつは目を輝かせていた。


「すごいすごい、すごく聴きたい!」

「無理だろ、楽器も無いのにどうやって聴かせるんだよ。それにそんなに期待されるほど上手くもない」

「楽器ならっ……あ、いや……そっか、そうだよね」


 そいつは突然、腕を伸ばして何かをしようとしたが、やめた。それから、列車の中と同じように顔を伏せて、また黙り込んでしまった。情緒不安定というか、躁鬱の激しさについていけない。このままでいられるのも気分が悪いので、オレから質問をしてみる。


「おまえは、どういう音楽が好きなんだ? 音楽が好きなんだろ?」

「オレは……歌うのと、それからフルートも吹けるよ。トランペットとか、他の楽器もいろいろできる」

「吹奏楽部なのか? どこの高校なんだ」

「今は……独りで歌うし、独りで吹くんだ」


 そいつは顔を上げて正面を見据える。"独り"という言葉が妙に引っかかった。

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