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チート勇者も楽じゃない。。  作者: 小仲酔太
第4章 煙の彼方に忍ぶ謎
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第31話 克服

【前回のあらすじ】

 渋々マギーを解放したオルガノ。マギーは一目散にレナとララの元に駆け付けて歌を歌い、見事にスライムを鎮めた。一方、テオンは毒の浄化に挑戦するが、脳裡には失敗の光景が次々と浮かび……。


―――温泉宿「かれん」湯殿


 「げほっ、げほっ!!」


 激しい咳と共に私の意識が帰ってきた。目を開けると和風の天井。いつの間にか客室へ戻ってきたらしい。


 横へ顔を傾けると、ララとマギーが同じように眠っている。近くにはゼルダが座って目を瞑っており、ルーミがよたよたと水の入った桶を運んでいる。


 彼女は布巾を水に浸し、ぎゅっと絞るとマギーの額へ乗せる。狭い額からはみ出した布巾は目まで一緒に覆っているが、彼女は気にすることなくララの額にも布巾を載せ、私の元にもやって来る。


 「あれ、レナさん目を覚ましたんですね」


 「ええ、ルーミちゃんが介抱してくれるのね。ありがとう。……スライムは?」


 私は自身の記憶の欠片を引っ張り上げながら尋ねる。最後に覚えているのは、スライムの中で抱き締めたララの感触だけ。


 「すっかり大人しくなって、今はバウアーさんたちが見張っています。下手に手を出すとまた暴れるかもしれないので、そっとしておくことになりました」


 「そう、でも一体どうやって……あ、マギーちゃん!」


 脳裡に歌を歌うマギーの姿が蘇る。きっと彼女がスライムを鎮めてくれたのだ。


 「マギーって、凄いのね」


 思わず呟くと、ルーミも彼女をじっと見つめる。


 「本当に、凄かったです……」





―――キラーザの関所


 『テオン!それだけはダメ!!ブラコを救う、毒を浄化する!!ねえ、テオン!!』


 ライトの悲痛な叫びが脳内に響く。分かってる。この力が僕の思い描いた結果に繋がっていくのなら、暴走したことを思い返す度にその過去が再び現実に甦ってこようとしてしまうのだ。


 (分かってる!ブラコを救う!!分かってる、分かってるんだよ……!!)


 消し去ろうと思えば思うほど、辛い記憶は輪郭をはっきりとさせる。脳内にちらつく光はやがてハナの泣き顔を映し、リットの泣き顔を重ね、キューの無邪気な笑顔を覗かせ、腕組みするトットを描き出す。


 「ごほっ……!!」


 噎せるブラコ。その身体が光に包まれていく未来が見える。暴走する光が関所を丸ごと包んでいくのが見える。何もなくなった谷間の広場が頭に浮かぶ。


 そうだったのか……。ペルーの宿屋での暴走。あのときもこんな感じで暴走した未来を見ていた。やっと理解した。頭に浮かんだ光景をなぞるように、光の力は暴走していく。


 右手が熱い。ライトがうるさい。頭が重い。吐き気もしてきた。ああ……このままじゃ本当に、暴走してしまうな……。


 がたがたっ。


 何か物音がした。僕の周りで何かが起こったようだが、集中していたせいか何が起こったのかさっぱり分からなかった。


 『今だ!!テオン、ブラコを救うよ!たくさんの彼の部下たちが見守ってる。彼が復活するのを待ってる。僕を信じて!大丈夫、絶対に上手くいくから!!』


 うん……そうだね。絶対に、上手くいく。


 ブラコの苦しそうな顔をもう一度見る。初めて会ったときは随分気さくな男だと好感を抱いたものだ。格好いいとすら思った。それが財布泥棒で、暗殺者を殺した殺人犯で……。


 そうか、僕の彼に対する印象は随分ごちゃごちゃしたものになっていたが、元々は格好いいと思ったんだ。今はそれだけを考えていよう。


 『そう、その調子。そろそろ来るよ。構えてて』


 ライトの声が随分落ち着いている。きっとこのまま上手くいくのだろう。そう思った矢先。


 ぐっ。さーーーーーっ!!!!


 何かが僕の右腕を刺した。そのままおぞましい感覚が腕を昇ってくる。僕は思わず顔を歪めた。


 『大丈夫、それがブラコの情報だ。その感覚を掻き分けて、彼の体内へと入っていくんだ。出来るかい?』


 変わらずライトの柔らかい声が聞こえる。問題はないんだ。腕を昇ってくる不快感に意識を集中する。そしてその流れの元へと……。


 「う、うぅ…………」


 苦しそうな声。今のは?


 「テ、テオン……大丈夫か?」


 どうやら僕自身の声だったようだ。何だか自分の身体が遠いところにあるように感じる。こんな感覚は初めてだった。


 『問題ないよ。そのまま意識を流れに逆らわせて』


 ライトの声だけに耳を傾け、僕は作業を再開する。今はただ、目の前のことだけに集中すればいいのだ。


 やがて僕の意識が壁のようなものにぶつかった。


 『その先がブラコの中だ。ぐいぐいと壁を押してみて?』


 僕はとにかく今までの動きを繰り返した。流れの来る方へ意識を動かして、壁にぶつかって。また意識を流れの来る方へ、そしてぶつかって。やがて。


 ぐっ……。今までより強く前に進む感じがした。ここからなら、進んでいける。


 意識が自然とそこへ集中する。ぴったりと閉じた穴を見つけたような感覚。そこへ優しく触れる。確かに流れはその先から来ている。この先へ、この先へ……。


 暫くぐいぐいと意識を押し続けると、にゅるっという感覚がした。不意に押していたものがなくなった。壁を越えたのだ。そう思ってその先を見ようとすると……。


 う、うわっ!!!!


 先程より遥かに勢いの強い流れが僕を押し返す。強烈な不快感が腕に走る。ぞわぞわと駆け上がってくるそれに、僕の身体は思わず身震いしていた。


 「テオン、テオン!!」


 キールの声が聞こえる気がする。きっとまた苦しさが顔に出てしまっているのだろう。


 (この先に……進むのか?)


 『うん、大丈夫。1度奥に進んでしまえば、それほどきつくはないから』


 (奥にいけば、毒の感覚が分かるんだよな……)


 『うん。きっと分かるよ』


 (本当か……?)


 途端に不安になる。僕はあの流れの中に入り込んで、果たして目的を遂げられるのか?そしてまたここへ戻って来られるのか……?


 『大丈夫だよ』


 何が大丈夫なものか。いきなりこんな初めての感覚に惑わされ続けて、僕は殆ど何も考えられなくなっている。それをいきなり毒の治療をしようとしているだと?


 ふと我に返った僕はその異様な状況に激しく躊躇した。1度膨らみだした不安は再び僕の自信を奪っていく。


 そんなの上手く行きっこない。上手くいかなければ……。再び光がちらつきかける。そうでなくともブラコは今毒に苦しんでいる。だというのに、僕が浄化に名乗り出たせいで、周りの者は皆固唾を飲んで見守るだけ……。


 『テオン……』


 そのとき、背中に何か温かいものを感じた。


 「大丈夫だ、テオン。お前なら出来る!!」


 キールだった。キールが僕の背中に手を置いている。温かい。それは手の熱以上に温かいと感じた。


 何故彼はこんなにも僕のことを信じてくれるのだろう。彼とはつい昨日、近くの茶屋で知り合ったばかりだったというのに。どうして……。


 『ふふ。いつの間にか君、キールに随分信頼されてたんだね。大丈夫、君なら出来るよ』


 僕は再びその流れに向き合う。その奔流は尚も荒れ狂い僕の侵入を拒もうとする。だけど、もう恐怖はなかった。不安はまだ拭えないが、先のことは奥へ入ってから考えよう。


 ぐっ……。


 先程見つけた穴に意識を集中し、深く深く自分を沈めていく。激しい流れは不快感を残し、僕の遥か後ろへと過ぎ去っていく。


 …………ぷはぁ。


 自然と息を止めるような感覚になっていた。正しくそこは海の底のような印象を抱かせた。


 (ここが、ブラコの中?)


 『うん、そうだよ。さあ、早く毒を探そう。とにかく毒を浄化することだけを思い浮かべて』


 僕は言われるがままに辺りを見渡す。見るという感覚とは大分違う。でも辺りの様子を知りたいと思ったとき、僕の意識は見回す格好をした。


 きらっ。


 何かが視界の隅で煌めいた。真っ暗な視界を慎重に泳いでいく。煌めいたそれは、確かに今目の前にあった。


 (これ……何だか凄く気になる)


 『うん、きっと間違いないよ。何たって今君は毒を見つけることしか考えていなかったからね』


 よく分からない根拠だが、僕はその煌めきに手を伸ばした。あとは光でそれを照らすだけ。僕の意識は勝手に動いていた。


 ぴかっ……。


 最小限の光が辺りを照らす。だが周りは暗闇のまま。照らされたのは、その煌めきだけだった。


 (これで……いいのか?)


 『うん。お疲れ様』


 ライトの答えに安堵し、ほぉっと息をく。その途端、ブラコの体内に入っていた僕の意識は、再び激しい流れに飲み込まれて流されていく。


 「はっ……!!はあ、はあ……」


 「テオン!!戻ってきたか。どうなった?」


 キールの声がはっきりと聞こえる。熱を帯びた右腕がゆっくりと冷めていく。僕の意識は無事に僕の元へ戻ってこれたようだ。


 「うぅ…………、はあ」


 ブラコは相変わらず苦しそうな顔をしている。だがその容態を見ていた部下は、驚きと喜びの入り交じった表情を浮かべていた。


 「おお!毒状態が治っている!!奇跡だ!!神の奇跡が起こったぞ!!」


 いや奇跡って……。今僕が浄化してきたんじゃないか。


 「はあ、はあ……。上手く、行ったみたい……だね」


 やたら息が上がって上手く喋れない。


 「ああ、流石テオンだぜ!!俺ぁやれると信じてたよ!!」


 キールが僕の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。首がぐわんぐわんと揺れるが不快感はなかった。あの不快感もすっかりなくなっていた。


 「それにしてもどうやったんだよ。光の力を使うって言ってたけど、俺には光なんて何にも見えなかったぞ?」


 「え……?ああ、うん。どうやったのかは正直僕にもよく分かってないんだ。ブラコの中に僕の意識だけが入っていって、気がついたら毒らしきキラキラの前に泳ぎ着いていた。それだけに光を当てて帰ってきたんだ」


 「な、なんて??意識だけ?キラキラ?泳ぐ?何のことやらさっぱりだ。これだから天才肌ってのは……」


 キールの呆れた顔を眺めながら、自分でも気の狂ったことを言っているなあと思う。そう思っていると、不意に視界が傾いていることに気付いた。


 「あ、あれ……」


 どさっ。僕の身体はそのまま横に倒れてしまう。どうやら魔力切れのようだ。


 『ふふ、流石に疲れたね。でもやり遂げたんだよ、テオン。おめでとう!!』


 ライトの嬉しそうな声を聞きながら、僕の意識は深い眠りの先へと沈み込むのだった。

随分と感覚的で抽象的な描写の多い回でしたね。皆さん付いてこれましたか?突如覚醒した謎能力、意識を相手の中へ泳がせるチート技!ライトは元々のスキルの力と言いますが、一体あれは何だったのでしょうか。


ちなみに私は現実主義、合理主義、物理主義に生きておりますので、あまりスピリチュアルなものに関心はございません。魂やら霊というものは否定しないものの、物理的に存在しているわけではないだろうと思っております。じゃあこの回の描写はなんなんだよ!という話ですが、まあそれは追々ということで。


次回は久々のお風呂シーンですかね。第4章、もう少しお付き合いくださいませ。次回更新は4/16です。

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