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1-1. 運命と奇跡

 今朝は美しい日の出を拝めなかった。灰色の雲がどろどろと行き場もなく滞り、東の空を埋めている。こんな日は、決まってつまらない一日になる。


 オレはキッチンに行って、ファーストフラッシュの、ダージリンの紅茶缶を手に取った。ティーポットに茶葉を目分量入れる。ダージリンはストレートと決まっている。湯を沸かしてポットに注ぐと、蒸らす間に着替えをした。


 紅茶をカップに注ぎ入れると、電車の時間にはまだ余裕があることを確認してヴィヴァルディの冬を再生した。朝の音楽は決まっていない。その日の気分に合わせて選曲するのだ。そう、紅茶と同じように。


 オレは一人で朝の準備をする。家族が起きてくる前に高校に行く準備は終わらせる。バタバタと準備をするのは好きじゃない。朝から余裕の無い時間の過ごし方をすると、一日が台無しになってしまうからだ。


 玄関にある全身鏡の前で身なりを整えていると、廊下から妹の友香が顔を覗かせた。眠たそうな顔をして、寝癖がついたままの髪を手櫛で梳かしている。


「おはよう、友香」

「……もう行くの? お兄ちゃんってホントイタいよね」

「は? 痛いって何だよ」

「だって、また訳もなく早起きしてクラシック聴きながら紅茶とか飲んでたんでしょ? だいたい、始業よりずっと早く学校に行くとか意味わかんないし」

「朝から余裕の無い生活をしたくないだけだ」

「あっそ」


 言いたいことを言うと、友香はキッチンに入っていった。イタいとは……失礼な奴だ。遅刻ギリギリにも関わらず余裕(・・)で家を飛び出していく奴に言われたくはない。だが、反抗期真っ只中の中学生なんて、そんなものだったかもしれない。


 自転車を走らせて、寒空の干からびた田んぼ道を進む。この辺りはとんでもなく田舎なので、最寄り駅までの信号はひとつしかない。ただ、列車の運行数が少なく、1本乗り遅れると大変なことになる。


 駅に着くと、通路に置かれている機械だけの、無人の改札を通り抜ける。木の柱に取り付けてある、古ぼけた"〇〇商店"と書かれた鏡に、チラリと自分の顔が映る。12月らしい冷たい風に当たり、頬と鼻が赤くなっている。


 いつも、始発の次の列車に乗る。始発が6時18分で、その次は6時45分だ。この列車に乗る奴は決まっている。オレの他にスーツ姿のおじさんが一人、どこかの高校の制服を着た女が一人、大学生くらいの男が一人。いつものメンバーだ。毎日、決まったメンバーが決まった場所で待つ。スマートフォンを鞄から取り出すと、時間を確認した。列車が来るまであと5分程あった。


「ねぇ、キミは次の電車に乗るの?」


 突然、知らない声が聞こえて無意識に後ろをふり返った。高校生と思われる男が、いつの間にかすぐ後ろに立っていた。見たことのない奴だが、そばには他に誰も居ないから、オレに話しかけたのか。


 すぐに返事ができず、そいつをまじまじと見つめた。厚手のコートを着込んで、淡い水色のマフラーをぐるぐると首に巻いている。制服が見えないので、どこの高校なのかはわからない。ハァハァと息を吐き、赤くなった指先を温めながら、オレの返事を待っているようだ。


「……ああ、次の列車に乗るけど」


 世の中には誰彼構わずに話しかける奴もいる。いつもより早い時間の列車に乗ろうと思ったら、自分と同じ高校生がいたから話しかけてみただけなのかもしれない。期末テストが終わり結果が出る頃なので、朝の補講に出るとかそんなものだろう。


 そいつは、オレの返事に、にっこり微笑んだ。


「それじゃあ、オレも乗る。今日は寒いよね、昨日よりずっと風が冷たい」

「えっ?」


 まず、オレに合わせて列車に乗るという意味が分からない。オレが乗らないと言ったらこいつも乗らないと言うのだろうか。それから、昨日と今日では"ずっと"と言うほど、寒さは変わらない。


「えっと……陽射しがないから、寒く感じるだけじゃないのか」

「そうかな。そうかもしれないね」


 返事をしながらもこっちを見るわけでもなく、まだ列車の来ない線路を確認するように、左右をきょろきょろと見渡している。こいつは、何をしているのだろう。


 そもそも、どこの誰なのかも知らない奴と話すなんてことは滅多に無い。こんな田舎だから、すれ違う人に挨拶はするけれど、あまり他人と話すほうではない。高校でも、気を許した友達数人と必要最低限の会話をする程度だ。


 列車が到着するまでのたった数分が、いつもより長く感じる。そいつは話しかけてはこなかったけれど「寒い、寒くて死ぬ、ほんとに寒い」と繰り返し呟き、そわそわと動いたり、ぴょんぴょんと跳ねたりするので、もの凄く鬱陶しかった。


 やがて、列車がディーゼルエンジン車独特の、ゴォゴォといううるさい音を立てて駅に近づいてくる。やっとこれで少しは落ち着くかと思うと、いつもより列車の到着が喜ばしいことに思えた。


 いつものように移動を開始する。列車の扉は一箇所しか開かないので、その位置に数人の乗客が集まる。


 いつものメンバーがいつもの順番で乗ると、いつもの座席に座る。オレの後に続いて、そいつも列車に乗ってきた。オレが座るのを確認してから、当たり前のように横に座った。列車が来るまでのたった数分すら苦痛だったのに、これからまた更に続くと思うと、かなり面倒だ。寝たフリでもしてやり過ごそうかと思うと、「ねぇ、ねぇ」とそいつは話しかけてきた。


「列車の中は暖かいんだね。助かったよ。ほんとに死ぬかと思ったんだ。キミは寒くないの? じっとしていたら寒くて凍えるだろ?」

「まだ12月だし、凍えるほど寒くはない。本格的な寒さはこれからだろ?」

「ああ、そうだったね。だからオレは寒いところは、ほんと苦手なんだ」

「はぁ……」


 そいつは、オレの顔を見てクスクスと笑いだした。オレは、頭のおかしい奴と話をしているのかもしれない。いろいろと突っ込みたいところがあったけれど、あまり突っ込まずに聞き流したほうがいいだろう……他の乗客の目線が気になる。いつもはこの区間でベラベラと喋る奴は居ない。やはり今日は、日の出からしても良くなかった。今日はたまたま、変な奴がオレに話しかけてきただけのことだ。明日からはまたいつものメンバーになる。


「ねぇ、キミは夏と冬、どっちが好き?」

「そんなの、どーでもいいだろ」

「よくないよ、大事なことだ」

「……夏だな、冬は面倒事が多い」

「なるほど。確かに冬は、クリスマスとか正月とか慌ただしいよね。あんな儀式的なことを世界中でやる意味がわからないし」


 適当に答えた。たが、そいつは妙に納得したような顔をして、うんうんと頷いた。本気でそう思ったのか、話を合わせたのかはわからないが、納得はしてくれたようで、にこにこしながら外の景色を眺めている。


 確かに、クリスマスや正月は好きじゃない。買い物に行けば、それこそコンビニやスーパーならまだしも、町の小さな商店でさえクリスマスソングを流し、ツリーや置物で田舎町に不釣合な飾り付けをする。住宅街でも無駄に電飾をする家があちこちに現れる。雰囲気ばかりがそわそわして、やたらと落ち着かない。


 かと思えば、クリスマスを過ぎた途端に琴や横笛の如何にも和風な音楽を流して、年の瀬と正月アピールをしてくる。正月はやたらと餅や変わったものを食わされるし、親戚には愛想笑いを繰り返さなければいけない。出来ればずっと部活にでも行っている方が楽なのに、ご丁寧に部活も休みになる。

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